第三章 十六話 イレーナ式調合術
いよいよ、ミュミュミエールさんの為に薬を調合しようと、今日は三姉妹の家に来ていた。
「本当にこんな道具で良かったんですか?」
趣ある家の、これまた趣のあるテーブルに広げられたのは、フィフィミエールさんが用意してくれたいくつかの道具。
まな板、包丁、鍋一杯の水、綺麗な布巾、すり鉢、いくつかのコップ。全部この家の台所にあった物だ。
「えぇ、大丈夫です。フィフィミエールさん、ありがとうございます。それで、えっとミュミュミエールさんは寝てなくて大丈夫?」
今、僕のそばには三姉妹が並んでテーブルについていた。ミュミュミエールさんの体調は大丈夫だろうか?
ちなみにこの三姉妹の名前、毎回噛まないように必死になって呼んでいる。
「いえ、こんな物で良ければいくらでも。ミューも今日は体調が良いみたいですので、気にしないでやってください。あまり寝てばっかりなのもいけませんから」
妹の方を見るフィフィミエールさん。ミュミュミエールさんはそれに笑顔で答えていた。
毛布を肩掛け代わりにしているものの、今のところ咳き込んでる様子も無いし、どうやら本当に体調は悪くないようだ。
「それと、我々なんかに敬語は要りませんし、私の事はフィーで結構ですよ。ヴェルナー様には発音しにくい名前でしょう? 良かったら妹たちもミュー、ティーと呼んであげて下さい。二人も良いですよね?」
「うん」
「今更だ、好きに呼んでくれて良いぜ」
姉に聞かれた妹二人は頷いて返した。
助かる、今まで三人の名前を呼ぶ度に噛まないか心配だったんだ。
「ありがとう、フィー。それにミューとティーも。僕の事も好きに呼んでくれて構わないよ」
正直、城の外で様付けなのも落ち着かない。
「そうですか?それでは、お言葉に甘えさせて頂きますね。何だかんだとヴェルナーさんとは縁が出来てしまいましたし。それにティーとは素材を取りに行った時に随分と仲良くなったようですから?」
お言葉に甘えてと言ったけど、それでもさん付けなのは性分かな。でも何故だろう、フィーの言葉から心なしかトゲを感じる。
「色々教えてもらったからな!アタシも女として一皮剥けたっつーか?」
笑ってるけど、微妙に誤解を招きそうな言い回しは止めてくれないかな、ティー。
「ふーん。そうですか。その節はティーがお世話になりました」
「あー、ははは。どういたしまして」
確かにティーはあれから心を開いてくれた感じはあるが、空気を読まない彼女の言葉に、フィーの疑いの目が強くなる。そんな僕らを見てミューは声を出さずに楽しそうに笑っていた。
なのに、そんなミューが爆弾を放り投げてくるとは──
「お兄さんが居たらこんな感じなのかな」
「!?」
全員の空気が固まる。ミューだけが、先程と変わらずにこにこと笑って尻尾を揺らしていた。
「二人にはお姉ちゃんの私が居れば十分じゃないですか!」
「そりゃ良いや! ミュー姉のアニキならアタシにとってもアニキだな!」
「むぅぅぅ──お姉ちゃんは負けませんよ!」
フィーはぷりぷりと怒っているけど、その様子だとまさに見た目同様の幼女にしか見えない。
それにしてもこの三姉妹は仲が良い、早いところミューの病気も治してあげなければ。
「フィーの居場所を取るつもりは無いから安心して。それより、そろそろ始めようか」
僕の言葉を皮切りに空気が変わる。ミューはにこにこ顔のままだけど、フィーとティーは一転して真剣な表情だ。
「えぇ、ヴェルナーさん。どうかよろしくお願いします」
「頼むぜアニキ」
ティーのアニキ呼びは確定なのだろうか。この空気のせいかフィーも突っ込んでこない。まぁ、それは後で考えよう。
大丈夫だとは思うけど、どんな簡単な調合でも真剣に、とはイレーナ先生の教えだ。
台所を借りて鍋の水を沸かし、使う道具を順次熱湯に漬けて行く。
「なんで、布巾なんか煮てんだ?」
横から見ていたティーが不思議そうに聞いて来る。まぁ、薬を調合すると言って、いきなり布を煮始めたらびっくりするか。
「これはね、目には見えないけど、体に良くない物を取り除く作業なんだよ」
自分も良くはわかってないけど、薬草学において道具を煮るのはそう言った理由で大事だと教わっていた。
「ふーん」
