第三章 十四話 ヴェルナー探検隊
さて、こうなったら次はいよいよ薬の調合の準備に入るのだけど……。
問題は地図上で近郊の森を知っていても、実際に行った事が無いので詳しい道が分からない事だ。
僕自身について方向音痴疑惑も出て来た所だしな……。
とりあえず三姉妹へと何気なく聞いてみたらティティミエールがよく知っていた。どうやら修行と称して森へ行っては姉に怒られているようだった。
年頃の女の子が森で修行って──と思うも、僕に向かって繰り出された拳の迫力を思えば、然もありなんという所か。
そんな訳で翌日、僕はティティミエールの案内で近郊の森へ来ていた。
僕は一応完全武装。一方の彼女は急所を木の板で守るだけの簡素な防具に大きな採取籠を背負っていた。
「ここで幾つかの材料を集めたいんだけど、今から地面に絵を描くから見覚えがあったら教えて」
腰から短杖を抜いて地面にキノコと薬草の絵を幾つか描いていく。薬草は分からなかったみたいだけど、キノコは分かるようだ。
「結構上手いな……妙に可愛い絵なのが腹立つけど」
褒めてるのか貶してるのか。詳細を突き詰めた絵より、特徴を強調した方が雰囲気をつかみやすい、と僕は思う。
「あ、このキノコ、よく知らねぇけど腹減った時に焼いて食った事あるぜ。案外美味いんだよ」
ずいぶんと逞ましい事だけども、よく知らないキノコを食べるもんじゃないぞ。
「キノコを適当に食べたらいけません、本当に危ないから」
僕がそう言った途端、ティティミエールが笑い出した。
「あっはっは! フィー姉と同じ事言ってら! 大丈夫だって、キノコなんかに当たる奴は気合が足りないんだよ。その点、アタシは全然問題無し!」
そうかー、キノコに当たる人は気合が足りなかったのかー。これは常識がひっくり返りそうな新発見だぞ。
せめて近くにいる間は僕が気を付けようと誓った。
森の中を材料を探して探索するうちに、キノコはあっさりと、他の薬草もそう苦労する事無く必要な量を集める事が出来た。いや、鼻歌まじりのティティミエールが背負う採取籠を見るに、キノコだけ明らかに量が多い、見た事ないのまで混じっているが、今日の晩御飯にするつもりか。
変なキノコが混じってたら後で捨てておこう……。
それにしても森の中と言うのは浪漫がある。街中では聞かない種類の虫や鳥の声、湿った地面の臭い、何かが潜んでそうな鬱蒼とした藪、なんというか、こう、ワクワクする。
昔読んだ冒険譚の一幕を思い出してしまう。あの探検隊は森の中で怪物に襲われてたっけ。
自分が物語の登場人物になったようで楽しくなってしまった。
さしずめヴェレス探検隊と言った所かな?いや、今は偽名を名乗ってるからヴェルナー探検隊か。
ともあれ我々の採取任務は完了だ。
「よし! ティティミエール隊員。目的の材料は集まった、帰還するとしよう」
思わず探検隊の隊長のような口調になってしまう。
「なんだ、その変な喋り方?」
冷静にそう返されると恥ずかしいじゃないか。
残念ながらティティミエール隊員には男の子の浪漫は伝わらなかった。でも読ませてみれば、案外ハマる気がするんだよなぁ、この子なら。文字が読めればだけど。
そうして街へ戻ろうと踵を返した瞬間。
「──ッ」
急にティティミエールが身構えた。耳も尻尾もピンと立って膨らんでいる。そのただならぬ雰囲気に僕も剣の柄に手を掛けた。
「何かいるのか?」
「あぁ、数は五……いや六か?多分、狼だ……キノコの匂いが集まって動いてるのに気づかれたか……真っすぐこっちに来てるぞ」
そっと背中の籠を降ろした彼女の耳が小刻みに動く。
相手の気配を感じ取っているようだ。
狼──この辺りなら恐らくはパンドラグレイウルフ。似た種が王国側にも居るためパンドラの名前が冠されている。その最大の特徴は魔術を弾くと言われる毛皮だ。そして基本的に群れで行動している為、遭遇した際の危険度はそれなりに高い部類の魔獣だった。
そう言えば向こうの港町で、彼らの毛皮を使ったと思しき外套が売られていたな、と思い出した。店主はどんな魔術でも弾くと豪語していたけど流石に大言壮語だろう。
割と簡単な対処法もあるし。
「アンタは休んでてもいいぜ、これくらいならいつもの事だし」
ティティミエールは肩をぐるぐる回して臨戦態勢だ。なるほど魔術を使わなそうなこの子からすれば、ただの狼のようなもの……なのか?
「流石にそう言う訳にも行かないよ。手伝わせてもらうさ」
僕も剣を抜き、迎え撃つ構えを取る。
「そう言えば、君は武器を使わないのかい?」
彼女はここまで採取籠を持つ以外、手ぶらだった。まさか狼相手に徒手空拳だろうか。まぁ、僕と戦った時も素手だったしなぁ。
「アタシには立派なのがもうあるんだ」
そう言って僕に、両手を広げて見せた。空っぽの手だったが、その指先には確かに立派な、“獣の爪”があった。
「……なるほどね」
猫の様に出し入れできるのだろうか?
