近接戦闘タイプ
「え?」
どことなく間の抜けたクロエの声を聞きながら、俺は自分の放った攻撃が思っていたよりずっと強い効果を出したことに驚く。
相手はゾンビであり、歩く死体だ。
その鼻っ柱へ二発ばかり拳を入れてやったとしても、それほど痛痒には思わずに構わず前進して来るのだろうと思っていた。
しかし現実は、俺の軽いジャブを受けたゾンビの一体はその場にて足が止まり、そのゾンビに続いていた残り二体のゾンビ共は足を止めたゾンビの体に衝突してそのままそれらも足を止めてしまったのだ。
何故と考える前に体が動く。
当初の予定では距離を測ってから右を入れるつもりだったのだが、上手いことに三体が揃って固まった立ち位置にいるのだから、ここは全力で打ち込んでいい。
左足で一歩踏み込んでから放った右の前蹴りは、先頭のゾンビの下腹部へと突き刺さり、衝撃で三体全てのゾンビが後方へとよろめいた。
結構もろいし、バランスの方も随分と悪そうだと内心少しだけ安心しながら、俺は先頭のゾンビの胸板へ両手の拳をそっと当て、その場で全力の踏み込みを行う。
地面から受け取る反発力を体を通して練り上げながら、拳から相手の体へと伝えてやると手甲越しに肉が潰れ、骨が砕けていく感触を俺の手に残しつつゾンビの体が後方へと吹っ飛んだ。
今度は残念ながら背後にいた二体のゾンビ共を巻き込むようなことはなかったものの、吹っ飛ばされて壁へと叩きつけられたゾンビは壁に大きく腐った血肉の花を咲かせて、ずるずると床の上に体を投げ出していった。
「失敗した」
俺は呟く。
結果としてゾンビ一体を始末することはできたものの、想定していたのとは違った現象が起きてしまった。
多分、踏み込み方が足りなかったのか。
あるいは衝撃の練りこみか伝え方が甘かったのだと思うが、相手は人間ではないもののそれに類するものであり、そういうものに対して本気で使用してみたのが今回が初めてだったのだから仕方ない。
よたよたと緩慢な動きで体勢を立て直そうとしている二体のゾンビ。
その片方へ無造作に近づくと、それなりの速度をもって突き出されたゾンビの手が俺の胸ぐらをつかむ。
慌てることなく右手でゾンビの手をつかみ、左手で相手の肘を外側から叩いてやると、本来曲がらない方向に力を加えられたゾンビの腕が、枯れ枝が折れた時のような音を立てた。
ゾンビは痛がりはしないものの、体の部位が破壊されればそこは使えなくなる。
肘の関節を破壊され、使い物にならなくなったゾンビの腕を払いのけ、残った腕でゾンビがつかみかかってくる前に俺はそいつの胸板へ右の拳を当てた。
やることは先程と同じ。
床を強く踏み込む震脚と、生じた力を伝えて増幅させる体さばき。
今度は上手くいったという感触があり、その感触を裏付けるように攻撃を受けたゾンビの体が吹き飛ばされることなくストンと真下に崩れた。
これが正しく技の威力を相手に伝えた場合の結果であり、俺が思い描いていた代物である。
たった一度の失敗で、きちんと想定していた威力を出すことができたというのは日頃の訓練の賜物であり、これまでの鍛錬が無駄ではなかったという証に思えて思わず口元が緩む。
「ま、まだ一体残っていますっ!」
俺がわずかにでも笑ったことを気の緩みだとでも思ったのか、クロエが焦った声を上げた。
当然、俺としてはまだゾンビが一体残っているということはきちんと把握している。
最初の二体は自分の技術が現実に対してきちんと有効なものであるかどうかを確かめるために必要だっただけで、ただ排除するだけでいいならわざわざ技など使わない。
こちらへ近寄って来ようとするゾンビの足に軽く足払いを仕掛けて転倒させ、立ち上がろうとしてくるところにさらに蹴りを入れてうつ伏せにする。
ゾンビとは言っても元は人間。
その肉や骨の構成は人間だった時のものと変わりはない。
背骨の一部と腰骨を踏み砕いてやれば、もはや立ち上がることはできなくなる。
そのまま放置してもいいとは思うのだが、そんな状態になってもぐねぐねと体をくねらせて床を這いずり、噛みついてこようとするのでサッカーボールのように頭を蹴り飛ばし、靴の裏と床とでサンドして踏みつぶす。
足の裏から伝わってくる肉と骨と、もっとやわらかい何かを踏みつぶしていく感触に、靴底が分厚いタイプのブーツを早急に入手する必要があるなと思いながら、俺はゾンビの頭を完全に踏みつぶした。
「あーぁ、酷いもんだ」
