1話 召喚された先は
何もない空間を、ふよふよと漂っていた。そこは居心地がよく、ただ流れに身を任せていた。
しばらく流されていると、全身真っ白なローブに包まれた何かの前へと辿り着いた。
それは人のようであったが、深々と被さっているフードの中を覗くことはできなかった。
『やぁ、いらっしゃい』
低く優しい男性の声で、ローブが話しかけてきた。
「あなたは……?」
『僕はこの次元の狭間の管理人』
「次元の狭間?」
『ここは、世界と世界を繋ぐ空間。君は“ヴァシアス”という異世界へ召喚されこの次元の狭間へとやって来た』
「はぁ……?」
『さて、召喚に応じるということでいいかな』
ローブの男は淡々と話を進めていく。
「ま、待って。夢だとは思うけど一応もう少しちゃんと説明してほしい」
『何が知りたいのかな』
「召喚って何? ヴァシアスって何?」
矢継ぎ早に質問をする。
『まず召喚とは、何らかの目的を持って異世界の者を呼び出す行為だ』
「何で、私は呼び出されたの?」
『僕は召喚主ではないからそこまでは分からない』
「なら、召喚主は誰?」
『それも、分からない。ただ、君を召喚したことで召喚主の魂は消滅してしまったようだ』
「ええっ」
『そして君の召喚場所へ指定された場所が、ヴァシアスという世界だ。君の居た惑星“地球”とは別の次元の世界になる』
「えっと……召喚した人が居なくなっちゃったのに私はそっちでどうしたらいいの?」
『さぁ』
「……なんか雑な夢だな」
『確かにこの空間は夢と大差ない次元と思ってもらって構わない。だが、ヴァシアスに召喚された後は紛れもなく現実だ。そして、君には選択肢がある』
「ど、どんな?」
“現実”という言葉に戸惑いつつ、恐る恐る返事をする。
『簡単な話だ。このまま召喚に応じるか、地球へ引き返すか、だ』
「えっ、引き返せるの?」
その問いに対し、ローブの男のフードが縦にゆっくりと動いた。
『召喚主から与えられた選択肢だ。どうやら君に無理強いはしたくなかったらしい』
「で、でも……」
しばらく考え込む。召喚主は自分の魂を犠牲にしてまで召喚したのに、引き返す選択肢を与えたのか。
もし引き返した場合、召喚主の魂は復活できるのだろうか。
「ねぇ、私が召喚を断ったら召喚主は生き返るの?」
『召喚を行ったという事実が覆ることはない』
「生き返らないってことか……」
誰かは知らないが召喚主の命を無駄にしてまで地球に戻るメリットはなかった。なぜなら……。
⸺⸺
「……召喚に応じるよ」
『承知した。では召喚承諾の手続きを開始する』
ローブの男がそう言うと、ローブの裾がゆらゆらと揺れ始めた。
『あぁ、言い忘れていたが、召喚主の魔力が少し足らずそのままの姿では召喚に応じることができない』
「なんですと……?」
本当に忘れていただけなのかわざと言わなかったのか、そんなことを考えていると身体全体が淡い光に包まれた。
『ヴァシアスの種族は……ふむ、この種族なら足りるだろう。あと、最低限の知識は君の抱いているそれに詰め込んでおこう』
「わぁ、ポール、いつの間に?!」
ローブの男に言われて自身の腕の中を見ると、いつの間にかお気に入りのクマのぬいぐるみを抱きしめていた。
ポールも同じように光に包まれると、ローブの男は最後にとんでもないことを言い放った。
『君の姿については君自身が力を付けるとそのうち元の姿に戻れるようになるだろう。さて、手続きが完了した。君をヴァシアスの世界へ召喚する。召喚場所は……ハルラ島南東の、海の上だ』
「う、海の上?! ちょ、待って……! いやぁぁぁ〜!!」
自身を包んでいた光が強くなり、目の前が真っ白になった。
『おや、てっきり召喚主の魂は消滅したものと思っていたが……そういうことだったのか』
召喚者を見送ったローブの男は、何か納得したように独り呟いた。
⸺⸺⸺
⸺⸺
⸺
大海原、一隻の魔導船。帆はなく黒い戦艦の様な外観で、船体には赤い獅子が描かれていた。
その甲板、金髪の、同じ顔の青年が二人。
彼らの名はケヴィンとチャド。チャドは前髪がちょんっと跳ねている。
「んー、今日もいい天気だなー」
ケヴィンが気持ち良さそうに伸びをする。
「ケヴィン、脇こちょこちょしていい?」
「百倍返しにされてもいいならやってみろよ」
ケヴィンが伸びをやめて意地悪く微笑むと、チャドはわきわきさせていた手をスッと引っ込めた。
「あはは、百倍返しはやだなぁ…」
彼はそう言ってヘラヘラと笑っていたが、ふと視界に入った光景にすぐに笑みは消えた。
「ケヴィン……あれ、何かな……お星様?」
「は? お前何言って……って、何だありゃ!?」
眩しそうにケヴィンが見上げた先では、大きな光の球がふわふわと空中を漂っていた。
「あはは、お星様綺麗だね」
チャドは再びヘラヘラと笑い出す。
「んなこと言ってねーで船長呼んでこい!」
「はーい」
完全にビビっているケヴィンとは打って変わって、チャドは楽しそうに船内へと入っていった。
⸺⸺数分後。
「だから、お星様なんだってばぁ」
チャドに引っ張られて黒髪の青年がずるずると甲板へ顔を出した。
重たいまぶたを渋々こじ開けると真紅の瞳が顔を覗かせる。
彼の名はクロノ、この船の船長であり、物語のキーパーソンとなる主人公でもある。
「お星様ごときで俺を起こすんじゃねぇ……」
クロノはすこぶる機嫌が悪そうだ。
「せ、船長! 昨夜見張り番で寝てねーのは知ってっけど、緊急事態! あれ!」
ケヴィンはそう言いながら、クロノの背後に回り込み、その背中をグッと押した。
「……あ?」
クロノは眩しそうに手で遮りながら空を見上げる。暫く無言でじっと見つめて、そしてボソッと呟いた。
「ありゃ人間だ」
彼がその光に引き寄せられるように両腕を伸ばすと、光はゆっくりと降りていき、やがてその輝きを失う。その瞬間、彼の腕へドサッと重みが伝わった。
「「マキナ族?!」」
ケヴィンとチャドはクロノの前へ回り込むと、声を揃えてそう叫んだ。
その腕の中では、幼い見た目にクマ耳のついた女が寝息を立てていた。
先程の召喚者、この物語のもう一人の主人公、ヒロインである。
さてこの話は、異世界ヴァシアスにて一人の海賊船長が召喚されたクマ耳の転移者と共に自身のルーツを探り、世界の危機に迫っていく、剣と魔法の冒険ファンタジーである。