第三章 幕間 魔が差した獣人
「申し訳ありませんお客様!」
やってしまいました。
お客さんに布巾を渡し、謝罪の言葉と共に何度も頭を下げる、一緒にパタパタと揺れる自分の大きな耳が少し鬱陶しい。
店内を歩くお客さんに軽く当たっただけで跳ね飛ばされ、運んでいた飲み物を別のお客さんにぶち撒けてしまいました。
今となっては両親を恨むほどでは無いけど、この小さい体には何かと不便を強いられて困った物です。
「これくらい大丈夫だよ、フィーちゃん。新しいのを持って来てくれるかい?」
幸い、飲み物を掛けてしまったお客さんは顔馴染みで常連のおじさんで、私を怒らずに許してくれました。
ですけど――。
「何やってんだい、フィー! ちょっとこっち来な!」
私の二倍はありそうな身長で私の四倍はありそうな横幅の女将さんが許してくれなさそうです。首根っこを掴まれて運ばれてしまいました。私は獣人だけど犬猫じゃないんだから首根っこを掴むのはやめてほしいのです。
常連のおじさんが心配そうに私を見ています。新しい飲み物は持って来れそうにありません、ごめんなさい、せめて心の中で改めて謝っておきました。
やがて厨房から勝手口を抜けて、店の裏手に放り出されます。お尻が痛いです。
「アンタみたいな使えないのはもうクビだよ! クビ!」
「申し訳ありません! 私、頑張りますから!」
恐らく、もう何を言っても女将さんは聞く耳を持たないでしょうけど。
「金の計算が出来るって言うから雇ったけど、それ以外で全く役に立たないなんて、あたしゃ聞いてないよ!」
私の体が小さいせいか、お客さんに見つけてもらえず、良くぶつかってしまうのは言い訳できませんが、それ以外でそんなに失敗したでしょうか?
何か言い返そうか考えた時、女将さんの次の一言で私の思考が止まりました。
「使えないクセに客に色目使うのは一生懸命なんてね。ちやほやされて喜んでるアンタみたいな女が、あたしゃ大っ嫌いなのさ!」
「そんな事……っ」
それが本音でしょうか。自分がお客さんから女として見られてないので嫉妬したと言う事でしょう。くだらない見栄ですね。
そもそも私はお客さんからちやほやされているというより、子供のように扱われている気がしてなりません。慣れたもんですけど。
「目障りだよ、さっさとアタシの前から消えな!」
やっぱり取りつく島もないようですね。既にこれ以上この人の下で働く気もありませんし、しょうがないですね。
でも、これで仕事が無くなってしまいました……新しい働き口を探さないとなのです。
あ、今週の分のお給金……諦めるほかないですね。
どうしようかと考えを巡らせながら、大通りを歩きます。
ミューは病気で働けない上に高い薬が必要、ティーはやんちゃが過ぎて仕事が続かない、私は先程無職に、はっきり言って状況は最悪です。
かくなる上は春を売ってでも――思わず俯いた目に、慎ましやかな体が映りました。
男性の嗜好は良く知りませんが、お店に来ていた娼婦の方と、自分を比較すれば人気が無いだろう事は分かります。その娼婦の方ですら客の取り合いで大変だとボヤいてましたし。
このような体ですが私は子供じゃありません、年齢で言えば子供が居ても不思議じゃない歳です。それなのに体の発育は妹たちに抜き去られて久しく、特に末っ子のくせにティーと言ったらもう──この考えはもうやめましょう、二人とも大事な妹です。
現実逃避をしていても仕方ありません、何か解決策を考えなくては……こうなったら盗みでも詐欺でもやって、何とかミューの病気を治して……さっさとこの街を離れてしまった方が……。
そんな事を考えていたせいでしょうか、一人の男性が目につきました。
ヘラヘラした顔で屋台を覗き込む人間の男。
目につくのは私でも分かるその立派な武具。
この街に来る開拓者達はみんな、その辺で拾ってきたような、傷だらけの鎧に身を包んでいます。ですが偶に良いところのお坊ちゃんが、何を考えてるのか開拓者に憧れてこの地にやってくるらしいです。
そう言った人間は往々にして世間知らずで甘ちゃんだと、店に来たお客さんが言っていました。
また別のお客さんは、そんな奴らにふっかけて、いくら儲けてやっただとか酔っ払って自慢していました。その時は正直、私も眉を顰めた物ですが、今なら何となく気持ちが分かります。
何の苦労もして無さそうに、楽しそうにこの街をフラフラできる、そんな羨ましい奴らからお金をちょっと戴くくらい、なんて事はないのでは?
ちょっと借りるくらい良いのでは?
そうです、そのうち返せば良いんです。貧乏人にちょっと施すなんて、裕福な奴らなら忘れてしまう程度の出来事でしょう?
意を決して、間抜けな顔をして何やら考えているそぶりの男へ向かって歩き出しました。
途中、妹たちの顔が過ぎります。こんな事やるべきでは無い、でも二人を守るためなら、私は何でもすると決めています。もう家族は世界に私たち三人だけなのだから。この男を騙してでも私は──。
「あ、あの……鉱山で働いてた妹が急に病気になってしまいまして……末の妹もまだまだ小さく、私もどうしたらいいのか……えっと、そんな状況なのに父は酒浸りで働きもせず、私たちに暴力まで振るう有様でして……あ……ぅ」
分かりやすくしどろもどろになってしまいました。
騙すつもりで男に声を掛けてはみたけれど、どうやら私には肝心のその才能が無かったみたいです。
ミュー、ティー、ごめんなさい、お姉ちゃんはバカをやりました。
こんにちは、リリエッタ……です。
まだ船に揺られている気がします……それともパンドラは海の上に浮いてる小島だったのでしょうか……。
この感じ、恐らく後者ですね……。
不本意ではありますが、私はまだ満足に動けそうにありません……こうなっては致し方ありません。人を使いましょう。
ちょっとそこいくごろつきみたいな方?割の良いお仕事に興味は──は?いくらか?ですって?話が早いのは助かりますね。それでは金貨で5枚でどうでしょう?は?高い?何を言ってるんですか、このごろつきは?仕事を受けるのに報酬が高いと文句を言う方が居るとは、パンドラとは不思議な場所ですね。じゃあ、あなたみたいな人はタダでいいでしょう。あら、急に乗り気になりましたね。本当に不思議な方です。案外人とは見た目によらない物なのでしょうか。
いえ、坊っちゃまを見れば分かります。外見とは内面から生まれる物であると。あの天使のような笑顔を見れば誰もがそう感じることでしょう。
は?早く一緒に宿屋へ?何を言っているんですか、このごろつきは。私は宿屋へ行きますが、あなたはこれから私の代わりに人探しを──。
──結論から申しますと。あの男は私を娼婦か何かと勘違いしていた様です。ですので、少し教育を施しましたところ、やはり無償での奉仕を申し出てくれました。やはりパンドラという土地は変わっています。坊っちゃまが悪い影響を受けないとイイのですが……あぁ、坊っちゃま、どこにいらっしゃるのですか……。




