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白藍の鱗   作者: きなり
1/2

前編

はじまり

 「白ちゃん先生ちょっと邪魔です。」

私は、机に肘をついて頭を支え、髪を垂らして気怠げに教科書を読む彼女の方を向き、カメラをかまえている。左目でレンズを除き、あとはシャッターをきるだけなのに、どうしても白ちゃんが邪魔だった。

「は?」

やってしまった。そう気づくのに時間はかからなかった。寝ているクラスメイトを除き、殆どが私の方を見ている。呆れた顔や笑う顔が見える。

「馬鹿すぎるだろ…」

隣の席の男子がため息をついた。 

 そう、今は授業中。教科書を各自読み、ノートにうつす作業をする時間で、先生が見回っている状況だ。

 窓からの光、教科書によってできた顔の影で、この世のものとは思えない美しさと雰囲気を醸し出す彼女を、どうしても今撮りたくてカメラをかまえていた私は、すっかりそのことを忘れていたのだ。授業中にカメラを出しているだけでおかしいのに、ましてや先生に向かって「邪魔」と言ってしまった。これは大変だ。完全に舐めた頭のおかしい奴だと思われる。

「たま、放課後職員室。」

明らかに怒っている、いや呆れた表情かもしれない。私たちの担任の先生であり、この授業の先生である白ちゃんは一言それだけ言った。

 確実に放課後説教である。またやってしまった。とりあえず、これ以上怒られる訳にもいかないので、大人しくカメラをしまい。教科書に向き合うことにした。

 しかし、私の授業への意識が続くわけがない。しばらくは教科書を眺めていたが、飽きてしまった。もう黒板を使った授業へと進んでいる。私はとりあえずノートだけは開き、ぼーっと教室内を眺めることにした。




 風が吹き、カーテンが揺れている。雨ばかりのこの時期には貴重な太陽の光が入り、窓際に座る生徒のシャツが光っているのはなんだか綺麗で、まだ高校生のくせに、懐かしいような不思議な感覚になり、黄昏たくなる。少し視線をずらせば、抑え忘れたプリントがサッと落ちていってしまっている子が見える。その隣の子は寝ていて、教室の前一番端の席の子は何かを真剣に書いている。黒板を見ていないからたぶん落書き。そして彼女は窓の外を眺めている。

 「うわ!」

一番窓際に座る私にもカーテンが襲いかかってきて、あっという間に頭を包まれた。おまけについさっき配られたプリントは床にバラバラに落ちていき、開いていたノートは勝手にめくられる。確か学校のカーテンって全然洗濯しないし、手拭くやつもいるから汚いんだよな…と最近友達から言われたことを思い出し、さらにテンションが下がった。

「窓開け過ぎな上にぼーっとしすぎ。」

顔をしかめる私を見て、隣の席の男子が小馬鹿にしたように笑う。

「うるさいなーもう」

言い返しながらも窓を少し閉めた。

「お前見過ぎなんだよ。ちょっとは他も気にしろ。」

見過ぎと言うその視線の先には、窓側から二番目、前から一番目に座る黒く長い髪を三つ編みにした女子生徒。どうやら私は教室全体を眺めているつもりが偏っていたらしい。

「あんただってももちゃんのことみてるじゃん。」

私は教卓の目の前の席、明るめの茶色の髪を綺麗なボブを切り揃えている女子生徒に視線を向ける。

「そりゃ彼女だもん。見るだろ。」

ももちゃん可愛いと隣の席の男子はデレデレと頬を緩ませながら、茶髪ボブのももちゃんに目線をむける。

「だからまあ、好きな奴見ちゃうって言うのはわかんだよね。でもさお前は見過ぎじゃね?」

デレデレ顔をニヤニヤ顔に変えて視線をこっちに向けてくる。

「そんなに見てない。」

「いやずっと見てるね。見てるから全くノート書いてない。」

「ノートは関係ない。書いてないだけ。」

「それはそれで最悪だな。」

言い合いをしていると、白ちゃんに睨まれた。流石にこれ以上怒りをかい、放課後の説教が長引くのは嫌なので、大人しく黙ることにした。

 「見過ぎか…」

小さく口から出した声はどうやら隣の席の男子には聞こえていなかった。

 気づいたら見ているのだ。今回もそうだ、教室全体を満遍なく見ているつもりだった。しかし無意識にいつも彼女に視線がいってしまっていたのだ。それはそう、たぶん彼女がとても美しいからだ。

 艶めく真っ黒の長い髪、白く透けそうな肌、常に泣いているかのような涙と光が同化した強く儚い瞳、小さくすっとした鼻と口、少し痩せすぎているように感じるくらいの小さくシュッとした顔のライン。万人受けする可愛い顔でもないし、誰もが認める整った美人というわけではない。でもきっと誰もが振り返り、綺麗だと言うだろう。惹き込まれる瞳、浮世離れした空気感。彼女は美しい。

 彼女はこんなふうになりたい、付き合いたいという憧れになるのではないのだと思う。この世のものとは思えない彼女の美しさと空気に、「きっとこの人なら夢のような別の世界へ連れていってくれるのではないか」と誰もが思わされ、惹きつけられるのだと思う。私はそんな彼女に人一倍魅了されてしまっているらしい。

「綺麗だなあ〜」

思わずまた口にしてしまった。私が見過ぎなんじゃない。みんなが見なさすぎなのだ。大体こんなに綺麗で夢のような人がいるのに、なんでみんなは黒板とノートの行き来しかしないのか。そんなことしている暇があるなら彼女を見るべきだ。勿体なさすぎる。

「授業中だからだよ馬鹿。」

隣から急に声がする。どうやら私の心の声はしっかり声にでてしまっていたようだ。言い返そうとしたが、彼が何か間違っているわけではない。これは価値観の違いだと思い直して諦め、そんな私にとって授業より価値のある彼女の姿を見るため、また視線を前に戻した。

 お、突っ伏した。どうやら彼女は寝るらしい。机の上に腕を組んでのせ、その上に頭をのせる。窓側を向いて目を閉じているようだ。カーテンの隙間からの光が顔を照らし、きっとまつ毛の影ができる。絶対に綺麗だ。もしかしたら女神に見えるかもしれない。思わず私の手は机の横にかけてあるカメラに伸びた。しかし、思い直す。さっきも怒られたのにさすがにまた授業中カメラを出すわけにはいかない。ましてや彼女の近くに寄って行って写真を撮るなんてもってのほかだ。いくらこの学校で一番いい成績を残している写真部のエースだとしても怒られる。いや、もう既に怒られているか。少しだけ自画自賛を挟みながらもなんとか気持ちを持ち直し、撮ることは諦める。あー早く授業終わらないかな。そして誰も彼女を起こしませんように。これから私はひたすら時計だけを見つめる、時計との睨めっこの時間が始まった。白ちゃんももう、私のことをその都度怒ることは時間の無駄だと判断したらしい。一瞬睨まれたが、ため息と共にこっちを全く見なくなった。



 あっと一分… 時計の針の動きを見つめる。彼女はまだ寝ている。よし、誰も起こすなよ。いや、だめだ号令で起きざるを得ない。でも寝ている姿がとりたい。あーどうしよう。号令終わってすぐそのまま二度寝することを願うしかない。やっぱり怒られてもいいからさっき撮っておくべきだったかな。ラスト一分の間で私の頭はぐるぐると動いている。とにかく撮りたいのだ。

 きた!!チャイムが鳴る。

「えーじゃ微妙なとこだけどいいや。続きは次の時間で。号令。」

授業は時間通りにいつでも終わるスタイル、さすが人気度常に上位、実はうちのクラスの担任である白ちゃん先生。

「起立、気を付け、令」

「おいちょっと待て、寝ている奴起こせ」

ふざけんな白ちゃん。なぜ止めた。いい感じだったじゃないか、このままいけば寝たまま過ぎたのに。白ちゃんを睨むと、殺気に敏感なのか、白ちゃんはこっちに気づいてしまった。冷めた目としばらく見つめ合い、またため息をつかれた。

 そうこうしている間に彼女は隣の席の子に起こされてしまった。もう二度寝をすることを願うしかない。

「起立、気を付け、令」

授業終了。彼女の方を確認する。号令で立ちあがった彼女はゆっくりと椅子に座る。そのまま頭を伏せた。よっしゃ。思わず出るガッツポーズ。私はカメラを手に持ち、ゆっくりと立ち上がる。隣の席の男子は呆れた顔でこっちを見てため息をついた。

 一歩一歩、彼女に近づいていく。目が大きいから薄目開いてるのかな、口は開くタイプかな、まつ毛長いんだろうな、あーどんな顔をしているだろう。きっと綺麗だと思う。そうであって欲しい。私の心が躍るように。思わずシャッターが切りたくなるように。起こさないように近づいていき、私は彼女の前に回ってカメラを構えた。

 やっぱり。彼女を見た瞬間、自分も気付かぬうちに、私はシャッターをきっていた。窓の方を向いて目を閉じている彼女。目はしっかり閉じてあり、口は少し空いている。一番目を惹いたのは、予想通り、カーテンの隙間からの光が当たり、まつげの影ができていることだ。やっぱり彼女は綺麗だ。

 風が吹いてカーテンが膨らみ、横に流れた。太陽の光が大きく入り、彼女全体を照らした。

「うわ…」

私はすぐにシャッターをきった。もうこれは光に乗って降りてきた天使だ。その一瞬を切り取って残せたことを幸せに感じる。写るんですでも撮ろうとカメラを構え、シャーターボタンに指をかけた。


