第三章 十二話 獰猛な虎
悪徳商人を引き渡した後、記憶を頼りにあの少女の家を目指す。
「城下でもないのに、なんでこんなに入り組んでる必要があるんだ……」
僕の記憶はあまり頼りにならず、迷子になっていた。思わず愚痴も出てしまうという物。防衛の観点からわざと入り組んだ作りの城下町と違って、ここはただの町ではないのか?
あまり城から出た事が無かったせいで気付かなかったけど、もしかして僕は方向音痴なのか?思えば港町へもガーフィールが勝手に走ってくれていた。
日が傾き出し、何度も同じような場所をグルグルと回ったかと思うと、見覚えのある趣ある親しみやすい小屋を見つけた。
ようやく目的地に辿り着き安堵したのもつかの間、正面の道から食材が一杯の籠を抱えた小さい影が歩いてくるのが見えた。どうやら僕は最初とは逆側の道から来ていたみたいだ。
ともかく、これもまた女神様のお導きか。丁度買い物を終えた少女の帰宅に鉢合わせた。僕は見つかる前に慌てて身を隠す。
「ただいまです。ごめんなさい、おそくなりました」
少女が小屋に入ってから気付く。そういえば会いに来たんだから別に身を隠す必要無かったな、と。
「おー。おかえり、フィー姉──って、この臭いは!」
「え? ティー!?」
小屋から大声がして、閉まったばかりの扉が勢いよく開き、長身の獣人の女の子が飛び出てきた。先程は見かけなかった子だ。
ロップイヤーの少女も遅れて出て来る。
「急にどうしたんです!?」
ティーと呼ばれた子は、短く赤い髪、耳に虎耳状斑がある獣人で、鋭い金色の瞳が射抜かんとばかりに僕の居る方を睨みつけていた。
「そこに隠れてるヤツ、バレてるから出てきな!」
僕の尾行術じゃ虎系獣人相手には荷が重かったか……バレてしまっては仕方ない。
僕は諦めて二人の前に出た──このさっきは居なかった子、僕より背が高いな?
「あ、アナタはさっきの……」
ロップイヤーの少女は驚いた顔をして僕を見ている。
「帰ってきたら家の近くに嗅ぎなれない男の臭いが残ってた。ソイツから同じ臭いがする。フィー姉をつけてやがったんだ……」
虎系は獣人の中でも特に動物的な特徴が色濃いと何かの本で見たが、本当のようだ。
毛が逆立った耳と尻尾を立たせ、ぎしりと歯を軋ませながら僕を睨む目は一層鋭く。ティーと呼ばれた子は腰を落とし、いつでも僕に飛び掛からんとする体勢だった。
「すまない! 君たちを害する気は無いんだけど、信じてもらえるかな?」
「んなの信用出来るか!フィー姉、下がってて!」
そう叫ぶなり虎耳の子は僕に飛び掛かかって来た。
ロップイヤーの少女はフィーって名前なのか、そしてこの虎耳の子も彼女の妹のようだ。
あれ?末の妹は小さいとか言ってなかったか?ずいぶん大きい妹だな!
て言うか、問答無用か!
拳が届く距離に入るなり、右から左へと素早い連携。それを下がって、潜って避け──僕の動きに合わせて来た、右の回し蹴りを大きく飛び退いて避ける。
結構鋭い攻撃だけど、どうやら虎耳の子は武器を持たないようだ。
それなら少しは余裕がある、手荒だけど一旦大人しくして貰おう。
「くそっ、コイツ……っ!」
体勢を整えたティーの腰が最初よりも深く沈む。耳も尻尾も一層毛が逆立っている、どうやら本気で来る様だ。
「──ッ!」
短く息を吐いた虎耳の子が矢のように飛び込んでくる──速い!けど捕まえられない程じゃない!
凄まじい勢いの突進と共に繰り出された右の拳をその懐へ入って避け、そのまま腕を取って投げた。
彼女の背中が地面に当たる瞬間に腕を引き、後頭部が当たらないようにする。
「──っぐ!」
強制的に肺の中の空気を全部吐き出しただろう、どんな奴でもこれで一瞬動きが止まる。そんな彼女の腕を、その勢いのまま捻り、体を返して腕を背中に回し、肩関節を極める。
「痛ってぇ……くそ! 離せ!」
体を捩って逃れようとするが、少し体重をかけてそれを抑える。
「ごめん、加減はするからちょっと大人しくしてくれるかな」
「こうなったら、もうぶっ殺──」
「──!」
金色の瞳に凶暴な虎の殺意が見えたかと思ったその時、今まで呆気に取られて戦闘を眺めていたロップイヤーの少女が叫んだ。
「それはダメです!ティー!」
「でも、フィー姉!コイツ怪しいぜ!」
虎耳の子がバタバタと暴れながら叫ぶ、肩を極められているというのに元気な子だ、体が柔らかいのか?