ゾンビ三体をしっかりと始末したものの、飛び散ったり砕け散ったりしてそこら中に散乱したものが酷い有様になっている。
この惨状を作り出したのはお前なのだから、掃除もお前がしろなどと言われなければいいのだがなどと考えていると、クロエがおっかなびっくりといった様子で近づいてきた。
「どうなっているんですかこれ?」
「どうって……見たままだが?」
現場が目の前にあるのだ。
わざわざ言葉を用いて説明しなくとも、一目見れば分かるはずである。
「素手でゾンビを解体してしまいました」
「解体したわけじゃないんだがなぁ」
胸部付近を破壊したゾンビが一体と、壁にたたきつけられてくしゃっとなってしまったゾンビが一体。
それに背骨を破壊され、頭部を踏みつぶされたゾンビが一体で計三体の死体が生産されただけの話である。
解体したと言われるほど破壊したわけでもない。
「血肉の臭いが酷いな。できれば換気したいところだが、換気扇なんてもんはおそらくないんだろうし」
人の体というものは、一度中に入っているものを外へとぶちまけてしまうと非常に臭う代物である。
さらにゾンビともなれば腐敗が始まっているような部分もあり、大変な惨状を呈するのではないかと思っていたのだが、臭いことは確かに臭いのだが思っていたほどではない。
確かに臭いことは間違いがないのだが、これならば以前に見学させられた人一人をバラした時に感じとそれほど違いがないように感じるのだ。
これは何か妙だなと、今しがたこさえたばかりの死体に歩み寄ろうとした俺の機先を制するかのように、クロエが声を上げた。
「起動、クリーン。ファイアーピラー」
最初に壁や床にぶちまけられていた血やら肉片。
それとよくわからない体液やら何やらが原理も動作も不明であるが、最初からそこに存在していなかったかのように臭いもろとも消え去った。
続いて三つの死体を包み込む程の紅い炎が床から立ち上がり、無残なゾンビ共の成れの果ては瞬く間に白い一山の灰と、幾ばくかの煙になる。
人を焼けばそれこそ吐き気を催すような悪臭がまき散らかされるはずなのだが、近くにいたというのにそれを全く感じなかった。
つまりは臭いを生じさせないほどの強烈な火力でもって焼かれたのだと思うのだが、それならばそれだけの熱の余波が近くにいた俺にいくらかでも影響を与えていたはずである。
しかし俺の体は多分、髪の毛一本たりとも焼かれてはいない。
実に不思議な現象ではあるものの、それこそがおそらくは魔術というものなのだろうと考えれば納得できなくもなかった。
「申し訳ありません」
唐突に消えた死体と悪臭とに驚いていた俺へ、クロエが詫びの言葉を告げてくる。
「三人とも、城に仕えていた者達です。あのような姿をいつまでもさらさせておくのは忍びなく……」
ただゾンビとして彷徨い歩き続ける姿というものは、そのゾンビが多少なりとも顔見知りであったりすれば、確かに人としてどうにかしてやりたいと思うような姿である。
まして俺からの攻撃によって胸部が破壊されていたり、壁にたたきつけられて幾分平べったくなってしまっていたり、頭部を踏まれて破壊されているような有様をさらしていたのだとなれば、早急にその姿を隠してやりたいと思うのもまぁ無理はない。
本来ならばきちんと葬儀を行って、埋葬してやりたいところではあるのだろうが、状況がそれを許してくれないとなればせめて荼毘にふしてやりたいと思うものなのだろう。
そこまで考えた俺はふと思い当たる。
城に仕えていたという者達がゾンビと化して人を襲っており、しかもそれらを埋葬してやるような余裕もない現状。
これはとてつもなく拙い状態なのではないだろうかと。
少なくともハイランド王城なる場所の、支城の地下まで攻め込まれているわけで、本城とやらがどうなっているのかと考えると気が重くなる。
「とりあえずここにいても仕方がない。本城とやらに移動して、本命の戦力と合流するべきだと考えるが?」
「賛成しますが、道中ソーヤさんについて色々とお聞かせ願えますか?」
「それはまぁ。相互理解というものは必要だろうしな」
クロエの求めに対して、それほど面白い話があるわけでもないのだがと思いながら俺は首を縦に振ったのだった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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