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戻った理由

「そうなると、ここの召喚者と魔術師は……」


 見つけたばかりの革のブーツの具合を確かめる。

 新品はやはり革が固く、少々動きにくい感じはするものの、スニーカーとは比べ物にならないくらいの安心感があった。

 靴底は踏み抜き防止の鉄板などは仕込まれていないものの、分厚くて頑丈そうである。


「死体が見つかっていない以上はなんとも言えない。推測を述べるだけならできなくはないけどな」


「聞かせて頂いても?」


 そう言いながらクロエは俺が脱ぎ捨てたスニーカーを拾い上げ、空中に出現する黒い穴ことアイテムボックスの中へそっとそれをしまい込んだ。


「どうするんだそれ?」


「異世界の品ですし、捨てていくのはもったいないかなと」


 素材やらデザインやら、見るべきところは色々ありますと言うクロエに、スニーカーは進呈することにした。


「ブーツの代金とでも思うか」


「そのブーツ。騎士長に支給されるワイバーン皮のかなりいい奴ですよ。何故ここにあったのかは分かりませんが」


 ワイバーンの皮と聞いて、少しだけ心が湧きたつ。

 実にファンタジーな素材だからだ。

 少しでもサブカルチャーをかじったことのある者ならば、多少なりとも心浮き立つものを感じるはずである。


「それで推測の方は?」


「二択しかない。ここで迎撃してそのまま、本城の戦力と合流したか。ここで全滅したか」


 全滅という言葉を聞いたクロエがびくりと体を震わせたが、状況から見てそれ程可能性の低い話ではないと思う。


「召喚で余程のアタリを引いたのであれば、召喚主である宮廷魔術師を無視して、召喚者だけがゾンビの群れを突破して逃げ出した、という展開もあり得るんだけどな」


 宮廷魔術師の目がある以上、この場から逃走するという選択肢を選ぶのはとても難しい。

 宮廷魔術師からしてみればわざわざ召喚したものを、何の理由もなく手放すわけがなく、ここから逃走するためには自分より先に宮廷魔術師が死んでくれるという幸運に恵まれるか、実力で宮廷魔術師を倒せるような大当たりの召喚者でなければならないと考えられた。

