クラス1の堅物才女・堅井さんのカバンにエロ本が入っていた件 〜内緒にするから、手取り足取り教えてくれない? ※勉強を〜
期末テストが返ってきた。高二の三学期で、国語・英語・数学・歴史の四教科も赤点なのはかなりマズい気がする。家に帰ったら、絶対にかぁちゃんにドヤされる。
溜め息をつきながら帰り道をぼーっと歩いていた。点滅している横断歩道に差し掛かり立ち止まると、同じように立ち止まったらしい紺色のコートを着たおさげの女子高生に、横断歩道を走って渡ってきたオッサンが勢いよくぶつかった。
「きゃっ」
「おっ、すまんな!」
女子高生が尻もちをついて倒れたのに、オッサンはそのまま走り去ってしまった。なんて酷いオッサンなんだ、ハゲてしまえ。と心の中で悪態を吐きつつ、女子に目を向けると、クラスで堅物才女と言われている堅井さんだった。
ちょっとズレたメガネを掛け直そうとしている彼女に、声を掛けつつ中腰で手を差し出した。
「堅井さん、大丈夫? ケガはない?」
「……ええ、大丈夫よ。ありがとう」
差し出した手をサッと避けられてしまった。
そういえば、堅井さんって男子から話しかけられると、妙に顔を強張らせていたっけ。たぶん苦手なんだろうな。男嫌いなのか、潔癖症なのかは分からないけど。堅物の堅井なんて呼ばれているのも、そんな反応のせいだろう。
俺の手を避けた拍子に、堅井さんのカバンから本がこぼれ落ちたので拾おうとした。
「あ、本が落ち……え? エロ本?」
「っ! これは……そのっ…………」
顔を真っ赤に染めて、男向けのエロ本に飛び付く堅井さん。
堅物な才女がエロ本を抱きしめる仕草に、なぜか心臓が高鳴る。
これは恋か、煩悩か、ラッキースケベの予感か。
口から飛び出していたのは、「内緒にするから、手取り足取り教えてくれない?」だった。
「ただいまぁ」
「おじゃまします」
「おかえ――彼女!? 幸介の彼女っ!?」
真っ赤な顔のままの堅井さんを連れて家に帰ると、かぁちゃんがめちゃくちゃうるさかった。
「ちげぇよ。勉強教えてもらうんだよ!」
「なんだ。つまんないの。幸介バカだから、教えるの大変だろうけど、よろしくね?」
「っ! は、はひっ!」
堅井さんを二階の俺の部屋に案内した。暖房を入れ、とりあえず座っといてと言って、飲み物を取りに一階に戻った。
かぁちゃんには邪魔するなよ? と念押しした。そうじゃないと、絶対に覗き見してきたり、ドアに耳とか押し当ててそうだから。
「おまた……せ……炭酸系って、飲める?」
「え……あ、うん。大丈夫」
部屋に戻ると、紺色のコートとブレザーを脱いだ堅井さんが、俺のベッドに座っていた。モジモジと膝を擦り合わせつつ、視線をあちこちに飛ばしている。
何でそんなにエロい仕草をするんだ。あと、なんでそんなに照れたように頬を染めるんだ。いろいろと勘違いするじゃないか。こっちまでなんか照れてきたし。
あと、胸でけぇ。隠れ巨乳か!
「じゃ……じゃあ、始めようか」
「えっ、もう? その……お母さん、いいの?」
「かぁちゃん? いい、いい。邪魔するなって言ってきたから大丈夫だよ」
そう言いながらコタツの横にしゃがみ、カバンの中を漁る。赤点の期末テストとそれぞれの教科書を取り出した。
まずは国語から教えてもらおうかなんて考えながら、堅井さんに視線を向けると、なぜか襟元のリボンを外してボタンをひとつ、またひとつと外そうとしていた。
「ちょぉぉぉぉっ!? な、何してんのぉ!?」
ボタンを外そうとしていた堅井さんの手を、慌ててガシッと握った。何も考えずに飛び付くように。
「えっ、そういうプレイなの?」
――――そういうプレイ!?
待って欲しい。そういうプレイってなにか説明して欲しい……じゃなかった。そういうプレイは横に置くとして、俺と堅井さんの間で何やら大きなすれ違いが起きてないか? え? なんで? マジでラッキースケベな感じ? 実は好きでした! とかあったりするやつ!?
「へ……部屋、暑かったかな?」
チキンな俺は、脳内の妄想とか色々な色々をグッと飲み込んで、暖房のせいにしてみた。
「横島くんって、着衣派?」
――――着衣派ぁぁぁん!?
グッ。いかんいかん、非常にいかん! 堅井さんから出てくる言葉が、全部なんか際どいのなんでだよ!? 俺の煩悩がそう聞こえさせてるわけじゃないよな? あれか、堅井さんって裸族!? いや、流石の裸族も人前では裸族にならないだろ。あれか、堅井さんはヌーディスト・ビーチとかイケる派か…………って、違う違う!