 「また撮ってるの?」

シャッターをきり、カメラから顔を話したとき、彼女は少し笑ってこっちを見ていた。写るんですが撮ったのは寝顔と、この笑顔どちらだろうか。

「うん、ルイちゃんすごく綺麗だったから。」

私がそう言えば、「ありがとう」とまた笑った。

 彼女は謙遜をしない。いやわからない、するのかもしれないないが、少なくとも私の前でしたことはない。たぶん私が本心で言っているのをわかっているから。きっと沢山の人に綺麗や可愛いと言われてきたのだと思う。それが本心ではなく嫉妬が滲む言葉の時も、嫌味な言葉の時も、社交辞令の言葉の時もあっただろう。私たちが学校で生きていくためにも、そうやって褒めたりすることは必要だし、言われた側が謙遜して「あなたのが可愛いよ」といってくれるのを待つ、というのもよくある話だ。彼女はその言葉の持つ意味を理解して答えているのだろう。だから私の心からの「綺麗」という褒める言葉に、素直に「ありがとう」と言うのだ。彼女のこういうところが好きだ。

 「ルイちゃん今日水曜日だからあのパン屋さん行こうよ。」

「あ、そっか。今日水曜日か。今日はどんなパンかな~」

 毎週水曜日。帰り道にあるパン屋さんのシークレットセール。ちなみにシークレットはどんなパンかわからないというシークレットだ。九十円でパンが変える。しかしどんなパンかはわからない。私たちは毎週このシークレットセールに参加している。パンによっていろいろな表情を見せるルイちゃんやパン屋のご主人、集まった人達を撮るのがすごく楽しい。

「先週の大福パンの時のルイちゃんの顔すごかったよね」

「食べないと分からないよあの衝撃は…。たまちゃんのほうの生姜焼きパンはおいしかったのに」

「おいしかったね。美味しいものを求めて死にそうな顔で一口をねだるルイちゃん面白かったよ~」

その時の写真を探して見せる。そこには大福パンを右手に持ちながらも、左手を必死にこっちに伸ばす涙目の彼女が画面いっぱいに写っている。

「うわもう思い出したくもない」

彼女は思いっきり顔をしかめて携帯を押し返してきた。

「ねえ今普通にパン屋さん行こうとしてたけど、たまちゃん放課後呼び出しだよね」

彼女の一言で私は一気に現実に戻された。

「そうだ白ちゃんに呼び出しくらってるんだ…」

「ちょっとくらいルイちゃん撮ったってよくない?白ちゃん自分が撮ったら捕まるから僻んでるのかな」

「いや、僻むわけないでしょ」

文句を言い、ふてくされる私に、冷静なツッコミがはいるが「可能性はある!」と真顔で続ければ、「いいかげんにしなさい」と可愛い笑みを浮かべながら言った。

「ルイちゃん、待っててなんてくれないよね…」

上目使いで眉毛を下げ、精いっぱい可愛い子ぶってアピールしてみる。

「上目使いは可愛いけど、どのくらい時間かかるかわからないでしょ?ずっと待ってるのは嫌」

「はっきり主張するタイプのルイちゃん好きだけど、そこを何とかお願いします。」

「ありがとう、でも嫌~。また来週いこう?」

彼女への切実な願いは儚く散り、私は一人説教を受けて変えることとなった。うなだれる私に「来週パンおごってあげる」と笑いながら頭をなでてくれる彼女。今日待ってくれないことをごまかされているような気もするが、まあ良し。仕方ない、一人で頑張ろう。


 「おーい、帰学活始めるぞ。」

ルイちゃんと楽しく話していれば、今日の敵、白ちゃん先生登場。帰学活が終われば説教だ。思わず白ちゃんを見てため息をつくが、まあ普通に考えて授業中にカメラ出す生徒なんかいて、ため息つきたいのは白ちゃんの方だよなと、少し申し訳なくなった。

 「起立、気をつけ、礼」

さようならー! バイバーイ!また明日! 部活いくよ!などクラスに沢山の声が響き、とうとう放課後だ。

「白ちゃんもう行っちゃったよ。じゃあがんばれよ」

隣の席の男子は小馬鹿にしたように半笑いで私に声をかけ、絶対に重たいであろうカバンを肩にかけ、帽子を左手に持ち、部活へ向かっていった。その後ろ姿が妙に落ち着いて、スマホで写真を撮った。あとでももちゃんに送ろう。

 よし、さあ私も行くか。いざ説教へ。気合を入れて立ち上がる。

まだ教室にいたルイちゃんに手を振り、私は職員室に向かった。


白ちゃん先生の説教

「すみませんでした。」

職員室に入り、白ちゃんの机の前まできた私はすぐさま謝罪をする。説教されるときは、とにかく早く謝ることが有効だと私は思っている。白ちゃんが話だす前にとにかく謝るのだ。

 「は~。たまお前、とにかく謝ればすむと思ってんだろ。何回お前に説教してると思ってるんだ、バレバレだよ」

これはいかん。とにかく謝る作戦は失敗だ。いつもこの作戦で行けるのに。白ちゃんったら成長してる!良い言い訳はないかと必死に考えるが全く思い浮かばない。仕方ない、こういう時は素直に認めるのが一番である。

「いや、はい。すみませんでした…」

白ちゃんはまたため息をついた。私ももうどうしたらいいかわからず、泣きたい気分である。

「授業中にカメラ出して写真撮ろうとすることも、俺に向かって邪魔って言ったことも、ダメなのはわかってるよな?それはもういい、次はないけどな。」

まさかのお許しが出た。もっと長々と説教されると思っていたので、驚いてしまった。

「それよりさお前、これからどうにかしていかなきゃダメじゃねえかな」

「お前がさ、カメラとか写真がすげえ好きで夢中なのはわかってるし、何か夢中になれることがあるのはいいことだと思うよ。まあ世の中には夢中になれることがないって人の方が多いからな。」

白ちゃんは真っ直ぐ私を見て言葉を紡ぐ。自然と私も白ちゃんの目を見つめた。

「だけど、いや、だからこそだな、ちゃんとルールの中で戦うすべを身に着けないと。お前が将来どうするつもりかはわかんねえけど、写真をやめないなら、いつまでもそんなんじゃだめだぞ。」

ルールの中で戦う、なんとなく白ちゃんの言っていることはわかる気がする。

「どこにいこうと、そこのルールがある。授業中にカメラを出してはいけないとかな。いくら結果を残そうとも、そのルールを破り続けたらどんどん制限されるようになったり、誰もお前を見てくれなくなる。間違ったルールなら変えていけばいいけど、変えていくにもまず信頼が必要だ。だからとにかく、そのルールの中で戦うすべを身に着ける必要があるんじゃないか。」

やっぱり私は白ちゃんが好きだ。言われたことを全て自分が理解できたかはわからないが、私のことを考えて言ってくれているのはわかる。普通の人はカメラや写真に対して、趣味以上の思いをもつことに否定的だ。私のことも写真のことも、よく知っているわけでもないのに、決めつけて認めようとしない。写真部で関東大会で最優秀賞をとり、全国大会出場という結果を残していても関係ない。でも白ちゃんは違う。頭ごなしに否定したりしない。私の思いを受け入れてくれてる。それは普段、私の写真の話を聞いてくれているときにも感じるし、誰もやってくれずに困っていた写真部の顧問を引き受けてくれたこともそうだ。そしてただ好きなことをやればいいと放っておくというわけでもなく、ちゃんと向き合ってくれる。

「はい…!ちゃんと考えます。」

なかなか出会えない素敵な先生だと思う。白ちゃんに見てもらえてる自分はラッキーだ。わかってる、感謝しなくては。

「よし、じゃあもういいよ。今日水曜日だろ、早くいけ。」

「え、白ちゃん先生何で知ってるの。」

「お前いつも水曜は七瀬とパン屋だって騒いでるだろ。」

私はニヤッと「白ちゃん先生よく見てる~、私のこと好きじゃん!!」とからかえば、「うるせえ早くいけ」と追い払われた。聞いていた他の先生もクスクスと笑っている。

「白ちゃん先生、ありがとね。」

職員室からでて、ドアを閉めるとき、やっぱりお礼言わなきゃと顔だけ出せば、「お~。」とこちらも見ずに気だるげな返事が返ってきた。

 白ちゃんやっぱいい人だな、明日ルイちゃんに報告しなきゃなと考えながら、帰ろうと下駄箱へ向かった。

待っていてくれたルイちゃん

 帰ろうと下駄箱に向かう私の目に入ってきたのは、驚くことにルイちゃんの姿だった。階段を下りて廊下の先、下駄箱のところに彼女を発見したのだ。まさか待っててくれるなんて思っていなかったため、嬉しさに心が躍る。

 私は一刻も早く彼女のもとへ行こうと、自然と小走りになる。彼女ははまだこちらに気づいていない。せっかくだから驚かせようと思い、急ぎながらも音を立てないように近づいていく。

 早くルイちゃんとパン屋!出口の方を向いて下駄箱に寄り掛かり、こちらに気づかない彼女に声をかけようとしたが、その声はスッと引っ込んだ。彼女が夕焼けを映しているよう、燃えているのにどこか寂しい、そんな目で考え込むような表情をしていたからだ。

 ああ、今彼女に声をかけてはいけない。自分の本能がそう言っているような気がした。彼女はたまにこのような表情をするのだ。

 ルイちゃんは普段、表情が豊かである。長い黒髪、スッとした鼻筋に小さい顔というのはなんだか、近寄りがたく、冷たく見えるらしく、ただ眺めているだけの人からはクールな人だと思われるらしい。しかし実際はそんなことは全くない。よく笑うし、幼い子のように好奇心も旺盛、天真爛漫に見える。

