第二章 六話 出奔、いざ港町
周りに誰も居ない事を確認して、夜陰に乗じて厩舎に忍び込む。馬を借りて夜のうちに城を一気に離れる算段だ。
「……ガーフィールはどこだー……」
他の馬を刺激しないように目当ての馬の名前を呼ぶ。
ガーフィールはクレイグの愛馬で黒毛がカッコいい馬だ。
訓練の合間に世話をしてたので僕にも懐いてくれている。
やがて、呼びかけに応答するように、一頭の馬が軽く嘶いて馬房から顔を出した。
「起こしてごめんよ、こんな時間でごめんだけど僕と遠乗りに行こうか」
遠乗り、と言う言葉に反応したのか、ガーフィールはその場でクルクルと回りだす。起きてしまった他の馬達もその様子を羨ましそうに見ているように思える。
「よしよし、いい子だ」
その首を撫でてやると、ガーフィールが気持ち良さそうに小さく鳴いた。馬房から連れ出し、鞍と鐙を着ける。
城を出て王都から東へ行けばパンドラへ渡るための港町がある。
騎士団最速と名高いガーフィールの脚ならば夕方には着くだろう。向こうではパンドラまでの定期船が出ていると聞くからそれを探して乗船だ。
パンドラに渡ってしまえばこっちの物だ……多分。
城脱走の常習犯だった一つ上のヴァレアル兄さんから、こっそり聞いていた抜け道を使い、誰にも気づかれずに城を出る事に成功する。
そこでふと視線を感じ城の方を見上げれば、バルコニーの辺りに人影が見えた気がして、急ぎガーフィールに跨り満天の星空の下駆け出した。今捕まったら全てが台無しだ。
流石ガーフィール、月明りだけで淀みなく走る様が頼もしい。
その後、馬に乗って走りながら見る朝焼けに感動したり。
ガーフィールの休憩の為に寄った小川の清らかさに感動したり。
小高い丘を越えて見えてきた雄大な海に感動したり。
城の外に居る感動をひとしきり噛み締めた頃、予想していたより早く目的地である港町が見えてきた。
当初の予定では到着は夕方になると踏んでいたが、日が落ちるまではまだ余裕がありそうな時間だった。
この時間ならまだ港にも人が居そうだ。もしかしたら明日の船便を取れるかもしれない。
街の入り口の少し手前で馬を降りる。
「ここまでありがとう、お前の脚は流石だよ」
僕は街に入る前にガーフィールと別れる事にしていた。
ガーフィールが名残惜しそうにしているが仕方がない。馬の分まで船賃を取られると今後の路銀が心配になるし、なにより返して上げないとクレイグが可哀そうだ。
賢く脚も早いこの子なら自力で城まで戻れるだろう。
「さようなら、ガーフィール。またね」
最後に首を撫でてやり、もう行くんだとばかりに馬の尻を軽く叩いた。
こちらをチラチラと気にしながらも走り去っていくガーフィールを見送る。
さぁ、ここからは完全に一人旅、そう思うと少し不安になってくる。馬を返してしまった事を早くも後悔しつつ街へ向かう。
「弱気になるなヴェレス、ここからだぞ!」
自分で自分に気合を入れて足を踏み出した。
門の所で幾ばくかの通行税を払い、簡単な質問を受け街に入る事を許される。
思ったよりすんなりだな、とか、街に入ったら乗せてくれる船を探さないとな、などと思っていると人好きのする笑顔で門番の一人が話しかけてきた。
「よう、そのなりだとアンタもどうせ開拓者だろ?」
「えぇ、そうです」
「パンドラ行きの船を探すんなら、この大通りをまっすぐ行って港に突き当たったら左に曲がってラウルって奴の船を探しな。明日の朝に出港する予定の船なんだが、門番のロッコからの紹介だって言えば良くしてくれるはずだぜ。ある意味目立つ船だから行けば分かると思う」
文字通りの渡りに船だ。この門番さんは船長さんの知り合いか、もしくは紹介料でも貰ってるのだろうか。
それにしても、ある意味目立つ船とはどういう意味だろう?