分かったのか分かってないのか、気の無い返事である。
「こらっ、ティー。邪魔しないの」
「はーい」
ティーはフィーに連れられてテーブルに戻って行った。
一通りの道具を熱湯に漬け終えたら、鍋の水を入れ替える。そしてもう一度沸騰させ、煮汁が必要な薬草を煮ておく。
他の薬草は細かく刻み、キノコは魔術で乾燥させてすり鉢へ。布巾で煮汁を搾り出したり、コップに移し魔術で分離させて上澄みを取り出したり、それらに僕が持って来た基礎回復薬を加えたりと、粛々と調合を進めて行く。
専用の道具が無くとも、魔術で補助して調合するのはイレーナ先生直伝だ。
なにせ──材料さえあれば体一つでどこでも調合は出来る!必要な道具がいつでもあると思うな!──と豪語する人だ。
ただ、その言葉の後に──第一片付けるのが面倒だし──とボソッと言ったのを僕は聞き逃していなかった。あの人もズボラな所をどうにかすれば嫁の貰い手引くて数多だろうに……っとと、集中しなければ。どんな調合でも真剣に。ですよね、先生。
しばらく僕が調合をする音だけが部屋に響く。趣ある親しみやすい家の壁は、外の喧騒に無防備だったが、それを感じさせない不思議と外界と切り離されたような雰囲気だった。
慌てる事なく静かに、しかしその動きを止める事が無かった僕の手が、紫色の液体をそっとコップに移し終えて、やがて止まる。
三姉妹の目はその液体に釘付けだった。
最後に念のため、鑑定魔術で出来上がりを確認する。
「うん──よし。お待たせ。完成だよ」
ミューの前に一つのコップを差し出した。
「これで──」
「これでミュー姉治るんだな!?」
フィーの言葉の上に、テーブルに乗り出したティーの叫びが重なる。
「あぁ、その筈だよ。この薬を飲んだらまず眠くなると思うけど、それは効いてる証拠だからそのまま安静にさせて欲しい。起きる頃にはだいぶ良くなってると思うけど、それでも完治にはしばらくかかるから、様子を見てあげて」
「ふむふむ」
僕の説明をフィーが熱心に聞いてくれる。ティーは歓喜に震えているようで全く聞いてない。
ミューに至っては、薬の完成までは笑顔だったのに、今ではコップを前にして耳も萎れて硬直してしまっている。薬に苦手意識があるのだろうか?
「味は悪いと思うけど、体には良いから安心して」
僕の差し出したコップを凝視して固まっているミューへ、なるべく柔らかく語りかける。
「ミューは苦い食べ物は嫌がるんです。もう、まだまだ子供なんですから」
フィーはさもあきれたように、でもどこか嬉しそうにそう言った。
「さぁ、ミュー! 病気が治るんなら、味なんて気にしちゃダメですよ!」
「そうだぜ、腹に入っちまえばなんでも一緒だ!」
「女は度胸です! あ、それイッキ! イッキ!」
珍しくフィーが囃し立てる。
薬を飲むのにその掛け声はどうなんだろう?給仕の仕事って少しガラの悪い酒場だったんだな。
「う、うん…………!」
ミューがコップを手に取り、それを一気に煽る。
意外にも、一息で豪快に飲み干した。
こんにちは、リリエッタです。
三姉妹の住むあばら屋は外からでも坊っちゃまの観察がしやすいので助かります。城での坊っちゃまのお部屋もこのようですと私もだいぶ楽を出来たのですが。それはもう済んだ話ですので結構ですね。
あぁ、なりません、坊ちゃま。そのように軽々しく、ご自身を好きなように呼ばせてしまっては。王家の者としての云々はどうでも良いですが羨ま──はて?この犬娘。今、坊っちゃまに対してなんとおっしゃいましたか……?お兄さん……?何を世迷言を言っていらっしゃるのでしょうか。不敬にも程があるの発言、許すまじ──いえ?考えようによっては?あの出会ったばかりの三姉妹が坊っちゃまの妹になれると言うのであれば?長年お使えしているメイドたる私が妹になれない道理はございません。
そう。そうです。その通りです。
と言うことはですよ?これからは私もメイド兼妹として坊っちゃまのおそばに────はっ、いけません。少し想像しただけで天界が見えました。それにしても、なんと甘美な想像でしょうか。もし、もしも、私が妹で、坊っちゃまを兄と呼ぶのであれば。それはヴェレスおにいちゃ────────────




