第四章 幕間 焦るリリエッタ
森を抜けた先で坊ちゃまは頭を抱えていらっしゃいました。
まっすぐ東へ歩いていたはずが、気付けば森を北に抜けてしまったのですから、心中お察しいたします。可愛いです。
しばらく眺めていたかったのですが、どうやら立ち直られたご様子。森に沿って南東に向かうようですね。はい、正解でございます。
おや?山裾に洞窟を見つけたようですね。雨が降ってきてしまいましたから雨宿りをしたいようです。洞窟に獣が居れば厄介ではありますが、坊ちゃまの敵では無いでしょう。
坊ちゃまが見つけた洞窟は思いの外広かったようです。あまり近付くと流石に気付かれてしまうので遠目からですが、洞窟を進む恐る恐ると言った姿も最高ですね。
それにしても、この洞窟は何でしょうか? 生き物が居らず、奥に行くにつれて広くなる通路。作為的な物を感じずにいられません。もしや、これがパンドラで最近見つかると言う迷宮でしょうか? だとすれば人の入った気配が無いここは新発見ではないでしょうか? 迷子になったお陰で未発見の迷宮に辿り着くなんて、流石坊ちゃまですね。
しかし、坊ちゃま、随分と不用心に進んでおられるようです。普段の坊ちゃまであれば、もう少し用心なさると思うのですが……いつもと少し空気が違う気がします。おはようからおやすみまで、そしてもう一度おはようまで、毎日坊ちゃまを見ている私が言うのだから間違いありません。初めての迷宮に気が逸っておられるのでしょうか?
「――!」
不意にランタンを掲げた坊ちゃまの向こう側に扉が見えました。いけません、あからさまに怪しすぎます。
私の内心をよそに坊ちゃまは走り出してしまいます。これは最早お声を掛けるべきかと逡巡している間に、扉に辿り着いた坊ちゃまはそれを押し開き、中へと入って行ってしまいました。私は慌てて駆けだします。一本道の洞窟、身を隠すところが無いため、坊ちゃまから距離を取っていたのが悔やまれます。
「いけません!」
その言葉は目の前で閉まった扉に阻まれ、もう届きませんでした。
「坊ちゃま!」
すぐさま愛用の一対の短剣を抜き放ち、扉を壊すつもりで攻撃します。ですが、傷一つ付いた様子がありあせん。
久しく出してないとは言え全力の攻撃だったはずです、それなのに――。
「くそっ――」
短剣を逆手に持ったまま扉を殴る。ビクともしない。
いけません、思わず言葉が汚くなっています。しかしそれどころではないのです。
「中の様子が……私にも音すら聞こえてこないってどういう事……!」
扉に耳を付けて中の様子を探ろうにも、何も聞こえてきません。様々な訓練を経た私の耳は常人よりも良いはずでした。それなのに、ただの岩に耳をそばだてているような気分です。
「坊ちゃま……」
坊ちゃまの護衛を任されていると言うのに、この不始末。その事実に心臓を鷲掴みにされたような絶望感が襲い、その場で膝を突きかけます。暗殺者としての初仕事をしくじった時ですら、ここまでの絶望はありませんでした。
むしろその時に坊っちゃまから、生まれて初めての希望を頂いたのです。そんな私が、坊っちゃまの無事を確かめる前に崩れる訳にはいきません。
どうにかして扉を壊す?不甲斐ないですが私の腕力では敵いそうもありません。
別の出入口を探す?あるのかどうかも分からない物を見知らぬ山の中で探すのは無理があるでしょう。少なくとも今やる事ではありません。
誰か助けを呼ぶ?魔術の権威であるアンガルフ老であれば、この不思議な扉も開けられるかもしれません。迷宮製の扉ともなれば、魔術的な仕掛けで閉ざされてる可能性は高いと思われますので――ただ――老は城に居ますので時間が掛かり過ぎます。
様子を見て待つ?坊ちゃまの事ですから、罠を突破して内側から扉を開き、いつも通りの様子で出てくる可能性はそれなりにあります。なんせ私の坊ちゃまですから。
どう対処するか悩みに悩み。ようやく方針を決めました。
一日様子を見て、扉が開かなければ玄関街へと急いで戻り城のアンガルフ老へ伝書鳩で連絡を取る。ひとまず、これで行きましょう。
その前に一発、鬱憤を込めてもう一度。全力で扉を叩いてみましたが、びくともしませんでした。
「――ちっ」
気合の分だけ無駄に手が痛いです。
あぁ――坊ちゃま、どうかお早く、リリエッタのもとまでお戻りくださいませ。




