対アンデッド特効
支城と言うからにはそれ程大きくないものを想像していた俺なのだが、考えが甘かったことを早々に知ることになる。
つまり、俺達のいる支城とやらはまぁまぁ大きかったのだ。
「王都の城なのでこの規模ですが、他の城ならここまで大きくはないんですよ」
「それって現状、何の慰めにもなってないよな?」
そう答えて俺は、何体目になるのか数えてもいなかったゾンビの頭を踏み潰す。
床に飛び散る赤やピンクの飛沫と、それらから立ち上ってくる臭いとに気が滅入って来るが、慣れというものは恐ろしいもので俺はすぐに臭いのことを頭から追いやると新手が来ないかどうかと警戒に移る。
それだけの数のゾンビ共を始末していたら、返り血やら腐汁やらで俺の方も大変な状態になっていそうなものなのだが、何回かおきにクロエが魔術できれいにしてくれていたので、血脂に塗れるような悲惨なことにはなっていない。
「もう少しで外だと思うのですが……外へ出ても状況が好転するかどうか……」
「それはどういう意味だ?」
「ソーヤさんと一緒に行動するようになってから、私達以外の生存者を一人として見ていません」
言われてみれば確かにその通りで、それは確かによくない情報だと俺は天井を仰ぐ。
支城といっても王都にある王城のもので、それは外に出るまでにそれなりの時間がかかるくらいの規模のものなのだ。
当然、規模に見合っただけの人員が務めていたはずの場所なのだが、俺達は俺達以外の生存者と出会うことなくただひたすらにゾンビ共を迎撃し続けている。
「支城内の人員が、完全に全滅するようなことなんてありえるのか?」
「分かりません。ですが正規兵だっていたんです。一方的にみんなやられてしまったというのは考えにくいです」
確かに正規兵というものは、兵としてきちんと訓練を受けた者達のことであり、きちんと訓練されている分だけそうでない者達よりは殺されにくい。
ただ、ハイランド王国の正規兵とやらがどの程度の兵なのかまでは俺も知らないので、どのくらい使い物になる兵だったのかは分からなかった。
「それに、支城にも本城にも司祭様や神官達がいたんです」
「坊主がどうかしたのか?」
ゾンビ相手に坊主がどうかしたのかと思ったら、実力によりはするものの神に仕えている者達はゾンビのような存在を祈りによって成仏させることができるのだとクロエは言う。
「ターンアンデッドと言います。迷える魂を正しい道へと案内する行為ですので、ほとんど法力を消費しないと聞きます」
対アンデッド戦においては必須の存在なのだとクロエは言う。
「そもそもこの城。なんでまたゾンビになって襲われているんだ?」
王国の王城と言えば、本丸中の本丸なわけで、そこを攻められてしまっているということはもう亡国一歩手前な状態になっていると言ってしまってもいいのではないかと思う。
「不明です。西の国境からの連絡でゾンビの大群が越境してきたという連絡が入ったのは五日程前になりますが」
「それって早馬とか?」
「いいえ。テレパシーの魔術です。中継基地をいくつか挟みますのでいくらか時間差が生じる情報になりますが」
通話距離の延長が現在の技術的課題なんですと溜息を吐くクロエなのだが、俺の方からしてみればとりあえず訳の分からない魔術の仕様なんてものはどうでもいい。
問題は、自分が今直面しているトラブルの規模が、思っていたよりもずっと巨大なものだったと言うことである。
「時間差というのはどの程度なんだ?」
「およそ半日くらいでしょうか」
テレパシーの魔術だけならばそんな時間を費やすことはないのだがとクロエは言う。
ただ、通話距離をできるだけ伸ばしたり、通話内容を他から盗聴されたりしないようにするための、いわば暗号化と言える作業にそれなりの時間を要するらしい。
さて、ざっくりと考えてみる。
とりあえずゾンビの移動速度を人の半分くらいでいあると仮定。
ただ奴らはおそらく休息を必要とはしないはずなので、一日中移動できるものとする。
そうした上で時間差を考慮し、実際に移動に費やした時間を四日間としよう。
ゾンビの移動距離は大体二百キロメートルに少々届かない程になる。
これは真っすぐに歩いてきた場合であり、多少は前後するだろうし、王都を目指さなかった個体もいるだろうとは思うが、西側の国境とやらと中心にしておよそ半径百数十キロメートルの円内が、このゾンビ禍に汚染されてしまっていると考えてそう大きくは間違っていないように思う。
