第二章 七話 趣ある親しみやすい船
この港町一番の趣と親しみやすさを持った船から一旦目を逸らし、価格調査に赴いた。
その結果。
明日にも出ると言う船は幾つか見つかったけど、どれも高く即決はしかねる内容だった。
片道の船旅でおよそ金貨三枚からと言うのが相場のようだった。
基本は大部屋で個室なんて希望しようものなら倍以上に跳ね上がる。そんな余裕は流石に無い。
僕が城から持ち出せたお金は金貨で五枚分。これだって贅沢しなければ一年以上は過ごせる金額のはずだった。
それを旅の入り口で半分以上失うと言うのは躊躇うものがある。非常時に換金する為の指輪もあるけど、これはまだ最後の手段に取っておきたい……そもそも宝飾品の換金は手間がかかる。
それに城から僕の捜索隊が出ている可能性を考えると、あまりもたもたしていられない。ガーフィールの脚に追いつける馬は居ないから、明日一杯くらいまでの猶予はあるだろうが──。
「こうなったらあの船に望みをかけてみますか……」
これであの船にまで金貨三枚だと言われたら腹を括ろう。だがその時乗るのはもっと綺麗な船にしてやる。
同じ値段なら、そりゃ良い船だよね!
意を決して、この港の中でも異彩を放ち、ある意味目立つ船の近くに立つ。
気づかれない様に僕は一度深呼吸した。
趣のある船の側で水夫達に大声で指示を出している、僕よりもだいぶ大きい濃紺のコートの背中へと、恐る恐る声をかけた。
「ここはラウル船長さんの船で合ってますか……?」
こちらを振り向いた男は、白髪を後ろに撫でつけ、厳つい顔でいかにも老練な海の男と言った風貌だった。
ギラリとした鋭いカトラスのような目が僕を見下ろし、上から下まで値踏みするように動く。
「あん? ……ロッコの紹介か?」
僕の顔に視線が戻った後、何故か門番さんからの紹介と見抜かれる。船長は何故かバリバリと頭を掻いていた。
「ったく、あいつはまた……まぁ、いい。パンドラまでは片道一週間、金貨一枚、前払いだ。メシは出すが個室なんかねぇぞ。昼間は甲板作業を手伝ってもらう。価格交渉は受け付けねぇ、文句があるなら余所行きな」
不機嫌そうに一気にまくし立てられ一瞬面食らうものの、話の内容自体は悪く無い。
船はボロ……少々趣があるけど、値段は他と比べて三分の一、個室は元々求めてはいないから問題ない。
問題があるとすれば無事にたどり着けるかだけど……大丈夫だよね? 他と比べて安すぎる料金設定が逆に不安を煽ってくる。
だが、何かを極めた人の空気を──クレイグにも似た鋭さを感じさせる船長の雰囲気を信じよう!船の事は僕には分からないけど!
積み荷の他にも船員や客の命が掛かってるんだ、大丈夫……そうそう下手なことにはならないだろう、多分、きっと!
そう自分に言い聞かせた。
「条件はそれで問題ありません、安くて助かります。ですが何故ロッコさんの紹介だと?」
安さも気になったが、一目で何故ロッコさんの紹介だと分かったのか不思議だったので尋ねてみた。
「俺んとこに来るのは貧乏開拓者か、ロッコに紹介された世間知らずかのどっちかだからな」
確かに僕は世間知らずと言えばそうだろう。何せ一人で城から出るのは今回が初めてだ。
「んで、お前さんはどう見ても後者だ。他の船じゃ吹っ掛けられたろ? 見た所いいとこの三男坊かそこらが、開拓者の真似事でもしたくて飛び出してきたか?」
むむ、いいとこの坊ちゃんが開拓者の真似事がしたくて飛び出してきたのは大正解、でも三男坊とは残念でした、聞いて驚け、僕は20番目の末っ子だぞ、ふふん。
なんて無駄に勝ち誇ってもしょうがない。
気になる言葉が出てきたし、家に関しては適当に話を合わせておこう。
「家についてはそんなところですけど。それより、僕、吹っ掛けられてたんですか? 他の船はどこも金貨三枚くらいでしたけど」
何隻か回った結果で相場が金貨三枚だと思ったのに。
「メシや部屋に変な注文つけてねぇなら、高えな。まぁ、お前さんの装備が良いもんなのは、無学な俺でも見りゃ分かる。とすりゃ、金持ってそうだって吹っ掛けられたんだろ」
「確かにそれなりに良い装備だと思ってますが、地味なのを選んだんだけどなあ」
あの場にもあった、高そうな全身鎧を着てたら吹っ掛けられても当然の見た目だとは思える。
しかし、僕が選んだバルタザール製の軽鎧は基本革で出来た地味な物だ。