ともあれ、あの時あの爪で引っ掛かれなくて良かった……もしかしてアレを使おうとしたからフィフィミエールさんが止めたのか。
果たして茂みを掻き分けやってきたのは、五体のパンドラグレイウルフ。そこらの犬よりも一回り以上大きな体をしたその狼たちは、こっちを見て唸っている、完全に僕らを晩御飯にでもしようとしている様子だ。
「五匹だったか。アタシが三、アンタがニで良いぜ」
ティティミエールは腰を下げて左手を顔の高さに、右手をお腹の辺りで掌を向かい合わせるように構える。それはさながら虎の顎だ。
「それは楽で助かるけど──残念、僕が三だね!」
狼狩りはクレイグに付き合わされてお手のもだ。
先頭に居た二頭の狼が僕等めがけて二手に分かれて駆け出してくる。その後に一頭ずつ、それぞれ続いている。最後の一頭は大回りに僕の後ろに回り込む動きのようだ。
「ちっ」
僕の方へと多めに数を割いた狼の本能に、彼女は不満そうに舌打ちした。
自分に向かって突進して来た先頭の狼の体が一瞬沈み、弾かれたように飛び掛かってくる。態勢を低くし、それを伏せるように躱せば後から駆けてきた狼と目が合う。
影に隠れて追撃、単純だけど効果的だ。こちらの狼は頭が良い。
「だけど──っ!」
狼視点ならそれで隠れるのかも知れないが、僕からは丸見えだった。そんなに高くは無いけど、まだ君らよりは背があるんでね。
伏せていた上体を起こしつつ左脚で強く踏み込む。僕の左肩に向かって噛みついてきた狼の横っ面を、体重を乗せて思い切り左腕の小盾で裏拳の様に打ち据えた。
弾き飛ばされた狼は泡を吹いて痙攣している。僕の左腕には硬い物を砕いた感触が残っていた。
右手の剣で牽制しつつ、最初に躱した狼と回り込もうとした狼の様子を探りながら、ティティミエールの方を伺う。どうやら彼女は先頭の狼の腹を、その爪ですれ違い様に切り裂いたようだ。辺りに激しく血が飛び散り、獰猛に笑う彼女の顔にも返り血が付いていた。
返り血を舐めるのはよしなさい、病気になるよ。
その姿に流石の狼たちも怯えたのか後ずさる。彼女はその一瞬を見逃さなかった。消えたかと思う程の速度で突っ込み、狼の頭を掴んで飛び上がると、勢いそのままに地面に叩きつけた。頭を潰された狼は、それだけでもう動きを止める。
「戦い方がエグいな……」
僕の周りに居た狼も少し引いてる気がする。
今の一瞬で狼たちは半数以下になった、どうやら大勢は決したかな。
そう思った瞬間、唐突に視界の端の茂みが揺れる。それはティティミエールから死角になる位置だった。何が、と思う間も無く、狼が飛び出した。
「──!」
一匹隠れてた!?
彼女が六匹と推測したのは合ってたようだ。
あっという間に狼は彼女の背中に躍りかかろうとする。声をかける間も惜しく、すかさず剣を持っていない左手で短杖を抜き、飛び掛かっている狼に向けて、下手投げの要領で杖を振る。
杖の先が地面を擦ると同時に魔術を発現させ、土から拳大の鋭利な石礫を作り、魔力で飛ばす。
礫は狼の首の辺りに命中し、肉を穿ち鈍い音を立てる。地面に落ちた狼が起き上がる事は無かった。
グレイウルフの毛皮は魔術を弾くことで知られている。けれどそれは、魔力そのものを火や水に変化させ相手に放出する魔術へと限った話だ。
魔術で固めたとしても、石はただの石だ。打ち込まれれば、どんな毛皮だって傷つく。
伏兵が失敗し、形勢が悪いと判断したのか、僕の周りに残った二頭のグレイウルフは逃げ出していた。
「ちっ、根性のねぇやつらだ」
背後から奇襲を受けたのにも関わらず、泰然とした様子のティティミエール。
「いや、さっきのは危なかったでしょ」
「アンタ心配性だなぁ。狼に噛まれたぐらいで死ぬ奴は、気合いが足りないんだよ。その点アタシは全然問題無し!」
そうかー、狼に噛まれて死ぬ人は気合が足りなかったのかー。これは常識がひっくり返りそうな新発見だぞ。
大声で笑う彼女を見ながら、僕はもう気にしない事にした。
こんにちは、リリエッタです。
どうやら坊っちゃま、わざわざ獣人姉妹のためにお薬をご用意なされるご様子。困窮する臣民への施し、王家の者たる矜持を見ました。流石です坊っちゃま。
昔から坊っちゃまは森に入るのがお好きでしたので、非常に楽しそうです。見ているこちらまで心が躍るお顔をなされておりますね。あら、この地面の絵は先ほど坊っちゃまが描かれていた物でしょう。やはり非常にお上手で味のあるお可愛い画風です。画風ですら坊っちゃまの天使さを表現するのですから、やはり坊っちゃまは大天使ですね。
え?尾行なんてして虎系獣人に気づかれないのか、ですか?私はメイドですよ?坊っちゃまのお側が定位置なのです。そこに何かしらの違和感をなんぴとかに覚えさせるようではメイド失格です。そしては私は優秀なメイドですので。何も問題はございません。
どうやら目的の物は採取できたようです。おめでとうございます、坊っちゃま。ややキノコが多いようですが……おや、狼の群れが向こうから近づいて来ますね。虎の娘も気づいたようでございます。ここらの狼程度、坊っちゃまの相手になるものではございません。ですが、メイドたるもの用意は怠りません。私も愛用の2本のナイフを抜いて構えておきます。いざと言うときは私も──はい。出番はありませんでしたね。当然です。坊っちゃまですので。




