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末っ子王子と末っ子迷宮  作者: ふたつき
第一章 始まりは王城の隅っこで
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第一章 四話 おねだり作成再々度、玉砕

 二度目の玉砕から時が経ち。寒さは峠を越えて、風に春の息吹を感じる。

 

「ありがとう、リリエッタ」

 

 自室にて、長年僕に付いてくれている長い黒髪が奇麗なリリエッタの淹れてくれたお茶を飲みながら、考えをまとめる。


 例の薬に関しては鑑定魔術や薬草学の方向からだと、件の素材を直接調べなければ今のところ進展が望めなそうと言う事で、一旦脇へ置いてる。

 なので、ひとまずの目標を新大陸パンドラへの渡航と調査に切り替えた。

 

 改めて考えてみれば、僕みたいな子供がパンドラなんて危険地帯に行けば、大変な事になるのは目に見えている。

 やはり気が逸りすぎたのかも知れない。

 クレイグからは未だ一本も取れず、好き放題にボッコボコにされっぱなしだ。

 

 仮にも王子である僕をボコボコにするあの人も、中々の不敬ではなかろうか?

 

 魔術の方も得意の土魔術はそれなりに扱えていると思うが、それ以外はまだまだだ。ここは今暫く力をつける時と言う事だろう。

 美味しいお茶のお礼を言って、立ち上がる。リリエッタは相変わらず一緒にお茶を飲んではくれないが、最近はよく話すようになった。あまり返答は無いが。

 

 さて、玉砕も二度目ともなれば立ち直りも早いものさ、行動再開としよう。


 ――◆――


 あれから季節が巡り。

 魔術の講義は順調な方だと思う。アンガルフは何だかんだと教え方が上手い。鑑定魔術では王国の設定した試験を突破し、正式に鑑定魔術師の資格を得た。

 しかし、それでもやはり例の薬に関しては良く分からない……ぐぬぬ。鑑定の魔術は奥が深い……

 そしてとうとう、クレイグから初めての一本を取った。彼がたまに使う相手の剣を絡めとる技を、そのまま返してやったら驚いた顔をしていた。 

 この勢いでボコボコされた恨みを返してやる。ふふふ……

 結論から言えばそれは叶わなかった。あの一本がクレイグをちょっと本気にさせてしまったのか、あれ以来取らせて貰えない。くそう。もうちょっと背が伸びれば或いは……


 ――◆――


 年が幾度と変わり。

 僕は現在、イレーナ先生の研究室から出入り禁止になっている。と言うのも、とんでもない危険物を城内で開発してしまったから――。

 

 高い爆発力を持っている事が分かっていたけど、その安定性によって起爆し難く、薬効があったため爆薬ではなくむしろ薬として利用されている薬品があった。

 これを少し改良し仮称“甲薬”とする。

 それと併せて、単体では爆発力を持たないけど、甲薬と混ぜる事で安定性を失わせ、更に爆発力を強化させる仮称“乙薬”を開発。

 

 更に安全性、可搬性を高めて、起爆操作を容易にする為の瓶も開発。

 これは瓶と瓶を軽く打ち合わせる事で内用液を混ぜ合わせる事が出来るようにした物で、これにより危険な爆発薬である甲薬と乙薬を比較的安全に運ぶ事ができ、更には起爆するまでの時間を決める混合速度の調節も出来る大変な優れ物である。

 結構苦労した甲斐があっての自信作だった。

 

 その結果、実験は大成功、イレーナ先生大激怒、研究室裏の実験場は大破――と言う結末を得る事が出来た。

 

 僕としては、大規模魔術の使い手が居ない土木や鉱山などの現場で使って貰えたらと思っていたんだけど、ってその話はまだイレーナ先生にしてなかったかな? また謝りに行く時にはちゃんと伝えないと……。