「ちなみに国境までの距離は?」
「西までですとおよそ百キロメートルくらいのはずです」
「メートルで通じるのか」
「はい。以前に召喚された方が必要なことだからと強力に広められましたので」
その気持ちは分かる。
そしてとても助かることであるので、俺は名も知らぬ以前の召喚された誰かとやらに感謝した。
異世界における謎の単位を持ち出されても、理解するのに手間がかかる。
そこを省いてくれただけでも、メートルなどを広めたという召喚された人の功績は計り知れないと思う。
「ちなみに重さは?」
「グラムですが」
とても素晴らしいと内心で拍手をする。
これで恰好などつけて、ヤードポンドを広めていたら何が何でも見つけ出して一発ぶん殴っているところであった。
それはさておき、少しばかり妙なことに気が付いた。
それはざっくりと計算してみた結果に対して、妙に現実の数字が小さいということだ。
雑な計算であるので合わないというのは不思議でも何でもないのだが、想定の六割くらいしか国境までの距離がないことに驚かされた。
これだけ差が出たということは計算のどこかの間違いが含まれているということで、俺はそれがゾンビの速度ではないかと考えたのだが、実物を見ているのでそれほど間違った数字を入れたとも思えない。
意外とゾンビ達は迷走しながらここまできたのだろうかと考えている内に、いくつかの会談を上った俺達は壁に設けられている窓を見て、自分達が地上へ出たことを知る。
「これは……」
王城は王都から少し高い位置にあるようで、支城からある程度王都の様子が見渡せた。
そこにあるのはいかにもファンタジー風といった街並みではあったのだが、本当はもっときれいだったのであろうその街並みのあちこちから、火の手や黒煙が立ち上り、遠くの方から悲鳴や怒声、唸り声といったものが一緒くたになったなんとも言えない音が聞こえてくる。
「王城が攻められているのだから、王都は当然か」
「王都の兵は精兵ですが……相手の数が多すぎるようで」
数の暴力はシンプルに怖い。
相手側が死やケガを恐れないとなれば猶更のことだ。
「本城へ行くには?」
「中庭を突っ切る必要がありますが……」
「それは大変そうだな」
とてもうんざりする話ではあるが、やらなければ自分達が詰む。
何せ状況としては、王都を襲えるだけの数のゾンビ共の真っただ中で孤立してしまっているのだ。
さっさと援軍なり騎兵隊なり主人公サマなりと合流しないことには、早晩ゾンビ共の仲間入りをする羽目になるか、それを嫌って自害するしか道がない。
「クロエ。魔力の方は?」
枯渇した、と言いながらちょこちょこ使っているのだ。
時間経過で割と簡単に回復する類のものではないかと思う。
「いくらかは回復しています」
「それはいい報せだな」
戦力が増えるということはとても単純にありがたいことだ。
後は俺とクロエの二人でもって突破できる程度の敵であれば助かるのだがと思いつつ、俺はクロエの先導でもって支城の中を走り抜け、中庭へと続く扉の前へ到着。
当たり前だがそのまま中庭へ突入するようなことはせず、まずは金属製のその扉をゆっくりと音がしないように気を付けながら少しだけ開いてみた。
できた隙間から俺とクロエはそっと中庭に様子を覗き見る。
「うわ……」
「うっ……」
思わず呆れた声を漏らしたのが俺。
口元を手で押さえて声を殺したのがクロエである。
なんと言うか中庭の様子は、たとえて言うならば大都会のラッシュアワーのような有様を呈しているとでも言えばいいのか。
どこからこんなに集まってきたのやらと思うような数のゾンビが、本城へと続いていると思われる扉の前にぎゅうぎゅう詰めになっていたのである。
ゾンビの波とも言うべき大群を、まさかかきわけていくわけにもいかず、人の身でしかない俺達では、ゾンビの頭上を飛び越えていくわけにもいかない。
「念のために聞くが。空を飛ぶような魔術っていうのは?」
「フライの魔術がありますが……術者一人ならばともかく一人抱えて飛ぶのはちょっと……無理じゃないかなと」
「一人ならいけるのか。じゃあ先行してくれるか?」
さらりと酷いことを提案してみると、クロエは勢いよく首を横に振ったのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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