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好きで覚えたわけじゃない

 古武術の使い手、等と言う設定は娯楽小説の登場人物に適用される設定としては使い古されていて、陳腐であると断ずる傾向すらある代物だ。

 何故かその綴りにローマ字を用いられたりして笑われたりするものなのだが、当事者からしてみれば別段好きでそういう立場になったというわけじゃない。

 たまたま生まれた家がそういったものを脈々と受け継いできた家系であり、たまたまその後継者として選ばれてしまったというだけのことで、馬鹿にされたり笑われたりするというのはおかしいと思うのだ。

 と言うようなことをクロエに切々を訴えかけてみたら、何故かきょとんとした表情を返されてしまった。

 笑われたり生暖かい目で見られたりする前に勢いでもって説明しきってしまえとばかりに早口での説明を試みたのだが、考えてみると目の前にいるクロエという女性自体、そういった創作物の中の人物であると言えるので、KOBUJUTSUなどと言うネタを振られても、理解できるわけがない。

 これならば注意するべきは本命として召喚されているであろう人物だけかとなんとなく思いながら遠い目をしていると、俺の説明をどうにか自分自身で噛み砕いてそれなりに理解したらしいクロエが、頭を抱えながら尋ねてくる。


「つまり、ソーヤさんは代々続く武術家の家系で、その家の嫡子であり、そこの武術の継承者であるということで?」


 あまり信じてもらえそうにない話ではあるのだが、現実としてクロエが言ったような立場にいるのが俺だ。

 家の起こりは不明なのだが、戦国時代には戦場で敵味方がドン引きするような数の死体を生産していたと言うのだから、起源はもっと前だと思われる。

 元々は何かしらの流派名があったと伝えられているが、何と言う名前であったのかまでは今に至るまでの過程のどこかで忘れ去られたか、意図的に消却されてしまったかしたらしい。

 あまりに多くを殺し過ぎてしまったので、名乗るに名乗れなくなったのではないかと考えたりもしたのだが、真実は不明ながら当たらずとも遠からずだと思う。


「だから荒事には慣れている?」


 少々疑わし気に言うクロエなのだが、実際そうなのだから疑われても困る。

 もっとも俺が暮らしていた時代は戦争など遠い時代か場所の話でしかなく、間違っても二十代そこそこのフリーターが足を踏み入れるような事柄では決してない。

 血や死体などはほとんど、創作物の中だけの話で、実物を見る機会はそうそうあるものではなかった。

 ただ、抜け道というものはどこのどんな事柄にも存在するもので、幼い頃からそういう代物にとにかく慣れろとばかりに、見たり触れたりさせられてきたのである。

 血やら死体やらの臭いや感触にいちいち驚いたりしていたのでは戦場で使い物にならないからという理由には納得できないこともない。

 しかし、戦場などこの世のどこに存在しているのだろうかと思う俺であったのだが、これを強いる俺の親やら祖父やらに少しでもたてつこうものならば、俺が死体の仲間入りをするんじゃないかと思うような責められ方をする羽目になるので、死んだ魚の目をしながらひたすら絶えること数年。

 生理的に嫌悪感を覚えるような代物でも、それだけの時間を費やせば嫌でも慣れるもので、血臭や死臭に何も感じなくなった辺りから技術の継承が始まった。

 今にして思うに、あれは技術の継承という行為に名を借りたただの拷問だったのではないかと思ったりするのだが、とにかくそんな経験を経て俺は、名も伝えられていない体術を習得するに至ったのである。


「体術、ですか?」


 本城へ移動するために、俺を召喚するのに使用した部屋へ封印の手続きとやらを行いながらクロエが尋ねてくる。

 封印の手続きと一口に言ってしまっても、何をしているのかについては俺にはさっぱり分からない。

 部屋の出入り口を閉じ、そこへ指を組んで何かしらの印のようなものを作ったり、壁に指を這わせて図形を描いたりしているのだが、クロエの使う魔術というものへの知識が全くない俺から見ていると、彼女の行動の何が正しくて、何が間違っているのか判断がつかないのだ。