 ただ、私は彼女は天真爛漫とは少し違うと思っている。辞書によれば、天真爛漫は純真で心の中が素直に現れていることをいう。確かに何かを発見した時や、思ったことが顔に出てしまうようなところは、天真爛漫と言えるかもしれないが、彼女はたまに別の世界にいってしまっているような全く何を考えているのかわからない表情で遠くを見つめていることがある。それに私が可愛いと褒めた時のような、大人びた瞬間があったり、本当は全てわかっているような、相手の心の奥の方を感じ取っているような言葉や表情をみせるときもあるのだ。

 一体何を考えているのだろうか。私の普段見ている彼女と、今の彼女は何か違うのか。彼女がいつも儚く、美しいのは、今考えていることがあるからなのだろうか。彼女のこの姿を見ているとき、私はいつも様々なことを想像してしまう。人のことなんて全てわかるわけでも、理解できるわけでもないと思っているけれど、想像せずにはいられない。想像して何か理由をつけないと、これほど儚く、美しい姿を、現実として受け入れられないような気がするのだ。

 写真家の性だと思う。写真家というのはまだ生意気か。撮らずにはいられなかった。ほぼ無意識にシャッターを押していた。

「カシャッ」

「たまちゃん?」

シャッター音に彼女は振り向いた。

「ごめん。勝手に撮って。」

彼女は普段、勝手に写真を撮ることを許可してくれている。しかし、なんとなく今この瞬間は、本当は撮ってはいけなかった気がしたのだ。私の謝罪に、彼女は「うん」とだけ言った。

「消しておくね」

「いいよ。そのままで。」

「いいの?」

「うん。」

なんとなく、二人ともあまり多くは話さないでいた。まだ、ルイちゃんの夕焼けの空気が続いているようだった。

二人並んで、外へ出る。まだまだ外は明るく、夕焼けとは程遠い。

「まさか待っててくれると思わなかった。ありがとう。」

「全然いいよ。思ったより待たなかったし。」

そうなのだ。白ちゃんの説教は短く、三十分もたたないうちに終わったのだ。

「白ちゃんやっぱりいい人だったよ。」

「うん、白ちゃん先生はいい人だよ。」

パン屋に向かって歩きながら、明日しようと思っていた報告をしていく。

「あんまり怒られなかったの。でもちゃんとした戦い方をできるようにしろって。」

「戦えるように?あー、写真で?」

「うん、ルールの中で戦えって。」

「かっこいいね白ちゃん先生。好きになっちゃった?」

「かもしれない。ちょっとカッコよく見えた。」

彼女はえ、ほんとに?と驚いてこっちを振り向き、私は笑う。

「嘘、おじさんは対象外。」

「びっくりさせないでよ~」

二人で目を合わせて笑った。

「うーん、ルールの中で戦えか。なんかセリフみたいだね。ねえたまちゃん、ルールを破るんじゃなくて、ルールを飛び出しちゃうのもありじゃない?」

ほんの少しだけ私の前を歩く彼女は振り向いて、無邪気な顔で笑った。星が弾けたような笑顔だ。よくわからないけど、わかる気がする。この彼女の笑顔があれば、十七歳、高校生の私たち二人なら、どこまでも遠くに飛び出していける気がした。白ちゃんごめんね。白ちゃんの言葉も響いたけど、ルイちゃんの笑顔を見たらなんだか、飛び出したくなっちゃったよ。心の中で白ちゃんに謝罪しながら、私も思いっきり笑って答える。

「よくわかんないけど、うん、飛び出しちゃうかー!!」

意味もなく2人で走りだす。もうパン屋は目の前だ。



パン屋で

 「やばいもうほんとに走らなきゃよかった、、」

目の前には、シークレットパン。今回はプリンアラモードパンだ。ぐちゃぐちゃにされたプリンとクリーム、さくらんぼが一つ、コッペパンに挟まれている。見た目もあまりよろしくないが、とにかく走った後には、なんとも厳しい食べ物だ。見ているだけで胃もたれが起こりそうである。

 反対にルイちゃんの方はアジフライパン。私のよりかはいくらかましに見えるが揚げ物である。胃には重たいことは間違いない。

「今回きついね…」

「なんでこんなパン作っちゃうんだろうね」

「真面目に作ってるところがまたすごいよね」

そうなのだ。ここの店長さんたちはいたって真面目に「こんなパン美味しいのではないか」と商品化している。食べ物を粗末にしているわけでも、ふざけているわけでもない。真剣である。真剣に少しズレた発想になっているのだ。

 アジフライパンに噛み付くルイちゃんだが、端から食べればいいものを、何故か真ん中から噛みつき、色々な方向から具が出始めてしまっている。出て落ちそうになったアジフライを口で捕まえて食べ進む。まるで子供のようで、スマホを出して一枚写真を撮る。

「カメラじゃないのかい?」

突然後ろから声がして、驚いて振り返ると、パン屋のおじさん店長である。

「いつも首から下げたカメラで撮るのに、なんでスマホなのかと思って!」

ニカっと笑う店長。いい笑顔だし、常連の私たちのことを意外とよく見ているらしい。

「んー、日常の、微笑ましい写真っていうんですかね、そういうのはスマホで撮ってるんです。カメラで撮るのは、普通じゃないもの。あ、普通じゃないって言い方悪いな、なんて言ったらいいんだろ〜。」

たしかに、スマホとカメラ意図的に分けているが、その意図を説明するのは初めてで難しい。

「なんか日常の、普段の中で、写真に残しておきたいなっていうのはスマホで、今撮らないと一生見れないかもとか、芸術的っていうか、妙に惹きつけられる瞬間とか表情、非日常を感じるものはカメラで撮ってるんです。作品なイメージかなあ」

カメラを見つめながら、ゆっくり自分に合う言葉を探していく。

「きっと日常の一コマを素敵に撮る写真家、カメラマンもいるだろうけど、私はこうやって決めてるんですよね。」

まあ撮りたくなるかならないかは、その時の感覚に近いんだけど…。急にハッとこのままでは写真についてひたすら語り続けてしまうと思い、言葉を止めた。困らせてないか少し不安になり、顔を上げる。

「ポリシーってやつだな!」

店長はまたニカっと笑っている。どうやら不安になる必要なんてこれっぽっちもなかったらしい。

「私も気になってはいたんだけど、そういうことなのね!」

ルイちゃんも優しく笑っている。

 よかった。こういう自分についての話をするのはあまり好きではない。カメラを常に持っていたり、賞なんてとると、どういうきっかけでカメラを始めたのか」とか「この写真はどうやってとったのか」「カメラマンになるのが夢なのか」など様々な人が聞いてくる。聞かれたことにはちゃんと答えるのだが、この人たちは大体、私の話の内容なんてどうでもいいのだ。最近話題だから声かけてみよう、ちょっと変わった子でも誰とでも仲良くできるというアピールのため、そうやって話しかけてきているだけなのだ。まあ人は他人のことより自分が好きだから他人の語りに興味がないのは仕方がないが、だったら聞いてくるなよというのが本音だ。そんなつもりはないと分かっているけれど、自分のことや自分にとって大切なものの話を、聞いてくれた人のためにしようとしているのに、興味がないのがわかる態度を取られると悲しくなってしまう。自分を否定されているような、自分の大切なものを、意味がないと言われているような気になってしまうのだ。気にしすぎだし、そこまで相手が考えていないことはわかっていても、どうしてもそんな気分になる。だから自分のことを話すのは好きじゃないし、不安になるのだ。

「そう!ポリシー!」

この二人は私の大切なものを大切にしてくれる。そんな重たいものでは無いかもしれないが、少なくとも私の話をちゃんと聞いてくれてることはわかる。それに嬉しくなり、笑顔で答えた。

「いいねえ!カメラでもスマホでも、ここでは好きに撮ってくれよ〜。そんでたまには撮ったのみせてな。」

ニカニカ店長をそう言ったあと、サービス!といってアイスココア二つと、プリンアラモードパンをもう一つ置いて、仕事に戻っていった。

「嘘でしょ…」

私たちはしばらくプリンアラモードパンを見つめ、顔を見合わせ、笑い出した。あーもう最悪!店長には聞こえないよう文句をいいながら、女子高生らしくゲラゲラと笑いあい、ちゃんときっちり半分こと決めて、パンに手を伸ばした。





 「見せれたらいいよね〜」

パンを食べながら突然ルイちゃんは言った。

「何が?」

「ほら、さっき店長が言ったみたいにさ。たまちゃんの写真もっと見れたらいいのにって。」

ルイちゃんは、私も見たいよとつづけ、もう一口パンをかじる。たしかに、私は写真を撮っても自分で見るだけだ。たまに大会などに出展するが、それ以外は特に表に出すことはない。いつかは人に見てもらいたいとは思っているが、行動を起こすことはしていなかったのだ。

「たしかに。私もせっかく撮った写真、見てもらいたいと思う。」

口に出して、改めて思う。私の撮ったの写真たちを、作品たちを見てもらいたい。

「「やっぱインスタかな。」」

パッと目線を合わせる。見事に揃った。意見の一致だ。

 そこからは早かった。さすが女子高生というべきか。あっという間に私の作品用の垢が出来上がっていく。カメラで撮った写真をスマホに映しておいてよかった。プロフィール写真はもちろんルイちゃんの写真を使う。なにせ私の作品=ルイちゃん、と言って良いほど、撮っているのはルイちゃんばかりだ。いや、ばかりどころかルイちゃんしかいない。ルイちゃんに出会って以降、私がカメラで写真を撮っているのはルイちゃんだけなのだ。

