月光に踊る、ふたつの蝶
初めまして!初投稿です!至らぬ点があるかもですがよろしくお願いします!
こちらとある企画のために書き上げたものです。
遠い未来のどこかで、老いた語り部がそっと呟く。
「──二つの蝶が飛び立つとき、月の光が奇跡を起こす」
誰もが笑った。そんな話、ただの昔話だと。
だが、彼らは知らない。
その物語が、本当にあったことを──
ルナリス王国。
神の名のもとに築かれた信仰の塔と、翼の名を冠した三つの階層が広がる国。
その中心、「金色の鷹の聖都」に夏至の鐘が響きわたる。
空を染める月光と、街中に舞う紙の灯籠。
年に一度の『月光祭(Fête de la Lumière Lunaire)』が、今まさに始まろうとしていた。
中流階級が暮らす「銀の翼街」は喜びに満ちていた。
絢爛な仮面をまとった人々が手を取り、音楽と香辛料の香りに酔いしれながら踊る。
祭りは、信仰という名の監視のもとに許された、唯一の“自由な夜”。
人々はそれを知りながらも、今夜ばかりは目を閉じ、心を開く。
笑い声が重なり合い、踊る影が石畳を転がっていく。
その喧騒のなか──
一人の女が、影のように軽やかに人波をすり抜けていた。
仮面は艶やかな黒。
夜のごとく滑らかな髪。
銀細工のような指先が、さりげなく金貨をひとつ、腰布の中に消し去る。
ノエミー──コードネーム「夜(Nuit)」。
最下層〈折れた翼の地〉の民からは「黒の蝶」と呼ばれる、義賊団の影。
今宵の任務は、祭りに紛れて教団の金品を奪い、民へ分け与えること。
いつものように──
そう、いつものはずだった。
(華やかね。仮面の下じゃ、皆同じ顔してるのに)
彼女の心には、どこか醒めた感情があった。
飾られた街、演出された音楽、許された快楽。
全ては教団の手のひらの上だと、彼女は知っている。
けれど、それでもこの街のきらめきには、どこか抗えない魔力があった。
(年に一度の“夢”。夢に酔うのも、悪くない──)
やがて舞台の中央、「銀の広場」では仮面舞踏会が始まる。
貴族と富裕層が優雅に踊るその空間に、ノエミーも紛れ込んでいた。
滑るような身のこなしで、それと気づかれず、円の端を舞う。
──その時。
ひとりの若い小貴族が彼女に近づく。
仮面越しにもわかる傲慢な笑みを浮かべ、手を差し出した。
「そこの君。なかなかの華じゃないか。今宵は私と踊ってみないか?」
「結構よ。他をあたって」
「ははっ、つれないね。だがこの場で断るのは、我が家に対する非礼では?」
ノエミーは目を細める。
引こうとした腕を、男が乱暴に掴んだ。
笑みはすでに楽しげなものではなく、欲望と支配の色を帯びている。
(最悪。どうにか振りほどいて──)
「おや、それはいけません」
柔らかな声が、二人の間に割って入った。
白銀の仮面をつけた男が、いつの間にかノエミーのそばに立っていた。
その身にまとう白の上衣と金糸の刺繍、清らかな立ち振る舞い──
彼こそが“白き蝶”として民に崇められる、教団の聖使にして元老院の末席、光の翼アルヴィス。
「この方は私の今宵のパートナーなのです。手荒はお控えを」
「な、貴殿……っ」
小貴族は一瞬、言い返そうとする。
だがその目が、相手の紋章を見た瞬間、ぴたりと止まる。
──元老院の紋章。
冷や汗が首筋を伝う。
相手はただの聖使ではない。教団の中枢に連なる男だ。
「……ふん。ならば、好きにするがいい」
吐き捨てるように言い残し、男は立ち去った。
悔しげに唇を噛みながら──
「助けてくれて……ありがとう」
ノエミーが囁くように言う。仮面越しに目が合う。
アルヴィスは微笑を浮かべたまま、冗談めかして返す。
「当然です。夜に舞う蝶に手荒な真似をするなど、月が泣いてしまう」
ノエミーの心に、微かに波紋が走る。
(……変な人。でも、不思議な温度がある)
仮面の男──アルヴィスは、ノエミーを優しく導き、舞台の中心へと踊り出す。
一歩、また一歩と。
月光の下、ふたつの蝶が静かに羽ばたき始める。
そのとき、まだ誰も知らなかった。
この出会いが、王国全土を揺るがす奇跡の始まりであることを──
そして、二人自身さえも知らなかった。
どうしようもなく惹かれていく心が、やがてすべてを変えていくということを──。