 専門家がやっていることなので大丈夫だとは思うのだが、クロエが言うにはこの封印の手順というものをきちんと行わないと、召喚に使った魔術陣が大気中にある魔力を勝手に蓄積させ、暴発気味に魔術を起動してしまったりするらしい。


「元々は剣術や槍術なんかもあったらしいんだがね」


「失伝してしまったと?」


「あぁ。時代の変化で武器の携帯が厳しく制限されてしまったからな」


 刀や槍はおろか、小さなナイフですら理由なく持ち歩いてしまえば国家権力によって罪人扱いされてしまうという国が我が出身地である。

 木刀や模造品やらで技術だけでも継承しようという動きがあったとは聞いているが、本物を扱う機会などもうほぼないと言うのに、技術だけ伝えてもどうするんだと継承が放棄されてしまったそうだ。

 代わりに、手足さえあれば一応きちんと使うことのできる体術だけが、継承され続けてきたというわけである。


「もっともこの体術の方も、少しずつ廃れてきているんだけどな」


 灯りの類も、灯り採りの窓も見えない石造りの通路は、本来ならば視界を通さない闇で覆われていないとおかしいはずなのだが、光源もないと言うのに少しばかり暗いかなと思う程度に視界が開けている。

 外へ出るための道順を俺が知っているはずもないので、そこをクロエの先導でもって進んでゆく。


「何故です?」


「そりゃ、使う相手がいないからだよ」


 銃弾が飛び交う戦場にあって、無手の技がどの程度通用するのかなど考えるまでもない。

 まして平時においては人の体を効率的に破壊する術など、使った途端に犯罪者である。

 これが空手や柔道のような技術であったのならば、スポーツ選手を目指すという道があったのかもしれないが、俺が学んだのはそんな生易しい代物ではない。

 結局使い道がないという点は他の技術と同じであり、段々と廃れていくというのは当然のことであった。


「うちはコネなんかでSPへの指導なんかもやってたから、多少はマシだったんだろうが……」


 それでもうちの血筋で俺以外にこの技術を継承した者はおらず、その俺がどこかよく分からないここにいる以上、代々受け継がれてきた技術は俺で打ち止めである。

 俺の両親が一念発起して、弟なり妹なりをこさえれば話は別かもしれないが、今からそれをやるとはちょっと思えない。

 まぁ俺がこの妙な事態に巻き込まれずに元の世界で人生を全うしてたとしても、やっぱり俺の代で終わっていたような気はする。


「俺が戦える理由っていうのはその程度のことだ。単に慣れているというだけ」


 そう話を結んでから俺は、少しだけ前を歩いているクロエの服の襟首をひょいとつまんだ。

 その動作一つで足を止めたクロエを追い抜いて、その先にあった曲がり角へと俺は手を伸ばす。

 ちょうどいいタイミングで、その曲がり角から姿を現した人影は、これもまた土気色の肌をしており、それを確認した俺はためらうことなくそれを突き飛ばした。

 簡単に突き飛ばされたそれは、鈍い音と共に壁へ激突。

 しかし何も感じていないかのようにこちらを向こうとしたのを素早く足払いし、コケた所を容赦なく踏む。

 固いものが割れ砕ける音と湿った何かが潰される音がして、床に大量の何かがぶちまけられると同時に腐臭と鉄錆めいた臭いとが通路に漂いだして俺は顔をしかめる。


「起動。クリーン」


 クロエの声と共に臭いの方はきれいさっぱりと消え去った。

 続いておそらく、先程の火の柱を出現させる魔術を使おうとしたらしいクロエを俺は止める。


「やめとけ。ここで火を使うと面倒なことになるかもしれないし、何よりお前がもたないぞ」


 狭い空間で火を使うという行為は褒められたものではないし、クロエの魔術も無限に使えるわけではない。


「打ち捨てて行けと……?」


「肝心な時に力が使えなくて、奴らの仲間入りをしたいと言うなら止めないけどな」


 どこか非難するような響きを帯びたクロエの問いかけに、なるべくぶっきらぼうに聞こえるような口調で応じる。

 それを聞いたクロエは迷うような素振りを見せはしたものの、すぐに行きましょうと言ってまた通路の中を先導し始めたのであった。

面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。


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