 名前は玉城亜子、プロフィールに「cameraman ( 16 )」とだけ載せる。

「もうちょっと細めの字体のがいい感じじゃない?」

「そうだね、これは?あと、スペースいれる?」

「スペースはいらないんじゃない?字体いい感じ。」

ユーザーネームcameraman__tama、名前玉城亜子、「cameraman (16)」プロフィール写真「授業中窓の外を見ているルイの横顔」

完成である。

「いいじゃん写真垢だね」

ルイちゃんがにっこり笑った。

 そこからはルイちゃんの名前は明かさない、基本文章は書かずに投稿する、白枠はなし、学校名とか素性のわかるものはなるべく載せない、毎日一枚は投稿する、といった雰囲気作りのための相談をして、最初の一枚を選ぶことにした。

「決められない。どのルイちゃんもいい。」

「きっと最初の一枚にはこれってやつがあるよ。自己紹介みたいな感じになるからちゃんと選ばないと。」

一眼レフでとったものもフィルムカメラで撮ったものも、とにかくたくさんの写真があり、私は何度もカメラロールを往復する。

「んー、でもなあ」

カメラロールを往復するなか、何回も一度スクロールを止めてしまう写真がある。ルイちゃんは嫌がるかもしれない。でも一枚目はこれがいいと思ってしまう。他にもいいなと思う写真は沢山ある。しかしこれ!というのはあの写真だけだ。私はひとつ大きく呼吸をした。

「ルイちゃんこれ、載せでもいい?」

先程、下駄箱で撮った「夕焼けのルイちゃん」だ。

ルイちゃんはしばらくその写真を見つめた。

やっぱり嫌かな。珍しく撮らないで欲しそうにしてた写真だもんな。きっとダメだから他の写真にしよう、そう思う場面だと感じるが、正直私は、これ以外の写真は一枚目として認めたくなかった。ルイちゃんなんとか許して欲しい。顔を上げてルイちゃんを見つめる。するとスッとルイちゃんと目が合った。数秒見つめ合った後、ルイちゃんはほんのり微笑んだ。

「いいよ。」

「ほんと?」

「うん、いいよ」

目が合った時、ああ大丈夫だと思ったが、改めて本当に良かった。

「ありがとう。」

「たまちゃん心から訴えてたから」

「そんなに顔に出てた?」

「顔には出てなかったよ。ほら、投稿しよう。」

二人でスマホの画面を見つめ、写真を選ぶ。

「よし、いくよ」

私は投稿ボタンをタップする。これで投稿完了だ。投稿された写真を見て、2人でニヤニヤしてしまう。

「たまちゃん記念に写真撮らない?なかなかたまちゃんと映る機会ないから!」

そうなのだ。私は人の写真は撮るが滅多に自分は映らない。個人でやっているインスタも見るだけになっていて、投稿は一つもしていない。

 初投稿も終えて気分もいいし、たまには撮るか。

「店長さーん!撮ってくれませんか?」

店長さんに声をかけ、ルイちゃんと並ぶ。カメラを店長に渡して、写真の垢を開いて手に持った。

「じゃあいくよー!一+一はー?」

「「二ー!!」」

ちょっと古めの掛け声で、無事に記念の写真撮影は終了。見てみると、綺麗に笑うルイちゃんとちょっと慣れない笑顔の私のなんともいい写真であった。

「店長さんありがとうございます!これ!さっき店長さんに言われて作ったの!見てみてください!」

インスタの画面を見せる。店長は少しスマホを遠ざけて画面を見ておお!と喜んでくれた。

「インスタってやつか!おい母ちゃーん!!」

店長の大きな声に、奥からこのパン屋の奥さんが出てくる。

「母ちゃんこれインスタだよ!店のインスタあるだろ、それで見してくれよ。」

「あら!見れるようにしてくれたのね!よく父ちゃんと見たいねって話してたのよ!今フォローするわ!」

ちょっとまってねとゆっくりスマホを使い、なんとかフォローしてくれた。一人目のフォロワーだ。

「ありがとうございます!」

なんだかとっても嬉しくなったのと、店長さんにつられて四人でニッカニカ笑った。

「ちょっと私たちフォローしてないじゃん!」

ルイちゃんに言われて気づく。私たちも個人でインスタをやっているのに、フォローするのをすっかり忘れていた。宣伝しなくちゃね!と、わくわく顔のルイちゃんはとっても可愛い。

 私もしっかりフォローし、個人でも初投稿をする。



記念のルイちゃんとのツーショットと「cameraman__tama 写真を載せる垢始めました。フォローしてね。飛び出すぞ!」

 私は投稿ボタンをタップした。


初投稿後

 「見たよインスタ。やっと始めたんだ。」

翌朝、登校して席に座るとすぐに隣の席の男子が声をかけてきた。

「おはよ。そーなの、やっと始めてみた。」

「ほんとやっとだよな。今時写真撮るやつって大抵インスタ載せるために撮ってるところあるじゃん?お前は違うのはわかってたけど、賞とかとってるし、やらないのかなって話題に出たりしてたんだよ。」

「え?そうなの?」

隣の席の男子はそー!と頷く。全くそんなこと知らなかった。私の写真が話題に出ていたとは。嬉しいような恥ずかしいような気分になる。

 それと、写真を撮る人はインスタに載せるために撮っているというのが気になった。私は特に考えず、衝動で撮っていることが多いので、色んな人がいるんだなと思う。改めて自分はなんで写真を撮っているのだろうかと考えてみるのもいいかもしれない。

「私、撮りたい!!って思うものを写真撮ってるだけだからなー。インスタのためとかってこともあるんだね。」

衝動で撮っているとはいえ、私にも見てもらいたいという気持ちはある。しかし、あくまで自分が撮りたいと思って撮ったものを、切り取った瞬間を見てもらいたいという思いで、インスタのためなんて考えたこともなかった。

「ほらー、お前ちょっと変じゃん?でも写真は普通にすげえって思うからさ」

大会とか出てるってことは人に見せる気はあるんだろうと思ってたけど、どうなんだろって思ってた…と珍しく嬉しいことを言ってくれた。いや、余計なことを混じっていたが許そう。

こんなにも私の撮った写真を見たいと思ってくれていたことがわかるとは。素直に嬉しいと感じる。

「ありがとう!一日一枚は載せるように頑張るから見てね。」

面と向かって、お礼にしっかりと伝えれば、おう!と元気よく返事が返ってきた。



 その後も、クラスメイトたちから「見たよ〜」「フォローしたよ!」などと声をかけてもらい、嬉しくなる。自分の撮った写真を、作品たちを見てもらえるのはこんなにも嬉しいことなのか。もっと見せたい瞬間がある。撮れば撮るほど撮りたくなる。最高の一枚を撮りたい。自然と写真への意欲が上がる。あー、こうやって写真家たちは写真を撮り続けていくんだなと思った。そうならば紛れもなく、私はもう写真家である。

ニヤニヤとした笑みを浮かべながらスマホを開き、最初の一枚の投稿を見直した。



 お昼休み、インスタの反響について話をしながらルイちゃんとご飯を食べる。

「みんな見てくれてびっくりした。」

「たまちゃんの写真みんな見たかったんだね。」

二人とも口角が上がり、満足げな表情になる。昨日ほとんど勢いで始めたものが、予想以上の反響があり、驚きも大きいが、ただただ嬉しい。

「私の写真っていうのもだけど、みんな写真に写ってるルイちゃんが見たいのもあると思うよ。」

 そうなのだ。みんなこの綺麗で夢のようなルイちゃんが見たいのである。実際にインスタをフォローしたというクラスメイトなどからの報告の言葉に、ほとんどが「ルイちゃんてほんとに綺麗だね」「なんか特別感あるよねルイちゃんって」というようにルイちゃんについてのことが付いてくる。実はさっきの隣の席の男子との会話には最後少し続きがあり、「まあお前の写真ってのもだけど、七瀬を見たいってのもあるんだけどな。」と言われていたのだ。

「うん、普段たまちゃん以外に話しかけられることって少ないんだけど、今日はたくさん声かけてもらって褒められた。」

ルイちゃんは寂しそうに綺麗に笑った。特別な人は周りから浮いてしまう。別に周りの人が悪意を持っているから浮いているというわけではないのだが、自分とは違うと一線を惹かれてしまうのだと思う。そして人は自分とは違うものに対して憧れたり、怖さを感じたり、好きになったり嫌いになったりするのだ。

 私も同じだと思う。ルイちゃんという、特別な人にどうしようもなく惹かれている。他の人と違うのはそこで引いた一線を、自分の欲のために飛び越えて近づいたことである。その特別な人を、綺麗で夢のような人を、その人の美しい瞬間を、自分の写真の中に閉じ込めたかったのだ。私は、この周りのいうように変わっている人なのだと思う。ルイちゃんとは違う、特別なこというわけではなく、変わった人。誰にも手を出せない特別に手を出した変わり者だ。

「まあルイちゃんは特別だからね。ほら、例えば妖精の生まれ変わりとか、祖先が人魚だとかそんな感じのさ、自分と違う特別な綺麗な人がいたらみんな近づけないじゃん?それがインスタで少し自分に身近になった気がして声かけてきたんだよ。」