俺は勉強を教えてもらいたかっただけなんだよ。うん、なんかマジでラッキースケベなチャンスが来てる気がするが、ここは初心に帰るべきだ。というか、ガチでヤバい問題から解決しねぇとマジでヤバい。進級が。
「期末テスト赤点でさ、堅井さんに教え欲しいんだ」
「手取り足取りって、服を脱がすところからなの?」
「「――――へ?」」
同時に喋って、同時に混乱した。
「っ! そんなんだから、国語が十点なのよっ!」
「ごめんって」
ベッドの上に座って俺の布団に包まり、そこから真っ赤な顔だけを出して怒鳴る堅井さん。
俺の言った『内緒にするから、手取り足取り教えてくれない?』が、エロい意味だと思ったらしい。エロ本のことを秘密にするんだから、対価はエロいことだと。
俺は勉強のつもりだったんだけど。
「勉強って、一言も言ってないじゃない! 状況と言葉は関連するものなのよっ。あの状況なら、そういう意味になるのよっ! バカっ!」
「ごめんって!」
ズレたメガネのすき間から、潤んだ瞳が見える。色素が薄くてオレンジのような緑のような? 綺麗な瞳。てか、分厚いメガネとクソダサいおさげで気づかなかったけど、よく見たら堅井さんってめちゃくちゃ美少女じゃないか?
「いやほんとごめん。でも、手取り足取り教えようとしてたよな? え? 堅井さんって、実は経験豊富とか? エロ本も、なんか結構ガチのやつだったし……」
「あれは、お姉ちゃんのイタズラなのっ!」
「えぇ?」
聞くに、堅井さんのお姉さんは大学生で、なかなかに派手な人らしい。そして、堅物一辺倒な堅井さんのことを心配して、少しくらい遊び心を持ちなさいよ、とかなんとか言って通学カバンにエロ本を入れてきたのだとか。
「…………お姉さんに遊ばれてない?」
「っ、わかってるわよ! 凄くにやにやしてたものっ」
家を出たとこでカバンに入れられて、玄関の鍵を締められたらしい。途中で捨てりゃいいのに、コンビニとかで捨てたら誰かに見られるかもしれないし、トイレには分別ゴミ箱がないし、なんてよくわからない堅物な理由を述べていた。
――――堅井さんは、間違いなく経験とかないな!
顔を真っ赤に染めながら言い訳をする堅井さんを、ほほ笑ましく見つめる。
「とりあえず、布団から出てきてくれないか?」
「……なんで?」
「いや、わりとマジで勉強を教えてほしくて」
そう言うと、堅井さんが布団から出てきてくれた。そして、俺の真横に座ると、「どこが分からないの? 希望通り、手取り足取り教えてあげるわよ!」と顔を真っ赤にしていた。
「横島くん、いつも真面目に授業を受けてるのに、なんでこんなに点数が酷いのよ」
堅井さんが俺のテストを見ながらそうぼやいた。俺の授業態度とか何で知ってるんだろ? 席はそんなに近くないのに。
「んー? そんなに真面目に受けてないよ。ノートに落書きしたりして遊んでるし。ほら」
取り出したノートを見せると、堅井さんがクスクスと笑い出した。それはいつものような堅い表情じゃなくて、柔らかくて解けたような。
学校でもそんな風に笑えばいいのに。
「あははは! 真面目にノート取ってるんだと思ってた!」
「そんなに俺のこと見てたの?」
コタツに肘をついて堅井さんの顔を覗き込んだら、ボンッと聞こえそうなほどに顔を真っ赤にされた。
「べ、べつにっ、そんなにいつも見てないわよ。たまたま視界に入るだけよ。ほらっ、とりあえず間違えてるところからやるわよ」
「おぉ、うん。ありがと」
更にググッと近付いてきて、テストの解答用紙を確認する堅井さん。これやっぱワンチャンあるくね? と俺の煩悩が囁くが、優先すべきは、やっぱり勉強だよな……。
かぁちゃんが『飯食っていけ!』と部屋に乱入してくるまでの二時間、俺は勉強に集中できずにいた。堅井さんから漂ってくる、シャンプーか何かの甘い香りをこそこそと嗅いだり、襟元からチラチラと見えている谷間を盗み見するのに忙しくて。
理性と煩悩の戦いは、やや煩悩が勝ち気味だ。
「もお、全然進まなかった! 明日の昼休みは無いと思いなさいよ?」
「え、明日もやらせてくれるの?」
「言い方っ!」
今回に関しては、ちょっとわざとの部分はあった。
そっぽを向いて「手取り足取り教えるって、約束したしね」と返事をする堅井さんの赤い耳に触れる。
「っ!?」
「堅井さんって、かわいいね」
「――――ばっ、バカじゃないの!?」
クラス1の堅物才女・堅井さんのカバンにエロ本が入っていたことを内緒にしたら、手取り足取り教えてもらえるようになった。勉強を。
明日の昼休みも手取り足取りで教えてくれるらしいけど、他の奴らに本当の堅井さんを知られるのは惜しいなと思ってしまった。
―― fin ――