 さてどっちのパターンだろうなという疑問に対する答えの一部を、俺達は程なくして見つけることになる。

 それはいくつかの部屋を調べた時に、本当に唐突かつ無造作に床の上に転がっていたのだ。


「ソーヤさん、これ……」


「知っている奴か?」


 クロエが見つけたそれは、俺の目から見ると何が何だかよく分からない代物だった。

 血肉に染まり、幾度となく踏みつけられたと思しきそれはただのぼろ雑巾にしか見えなかったのだが、クロエの目はただのぼろ布とは違う特徴を見出していたらしい。


「宮廷魔術師のローブだと思います……多分」


 クロエがそう言った代物は、よくよく目を凝らして見てみると、ただの布ではなくうっすらと刺繍のようなものが施されているように見えた。

 血のりや肉片で床に貼りつくような状態になっているそれを見る限り、それの装着者がこれを脱ぎ捨てて、無事に逃げおおせたとは考えにくい。

 どちらかと言えば、ローブを床に張り付けていた接着剤になってしまっていると考える方がまだ自然なように思える。


「ここで力尽きて、物量に文字通り押しつぶされたか」


「ここで全滅してしまったのでしょうか?」


 クロエの問いかけに対して、俺は首を傾げる。

 ローブを床に接着しているものの総量は、それ程多くないように見えた。

 相手がゾンビであるので、多少は彼らの胃袋に収められてしまったのかもしれないが、それにしてもこの場に散らばる血肉の量が二人分あるようには思えなかったのだ。


「俺には召喚した奴をここから逃がしたように見える」


 召喚でアタリを引き、すぐに本城へ向かおうとした途中でゾンビの大群と遭遇。

 次々にゾンビ共の餌食となっていく兵士達を犠牲にここまで来た魔術師と召喚者であったが、武運拙く魔術師がここで脱落した。

 そんな感じではないだろうかと俺が言うと、クロエは同意も否定もせずに尋ねてくる。


「では召喚者は?」


 先に考えた状況の中で、自分より先に宮廷魔術師が死んだという幸運に恵まれたパターンではある。

 つまり召喚者はここから逃げ出す機会を得たわけではあるが、ではここから逃げ出したのかと考えると、いささかそれには疑問が生じた。

 右も左も分からないような異世界で、召喚者がこの状況下から冷静な判断を下すことができたのだろうかと考えると、それには否としか答えられなかったのである。

 頼るべき存在である宮廷魔術師が目の前で力尽き、ゾンビの餌食になるところを見せられ、一人ぼっちになった場合、冷静でない者はどう行動するのか。


「誰が召喚されて来たのかにもよるだろうが。荒事に慣れていないような奴が呼ばれていたのだとしたら、まぁパニックになるだろうな」


 個人的にはここでパニックを起こしてしまえば助かるものも助からなくなると思うのだが、そう言ったところでパニックを起こさずにそんな状況を切り抜けられるような人物はそうそういないだろう。


「パニックを起こした奴が何を考えるかと言うと、とにかくこの場から逃げ出そうとする」


 その場合の逃げる先とはどこか。

 この問いには比較的簡単に答えが出せた。


「ゾンビの大群を突っ切って外へ出れるような胆力がある奴なら、そもそもパニックなんか起こさない」


「それはそうかもしれませんね」


「パニックになると考え方が短絡的になりがちだから。一刻でも早くこの場から逃げ出せると思える行動をとる」


「それは?」


 冷静に考えれば本城を目指す以外の手はないはずなのだが、おそらくここにいた誰かは別な行動をとったはずだ。


「召喚室に戻ろうとした、と考える」


「何故です? あそこはご存じの通り、行きどまりですよ」


 不思議がるクロエなのだが、これにはきちんとした理由が存在している。


「まず、来た道を戻るのでゾンビ共が少ない」


 ここへ到着するまでに兵士なり宮廷魔術師なりがある程度はゾンビ共を間引いていたはずで、外から多少流入していたとしても、このまま進むよりは確実に戻った方が遭遇する敵の数は少ないはずだ。


「それはそうかもしれませんが、行きどまりに逃げ込んでもその先はないですよ?」


 救援が来ると言うのであれば袋小路に逃げ込んで、ひたすら守りに徹するといった方法は全くない手だとは言えない。

 ただ俺は、召喚者が召喚室へ戻ろうと考えた理屈はもっと違ったものだったと考えている。


「逃げ場はあるだろう、と思って引き返したんだろうな」


「ないですよ? えぇ本当にないんですってば」


 クロエがあまりにはっきりと否定するので、本当にあの召喚室は逃げ場のない場所なのだろう。

 そうと見せかけて実は、というパターンもないわけではないのだが、これを疑い始めるとキリがない。


「その情報を召喚者は知らないし、知っていたとしても彼だか彼女だか分からない誰かには召喚室に戻る理由がある」


 見当もつかないといった顔をするクロエなのだが、これは仕方のないことだと思う。

 彼女は召喚室の機能というものをきちんと理解しているので、召喚者が抱いた思い込みというものに考えが及ばないのだ。


「確かに召喚室には他のどこかへと通じる扉というものは存在していないんだろう。しかしそこには別なものがある」


「それは何です?」


「異世界に通じる扉だよ。つまりは召喚陣だ」


 それがどうしたという表情をしているクロエに、思わず俺は苦笑してしまう。


「来ることができたんだ。当然帰ることもできるのではないかと考えてもそんな不思議なことじゃないだろう?」


「いえ、不思議です。だって召喚陣ですよ? 送還陣じゃないんですよ?」


 その程度のことも分からないのかと言いたげなクロエなのだが、魔術なんてものが存在していない上にサブカルチャーにもほとんど触れることのない人物が普通にいる世界に生きていた者としては、そんなことを思われても困るとしか言いようがない。


「魔術に造詣のない人の理解なんて、そんなもんだよ」


「そういうものですか? ですが召喚陣ですよ?」


 今一つ納得できていないようなクロエなのだが、これ以上は俺としても説明のしようがない。


「そういうものだと思ってもらうしかないな。それでその結末なんだが……」


 そう言って俺が足を止めたのは、扉は破壊されてしまっていたものの壁に召喚室と書かれた札が下がっているぽっかりと開いた穴の前であった。

面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。


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