 そんな事もあり、魔術の講義が多くなりがちな昨今。適性の高い土魔術に関して大したものだと太鼓判を貰った。

 周辺の魔力を取り込んで畑の土質改善をする魔術を発案した時は、アンガルフと一緒に開発へ打ち込んだ。その甲斐あって魔術師や農民からの僕の評判は上々らしい。

 これは父上へお願いするのにいい布石になるはず……。


 更に嬉しい事にここ数年で急に背が伸び、大柄とは言えないがそれなりの体格にはなってきた。

 それでもクレイグからはなんとか、十本に一本くらいは取れるようになってきた程度だった。どうにもやはり、取らせてもらってる感が否めない。

 真剣を持ったクレイグが殺す気で来れば勝てないのは間違いない。潜った修羅場の数の違いと言う奴だろうか。僕はまだそんな物に遭遇した事が無い。

 ただ、僕だって好き好んで命のやり取りがしたい訳じゃないし、自身の騎士団を持った兄上のようになりたい訳でもない。

 

 それでも、僕が目指す場所は危険な所だ、力が無くては最悪死ぬだろう。


 そして何故か母上は僕の背が伸びた事を少し寂しそうにしている。

 僕はいつまでも小さいヴェレスではありませんよ。


 ――◆――


 やがて十八歳の誕生日が近づき、とうとう僕が成人する時がきた。

 数日後には僕の成人を祝うパーティが催される。その席で父上に再々度のお願いをしてみるつもりだ。

 土質改善魔術の開発やクレイグとの戦闘訓練での成績など、実践もある。

 そうだ、僕が調合を禁じられた例の爆薬も今では工事などに使われているらしいじゃないか。これも実績と言えるはず。実験場は吹き飛ばしちゃったけど……。

 う、うん。ここまで頑張って来たんだ、勝算はある!


 待ちに待ったその日が来た。

 朝から城門の方では来客の対応や贈り物の受け取りで慌ただしくしている。普段はあまり見かけない兄上や姉上方も、今日は僕に会いに来てお祝いの言葉をくれた。

 母上はこの日の為にと用意してくれた服を手に持ち鼻息を荒くしている。着替えはメイドが手伝ってくれますので大丈夫ですよ……?

 僕の着替えでひと悶着あった。


 そしていよいよ、玉座の間で成人の儀式が執り行われる。厳かな雰囲気の中、祭官により僕の名前が呼ばれた。

 管弦楽による厳かな音楽が始まり、背丈の3倍以上はある大きな扉が開く。出来ればこの日までにもう少し差を縮めたかった。

 

 玉座の前まで延びる赤絨毯の両脇は列席者で埋めつくされていて、少し腰が引けそうになる。

 何とか歩を進めるも、真っ赤で派手な服に、濃紺に金刺繍の派手なマントの、派手派手な格好の僕を皆が見ていてすごく落ち着かない。

 入り口側に居る人達は正直知らない人ばかりだが、奥に行くにつれ段々と見慣れた顔が増えていく。

 アンガルフを始め、イレーナ先生や今までの教育係の先生方も居る、近衛騎士団の団長だからクレイグは割と前の方に居るな。貴族や大臣達は、まあどうでも良いか。

 兄上や姉上達が通り過ぎる僕を見て生暖かく微笑んでくれた。

 なるほど、文字通り通った道と言う訳ですね。

 玉座に座る父の隣の席で、母上が静かに興奮した様子でこちらを見ていた。その横の方でリリエッタも控えてくれている。

 程なくして、玉座に座る父上と母上の前へとたどり着き、僕はその場へ跪く。

 それに合わせたように音楽が自然と止まった。

 

 式典が始まり、何やら香油を体に振りかけられたり、祝詞の様な物を聞かされたりして、最後には父上の手により豪奢な造りをした儀式用の小さい冠を頂く。

 そして祭官が僕が成人した事を宣言した。その宣言に、玉座の間に居た人達が静かに頭を下げて応えてくれる。

 それを合図にまた音楽が始まる。短いその曲が程なくして止まると、玉座の間が大きな拍手に包まれた。

 父上が僕を立たせ、振り向かせる。僕は似合わない所作で恭しく一礼し、それに応えた。今度は拍手と共に歓声が上がった。

 

