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御簾の向こうの事件帖  作者: 里見りんか
第7章 化かされた明衡
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1 小野明衡について

あまり更新出来ていないのに、ブクマや評価をいただき、ありがとうございます!

嬉しかったので、調子に乗って新しい章を書き始めてしいました。


 小野明衡(おののあきひら)は、右大臣、小野正衡(おののまさひら)の嫡男である。


 父、小野正衡というのは、誰もが認める公明正大な男であった。人の話をよく聞き、理なき者には説諭を持って認めさせ、公平な裁可を下す。権勢を誇る藤原一門ではないにも関わらず、公卿たちから一目置かれている存在だ。


 その息子、明衡はというと、父ほどに高潔ではないが、代わりに社交性に富んだ、からりと明るい人柄で、接した人を片っ端から惹きつけてやまぬ不思議な魅力の持ち主である。


 将来を嘱望された青年は、つい先だっての秋の除目で『蔵人の頭』に任ぜられたところだ。

 蔵人の頭といえば、出世街道の入り口に立ったも同然。彼の年齢を考えれば、大抜擢である。いずれは参議、大納言、そして大臣だって夢ではない。


 だが、当の本人は周囲の期待に反して、不満げだったらしく、「時峰と同じ近衛の中将か、そうでないなら、検非違使別当あたりでよかったのに」と言っていたとか。


 やや尊大な言い草だが、明衡の大柄で逞しい身体つきを見れば、武を好む言い草も納得せざるを得ない。


 その筋骨隆々とした体躯に、均整とれた美しい顔がのっているのだから、たまったものではない。一目見れば、数多の女たちは、たちまち彼の虜になる。


 親友である藤原時峰を『端正』と評するのなら、明衡は、精悍な美しさ、というべきだろうか。

 二人が並び立てば、男女を問わず皆、その麗しさに嘆息する。


 宮中の華ともいうべき二人の公達は、幼い頃から仲が良かった。親友であり、悪友であり、良き好敵手である。


 女性人気を二分していた二人は、噂によると、かつては競うようにして女性たちを口説いていたという。


 近頃、時峰のほうは、とある一人の姫に熱をあげており他の女性には見向きもしないというが、明衡は未だお盛んだ、というのが世間のもっぱらの認識である……のだがーーー


「くれぐれも、そのような噂をお信じにならないでくださいね」


 花房邸の次女、土筆姫の部屋に焦ったような声が響く。

 宮中で滔々と詩歌を読み上げる、心地良い低音も今はどこへやら。


「明衡が、あちらこちらの女性と浮名を流しているのは事実ですが、私は至って真面目な交流だけ。決して、不埒で艶めいた関係などありませんから!」


「……まぁ?」


 必死に言い縋る時峰は、土筆の素っ気ない返答に、綺麗に整髪されて烏帽子に収まっている頭を「うぅ」と、悩ましげに掻いた。


 端正な顔立ち、とはよく言ったものだ。初めて遭った晩、月明かりを浴びた姿は、月の精が現世(うつつよ)に現れたのかと思った程だ。


 その時峰が、弱ったように土筆に言い訳をしているのを見ると、何とも言えない愛らしさを感じる。


「本当に違うというのに……クソッ、明衡のせいで……」


 小声で友に悪態をつく姿に、土筆の口から、思わずクスクスと笑いが漏れる。


「………もしかして、笑ってます?」

「え?……えぇ、まぁ」

「怒っているのではなく?」

「怒ってはいませんけれど」


 土筆が答えると、時峰が「よかった」とホッと安堵する。

 それから、御簾のこちらを透かしてみようとするかのように、じっと目を凝らした。


「御簾ごしというのは、やはり厄介なものですね。貴女の表情を窺えないから、どんな反応をしているのか不安になります」


 御簾の内側は暗く、外側は明るい。その明度の差を利用して、暗い内側から明るい外は見えるが、外から中は見えない仕組みになっている。

 だから、明衡からは土筆の様子は分からない。


「また、御簾ごしではない貴女に会えたら良いのですが……」


 真剣に、何かを乞うような熱を帯びた声に、ギクリと身体が強張る。

 前に、御簾の内側に時峰を引き入れた時のことを思い出し、恥ずかしさに身が震えそうになる。


 その気配を敏感に察知したのだろう。時峰が、すぐにいつもの調子に戻って言った。


「そんなに身構えなくても、その中に押し入るような真似はいたしません。せっかく想いが通じたというのに、嫌われたくはありませんから」


「嫌いは……しませんが…」


 変に誤解されてはと慌てて答える声は、気恥ずかしさで尻すぼみになった。

 時峰が嬉しそうに微笑んだ。


「しかし、そう思うと、後宮というのも意外と悪くはなかったですね。こことは違い、夜に忍んでいけば、御簾ごしではない貴女に会えるのですから」


 土筆が内密に宮中に参内を命じられたのは、少し前のことだ。最初は、誰が何のために土筆を呼んだのかすら分からなかった。いざ出仕してみれば、尚侍と子に関することを調べるための内密の特命であった。

