第一章 幕間 無敗のクレイグ
「クレイグ団長、ヴェレス様が間もなくお見えになります!」
団員達の訓練を見回っていると、そろそろ来ると思っていた先触れが来る。
「わかった、訓練用の木剣と鎧を用意しておいてくれ」
「かしこまりました!」
訓練用の武具の用意を頼んだ騎士が駆けて行くのと入れ違いに副団長がやってくる。
「またも王子様の教導を直々に任されるとは、無敗の名に更に箔が付きますね」
王国近衛騎士団団長クレイグ。周辺国からは無敗のクレイグと呼ばれて恐れられているようだ。このかなり大仰な2つ名、自分では正直名前負けもいいところだと思っている。
しかしこの名が周辺国家への重石となり、下手な動きを防いでいると思えばこそ、その名に甘んじようと言うもの。そしてその名に恥じぬよう、今まで研鑽を積んできた。
だが――。
「止めてくれ、仲間にその名前で呼ばれるのは好きじゃない」
「えぇ、存じてますよ」
目の前の男は平然と言い放ち、底意地悪く笑う。
「質の悪いやつだ。訓練の邪魔する暇があるなら書類を減らしておいてくれ」
そう言って笑う副団長を追い払った。
近衛騎士団団長である私には度々、非常に名誉な仕事が与えられる。その1つが王子の剣の教導である。
今まで三人、剣の才能に溢れ並みの剣士では指導しきれない王子がいらした。彼等はとても優秀であらせられた。
試合であれば私でも、追い詰められる程である。その王子達は今や立派に成長され、それぞれ騎士団を率いるまでになられ、私も鼻が高いと言う物。
そして今、更なる名誉を与えられようと言うところである。我が国の第十二王子であるヴェレス様の教導を任されたのだ。
ヴェレス様は、ある日を境に見違えるように剣に打ち込むようになられた。あの方の剣の腕は成長著しく、これまでの剣の講師では手に余ると判断され、私の所へと任が回って来た。
いや、剣だけではない魔術や薬草学、その他およそ王子として学ぶべき事に真摯に取り組むようになられた。
以前はやる気の無い雰囲気を隠そうともしていない方だった。それがある日、人が変わった様に講義に取り組む様になり、書庫にも足しげく通うようになったと言うのだ。
あの当時は城の教育係達がヴェレス王子が偽物と入れ替わった、などとザワついていたのだが……。
しかし今、私の目の前にお立ちになっている王子は、とても強い眼をした少年だ。
「では、まずは軽く素振りから見せて頂きましょう」
「よろしくお願いします!」
気合の入った返事だ。
本来、私に対して敬語など不要なご身分であるが、先の王子達も私の訓練中は基本的に敬語だった。
正直な話、私は王子の心変わりを少々疑問に思っていたが、少なくとも以前のような、やる気が無い様子などは欠けらも見られない。
どの道、私に話が回ってくるほどだ。これは身を引き締めねばならないだろう。
――◆――
月日は経ち、季節も何度か巡った頃。
今日も私はヴェレス様と剣を交えている。
最初は私についてくるのも精一杯という様子だった彼が今や――。
何が起きている。
どうしてこうなっている。
押されている。
気を抜けばそのまま押し切られそうだ。
教導を任された初日などは、私に打ち込まれすぐに延びていたあのヴェレス様が、私を押している。その事実が、年甲斐もない私の対抗心を刺激してくる。
肉体的なピークを迎えつつも、まだまだ経験の足りない青年に私が押されている。
対しては私は肉体的なピークはとうに過ぎつつも、それらを補って余りある経験を積み重ねてきた自負はある。
ご大層な二つ名に恥じぬよう、王国最強を自身の重しとして奮進してきたつもりだ。それが今では、目の前の青年相手に全力で戦っている。
私の歴史の中でしばらく不在になっていた好敵手――あいつは王になって剣を捨てたからな――を前に、全力で打ち合っている。
はっきり言おう、今、私は楽しい。
認めよう、友の息子であるこの青年は、新たな好敵手であると。
この青年を、この好敵手を、あいつの息子を、この王国最強に届きうる剣を、私が育てたのだ!