 これは……ちょっと気持ちいいかもしれない。


 その後は大きなホールへ移動して、立食形式のパーティが始まる。

 始まるや否や、良く知らない人達からのお祝いと挨拶攻めが続き、ようやく落ち着いたかと思えば、今度は良く知らない女性からのダンスのお誘い攻めだった。

 目まぐるしい展開に頭も体も疲れてくる。さっきはちょっと気持ちよくなっちゃったけど、元々僕はこういうのは苦手だったんだ……早く解放して欲しい……


 怒涛の挨拶攻めとダンスのお誘い攻めを切り抜け、夜になり、先程よりも小さいホールへと移動していた。

 この会場には僕にとって近しい人しか居ない。とっても落ち着く。

 兄上達に儀式中の様子や大ホールでの様子をからかわれる。普段からパーティに顔を出さないからこうなるのだと言われてしまった……。

 姉上達や母上にはダンスの相手で誰が良かったのかと質問攻めだった。王族としては結婚を考える時期かも知れませんが、一度踊っただけの人をどうだったかと言われましても……。

 

 どうにか解放された頃、ようやく父上と話す機会が巡って来た。改めて成人を祝う言葉を貰い、やがて僕のこれまでの実績の話になった。

 

「ヴェレスよ、話は伝え聞いているぞ。少し見ぬ間にまた立派に成長したようだな」

 

「勿体ないお言葉です。自分に出来る事をやっていたまでですが……」

 

 自分でも大分頑張ったと思うけど謙虚な姿勢は大事だ。多分。

 

「アンガルフが自慢げに語っておったぞ? あの土質改善の魔術には儂も感心させられた。あれは今後の国の為になる、よくやった。それにクレイグからも聞いている。あやつから一本取るほどだそうだな? それ程の剣士は国内外にもそう何人も居ないであろう」

 

「父上……」

 

 思わず涙腺が緩む。爆薬の話は出なかったが実験場の大破を思い出されそうだから置いておこう。

 よし、お願いをするなら今しかない!

 

「父上、実は折り入ってのお願いがございます」

 

 緩んだ涙腺のままに潤んだ眼で見上げる僕。

 

「ふむ。今日はめでたい日だ、叶えられる事であればなんでも聞いてやろう」

 

 父上は鷹揚に頷き、顔を綻ばせた。

 よしよし、良い調子。

 

「父上は私の過日のお願いを覚えていらっしゃるでしょうか? 私はまだ、新大陸の地で自身の力を試し、更に見分を広めとうございます。かの地へ渡る事をお許し頂けないでしょうか?」

 

 僕の言葉を聞いた父上が、先程までのにこやかな表情から一転、王としての厳格な顔になる。

 

「それはならん。お前にはもっと国と民の為になれる道があろう」

 

「私は今日まで魔術を磨き、剣を磨き、知識を磨いてきました。それらが何処まで通用するのか試したいのです。どうしてもお許し頂けませんか?」

 

「くどい! それらを国の為に活かすのが王族としての務め、開拓者紛いの事などさせる訳にいかぬ」

 

 玉砕……だと……。

 

 もはやこれまで。

 数年に渡っての三度のお願いは却下された。

 望みは絶えた。

 僕の冒険はここで終わったのである。始まりすらしなかった……。

 

 意気消沈した僕は、その後はぼんやりとパーティを過ごし、宴も落ち着いた頃に少し疲れたと言って部屋に戻った。




「ふふふ……ははははっ──!」

 

 最初のお願いからここまで6年ほど、真面目に頑張って来たというのに、もはや笑うしかない。

 それにしても、父上はもう少し僕の自由を許してくれても良いのでは? と思う。父上に直接わがままを言ったのは今日で3回目だが、その全てがにべもなく却下されてしまった。

 王族としての務めを出されると僕も強く出れないけど、それでもちょっとくらいは良いんじゃなかろうか?

