第三章 十三話 触診は最低限にお願いします
「僕はこう見えて薬師の資格証を持ってるんだ」
「え? でも開拓者なんですよね? 薬師さんが開拓者をしてるんですか?」
ティティミエールは首を傾げて分かって無さそうだったけど、フィフィミエールさんは、何でそんな事を? といった風に疑問を口にする。
「そうなんだけど……ちなみに鑑定魔術師でもあるよ。あの悪徳商人の薬が偽物だと分かったのも鑑定のお陰なんだ」
資格証の魔術回路を発現させる。
「へー、なんだコレ? 変なもんが浮いてら」
覗き込んだティティミエールが資格証に浮いた王家の紋をちょいちょいとつつく。虎系獣人だからか妙に猫のような動きだけど、そもそもこの紋が何かを知らないようだ。
まあ縁が無ければそんな物だよね。
「海の向こうの王国の紋ですよ。街中でも見かけるでしょう……失礼だからつっつかないの」
説明してくれたフィフィミエールさんは、浮かんだ紋を先程からつついているティティミエールの手を軽く叩き落とした。叩かれたティティミエールは少し不満げだ。
「そしてこれは薬草院の薬師さんや、大店に居る鑑定師さんが持っている王国発行の資格証明証ですよ」
「流石フィー姉、よく知ってるなー」
さっきまで不満げだったティティミエールの顔がぱっと明るくなる。ころころ表情が変わる子だなぁ。話を理解してるのかは怪しいけど。
「二人のお姉ちゃんですからね、伊達に長く生きてませんよ」
腰に手を当てて偉ぶった顔をするフィフィミエールさんは、見た目には年下の少女にしか見えない。
けど、この子が長女なんだよなぁ……。
伊達に長く生きてませんよって、何歳なんだろう?疑問が膨らむも、怖くて聞けない。
でも二人の表情がさっきまでの泣き出しそうな物から変わっている事に、ホッとする。
「紋が出ていると言う事は、当然本物ですよね。ヴェルナー様は一体何者ですか……?」
年齢を聞こうか聞くまいか迷っていると、僕に向き直ったフィフィミエールさんが質問してくる。
「薬師で鑑定魔術師であり、開拓者ってだけだよ」
「どちらか一方があるだけでも食べるには困らないでしょうに……」
「まあ、それは今は重要じゃない。そんな事より、君の妹さんの病気が僕の想像通りなら、治す薬を多分作れるって事だよ」
「アンタ、ミュー姉を治せるのか!?」
ティティミエールがもの凄い勢いで食いついて来る。僕の目の前に迫ったその笑顔は小さい子供ようだった。
しかし、体の色々な所が全然子供っぽく無い……本人が気にしてないのか、大胆に露出している胸元なんて──。
「っん、っんん!ヴェルナー様?詳しいお話を聞かせて頂いても!?」
はい、すいませんでした。 フィフィミエールさんのわざとらしい咳払いと顔がちょっと怖い。
「あ、あぁ。それなんだけど、先ずは病気の妹さんを診察させてもらって良いかな?」
「それは構いませんけど……」
さっきのティティミエールの胸元を見たのが良くなかった、若干疑いの視線を感じる。
「いくつかの質問と喉を見させてもらう程度だから」
「分かりました、それではコチラへ。汚い家で申し訳ないですが」
診察の内容に納得してくれたのか、僕を家へと招いてくれる。
「いやいや、趣のある親しみやすい家です」
船旅以来、気に入って来た言い回しだ。
「?」
二人は良く分かってないようだけど。
家に入るとすぐに、床で寝ていた女の子と目が合う、上体を起こしてこっちを見ていた。外であれだけ騒げば起きちゃうよね。
「こんばんわ。ミュミュミエールさんだね。僕はヴェルナー、薬師なんだ。あ、喋らないで良いよ。肺が悪いんだってね」
喋ろうとしていたミュミュミエールさんを手で制して止める。
「お気遣いありがとうございます」
代わりにだろうか、フィフィミエールさんがお礼を言ってくれた。それに頷いて返しておく。
布団に座った状態のミュミュミエールさんの近くに両膝を突いて視線を合わせる。少しやつれた感じはあるものの、歳は僕に近い雰囲気だ。
やっぱりこの子もフィフィミエールさんの妹には見えないな──じっと見てるとまた怒られそうだ、真面目にやろう。
「それじゃ幾つかの質問と、ちょっと手足と口の中を見させてもらうよ。質問には頷くか首を振って答えてくれれば大丈夫だから」
そう言って彼女の目を見ると頷いて答えてくれた。
鉱山で働く前には症状が無かったか、手足の痺れはあるか、呼吸が苦しいか、喉の腫れはどうか。しばしの時間、質問と診察が続いた。
その間、フィフィミエールさんとティティミエールは固唾を飲んで様子を見守っているようだったが、診察されている当の本人は何だかぽやっとした様子だった。
聞いてみたけど病気のせいで頭がボーっとしている、と言う訳では無いみたいだから、本人の性格かな?