先ほど一瞬、本気の殺意が宿ったかに見えた瞳は元に戻っていた。
「私に話をさせて下さい、大丈夫ですよ。ティーが心配するような事にはなりません」
「いや、フィー姉……」
「いいから。……すいませんが、その子を離して頂けますか?」
獰猛な虎を宥めていたロップイヤーの少女が僕を見る。少し警戒しつつ言われた通り、凶暴な虎の拘束を緩めて解放した。
そのまま姉の側に立って猛々しい虎は僕を睨む。いつでも飛び掛かれる体勢だったがロップイヤーの少女はそれを手で制した。
猛獣使いと言う言葉が出かかったけど、それは喉の手前で押しとどめる事になんとか成功した。
「先ずは、うちの妹が大変失礼いたしました」
ロップイヤーの少女は丁寧に深くお辞儀をした。凶悪な虎──虎耳の子は相変わらず僕を睨みつけている。
「自己紹介をさせて下さい。私はフィフィミエール、三姉妹の長女です。こっちの子はティティミエール、末の妹です。あともう一人、次女のミュミュミエールと言う子が居ますが、臥せっていますので後ほど」
お姉さんぶってるこの少女が──フィフィミエール……さんが一番年上なのか、もしかして僕よりも……?城のメイドを彷彿とさせる丁寧な物腰に思わずさん付けになってしまう。
そしてこの一番大きい子が末っ子か、改めて見ると色々と大きい──と、そんな場合じゃない。
「あぁ、丁寧にありがとう。僕はヴェルナー、開拓者としてこの街に来たばかりだよ」
今度はサラッと偽名言えたよな?
フィフィミエールさんが無表情でこちらを推し量るように見ている。
「先程はあのような大金を貸して頂いて、ありがとうございました。それでヴェルナー様、こちらに来られたのはやはり、お金を取り戻しに?」
やっぱりお金を取り返しに来たと思われているな。
「尾行していた事については申し訳ない。君がお金を欲しがる本当の理由が気になってしまってね」
「まぁ、あんな理由、当然詐欺だと思いますよね」
自分でも思っていたのか、フィフィミエールさんは自虐的に笑った。
「自覚はあったんだね」
「えぇ、私もどうかしていました。お恥ずかしい話なのですが……今日、仕事で失敗して勤め先の女将さんからクビを言い渡されてしまいまして……」
「あのクソババァ……切り裂いてやる」
虎耳の子、今怖い事言わなかった?
「病気のミュミュミエールとやんちゃ盛りのこの子を抱えて、この先どうしようかと……最早盗みでも詐欺でも、何でもやるしかないと思っていた矢先でした。立派な武具を身に着けながらも、ぽやっとした顔の貴方を見つけてしまったのです」
フィフィミエールさんが、ぽつぽつと事情を話してくれる。
「その時、魔が差しました……屋台を前に楽しそうにする貴方みたいに呑気な人なら騙されてくれるのではないか、と。とにかくミュミュミエールの薬のために、どうしてもお金が必要だったんです。大事な妹ですから……」
「フィー姉……」
途中で何かやんちゃじゃ済まない事をボソッと呟いた以外、黙って聞いていたティティミエールが泣きそうな顔で姉の腕を掴む。その仕草だけを見れば、なるほど末っ子っぽい。
しかしこの家庭の状況で仕事をクビに……それであんなに必死だったのか。そして僕は屋台を前にそんなに呑気そうにしていたのか、気をつけよう……。
「でも、声を掛けてお願いをした後、すぐに思いました。こんな話で騙される人なんて居る訳ない、私に詐欺師の才能なんて無かった、と。それなのに何故貴方は、返却先も告げずにお金を貸してくれたのですか?私も不思議だったんです」
この子に悪事の才能が無いのは僕にでも分かる。その隣のティティミエールなんて、いよいよもう泣きそうだ。
「でも、あの後私を尾行したと言う事は怪しいと思っていたのですよね?」
「怪しいなとは思ってたけど、それよりも君が妙に必死だったのが気になっちゃってね。万が一犯罪組織の手先になってたりしたら……とも考えてお金を渡したんだ。そうすれば君は家か拠点に戻るだろうと思って。本当に病気の妹さんの為だとは思わなかったけど」
「犯罪組織を疑って……なるほど、そういう訳だったのですか……私にはもう妹たちしか居ませんから、二人を守るためなら何でもします」
「ヴィーねぇぇええええ!」
ティティミエールがとうとう泣き出した。
そうか親の話も嘘……三姉妹だけの家族か……。
「妹のためにも、私はまだ捕まるわけには行きません、ミューの病気が治ればあの子も働けるようになるはずです。そうなれば、お金は何とかしてお返しできると思うので、どうか許して頂けないでしょうか」
そういって深々と頭を下げるフィフィミエールさん。
「アタシからも頼む!フィー姉を捕まえないでくれ!殴ったのは謝るし、アタシも働く!」
さっきまでの敵意が嘘のようにミュミュミエールまで頭を下げる。いや、殴ったのを謝られても君の拳は全部避けたからな?