「それは助かりますが……ある意味目立つ船って?」
「趣のある親しみやすい船さ、赤いコートが目印だよ。すぐ分かると思うぜ」
そう言ってロッコさんはくつくつと笑う。
人懐っこそうな先程とは違って意地が悪そうな様子に、こちらも訝しげな目を向けざるを得ない。
「なんだか怪しい……」
「いや悪い悪い、他意は無いよ。船長のラウルは見た目は厳ついが悪い奴じゃない、おすすめなのは本当さ」
少々怪しげではあるが、明日出港の船に紹介で乗れると言うなら都合は良い。まずは船を見てから決めれば良いか。
「それはどうも、その船に乗る時には門番のロッコさんからの紹介だって言っておきますよ!」
応、と答えた門番のロッコさんと互いに手を振って別れた。
大通りをまっすぐ行って、港に突き当たったら左に曲がる。
ある意味目立つ、趣のある親しみやすい船でラウル船長の赤いコートが目印。と、忘れないように頭の中で繰り返して門を後にした。
そして僕は人混みをかき分けながら大通りを歩く、これほどの人混みにまみれるのは初めてだ。
王都では人が僕を囲む事はあっても遠巻きだったからなあ。こういう所ではスリが出るらしい、気を付けないと。
この港町はパンドラへの渡航が解禁されて以降、以前とは比べ物にならないほど発展して来ていると講義で聞いていた。
それにしても、だ。あまりにも人が多い。街の入り口から港へと一直線に伸びるこの道は街の大通りなのだろう。様々な商店や屋台が並び、通りには人が溢れ、活気に満ちていた。道行く人や商店など、そこかしこからパンドラの話が聞こえてくる。
店主が商品を手に声高に叫ぶ――パンドラに棲む凶悪な魔獣の素材で作ったどんな魔術も弾く外套だ、と。
開拓者が噂する――パンドラでまた新たな迷宮が見つかった、と。
それを聞いた道行く人が言う――迷宮を攻略すれば何でも願いが叶うらしい、と。
ここに居る皆が皆パンドラを目指し情熱を燃やしている訳では無いだろう、しかしその熱気が、間違いなく僕をも熱くしてゆく。道を行く足に自然と力が篭った。
人をかき分けどうにかこうにか歩を進め、大通りから港へ、ようやく抜け出せた僕の目に入ったその光景に、思わず声を上げて足を止める。
「ほぇぁー……」
口を突いたのはだいぶ間抜けな感嘆だったが、なんとか港に突き当たる所まで辿り着いたようだ。
港には視界の端から端まで大小様々な船が係留されており、世界中の船がここに居るのかと錯覚するほどだった。
特に圧巻なのは港の中央部分、ガレオン船と呼ばれる砦のように大きな船が何隻も並び、城塞もかくやという様相だった。
そんな大きな船の目の前では大勢の港湾作業員や水夫達が忙しなく、大声を出しながら荷の積み降ろし等をしている。その動きは荒々しくも統率されていて、自分を鍛えてくれた騎士団を思い出すようであった。
この城塞のような船団を人が操っているのだという事実に感動を覚えずにいられなかった。
「海と船が珍しいか、兄ちゃん? あんまぼーっとしてっと、海に叩き落とされんぞ。どいたどいた」
「あっとと、すいません」
通りすがりの作業員さんが注意してくれた。
掛けられた言葉はあまり良くないが不思議と横暴な感じはしない、海の男は基本あんな感じなのだろう、きっと。
確かに、こんな忙しそうな場所でのんびりとしていたら海に落とされても文句は言えなさそうだ、早いところ目的の船を探した方が良いな。
えっと、港に突き当たったら左に曲がるんだったな──。
案内を思い出し大型の商船や護衛と思しき戦艦を横目に歩き出す。歩く先には何隻あるのか分からないほどの船が並んでいた。
この中から目的の船を探すのは難しいのでは。と、思い始めた矢先、幸いにも目的と思われる船を発見する事が出来た。
沢山の船が停泊している中で、それは確かにある意味目立つ船だった。
「なるほどー……趣のある親しみやすい、ある意味目立つ船……かぁ……」
思わず漏れた独り言の先にある二本マストの船は、他所ではともかく、この港にあっては小さい方だろう。
二階建ての建物程の船体は穴こそ開いてはいないものの──その都度手に入る物で補修されたのだろう──色違いの木材が組み合わさって模様を作っており異彩を放っていた。
帆も穴が開いた所を適当な布地で塞いだのが良く分かる。
なんせ一ヶ所だけ、何故か高そうな真っ赤でド派手なコートが真ん中に縫い付けられ、見窄らしい帆を飾り立てていた。
そのコートはこの船で一番の高級品ではないだろうか。
「赤いコートが目印ってそういう意味かー」
てっきり船長のコートの色かと思っていたら、まさかの帆に縫い付けてあるコートの事だった。
遠くから見たら血塗れの人が帆に縫い付けられてるようにも見える……
……よし、他にもパンドラ行きの船はあるはずだからまずは価格調査だ。別に怖い訳じゃない。相場を知らなければふっかけられたとしても分からないからね。うん。
そう決めて、一度手を叩き、ひとまず目の前の船を見なかった事にした。
おはようございます、リリエッタです。昨夜は飲みすぎました。一生の不覚です、大丈夫です二度目はありません。大丈夫ですか王妃様、二日酔いですか?そうですか。もうお若くないんですから、お大事になさってください。年甲斐もなく飲み過ぎですよ。いえ、不敬ではございません。
あらアンガルフ老、私に直接会いに来るとは珍しい──は?今なんと?坊っちゃまが城を出られた?私にも気づかれずに?え?王妃様と酒を飲んでいたせいだと?だって坊っちゃまの成人の義ですよ?今日飲まずにいつ飲むんです──いえ、そんな場合ではありません。失礼いたします!
クレイグ!ご自慢のガーフィールを借りますよ!どなたか後であの筋肉に言っておいてください!
──って、ガーフィールが居ない!なんで!?