そういうことだよねとルイちゃんは私の話に同意いて、私の顔を見つめた。大きな潤いを含んだ目がじっとこっちを見ている。

「でも私はその特別に自ら近づく人が好き。」

うっ、心臓をがっつり掴まれた音がする。ルイちゃんに真っ正面から見つめられてそのセリフはズルすぎる。心臓が痛い。

「ルイちゃん今のは罪深いよ。自分が特別なのわかってるなら考えて行動してください…」

くっそう、心臓持ってかれすぎて今の顔写真撮れなかったと続ければ、ルイちゃんはケラケラと笑った。

「そうそう、さっきね隣のアイツと話しててね、インスタのために写真撮る人もいるんだって。きっとさインスタをおしゃれにしたりしてさ自分をプロデュースみたいな感じだと思うんだけど、別にそれはいいじゃん?写真なんて自由なものだからさ。それでね、それきいたらさなんか私なんで写真撮ってるのかなって。基本衝動で撮ってるんだけど、その撮りたい!っていう衝動にもなんか理由があるんじゃないかなと思って急に考えてみようと思ったんだよね。」

ルイちゃんは時折頷きながら話を聞いてくれていた。少し間があいて、ルイちゃんがうなりながら何か言葉を探していることが分かる。私はおとなしくその言葉を待つ。しばらく待ち、ルイちゃんが口を開き始めたその瞬間、「キーンコーンカーンコーン」お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。あ、っという顔で二人で顔を見合わせて笑った。仕方ないこの話はまた今度とと思い、席を戻そうと立ち上がろうとしたとき、ルイちゃんが私の名前を呼んだ。

「たまちゃん、放課後確かめに行こう。写真撮る理由。」

へ?と声が出そうになったが、ルイちゃんのなぜだか堂々とした笑顔を見たら、よくわからないが納得したような気分になり、声は引っ込んだ。代わりに私は一息吐いてから、ルイちゃんを見てしっかり頷いた。

「うん、行こう!」


理由を探しに

 楽しみな予定があるときはどうして時計の針がゆっくりと進むのだろうか。普段から良くしているが、今日も時計とにらめっこをして過ごした。白ちゃんの授業でもにらめっこしていたため、ため息をつかれ、それを見たルイちゃんが笑う、これも普段通りだ。そんな普段通りの授業を過ごし、やっと放課後である。帰学活が終わり、ルイちゃんのもと急ぎたいところだが、私は先にまだ教室にいた白ちゃんのところへ向かう。

 「白ちゃん先生!白ちゃん先生に言われてさ、何ができるかなって、まあいろいろ考えてインスタ始めた!!これユーザーネームだから見てね!」

白ちゃんの言葉がきっかけで始めたインスタだ。白ちゃんがやっているかは知らないがネットからでも見れるし、教えなければと思っていたのだ。それに白ちゃんにも私の写真を見てほしい。私はユーザーネームを書いたメモ用紙を白ちゃんに渡す。

「おー。なんだかよくわかんねえけど、考えたんだな。もらっとく。」

確かに私の説明はいろいろ端折りすぎていてよくわかないことになっている。それでも白ちゃんは受け取ってくれた。白ちゃんは基本的に気だるげな顔で、表情が変わることは少ないが、いつもよりほんのちょっぴり口角が上がっているのを私は見逃さなかった。

「白ちゃん先生ありがとね!それじゃさよなら~」

白ちゃんの反応に満足しながら私は待ってくれているルイちゃんに声をかけ教室をでる。白ちゃんも、さよなら~とひょいっと手を挙げた。その顔はまだちょっぴり口角が上がっていた。



 「確かめるってどうしようかね」

学校を出て、ルイちゃんと二人でひとまず歩き出してみている。

「そうだね~取り合えず写真撮って見るしかないよね。よく写真スポットにされてるところ歩いてみようよ。そこでたまちゃんはいつも通り写真を撮るの!」

どこがいかな~とつぶやきながら私の少し先をルイちゃんが歩く。あ、前から来た他校の男の子二人組、ルイちゃんのこと二度見した。そうだよね見ちゃうよね、私の横を通る時には「今の子芸能人?」なんて話をしていた。気持ちはわかるぞ男子たち、なんて勝手に思ってしまう。

「ねーたまちゃん聞いてる?」

「あ、ごめんぼーっとしてた。なにー?」

「もー、だからさあそこ行こうよ!紫陽花通り!」

私たちの普段通る通学路を少し外れ、住宅街をぬけて山に向かって突き進んでいくと右も左も紫陽花が沢山咲いている通りがあるのだ。梅雨のこの時期は紫陽花目当ての写真スポットとなっている。まあ、田舎の狭い町なので混雑したりということは全くないが、一応写真スポットではある。写真を撮るべく、私たちは紫陽花通りに向かうことにした。




 「二人で写真を撮りに行くって珍しいよね。」

「確かに。普段私が勝手にルイちゃんのこと撮ってるだけだもんね。」

「あ、もう見えた。紫陽花すごいね~」

話ながら歩いていればあっという間に紫陽花通りだ。午前中は雨が降っていたため、花弁に水滴がついていて、優しく輝いているように見える。

「どうしようか、とりあえずルイちゃん真ん中に立ってみて。」

私はカメラを構える。レンズ越しに見たルイちゃんと紫陽花は綺麗だ。しかし、なんだかしっくりこない。私はシャッターを切らぬまま、「もうちょっと右によって」とか「横向いてみて」などと指示を出し動いてもらうが、なんだかシャッターをきろうと思えないのだ。

「あー!!!なんか違う!!撮りたいと思わない!」

ルイちゃんや紫陽花が何か悪いわけではない。でも撮りたいと思える瞬間がないのだ。

「私撮ろうとして撮ったことないんだもん!どうしたらいいかわかんない!」

そうなのだ。私は写真を撮ろうと思って撮ったことも、写真を撮りにどこかに出向いたこともないのだ。何度でもいう、衝動なのだ、撮りたい!!!という瞬間を撮り逃さないようにしているだけだ。

「じゃあさ、撮るのやめて少し歩いてみよ~」

イライラ気味の私を全く気にせず、ルイちゃんが言う。私はカメラから手を放し、わざと駄々っ子のように腕を振りながら歩き出した。

「自分がなんで写真を撮るのか確かめに来たのに、写真が撮れないってもうなんなの。」

「いやでもさ、たまちゃんはただ綺麗なだけじゃ撮りたいと思わないってことはわかったじゃん。」

「うんまあそうだよね…綺麗ってだけで撮ろうとしてたら私毎秒ルイちゃんのことと撮らないといけないもんね。」

「そうそう、きっと何か撮りたいって思うものの条件があるはずだよ。」

「なんなんだろもー!」

たくさんの紫陽花に挟まれた道を怒りながらずんずん歩く少女とその少し後ろを歩く儚げな美しい少女、なんとも不思議な光景であろう。

「じゃあいつも写真撮るときに何考えてるかとか思い出したほうが…」

ルイちゃんの足音が急に聞こえなくなった。濡れた道路を歩いているからなんとなく足音聞こえるはずなのにな、私は後ろを振り返った。

カシャッ

「あ、撮った。」

ルイちゃんが笑う。思わずシャッターを切ってしまった。私が撮ったのは少し大きめの水溜りだった。私が振り返ったとき、ルイちゃんは零れ落ちてしまったのであろう小さな紫陽花を拾おうとしゃがんでいたのだ。そのすぐ横の水溜りを見た瞬間、私の手はカメラに伸び、シャッターを切っていたのだ。

「今、その水溜り、拾おうとした紫陽花の真横だったから、その紫陽花とルイちゃんが映って綺麗だったの。ただ綺麗なんじゃなくてその違う世界を見てるみたいだったの。ほらあるじゃん、違う世界にもう一人の自分がいるみたいなやつ。その世界を覗いてるみたいだったの…!」

衝動だった。撮りたい!と思った時にはもう撮っていた。ああこれだという感覚になる。

「違う世界ね~たまちゃんなんでわかんないんだろ。まあもう少しでわかるんじゃない?」

ルイちゃんはふふっと私を見て笑った。

「え、ルイちゃんなにかわかってるの?どういうこと?」

ルイちゃんは何も言わず、ただ笑っている。一体どういうことだ。ルイちゃんには私がなんで写真を撮っているのかわかっているのだろうか。

「ねーもうルイちゃんってば!」

ルイちゃんから聞き出そうと声を出した瞬間、おでこに冷たいものを感じた。あっと思い上を向けばまた一つおでこに冷たい粒が当たる。次は鼻、今度は頬っぺた。次第に間隔が短くなる。私は急いでカメラにカバーをかけた。

「たまちゃん、雨だね。」

その言葉を合図に私たちは同時に走り出した。梅雨の時期、しかも午前中も雨が降っていたのでもちろん二人とも傘は持っている。でもなぜが走り出していた。青春なんてそんなものだ。どこに向かって走っているのか、きっと雨宿りができる場所だとは思うがよくわからない。でもとりあえずちょっと笑いながら、小さく叫びながら走っている。それにしても、雨に濡れるのも悪くない。振り出したばかりでそれほど強い雨ではないというのもあるが、制服で雨に濡れながら走るのは青春であり、物語の主人公っぽくていいなとも思ってしまう。

「たまちゃん早くー!紫陽花通り抜けたところののバス停!屋根あるから!」

濡れたくないなら傘を挿せばいいのに、ルイちゃんもしっかり雨に濡れながら走っており、いつのまにか私より前にいる。追いかけるように私も少しペースを上げた。雨の降る音、雨が紫陽花たちに当たる音、私たち二人の足音、強くなる湿った匂いの中私たちは走っている。さっきの怒りながら歩く私と綺麗なルイちゃんもはたから見たら面白かっただろうけど、傘ささずにわりと全力で走る女子高生二人も面白だろうなと考える。

 あーそろそろ走るのも辛くなってきた。前を走るルイちゃんはまだ余裕そうだ。普段の運動不足がここで出るとは。日頃の自分に少し後悔していると、少し先に紫陽花の終わりが見えた。

