2話 今日からマキナ族
「ぎゃぁぁぁ!! 私泳げないのにぃぃぃ!!」
ガバッと布団を捲り飛び起きる。
が、予想とは違う光景に呆然とした。
キョロキョロと辺りを見回す。
少し狭い殺風景な部屋、自分が寝ているベッド、そしてそのベッドの前には足を組んで座っている一人の⸺⸺
⸺⸺黒髪イケメン。
「うわぁぁぁ、誰!!!」
「……それはこっちの台詞だ」
彼は呆れ顔で答える。
「あ、そっか……私、召喚されたんだ」
自分の顔をペタペタと触ると、確かに生々しい感触があり夢ではないのだと思い知らされる。
「召喚……そうか。けど、誰にだ? うちのもんは召喚なんて高等魔法、できる奴はいねぇが……」
「えっと、それが……」
先程の夢のような出来事の一部始終を彼へ話した。
彼もまた、空から降ってきた彼女を拾ったことを話した。
⸺⸺
「事情は分かった。俺はクロノ、クロノ・フォスター、この海賊船、レーヴェ号の船長だ」
クロノは事情を聞いても特に取り乱すこともなく、堂々と自己紹介をする。
「え、か、海賊……?! あ、私は美音、飛馬美音……えっと、名前が先なら、ミオ・アスマ、です……」
ミオは海賊という言葉に驚いたが、なんとか自身の名前を名乗ることができた。
そして、思い出した様に早口でこう続けた。
「あの、助けてくれてありがとうございました!」
ベッドに座ったまま深く頭を下げる。
「別に、礼なんかいい……あのまま海に捨てんのも気が引けんだろ……」
クロノにそう言われ頭を上げると、ミオは初めてまじまじと彼の顔を見つめた。
少し癖っ気の短い黒髪、左目を跨ぐように縦に大きな切り傷、そして、吸い込まれてしまいそうなほど深くきれいな真紅の瞳。
「綺麗……」
「は、はぁ?! ふざっけんなよ!」
ミオが思わず声を漏らすと、クロノは椅子ごと後ずさり、明らかな動揺を見せた。
「あ、ごめんなさい、あんまり綺麗な赤色だったから……」
彼が思ったよりもオーバーな反応だったため、彼女は戸惑いながらもすぐに謝った。
「もういい……つーか、歩けるか?」
冷静なフリをして立ち上がるクロノ。
「はい、多分」
ミオも彼に続いてベッドから降り立って、あることに気付いた。
「あれ、クロノさん、大きいですね」
まるで子供が親を見上げるように、彼を見上げた。
「……クロノでいい。敬語もいらねぇ。つーか、お前がちっせぇんだろうが。マキナ族だからな」
「マキ……え?」
「召喚されるときに姿変えられたんだろ? 見てみんのが早え」
クロノはそう言うと部屋の隅に置いてあった姿見をミオの前へとドンと置いた。
「なんっじゃこりゃぁぁぁぁ!」
幼稚園児くらいの身長に、栗色のショートボブの髪、空色の瞳、口からは小さな牙が2本見えている。
そしてなんと言っても一番の衝撃は頭に生えたクマのような耳だった。
髪と同じ色の短い毛で覆われており、恐る恐る触ってみると確かに“耳を触られている”という感触がある。
一応頬横の髪を掻き分けてみるとやはり耳はついておらず、つるんとした肌があるだけだった。
それ以外は普通の人間と同じで肌は肌色、手足も小さいこと以外は普通である。
まるで幼稚園児がクマ耳のカチューシャをつけているようだった。
服も桃色のワンピースを着ており幼稚園のスモッグのようである。足は裸足だった。
そしてミオは胸元をスカスカと擦ると、絶望した。
「断崖絶壁……」
彼女がそう呟いて項垂れると、クロノの鼻で笑った声が静かに響いた。
⸺⸺
「お前靴は履かせてもらえなかったんだな」
クロノがミオの足元を見てそう言う。
「うん……でもパンツは履いてるっぽくて良かった」
「あっそう」
彼は適当に返事をして彼女をひょいと抱き上げた。
「うわぁ」
「生憎マキナ用の靴はうちにはねぇんだよ」
まるで子供がお父さんに抱っこされているかのような絵面で部屋を出ようとすると、背後から声が聞こえてきた。
『ま、待ってー』
「「?!」」
クロノが驚き振り返ると、枕元に置いてあったはずのクマのぬいぐるみが独りでにてちてちとこちらへ向かって来ていた。
「ポールが動いてる!」
「なんだ、あいつただのぬいぐるみじゃなかったのか」
『酷いよ、二人ともオイラには全く触れてくれないんだから……』
ポールと呼ばれたクマのぬいぐるみはクロノの足元へ辿り着くとぜぇぜぇと息を切らしていた。
「いや、だからただのぬいぐるみかと……」
「ポールも一緒に来たんだった……ってか喋ってるし動いてるし……」
喋るというよりは、ぬいぐるみなので口は動かず、ぬいぐるみの中から声が発せられているようだった。
『はい、抱っこ』
ポールがそう言って両腕を上げたので、クロノはポールの頭を鷲掴みにしてミオへと押し付けた。
「ポール!」
『ミオ! オイラ召喚される時に色々教えてもらったからミオにも色々教えたげるね』
「うん、ありがとう」
「もう何も居ねぇな? 部屋出るぞ?」
『もう大丈夫。しゅっぱつしんこー』
より親子の絵面になった彼らは、その部屋を後にし食堂へと向かった。