「……ふむ」
一通りの診察を終えて思案する。
「ど、どうでしょうか? ヴェルナー様」
ずっと見守っていたフィフィミエールさんが心配げだ。
「うん、僕の知ってる鉱山病で間違いなさそうだ。これなら僕が薬を作れるよ」
ミュミュミエールさんの状態を見る限り、症状はやや重いものの鉱山病で間違い無いようだったので、これなら材料を調達すれば薬は作れると判断した。
「本当か!? ミュー姉治るんだな!?」
「……うん、その可能性は高いよ」
治療の世界に絶対は無いけれど、とまで、わざわざ言う度胸は僕にはまだ無かった。
「──っ! くぅぅぅ──」
ティティミエールは声にならない声を上げて仰け反っている。これは喜んで感極まっているんだろうか?
横を見ればフィフィミエールさんも涙目だった。
ただ、それでも当のミュミュミエールさんは、笑顔だがどこかぽやっとした様子だった。ブレないなこの子。
幸い基礎回復薬は持ち出した自作の物がある、これをベースにして彼女の症状に合わせて調合しよう。
薬に必要な幾つかの薬草とキノコは、玄関街近郊の森からも発見されている事は知っていた。イレーナ先生やエルザ先生の講義の中で聞いていた話だ。
真面目に受けていた講義の内容が役に立っている実感に、嬉しくなると共に先生達へ感謝の念が絶えない。
「そういえば、薬を探している時に薬草院には行かなかった? 大銀貨一枚あれば足りたと思うんだけど」
「ええ、行こうかとも思ったんですが、あそこの薬は非常に高価ですし……残った分で妹たちに美味しい物を食べさせたかったのもあります」
そう言ってフィフィミエールさんは食材が山盛りの籠を見て切なそうに笑った。最初から薬草院に行ってれば起きなかった問題だけど、わざわざ指摘するような野暮な真似は止めておこう。
どうやら市民の間では薬草院はその価格のせいであまりイメージが良くないようだ。悲しい事だけど、ぼったくりのように見えてしまうのかな。
薬草院が高価なのは症状に合わせて薬を調合するからだ。診察と製薬を行う為に、どうしても薬を単体で買うより高くなってしまうからなぁ。
こんにちは、リリエッタです。
はい?何ですかそこの……下僕13号。ふむ、なんで探し人を見つけたのに合流しないのか?はぁ、そんな事ですか。良いですか、坊っちゃまは自分の目的の為、ひいては自分の力を試すため、敢えてお城──いえ、お家を離れる決心をなされたのです。
それなのに私がまたしゃしゃり出てしまっては、男の決意に水を差すことになってしまいます。そんな事があってはメイドの名折れ。私の矜持に反します。そもそもお城──お家にいらした時からこうして影で見守っていたのですから、やる事は大して変わっていません。場所の違いなど些細な問題です。坊っちゃまのそばが私の居場所であることは永遠の真理ですので。
ところで坊っちゃま?その獣人の娘たちは一体何なんです?ご紹介いただけますか?あ、いえ。今はまだ私、姿を見せられませんので後ほど詳しく、そう詳しくお伺いいたします。




