第三章 十話 怪しいロップイヤーの少女
前略、母上様。僕は新大陸パンドラの地でいきなり、生まれて初めての詐欺に巻き込まれようとしているかもしれません。
「あ、あの……鉱山で働いてた妹が急に病気になってしまいまして……末の妹もまだまだ小さく、私もどうしたらいいのか……えっと、そんな状況なのに父は酒浸りで働きもせず、私たちに暴力まで振るう有様でして……あ……ぅ」
頭の中で母上に手紙を書き始めた僕をよそに、ロップイヤーの獣人の女の子から妙にたどたどしく語られる、流石の僕でも分かるレベルの白々しい身の上話、さてどうしたものか。
病気の家族が、という手口を取る詐欺の例は枚挙に暇がない。古典的過ぎて仮に本当の話でも信じてもらえない程じゃないだろうか。昔の僕ならまだしも、流石にそうそう信じられる話じゃ無いのは分かっている。
改めて女の子を見てみる。年頃は10から12といった感じ、僕の胸元より低い所から見上げる赤い瞳は、未だ涙を湛えて潤んでいる。小さな手は、給仕服のようだが薄汚れた自身の服を、きつく握りしめて白くなっていた。
正直な所この少女からはどうにも悪意を感じない、先日王国の港で吹っ掛けられて気付かなかったばかりの僕が言うのもなんだけど。
逆に言えば気にもならない程度の悪意と言う事かもしれない。積極的に人を害そうというよりは、あわよくばという程度のもの。
むしろ、この少女から感じるのは……そう、必死さだ。
この白くなるほどきつく握りしめた手からは、何かを守ろうとする者の意志を感じる。その手は何故か、我が国を護る強い意志を持った騎士たちを彷彿とさせた。
だからと言って信用出来る訳では無いんだけど……小さい子だし……うーん。
何がこの子をここまで必死にさせるのか分からないけど、少なくともお金が必要なのは間違いないようだ。ひとまず小銀貨くらいなら良いかなぁ。
黙って考えを巡らせている僕を見る女の子の目に、怯えと諦めの色が宿った様に見えた。
「あ……あの、やっぱりダメですよね――」
「僕が立派な開拓者に見えたなら嬉しいけど、実はパンドラに来たばかりなんだ。とりあえず、こんなもので良いかな?」
少女の言葉を遮るように、念のため周りに見えない様に気を付けながら大銀貨を一枚差し出した。
僕が明確に拒否する前に下がろうとしたこの子は、やっぱり詐欺師としては素直すぎる様に思えて、最初に掴んだ小銀貨では無く大銀貨を渡した。
「はえ? え? こんな……? え?」
僕が差し出した大銀貨を受け取り、混乱した彼女の視線は、自分の手の中と僕の顔を何度も往復していた。大銀貨は二枚あれば金貨一枚分、物乞いに渡すには多すぎる金額だ。
小さな子であれば、この額の硬貨はまだ見た事が無いかも知れないとも思ったけど、そうでもないようだ。発展著しく生き馬の目を抜く新大陸では、こんな小さな子でも大きなお金の計算が出来るようになるのだろうか。
そんな子をこのような行為に駆り立てる理由が大いに気になって来た。
「こんな小さいのに、家族のために一生懸命で偉いな君は。これで妹さんに薬を買ってあげてね」
まだ固まっている彼女の頭── 妙に撫でやすい位置にある──を特徴的なロップイヤーの上から軽く撫でて、その場を離れる。
これで本当に騙されていたらもうしょうがない。完全に僕の見る目の敗北である。まぁ、この子になら騙されても良いかなと思ってしまった時点で、既に僕の負けなのだろう。
少し歩いた所で脇道に入り、すぐに少女の様子を確認する。辺りをきょろきょろと見回し、僕を見失って混乱しているようだ。
詐欺だったにせよ、違うにせよ、大銀貨一枚手に入れば大成功だろう。とすれば、あの子は家か拠点にしている場所に戻ろうとするはず。ちょっと悪い気もするけど、尾行して事情を調べさせて貰おう。
はぁ。初対面の子だと言うのに、僕はなんでこんなに彼女を気にしているのだろうか。僕を鍛えてくれた騎士たちの雰囲気を、あんなに小さな子に見てしまったせいか?