 その依頼を無事に解決し、実家に戻ったのが一昨日のこと。


 気を使う後宮から気楽な実家に戻ってきて、タマと二人で、のびのびと過ごしていたところに、時峰から来訪の伺いがあった。


 土筆の父、権大納言の花房資親(はなぶさ すけちか)は、もともとは土筆と時峰の仲に賛成であった。

 変わり者の次女では嫁の貰い手もなかろうと悩みの種だったのに、今をときめく近衛中将が自ら見初めてくれるなど、野心家の父にとって、これ以上ないほどの良縁だ。


 ところが、土筆の参内の話が出るやいなや、それまで諸手を挙げて歓迎していた時峰を、父は手のひら返して、アッサリと締め出した。


 後宮にいけば、姉と同じように入内することもあるかもしれぬと考えたのだ。

 つくづく強欲な父である。


 結局、何事もなく土筆が戻ったことで、時峰の出入り禁止は解けたらしい。


 だが、時峰によると、完全に認められているわけではないようだ。くれぐれも早まった行動をしないように釘を刺されているのだという。


 男女の色事に疎い土筆にとって、釘を刺しておいてくれるのは、ありがたいから良いのだけれど……


 そんなわけで、今日は明るい日中に、健全な御簾越しのご機嫌伺いにやって来たということらしい。


 宮中の出来事をいろいろ話しているうちに、話題は弘徽殿の女御の弟、小野明衡の話へと移っていった。


 土筆は弘徽殿の女御との直接的な関わりはなかった。だが、帝と女御の娘、ちい姫とは少しだけ話をした。

 物静かだが聡明な女の子だ。機会があれば、もっと話したかったたと名残惜しく思う。


 彼女の口から聞いた明衡の話も、豪快な彼の人柄がうかがえて、クスリと笑ったものだった。


「小野明衡さまは、とても面白い方なのね」

「ええ。あいつといると、飽きません」


 呆れているような、それでいて親愛の滲んだ言い方をする。本当に二人は、仲が良いのだと微笑ましく思える。

 どんなふうに元服前の時を過ごしたのだろう。いつか、明衡からも時峰の話を聞いてみたいものだわ、などと考えていると、ふと思いついた様子で、時峰が尋ねた。


「そうだ、土筆姫。明衡が近頃親しくしている()()()()から出された謎掛け遊びをいかがですか?」

「謎掛け遊び? 一体どんなものですか?」


「明衡から聞くところによると、その姫は随分と変わり者のようで。多分、作り話でしょうが、やや物騒な謎掛けを出してきたのです」


 物騒な、と言う割に、どこか勿体ぶった様子で話す時峰は、まるで土筆の反応を見て楽しんでいるみたいだ。

 少し前まで宮中にいたせいか、こういったやり取りも久しぶりだ。


「物騒というのは、どのように?」

「その姫が明衡に出した謎解きのお題は、こうです」


『私の父を殺した犯人を当ててください』


 予め「物騒な」と言われていたおかげで、土筆はある程度、話の方向性を予測していたのだが、一緒に聞いていたタマはやっぱり驚いたらしい。隣から小さく息を呑んだ音が聞こえた。


 それを横目でちらりと確認してから、時峰に続きを促した。


「本当に、おかしな内容ですのね。一体、どんな姫様なのかしら?」


 土筆が関心を示すことは、想定通りだったのだろう。


 時峰は背筋を伸ばして座り直すと、


「繰り返しますが、これは単なる謎掛け遊び。私は大方、その姫が明衡の気を引きたくて、でっち上げた作り話ではないかと思います」


 と、前口上を述べてから、明衡とその姫との出会いについて語り始めた。



ただでさえ遅筆なのに、他作品(桜子さん〜)も連載途中なのに、二つ同時に書いて大丈夫なのかと思われるかもしれませんが……多分、あんまり大丈夫じゃありません!笑


※この章が終わるまでは週一くらいで更新したい。

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