「ここらに来る開拓者の装備なんてのはその辺で間に合わせただの、拾っただの、おっ死んだやつから拝借しただの、チグハグで傷だらけな防具ばっかりだ。そこに来てお前さんの装備は見た目は地味だが新品同様の綺麗なモンだし、頭から足までどう見ても一揃いの鎧だ。大体の奴がいいとこの坊ちゃんがパンドラに憧れて来たんだと思うだろうよ」
言われて港に居る開拓者を見回すと、手足や胴で意匠の違う防具を身に着ける人ばかりだった。
「気にした事も無かったって顔だな。まぁ、世の中そんな簡単な事から足元見られる事もあるってこった。勉強になったな」
本当にその通りである。
現実逃避も兼ねていたとは言え、ひとまず相場を知ろうと何隻か声を掛けたと言うのに、その全員から同じ様に吹っ掛けられていたのだ。
今まで僕は人から悪意や疑いの目を向けられた事が極端に少ない。
末っ子王子と言えど王子に対しそんな不心得を抱く者が城内に居る訳が無かった。しかし、城の外では訳が違う。この先はそう言った事にも、もっと注意をしなければいけない。
城を出て商人として大成したニーヴェ姉さんに教えを乞うておくべきだったか。
「──っ。……船長さんの言う通りですね、ありがとうございます」
現状では警戒心が足りて無かったと気付かせてくれた事に、素直にお礼を述べたら船長がぽかんとした顔で固まった。
数瞬の後、嘆息すると大きな独り言を言い出した。
「ロッコも無駄にお節介なやつだぜ。ぽけっとした奴が来ると俺を紹介しやがる。確かにぼったくる気はねぇが……ったく、子供のお守り役じゃねぇってんだ」
船長さんはそうボヤいて、またバリバリと頭を掻いていた。やがて小さく頭を振って僕に視線を戻す。
「んじゃ、改めて。パンドラまで片道金貨一枚、前払い、大部屋で雑魚寝、メシは出す。日中は甲板作業の手伝い。問題無ければ明日朝一の鐘で出港だ。必要なら今晩から船室を使っても良いぜ、どうせ泊まるとこも決めてねえんだろ?」
どうする? と目で訴えてくる。
どうやらロッコさんが言っていた通り、ラウル船長は厳つい顔だけど悪い人ではなく、むしろ面倒見が良さそうな人だった。
「それじゃ僕も改めて。ヴェ──ヴェルナーって言います、よろしくお願いします。あとお察しの通り宿もまだ取ってないので、船室を使わせてください」
先ほど世間知らずを思い知ったばかりだし、追っ手の事も考え念の為に偽名を名乗った。彼に金貨を一枚渡して、改めてお願いした。船の耐久性はともかく、船長さんは信用できそうだ。
「おう、任された。分かってると思うが、海の上じゃ俺の言う事には従って貰うぜ」
海の上では船長の言う事は絶対、これは船に乗る上でのルールだ。流石の僕でも知っている。本の知識で、だけど。
「えぇ、勿論、分かってます」
「あぁ、後な」
ロッコさんが思い出したように言葉を付け足す。
「はい?」
「偽名使おうって判断は悪かねぇが、使い慣れてないんなら無理に名乗るな」
「あ、はい……」
やはり僕は世間知らずなようだ。
「ところで、ちょっと素朴な疑問なんですが、良いですか?」
「あん? なんだ?」
最初にこの船を見つけた時に思った事を聞いてみる。
「帆のど真ん中になんで高そうなコートが?」
当て布にしては随分と豪華だ。
「あれか。あれはお前さんより何倍も質の悪い世間知らずの坊ちゃんが乗った時に、暴れやがってな。甲板作業を手伝わねぇ上にメシが不味いだ何だの。あんまりうるせぇから、ぶん殴ってふん縛って迷惑料として頂いたヤツさ。丈夫そうなコートだから穴塞ぐのには丁度良かったぜ」
喋りながらの身振り手振りも大きく、良い目印になったと豪快に笑うラウル船長を見て航海中は大人しくしておく事を決めた。
海上で船の掟を破る者は船長に何をされても文句は言えないのだ。
こんにちは、リリエッタです。
ガーフィールが居なかったので厩舎でぱっと見一番逞しい馬を借りたのに、道も半分の辺りでもうへばってしまいました。だらしのないお馬さんですね。
まぁ、生き物ですから仕方ありません。そもそも最初から自分の足で走った方が早かったかもしれなかったのに無駄に無理をさせてしまいました。焦りすぎてしまったようです、これは反省点ですね。
港町まではあと半分といったところですから……ふむ、半日も走れば真夜中までには着きますね。急ぎましょう。
待っていてください坊っちゃま。今、リリエッタがそちらへ行きます。