そもそも、そんな話だったっけ?
「いやいやいや!君を捕まえるつもりじゃ無いよ!病気の妹さんの話は本当で、それを聞いた僕がお金を渡した。特に問題になる話じゃ無いだろ?」
「え? でも……」
「いや、本当に……そんな話をしに来たんじゃない」
これから伝える事を思うと、一人の薬師として気が重くなる。
「実は、君が買った薬は偽物で、店主が謳ったような効果は無いんだ。今の症状のミュミュミエールさんが飲んでも、多少体調が良くなる程度だと思う。君はあの店主に騙されたんだって事を伝えたくてね」
「そんな……本当ですか?」
彼女の問いに頷いて答える。薬が偽物、という言葉にフィフィミエールさんの顔が苦々しそうに歪んだ。
ようやく手に入れた希望が偽物だったと知らされた気持ちなんて僕は知らない。知らないだけに余計に胸が苦しくなる。
「あぁ、店から出てきた君が、薄い青色の薬を持っているのを、偶々見つけたんだ。詳しい説明は一旦置いておくけど、鉱山病に効く本来の薬は紫色をしているはずなんだ」
「そういえば……以前に薬草院で相談した時に見せて頂いた薬は、確かに紫色でした……」
「それで嫌な予感がしたから、店の主人に問いただしたら偽物だと認めたよ。さっき憲兵に突き出してきた所さ」
「そうでしたか……それは……ご苦労様……です……」
フィフィミエールさんが泣き出しそうな顔で絞り出すように言った。
しまった、と思う。彼女にそんな顔をさせたい訳じゃない。僕には妹さんのために出来る事がある。あの時、尾行する事を決めて結果的に良かった。
「だから、妹さんを治す薬、僕に作らせてもらえないかな。薬師なんだ、僕」
そういって僕は、名前の「ヴェ」以外のところをさりげなく指で隠しながら薬師の資格証を二人に見せた。
「え?」
姉妹の声は綺麗に重なった。
はぁあああああああ!坊っ!ちゃ!ま!とうとう!見つけましたよ!坊っ!ちゃ!ま!
少し見ない間に何だか逞しくなられたご様子!男子三日会わざれば刮目して見よとはアンガルフ老の言葉でしたか?何言ってんだこのジジイ、私が坊っちゃまを三日も見ない日があるわけないだろ、と思わないでも無かったですが、今、その意味が完璧に理解できました!三日どころかこの半月ほど、このリリエッタ、坊っちゃまを視界に収められず行きた心地が致しませんでしたよ──ん──コホン。少々取り乱しました。
こんにちは、リリエッタです。
どうやら船旅を経て、坊っちゃまは一段上の男へと成長なされたようです。この様子はつぶさに観察し、王妃様へとご報告差し上げねばなりません。推し友として。
はい?坊っちゃまが詰め所に来たのは悪徳商人を捕まえて引き渡した所だった──はぁぁあぁああん!坊っ!ちゃ!ま!流石です、坊っちゃま!パンドラに到着早々にその場の悪を刈り取る!まさに!大!天!使!
これは王妃様へのご報告の手紙が思わず厚くなりますね。