 兄上姉上達の話を聞く分には結構色々と自由にやらかしている話を聞くのだが?

 そう思ったらだんだんと腹が立ってきた。世に聞く反抗期とやらだろうか。

 大きく嘆息し、ふと思いついて勢いよく顔を上げる。


「よし、家出するか」

 

 先程までから一転、晴れやかな気持ちだ。

こんにちは、リリエッタです。

坊っちゃまに直接名前を呼んでいただき、お礼をいただいてしまいました。もう私は天に召されるのかも知れません……天使が見えますので……坊っちゃま……先立つ不幸をお許しください……あ、この天使も坊っちゃまですね。

このように最近は坊っちゃまにお声をいただく事があり、急にお声をいただいた時などは目の前に綺麗なお花畑が見えてしまい、気づくと坊っちゃまに置いて行かれてしまっている時がございます。これはメイドとして大変に由々しき事態です。なんとかせねば。


私が坊っちゃまのお声の衝撃に耐える修行をしている最中、正式に鑑定魔術師の資格を得られたようです。これまでの努力の実りを言祝ぎつつ、この不祥リリエッタ、今以上の覚悟を持ってお仕えする所存でございます。

それはそうと、鑑定魔術師の資格があれば一生食いっぱぐれませんね、坊っちゃま。


やりました!坊っちゃま!とうとうあの筋肉に頭と手足が生えたような男から一本を取りましたね!これまでも影から見させていただいておりましたが、この一戦、思わず手に汗握ってしまいました!しかも技をやり返す、というこれ以上ない程のやり返し方!控えめに言って最高です!かっこいいですよ坊っちゃま!──失礼、取り乱しすぎましたね。


坊っちゃまの開発した魔術や爆薬は大変な優れものですね。特に爆薬……これは様々な用途に使えそうです……私にもいただけないでしょうか?まぁ、イレーナにはいい気味──気の毒でしたが。いえ、彼女は同僚なので不敬とかではないです。


出会った頃は子犬のように小さかった坊っちゃまも、気づけば私の背を抜き──抜き──あ、ギリギリまだ抜いてませんね。大変失礼を致しました。大丈夫です、男の価値に身長は関係ございません、坊っちゃま。

王妃様は自身の背を抜かれた事を嬉しくも寂しくも思ってらっしゃるようですね。私もそのうち体験する感情でしょうか。


やがて月日も経ち、坊っちゃまの成人の時が訪れます。とうとうこの日が来ましたか……さぁ、王妃様参りましょう。

この日のためにと2人で相談して作った坊っちゃまの晴れ着、とうとうお披露目とお着替えです!

……何故か少し抵抗されましたね。王妃様が鼻息を荒くしすぎたせいでは?いえ、不敬ではございません。


あ、そんな事より、王妃様。いよいよ始まりますよ!坊っちゃまの入場です!

はぁあああ!まさに王!子!王子ですよ!王妃様!私たちの王子様が来ましたよ!どうにかしてこの瞬間を永遠に残しておく方法はないですかね!?あとで絵師に依頼して絵画にしていただきましょうか!?お金なら私の貯蓄全てを使っていただいて構いません!


祭事の後はお披露目パーティです。坊っちゃまの性格を考えれば、ご挨拶周りやダンスのお誘いは苦痛でしかないでしょう。おいたわしい事です。え?ダンスの相手で誰が良かったか……ですって?あ、王妃様その話、私にも聞こえるようにもうちょっと大きな声でお願いします。


足掛け6年のおねだり作戦玉砕シーンは涙なしには語れません。しかし、立ち直りが早いのが坊っちゃまの美点です。リリエッタ、どこまでもお供いたします。

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