そう思うと顔がニヤけて止まらない。戦闘中ずっと笑っていると不気味だと言われそうだが仕方がない。楽しくてしょうがないのだ。
ヴェレス様はまだ気づいてはいらっしゃらない。私がほぼ全力でお相手しているという事に。
彼はまだ私がかなり余力を残してると考えているだろう。それで良い、敵は常に余力、奥の手を隠していると考えなければ、肝心な時に負けてしまう。
そして教導を任された以上、奥の手を警戒していようと負ける時があると言う事をお見せしなければな──。
私に向かって振り下ろされた剣を避けながら、それを自分の剣で追いかけ、奥の手の1つである技を繰り出す。
私に躱された剣から氣が抜けた一瞬、自分の剣を相手の剣に交差させ、互いの刀身と鍔を使ってテコの原理で極める、その刹那、裂帛の気合を込めヴェレス様の剣を叩き落とし、そのまま彼の首筋に木剣を向けた。
「勝負あり、ですな」
今のは剣と剣でやる関節技のようなものだ。
奥の手の1つではあるが、カッコいいのでよく使う表向きの得意技である。
時に相手の剣をもへし折り一気に勝負をつけるこの技は試合での観客ウケも良かった。
悔しそうにされるヴェレス様の表情。今後の一層の成長に期待ですな。
――◆――
更に月日は経ち。
それからヴェレス様は誠に成長を遂げ、剣士としての才覚を花開かせた。
そして私はとうとう──ヴェレス様を相手に一敗を喫した。
「クレイグ固め、やり返したぞ!」
「その技名は無敗の二つ名より恥ずかしいので止めてください……」
ヴェレス様が私の得意技をやり返してきた、それも完璧に。
その事に驚いた一瞬の隙を突かれた形だった。
油断は無かったはずだが、ここまで完璧に技を盗まれると思っていなかったのはこちらの手落ちか……。
今まであの技を真似する者は居ても、ここまで正確に再現して見せた者など居なかった。
弟子であり、好敵手である者へ技が受け継がれていく。この尊敬すべき好敵手をがっかりさせない為に、私もまだまだ成長せねばならん。
クレイグ固め返しとでも言える技を考えなくてはな。しかし、この技名は止めて頂きたいな……。
どこかに技の名前を考えるのが得意な奴は居ないものか。
――◆――
私がヴェレス様の教導を任されてから数年が経っていた。
今の戦績は勝率が八割と言うところ。まだ王国最強の座は明渡せん。
そんなヴェレス様もいよいよ成人なされる。その際には我が家からは武具を贈らせて頂こう。
一国の王子が身に付けるには些か無骨過ぎる代物だが、アレは元々使う為の装備。名匠バルタザールの武具は実用性を突き詰めた一級品だ。
あまり華美な物を好まないヴェレス様にとっては、むしろうってつけであろう。
鎧の調整も頼んでおかなくてはいかんな。後でリリエッタ辺りにヴェレス様の体の寸法を聞いておかねば。
いつもそばに控えてる彼女ならば分かるだろう。何故か私は嫌われているようだが。
私は無敗のクレイグ。
その名は周辺国家への重石となり、目に見える剣として、また目に見えぬ盾として、王国を護る者の名である。
無敗のクレイグに未だ敗北の記録はない、少なくとも公式記録の上では。
こんにちは、リリエッタです。
あの筋肉に頭と手足の生えた人の話ですか?特に興味ありませんので次に行きましょう。
あ、坊っちゃまに贈った剣と鎧は良かったと思いますよ?私のサイズ情報も坊っちゃまの役に立ったなら何よりです。以上。




