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支城の惨状

 結論から言うと俺達はもう一つの支城で、足手まといを拾うようなことはなかった。

 では戦力を拡張することができたのかと問われれば、そう言うこともない。


「ソーヤさん……」


 力なく俺を呼ぶクロエの声を聞き流しながら、それはそうだよなぁと俺は天井を仰ぐ。

 俺はたまたまクロエが結界を張るのが間に合い、召喚の儀式が成功し、儀式の間に少数のゾンビ共しか押しかけて来なかったおかげでゾンビ共の餌食になることがなかった。

 しかし、俺がそうだったからと言って、他の奴が俺と同じくらいの幸運に恵まれるかと言えば、そんなことはないとしか答えることができない。

 つまり、二人目の召喚者は俺よりかなり不幸な運命をたどったということだ。

 もう一つの支城は外から見る限りでは、支城と言えどもさすがは王都の城だと言えるような外観であった。

 だが一歩、支城の中へ足を踏み入れると、かなり酷い光景が広がっていたのだ。

 天井と言わず壁と言わず、亀裂や切り傷と思われる跡が縦横無尽に走っており、さらにそこへ焼け焦げていたり、バラバラにされていたりするゾンビの体が散らばっている様子はただ酷いの一言に尽きる。


「これは……」


 クロエが呟く。

 俺が召喚されていた支城では見ることのなかった光景だ。

 クロエも魔力が尽きかけるまでゾンビ共と戦ったらしいが、クロエがいた支城にはこんな酷い光景は広がっていなかった。

 それはおそらく、クロエの方にはまだ死体を魔術で始末するだけの余裕があったということなのだろう。

 しかし、こちらの支城にはそんな余裕は全くなかった。

 だからこそ、ゾンビ共の残骸がそのままにされているのだ。


「召喚室の場所は地下か?」


「は、はい。支城はあちらもこちらも大体同じ造りになっています」


 先程通ってきたばかりの道と同じ造りをしていると言うのであれば、何となく道は分かる。

 道が分かるのであればクロエに先導してもらう必要はなく、魔力の回復に専念してもらうことにして先頭には俺が立つ。


「い、いいんですか?」


 どこか申し訳なさそうなクロエに、俺は少し考えてから答えた。


「いいんじゃないか?」


 口でそう答えつつ、俺の方は通路の曲がり角から急に飛び出してきたゾンビをひょいと回避する。

 結構勢いをつけて飛び掛かってきていたようで、俺を見失ったゾンビは止まることなくよたよたと俺の後ろを歩いていたクロエの方へ近寄っていく。

 もちろんそのままクロエへ襲い掛からせるわけがなく、俺はゾンビの背後から上着の襟を掴むと、膝の裏に蹴りを入れつつ仰向けに引き倒した。


「魔術よりこちらの方が早いし、何より目減りしないしな」


 倒したゾンビの下あごからのどの辺りを俺は踏み抜く。

 ただ喉を踏んで、首の骨と気道とを破壊してしまってもいいのだが、下あごを踏んで砕くと砕けた骨が喉へと突き刺さり、より確実に標的を絶命させるのだ。

 もっとも、既に死んでいるゾンビ相手にこれがどれだけ効果的であるのかについては全く分からない。

 それでもなんとなくそうしてしまうのは、身について技術というものである。


「あぁ、頑丈なブーツが欲しい。こいつらに噛まれても歯の通らない奴」


 靴底と爪先とに鉄板が仕込んであればさらにいいのだが、こちらの世界にそういった物を作れるだけの技術があるのかどうか分からない。

 今、俺が履いている靴は一般的なスニーカーでしかなく、ゾンビの骨を踏み砕くにはいささか柔らかすぎる。

 そのうち、踏み抜いた骨が靴底を貫いてくるのではないかとひやひいあしながらでは、踏み砕く足も鈍ろうというものだ。


「支城の武器庫とかないのか?」


「本城になら武器庫はありますが……急ぎで必要でしょうか?」


「我慢はできるが……気が気じゃないな」


 相手はゾンビである。

 生者とは違い、首だけになっても動いたりする存在だ。

 そんなものの残骸があちこちに転がっているのだが、残骸だと思っていた生首がいきなり噛みついて来たりしないとも限らない。


「ご期待に添えるかどうか分かりませんが、兵士の詰め所にならブーツくらいはあるかもしれません」