ただの金銭苦と言うなら、それでも良いんだけど、万が一あんな小さな子を利用している奴らが居たらその時は──おっと、混乱から回復した少女が動き始めた。
彼女は脇道に隠れた僕の前を通り過ぎて大通りを街の外側へと向かって歩いて行く。街の外壁に近づいてきた辺りで脇道に逸れ、細い路地に入っていく。
これは……あまり治安の良く無さそうな区画だ。所謂、貧民街という奴だろう。犯罪の温床にもなる場所だけど貧しい民の受け皿でもある為、簡単に無くす事が出来ないとエルザ先生が言っていた――エルザ先生は書き物の後は何かと一般教養などを教えてくれていたが、こういうところで活きて来るんだな。ありがとうエルザ先生。
狭い路地を往き何度か曲がった後、この貧民街でも一際に趣のある小屋へと、少女が帰宅を告げながら入って行った。つい先日までお世話になっていた船を思い出す程の、何とか小屋の体裁を保つ程度の趣のある家だった。
周囲の気配と足音に気を付けながら、枠しかない窓に近寄り中の様子を伺う。
部屋の中には先程の少女の他にもう一人、床へと横になった随分と質素な服の女の子が居た。
どうやら寝ていたようだが、帰ってきたロップイヤーの少女に気付いて起きたようだった。
「ダメですよ、ミュー。ちゃんと寝てないと!」
「えへへ、お姉ちゃんの声が聞こえたからつい……コホッ」
ミューと呼ばれた子は長い茶色い髪に、黒い犬のような耳と、それと同じ色の瞳をしていた。柔和に垂れた目にはクマが出てるが、印象としては優しそうな獣人の女の子だ。
容姿はだいぶ違うがどうやら二人は姉妹のようだ。獣人では血の繋がりがあっても耳の種類が違う事はあるそうなので、実際に見るのは初めてだが、そこは特に気にしない。
お姉ちゃんと呼ばれたロップイヤーの少女はミューに駆け寄り、しきりに体を気にしている。
「大丈夫ですか? これから薬を買ってくるから大人しくしててね」
「え? 薬? すごい高い──ケホッコホッ」
ミューと言う子は喋るたびに咳き込んでいるな。
「あまり喋らないで、ミュー」
「でも前に給仕の仕事だけじゃ厳しいって……コホッ」
「寝てると思ったのに、聞いてたんですね……心配しないで下さい、お姉ちゃん頑張ったから臨時収入があったんです。薬と美味しいご飯を買って来ますから、ちょっと待ってて下さい」
ミューを心配する彼女の声は、家族を本気で心配する物だった。だからあんなに必死になっていたのか。
「ふむ。酒浸りで働かず暴力をふるう父親に、病気の妹と更に小さい妹、ね。……ひとまず病気の妹は本当だったか」
それにしてもミューという子、ロップイヤーの少女の妹と言うには大きくないか?小さいあの子が妹と言うから、それよりも小さい子だと思っていたのに、ぱっと見で僕と同じくらいの歳に見えるぞ?どうみても逆じゃないのか?いや、でも、ミューという子はお姉ちゃんって呼んでたよな……?うーん?
思わずその場に座って考え込んでしまう。
「それじゃお姉ちゃんお買い物してくるから、ティーが帰ってきたらご飯にしましょう」
「うん──ケホッ。いってらっしゃい、気を付けてね……」
おっと、ロップイヤーの少女が出かけるようだ。慌てて入り口から見えない場所に身を隠す。
僕には気付かず、浅く大きな籠を持って小走りに路地の向こうに消えて行った。その背中を見送ってから僕も路地に出る。
話の流れから、どうやらあの子は薬とご飯の材料を買いに行ったみたいだ。
「それにしても、ミューという子の咳の仕方は肺を患っている感じだな……鉱山で働いていたと言う話が本当ならけだえか?」
けだえは鉱山病の一種で肺がやられ手足に痺れが出る病気で、鉱夫の職業病として知られる。玄関街のほど近くには炭坑と、鉄が採れる鉱床があると教わった。鉱山が近くにある街なら鉱山病に対する薬も作られているはずだ。
薬はどこでも売ってるという訳ではないが、それなりの商店か薬草院へ行けばきっと手に入るだろう。
病気の妹が本当で、その為の薬代になるなら大銀貨一枚、惜しくも無い。
僕はお金の事は忘れる事にして、屋台で何を食べるのか改めて考えながら大通りへと戻った。
こんにちは、リリエッタです。
ここ暫くだいぶお見苦しい感じになってしまっていましたが、幸い坊っちゃまに見られてはいないので大丈夫です。
あれから私の下僕も少し増え、坊っちゃまの捜索がしやすくなりました。その甲斐もあり、坊っちゃまの足跡が朧げながら見えてまいりました。最初は私を娼婦か何かと間違えたこの小物も、今では王国の騎士団……とまではいかずともよく働くようになりました。良いでしょう、丸をあげます。え?花丸ですか?10年は早いですよ。わきまえなさい。
代わりにそうですね、そろそろ哀れになってきたのでお給金を差し上げましょう。とはいえ、私も急いで城を飛び出して来てしまったのであまり手持ちはありませんが……まぁ、小銀貨1枚もあれば十分でしょう。ほら、拾いなさい。は?女王様?私はメイドです。
それに我が国に女王はおりません。王妃様とは仲良しですよ。推し友ですので。
はぁ。小銀貨を壁に飾るのはよろしいですが、さっさと捜索の続きをなさい。
良いですか?一目で天使と分かる男の子。ですよ?あ、今は青年になっているので大天使……でしょうか。どのみち天界の住人に見えるお方ですよ。
はい、良い返事です。よろしい、丸をあげます。