「ほらバス停!」

なんとか紫陽花通りを抜けると、ルイちゃんは先にもうバス停の目の前にいた。私がきたのに気づくと、くるっと回ってバス停をバックにこっちをみて笑った。

「ほら!バス停屋根あったでしょ!」

走ったせいで少し解けて濡れている髪、飜るスカート、透け気味のシャツ、まつげまで濡れていつもより増している目の潤み、降り続ける雨、またこの子は特別なんだと思わされた。濡れていて儚げで美しい。雨の雫を宝石に変えたらきっとこんな美しさだと思う。ファンタジー映画のように、この世界に愛と別れを告げ、だんだんと透けて消えていってしまうのではないかと思った。その姿を見た瞬間私は急いでカメラのカバーを外し、シャッターを切っていた。

「ルイちゃん、私わかったかも。写真を撮る理由。」

それを聞いたルイちゃんはまた、私を見て綺麗に笑った。


理由

 「分かったと思うの理由。」

私たちはバス停のベンチに座り、ハンカチで顔や腕を拭いている。聞かせてとルイちゃんは拭く手は止めぬままに言った。

「あのね、まず私が撮りたいってものの条件なんだけど、この世のものに思えないような瞬間なんだと思う。ただ綺麗なんじゃなくて空想の世界に連れて行ってくれるようなものや瞬間。」

そうだ、私はいつも夢のようで美しいものを撮っていたのだ。無意識のことで、今まで考えたこともなかったがそうだ。私がどうしようもなく惹かれているルイちゃんはその象徴だ。この世のものではないような美しい夢のような人。自覚して振り返ると本当にそうだ。カメラの中に残った写真をを見返しても夢のような写真しかない。

「そうなんだろうなって思ってた。」

「気づいてたなら言ってよ!」

「気づいてたけど確信があったわけじゃないからさ!だから言ったでしょ確かめに行こうって!」

ルイちゃんは無邪気に笑う。いつもは綺麗だけどこの笑顔のルイちゃんは可愛い。私はスマホを取り出し写真を撮った。

「そんなふうに笑われたらもう文句言えない!」

知ってるー!なんてまた笑うルイちゃんを見て、私も思わず笑顔になった。



 「条件がわかったなら、次は写真を撮る理由だね!」

私のジャージを着てクッキーをかじりながらルイちゃんが言う。私たちは一通りバス停で体を拭いた後、今度は傘をさして歩き、今は私の部屋にいる。

「ルイちゃんそのクッキー粉っぽいから喋りながらだとむせるよ。」

「うわあほんとだ。たまちゃんお茶とって。」

既にむせそうになっているルイちゃんにお茶を渡し、本題に戻る。

「うんそうなんだよね。」

私が美しくて夢のような瞬間を見ると写真を撮っているのは分かった。じゃあなぜその写真を撮りたくなるのか。

「これは学校で考えてる時も思ったんだけど、その瞬間を切り取って残しておきたいって思うんだよね。それでその切り取った瞬間を沢山の人に見てほしいと思うの。」

私は学校での会話、みんなからの反応を受けて感じたことを思い出す。ルイちゃんも頷きながら聞いてくれている。

「嫌な日常から抜け出してもらうためにとか、現実逃避をするためとかそんなちゃんとした理由じゃないけど、その、なんだろう。ただ共有したいと思うの。その瞬間を見た時の感情や感動、あの心動かされる感覚を他の人にも感じてもらいたいって。写真一枚で"自分たちとは違う夢みたいな世界があるのかもしれない"そんな風に思わせたい、違う世界へ連れていきたいって思うんだよね。」

「だから私は写真を撮るのかなって。撮れば撮るほどもっと撮りたくなる。最高の一枚を撮りたい、見せたい。これが私の写真を撮る理由だと思う。」

自分の感じたことを言葉にするのは難しい、うまく話せていたかはわからないけど、ルイちゃんはクッキーを食べるのを止めて聞いてくれていた。話終わるとルイちゃんは満足そうな顔を浮かべた。

「分かったねたまちゃんの写真を撮る理由。」

「うん、ありがとうねルイちゃん。あとねそうするとやっぱり私の写真にはルイちゃんが必要だって言うのもわかったよ!」

「やっぱり?これからも任せてください!」

「さすが!!よろしくお願いします!」

やっぱり私たち最高だわー!と二人でケラケラ笑う。友達だけど、相棒とも言えるような、とにかくなんだか特別だと思う。私がルイちゃんにもらってる分、返せているのかはわからないけど、ルイちゃんは今私のことを好きでいてくれていることはわかるからとりあえずはいいだろう。これからちゃんと返していけるように意識していけばいい。今はただこのお互いの関係や空気感を大切にしていきたい。ケラケラ笑いながらも今の子の幸せを噛み締めた。



ドラマ

ルイちゃんと私の写真を撮る理由を確かめてから、写真を撮るのがますます楽しくなったし、一日一枚インスタに投稿するのも楽しみでしかたない。朝の登校から放課後まで、ほとんどずっとルイちゃんと過ごしているためシャッターチャンスは多く充実した毎日だ。

 ただ少し前とは違うことがある。“今ここにルイちゃんがいたらいい写真撮れるだろうな”だったり、“ルイちゃんにこうしてもらって写真を撮りたいな”と思うようになったのだ。写真を撮る理由が明確になったことでそれを強く求めるようになったのかもしれない。

 もともといつも写真のことを考えながら生活をしていたが、美しく夢のような写真を撮るにはどうしたらいいのかという、出会った瞬間を切り取るのではなく、その瞬間を作り出すという意識が芽生えたのだ。しかし、紫陽花通りの時のことを思い出すと、私は自分が写真を撮ろうとして撮るということができるのか自信が持てず、思いついても実行には移せないでいた。

「やってみればいいのに。私は全然一緒にやるよ?」

「うん、そうだよねありがとう。やってみたいんだけどね…」

下校中、ルイちゃんが気を使って声をかけてくれたのに、私はなんだかはっきりしない返事をしてしまった。今まで写真を撮ることに関しての悩みなんて持ったことがなかったため、どうしたらいいのか分からない。私ダサいなーと心の中で思う。せっかくルイちゃんも協力してくれると言っているのになにをやっているんだろう。写真への欲と初めてのものへの不安と戸惑いを天秤にかけ、まだ不安と戸惑いが勝っているのだと思う。写真家失格である。日に日に撮りたい写真は増えているがどうしようもできないでいる。ルイちゃんが呆れたような顔でこっちをみたのをスマホで撮り、丁度別れる道が来たのをいいことに、私は若干逃げるように家へ帰った。

 ルイちゃんと別れた後の帰り道も、家に着いてからも、ずっとモヤモヤと考える。撮りたいけど、撮りたくないものになってしまったらどうしよう。別に失敗しようが、誰かに見られるわけでもないのにどうだっていいだろと思うかもしれないが、そうではない。私にとって写真というのは、自分が生きることそのものだ。そのくらいなくてはならなくて、好きでたまらないものである。おまけにもう自分の個性でもある。その写真に対して否定的な気持ちを持つだけでも嫌なのだ。こんなに大好きなのに、なかなか上手くいかず、撮りたくないなんて思いたくない。写真家として新たなステージにいけるかもしれないということよりも、大好きなものを嫌だと思いたくない。その思いで逃げている。苦労もしないで楽しいとこだけとろうとしている私はダサくて、カッコ悪くて、まだまだ子供だと言われてしまうだろう。撮りたい写真が撮れないことも、挑戦する勇気がないことにも、こんな自分にもイライラするし、そのイライラで写真が嫌になるかもしれないと思っている自分にまたさらにイライラする。小さな悩みのつもりが、考えすぎてどんどん私の中で大きな問題となってしまっていた。


悩むのにも疲れ、何か気分転換をと私は今配信されていたドラマを見ている。純愛ラブストーリーで、海が綺麗で私の住む町に似ているからという理由で見始めたたが、なかなか良い。アンニュイな雰囲気と白い肌、その美貌で人気の女優と、甘めな顔と演技の実力、そして若者特有の熱さであっという間に人気俳優の仲間入りをした二十歳前後の俳優が主役である。

 その女優さんはルイちゃんほどではないがルイちゃんに近い雰囲気を持っているし、俳優の方は写真が趣味なことと、歳の近さ、おまけに首に並んで三つの黒子があるのに気づいたことで印象に残り、芸能に疎めで覚えるのが苦手な私でも覚えることができた二人である。おかげでドラマを普段より楽しめている。ストーリーが特別面白いわけではないが、主役二人の絵が美しく、気に入っていて一日一話と決めて夜一人でベットの中でみるのがお決まりになっている。今日もいつも通り見ているが、女優さんがルイちゃんに近い雰囲気のせいで、下校中に話したルイちゃんと話したことを思い出して心が重くなってしまった。気分転換に見ていたはずが、余計に考えてしまうことになってしまい、私は大きくため息をつく。

「あー、もうどうしようかなあ」

相変わらずウジウジしてしまう。悩むのも嫌だし、自分も嫌だし一体どうしたものか。写真のことを思い出したものの、考えるのが嫌すぎる。またモヤモヤウジウジと考えようとしていたが、今は気分転換をしているはずだから考えてはだめだと逃げるようにドラマの続きを見ることにする。ルイちゃんを思いだすけれど、集中してみ続けていれば、いつのまにかドラマのことを考えすぎて、写真のことは頭からすっぽり抜けるかもしれない。そんな期待を抱きながら、私はドラマを見続けることにした。そしてこの判断は大いに正解だったのである。