 ただのブーツでも、今履いているスニーカーよりはきっと頑丈だろう。


「その詰め所は遠いのか?」


「経路的に少し脇道に逸れますが、それ程遠くはありません」


「それなら寄っていくか。こっちの惨状を見る限り、まだそこそこの数のゾンビが残っていたとしてもおかしくないからな」


「分かりました。では、そちらです」


 先頭は俺が務めたまま、クロエの指示に従って支城内の通路を進んだ結果、ほどなくして俺達はクロエの言っていた兵士の詰め所へ到着することができた。

 ただ、そこに残されていた光景はこの支城で起きたことが如実にわかる代物で、クロエは両手で口を押えて必死に悲鳴を押し殺している。


「相当な数のゾンビ共が入り込んだんだな、こっち」


 血臭と死臭とがあまりに濃過ぎて、鼻が馬鹿になったような気がする。

 それ程広くはない兵士詰め所の中は、天井も壁も床も赤黒くて粘性の高い液体が、これでもかとばかりにぶちまけられていて、視界の全てを埋め尽くしているような有様だ。

 そんな視界の中で妙なアクセントを加えるかのように転がっているのが切られたり、引きちぎられたりしている人体のパーツ。

 どれがゾンビのもので、どれが兵士のものなのか判別がつかないくらいに破壊され尽くしたそれらは、ここで相当に激しい戦闘が繰り広げられたと言うことを物語っているように見えた。


「私、運が相当良かったんでしょうか」


 何か使える物でも残っていないかと、顔をしかめながら詰め所の中にある棚や机を物色しようとしていた俺に、クロエの呟きが聞こえた。


「だってそうじゃないですか。同じような立地の支城でこっちはこんなことになっているのに」


「自分の方は大したことがなかったから運がいい、と?」


「はい、ただ……」


 クロエは少し言葉に詰まったが、すぐに続ける。


「三つ目の召喚室にまで回す兵力がなかったのは確かです」


 二つ目までの召喚を確実に実行し、三つ目の召喚については成功すれば良し。

 失敗したとしても多少ゾンビ達の注意をひきつけることができたのであれば十分役立ったと言える。

 そんなことだったのだろうなと推測した俺は、クロエへこう告げてやった。


「なるほど。それは確かに運がよかったな。生存確率が高い方に配置されて


「それは……」


 どういうことかと尋ねてくるクロエに答えようとして、俺は棚の中から革のブーツを発見し、自分の足に合わせてみる。

 サイズの方は問題なく、ブーツの中身を改めてみればおそらく新品だろうと思われたのでこれに履き替えることにした。

 これが中古品だと、汚い話になってしまうが水虫の類を感染させられかねない。


「第一は見た通り。現在進行形でゾンビ共に囲まれている。第二は……」


 スニーカーはもったいない気がするのだが、ここに捨てていくことにする。

 安物であるのでそれ程丈夫な品物ではないし、壊れてしまったら修理できるような品物でもない。


「推測混じりになるがな。まず兵士をそれなりの数、配置されていたせいでここには人の気配と物音とが生じた」


 支城の中に一人しかいないのと、それなりの人数をそろえた部隊がいるのとで、どちらがゾンビ共の注意を引きやすいかと考えれば、余程クロエが支城内でバカ騒ぎを繰り広げたりしない限りは後者の方が確率が高くなるのは間違いない。


「それと多分、ここの召喚はアタリを引いたんだと思う」


 支城内が惨状をさらしているのは、大量のゾンビ共をそれでもいくらかは迎撃できたせいなのだろう。

 一方的にゾンビ共に押し切られたのであれば、城内にこんなにも沢山の死体パーツや体液がぶちまけられているわけがない。

 さらにのこのこと入り込んできた俺達を待ち構えていたのはきっと、足りない獲物に腹を満たすことができなかった多数のゾンビ共だったことだろう。


「そうならなかったと言うことは、俺達は運がいいんだと思うぞ」


 改めて考えると確かにその通りだと、俺とクロエは青褪めた顔を見合わせながら思ったのだった。

面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。


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