確信。

海の中に制服を着た女の子が沈んでいく。シャツの裾とスカートが漂うように揺れ、陽の光の線が真っ直ぐに差し込む。その線に触れながらゆっくりと沈んでいく。音もなくただゆっくりと沈んでいく。海に落ちた女の子を救うため、男の子が飛び込む。一瞬にして静かな世界に泡が溢れる。

目が離せなかった。海の中で泡に包まれ漂うよ制服の女の子。夢のような世界だと思った。今私が生きているこの世界ではないどこか。私はこのドラマのワンシーンにひどく惹きつけられた。美しい、夢みたい、そんな言葉を思い浮かべていく。しかし、それだけではなかった。賞賛の言葉と同時に、まだ足りないと思った。体が熱くなっていく。もっと最高の瞬間が撮れる。もっと、もっと。私はスマホに手を伸ばしルイちゃんに電話をかけた。

「ルイちゃん海に行こう。」



次の日の朝、いつもより少しだけ早く家を出て学校に向かう。正確には学校に向かう途中でいつも近くを通る海に向かう。コンクリートの道を歩いていると左に見えてくる海。手入れなど全くされず、ありのまま、思いのまま生い茂る草木の間に隠れるように砂浜につながる一本の細い道がある。枝や葉っぱそして虫を避けながら砂浜へ向かう。最後の大きな葉のついた枝をよければ、光がぱっと見広がり砂浜に到着だ。

 ルイちゃんはまだ来ていない。私は昨日見たワンシーンを思い浮かべながら吸い寄せられるよう波打ち際まで進んでいく。しゃがみ込み、スッと手を伸ばして水に触れる。近寄っては離れていくその冷たさを手に感じながら目を閉じる。目の裏に浮かぶのは海と制服、泡と光、夢のような美しい儚い少女。近くに寄って顔を覗き込めば、その少女はいつも傍にいてくれる大好きな女の子だということがわかる。

 昨夜、自分に驚いた。あんなにもウジウジしていたのに、一切迷いはなかった。気がつけばスマホに手を伸ばし、ルイちゃんに電話をかけていて、頭の中にはこの町の海と制服をきたルイちゃん、そして私がシャッターを切っているところまで頭に浮かんでいた。その時、お腹の中で炎が現れたようにボッと体熱くなった。内側から外へ指先に向かってジンジンと熱さが広がった。今もまだその炎は私のお腹の中で燃えている。意識をむければ、水に触れているはずの指先もまだ熱を持っているように感じる。

「たまちゃん。」

後ろから声がして、私はゆっくりと目を開く。振り向くと昨夜から何度も思い浮かべた制服のルイちゃんがいる。またお腹の中の炎が強くなった気がする。

「おはようルイちゃん。」

立ち上がり、指先の水を払う。昨夜の電話でルイちゃんに朝、海に一緒に行きたいと伝えた。あんなにも惹きつけられ、体が熱くなり、もっともっとと強く頭の中に描いた瞬間本当に私は生み出すことができるのか確かめるために。ルイちゃんに何があったかも、何を考え始めたのかも言っていなかったが、ルイちゃんは何も聞かずに、今こうして海に来てくれている。

「ルイちゃん私ね、撮りたいって思ったの。自分で思い浮かべた瞬間を撮りたいって」

今まで思い浮かべるだけで終わり、行動に移すそうと思うことはなかったのに、今回は直結だった。強く思い浮かべながらすぐさま行動をしていた。

「制服のルイちゃんと、この海を見て、思い浮かべた瞬間を生み出せるか確かめてたかったの。」

「制服で砂浜歩けばいいの?」

「ううん、海の中」

「そうなんだ。どう?今入ってみたほうがいいのかな?」

制服で海に入るっていうのに、当たり前のようにやろうとするルイちゃんがちょっとおかしくて笑ってしまう。

「ありがとう。でも今日は大丈夫。」

そっか、と笑っての返事したルイちゃんは私へ向けていた視線を海へ変え、ふわっとスカートを翻し、海へ近づいていく。その姿はなんだかひどく丁寧に見えた。足の親指から小指、そして土踏まずに踵と順に砂に足をつけるよう一歩一歩を踏みしめて進んでいる。真っ直ぐだんだんと近くなる海の水を見つめているが、その瞳はどこか悲しくみえる。だけど表情は穏やかだ。何か特別な思い出でもあるのだろうか。ルイちゃんはゆっくりと海水へと手をつけた。

「わっ…」

私はその瞬間を見逃さなかった。大きな声が出そうになり慌てて口を押さえる。ルイちゃんが海水に触れた瞬間、海水が明らかにおかしな動きをした。触れた瞬間、海水たちが止まった。緊張が張り詰めたように動きが止まり、波として持ち上がっていた海水たちが震えたのだ。一秒ほどの間だったと思う。でも確かに私は見た。お腹の中の炎がぐっと強くなる。海がルイちゃんを感じている。そう思った。

 海に触れてからルイちゃんの表情にも変化があった。瞳は悲しくも穏やかだった表情が、少し緊張が見えるようになった。それでも海水から離れることなく触れている。しばらく緊張した面持ちで海水を見つめた後、ゆっくりと目を閉じた。ルイちゃんの表情が柔らかく変わっていく。指先から体全体へ、海の持つ柔らかさ、温かさ、みずみずしさ、冷たさ、光、エネルギーの全てがルイちゃんの中に浸透していくようだ。ルイちゃんの纏う空気が妖精の粉をふりかけたように美しく輝きだす。もともとルイちゃんは浮世離れした雰囲気と美しさを持っている。しかし、今までとは格段に違う。もっともっと圧倒的に美しさを纏っているように見える。

 こんなの撮りたくなるに決まっている。先ほどよりまたお腹の中の炎が強くなるのを感じながらシャッターを切る。海がルイちゃんを感じ、ルイちゃんも海を感じて纏う。その美しさと繋がりを目にし、強くなる腹の中の炎を感じ、私は確信した。絶対に撮れる。最高の一枚を。

特別な一枚

 「夏休み前、最後の学校の日の朝ここで撮ろう。」

そう撮影の約束をして私たちは学校へ向かった。

 私はどうやって写真を撮るかをずっと考えていた。自分の中で炎が燃え上がり、最高の一枚が撮れると確信したものの、撮る方法のことを忘れていたのだ。確か水中カメラ持っていたはずだから帰ったら探そうと自分の部屋を思い浮かべる。「どうしても海を撮りたい」と一時的な私の中の水中ブームで二年ほど前に両親にお願いして、誕生日に水中で使えるカメラを買ってもらったはずだ。高かったと母にふざけ半分に文句を言われたことを覚えている。

 一体どこにしまったのだろうか。あー今日も授業どころではないな。しかしそんなことは今に始まった事ではないと考えることを放棄する。私は基本的に写真とルイちゃんのことで授業どころではないのだ。ただ夏休み前ということで、いつもは思いつきもしないが、ほんの少しだけ成績が心配になった。




 いつも通り上の空で授業を受け、白ちゃんをはじめとする何人かの先生にため息をつかれながらもなんとか授業は終了。ルイちゃんと下校し、今は水中カメラ捜索中である。私の部屋はあまり綺麗に整えられているとは言えない。口うるさく掃除しろと言われるのでホコリなどもないし清潔であるが、あっちにもこっちにもと写真やカメラのものたちが散らばっている。最初は一つの場所に綺麗置かれたいたのだが、どんどん数が増えて気づけばそこらじゅうに置いているのだ。綺麗に整えられた部屋ではないかもしれないが、散らばり方にも私なりのルールがあり、居心地も良い。木でできたアンティークの家具が多いからか、カメラや写真と相性が良くなんだかオシャレにも見えてくる。とにかく大好きなものに囲まれる幸せな部屋である。ただ探し物には向かないことは確かだ。

 「確かこの奥にあるはず…」

『困った時はとりあえずここに入れるBOX(ちゃんとしたもの)』に入れたはずだとキャビネットの一番上の段から箱を取り出す。ちなみにこの箱だと思い出すまで既に引き出し三つ、クローゼットの中、机の上を一生懸命探していた。

「あった!!!」

思わず声が出る。思い出した通り、水中カメラはこの箱の中にあった。きなり色の麻の袋の中に入れられ、箱の中でもかなり隅の方にその姿を発見した。袋から出し、動くのか試して見る。すぐに電源もつき、問題なく使えそうだ。なにより手の馴染みがとてもいい。カメラの硬く冷たいザラザラした肌に、私の手は包み込むようにぴったりとくっついた。今までなぜ使ってこなかったのだろう。もちろん水中を撮らなかったからなのだが、撮る理由がこのカメラを使いたいからということでもおかしくないなというくらいになんだか私に合うカメラだと思った。

 夏休み前の撮影がさらに楽しみになる。このカメラは一体どんな一瞬を切り取るのだろうか。私の思い描く瞬間をどう作ろうか。

 探し物をしたせいでそこら中に写真やカメラ、時々学校のプリントが散らばる部屋で、水中カメラを抱いてゆっくりと写真を避けながら私はベットに横になる。目を閉じれば朝見た海と、水包まれるルイちゃんの姿が瞼の裏に浮かび、まだ見ぬ美しい瞬間への期待が溢れた。





 待ちに待った夏休み前の最後の日。いつもより1時間半早く起き、前日に準備していた水中カメラやタオルなどを持って海へ向かう。

 なぜ夏休み前最後の日を選んだかといえば、夏休みに入ってしまうから制服ビショビショで学校に行っても怒られるのはその日一日だけだと思ったからだ。もちろん梅雨が完全に明けてからというのもある。土日や昼間に撮ればいいじゃないかと思うかもしれないが、昼間の出したての黄色い絵の具のような陽の光は嫌だった。私の思い描く最高の瞬間にはどうしても朝の筆先からポタポタと垂れるくらいに水を混ぜたレモン色の陽の光がよかったのだ。土日の朝の陽の光には水を混ぜた時に前に使っていた他の色が少し混じってしまっているように感じるからとにかく平日の朝に撮影すると決めたのだ。

 早く撮りたい。心臓がドキドキと音を立て、今すぐにでも走り出したいが、こういう時は走るとその勢いのまま撮影を始めてしまってミスをするんじゃないかと思い、グッとこらえる。物事を成功させるには慎重さや集中力が必要だと自分に言い聞かせる。足の裏にコンクリートを感じ、一歩一歩踏みしめるように歩きながら、じわじわと気持ちと集中を高めていく。

 時刻はまだ6時台、まだ比較的涼しく、時々朝のランニングをする人と、漁師さんを見かけるくらいでほとんど人もいない。いつも歩いている道も時間が違うだけでいつもとは違う風景に感じ、さらに気持ちが高まっていく。私は目を閉じ、息を1つ吐いた。草木にが生い茂る細道の前にルイちゃんの姿が見えた。






 「おはよう。」

一言挨拶だけをし、二人無言で細道を進んでいく。ルイちゃんの顔を見てさらに心臓がドキドキと音を立てる。お腹の中の炎はジンジンと大きくというより、熱く燃えている気がする。体はこんなにも熱く音を立てているのに、なぜだか頭はひどくすっきりしている。自分のやりたいことややるべきこと、見えているものや感じていることがちゃんとわかる。いわゆるマリオのスター状態といった感じだ。マリオを思い浮かべて、まだ集中できてないなと思うのと同時に私かっこつけてるけど楽しみでちょっと浮かれてるなと笑みがこぼれた。突然の私の小さな笑い声に不思議そうに振り向いたが、特に何も言わず、最後の大きな葉のついた枝を潜り抜けた。

「綺麗…」

まさに想像通り理想的な天気のいい朝の海である。神様も私の味方をしてくれているのだろう。水の多いレモン色の光が空から注いでいる。もうすぐ七時だ、だんだんと気温も上がってきて海に入っても肌寒く感じることはないだろう。今日のルイちゃんは私のリクエストでいつもの三つ編みをといていて、艶めく黒い髪が光に照らされ、風が通るたびキラキラと揺れていてさらに美しく見える。

「よし、ルイちゃんお願いします。」

「うん、頑張るね。」

2人で飛び込める防波堤まで歩いていく。先端で止まり、海を見つめる。やはり今日は理想通りだ。波もほとんどないべたなぎで、水も透き通っている。夏は海の水が濁っていることが多いから、海水の透明度は一番の心配どころだったのでホッとした。

 学校用の荷物が入ったリュックを下ろし、タオルと櫛を出して、準備運動だ。屈伸、前屈、上にもグーっと伸び、プールの前に行う腕を斜めに伸ばして体も傾け体の側面を伸ばす。よっし!準備完了。水中カメラを肩から下げ、ゴーグルを頭に着ける。もちろん二人とも制服のままだ。私が制服の必要はなかったが、私が撮りたいとお願いしているのに、ルイちゃん一人だけびしょびしょの制服で学校にいかせるわけにはいかないので制服のままである。

「あのね、泡に包まれてる感じが撮りたくて、だから思いっきり飛び込んでほしいの。全体としては、こうなんか、泡の中を太陽の光が差し込んでくる水面に向かって泳いでるところを撮るって感じ。」

「じゃあ結構飛び込んでから急いで体勢立て直さないといかないってことだよね、泡が消える前に。」

「そうそう、ルイちゃん泳ぎ得意だよねあのなんていうの?人魚のイメージっていうかその…あんまりバタバタ泳いでほしくなくて、綺麗に見えるように滑らかに泳いでほしいの。あとは、私が先に海の中で待ってて撮るから!息そんなに続かないかもだからよろしく!」

頑張るよとルイちゃんは頷いてくれたけど、ルイちゃんに丸投げすぎだなと少し反省する。でも今はとりあえずやってみるしかない。私はゴーグルを目もとに移動させ、水中カメラを握りしめて海に飛び込んだ。

 ここの海は何もない。少し移動すれば岩や海藻、生き物たちも現れるが、私が選んだこの場所は砂以外何もない。見えるのはそこにある白い砂と差し込む陽の光。そしてここに現れる沢山の泡と一人の少女、絶対に幻想的な一枚が撮れる。ルイちゃんがどの位置に飛び込んできてもいいように、鼻を抑えて耳抜きをし、なるべく深く潜っておく。上を見上げれば陽の光が何本も差し込みこれも十分綺麗だなとシャッターを切った。

 カメラから目を離し、もう一度上を見上げ、最高の瞬間を撮るぞとと気合を入れなおし、もう一度上を見上げたとき、勢いよくルイちゃんが飛び込んできた。水中に一気に泡があふれるように広がる。私はカメラを急いでカメラを構え、ルイちゃんの姿を捉える。

 制服のシャツの裾とスカートが揺れ、綺麗な横顔が見える。艶やかな黒い髪はふわっと広がり漂う。ルイちゃんが泡の中、陽の光が差し込む水面へと泳いでいく。想像した通り、思い浮かべた瞬間は美しく、私は何度かルイちゃんの泳ぐ足がわずかに交差し開くタイミングを見計らってシャッターを切った。ルイちゃんが水面に到達するころ、私も息が限界に近づき、水面をめがけて泳ぎ始めた。

「プハッ!」

水面から顔を出し大きく息を吸う。そのまま泳いでいったん防波堤に上がる。ルイちゃんは先に防波堤に上がっている。出しておいたタオルで顔と手をふき、一応確認とスマホを開いて時間を確認する。大丈夫だ、まだ登校時間までには時間がある。

「どうだった?」

ルイちゃんに聞かれ、顔をあげると、ルイちゃんが髪の毛をかき上げながらこっちを向いていた。その姿がモデルかよ!と思わずツッコみたくなるくらいにかっこよく、私は思わずスマホで写真を撮った。

「すごいかっこいいよ。」

「いや、今のじゃなくて、水中写真。」

「ああそうだよねごめん思わず。水中写真すごい綺麗だったよ。ちゃんと撮れた。」

見る?と水中カメラの画面を見せようとすると断られた。少しだけ眉間にしわを寄せてルイちゃんが私を見る。ただでさえ目力の強いルイちゃんに見つめられると困ってしまう。それに今はそうやら不満があるらしい。

「ほんとに今の写真よかったの?」

眉間のしわはそのままで問いかけられる。本当に今の写真は綺麗だった。それは嘘ではない。しかし、私はルイちゃんの問いかけに頷くことはできなかった。確かに今の写真はとても綺麗だったが、最高の瞬間かと言われれば、私の思っていたものとは違った。綺麗ではあったが、幻想的か、夢のような世界に見えるわけでもなく、何より撮りたい!!という衝動を感じることができなかった。本当はもっと平行な位置からとりたかったし、泡はもっとルイちゃんを包むように広がってほしい。本音を言えば直したいところが沢山である。しかし、ちゃんと私の指示通り制服で海に飛び込んでくれたルイちゃんによくなかったと言うのが気が引けてしまったのだ。ルイちゃんがそんなことを気にしないってわかっていたはずなのに、とっさに取り繕ってしまったのだ。

「ごめんルイちゃん、納得いかないからもう少し撮らせて。」

正直に言えばルイちゃんは笑って頷いてくれた。


 それから何度も何度も繰り返しとに混んでもらって写真を撮った。しかし、私のいる位置と飛び込んだ位置が上手く合わず遠くなったり近くなったり、飛び込んだ勢いで変な向きにスカートがめくれてしまったり、泡が多すぎて見えなかったり反対に少なすぎたりとなかなかうまく撮れずにいる。

「ごめんルイちゃんもう一回。」

「うん。たまちゃん謝らないで。私も最高の写真にしたいって思ってるから。」

「ありがとう。もう少しやってみよ。」

飛び込む位置や勢い、タイミングを確認し再度挑戦する。海の底でルイちゃんを待つ。きた!泡が広がりルイちゃんの姿が見える。今度はポジションもいい感じだ。水面に向かって泳いでいく。ルイちゃんの泳ぎは本当に綺麗だ。けれどやっぱりまだシャッターは切れなかった。最初は包むように広がっていた泡が水面に向かっている途中にどんどん消えてしまったのだ。

「ルイちゃん、泡がダメだ。数も少ないし離れちゃう。」

水面から顔をだし、立ち泳ぎのまま声をかける。するとルイちゃんはまた眉間に皺を寄せて考え始めた。先ほどとは違って不満があるよには見えないが難しい顔をしている。そのまま黙って待っていると、ルイちゃんが口を開いた。

「たまちゃん、なんにも言わずに私を信じてくれる?」

真剣な顔でまっすぐ私のことを見つめている。なんだかよくわからないが、私がルイちゃんのことを信じないなんてことがあるわけがない。ルイちゃんの問いかけに私はすぐに頷いた。

「ありがとう、じゃあたまちゃん今までより少しでもいいから頑張って息を止めて、そのまま潜って。」

ルイちゃんの言葉通り、私は長めに息を止めていられるよう、改めて息を整え、覚悟を決めて水中へ潜った。

 上を見あげてルイちゃんが飛び込んでくるのを待っていると、ルイちゃんは静かに潜ってきた。一体どいうことだろうか。驚いて口から少し息が漏れてしまう。飛び込まずにどうやって泡を作り出すのか。訳が分からないが、ルイちゃんを信じると決めたので、落ち着いてこれから何が起こるのかを待つことにする。ルイちゃんは少し潜って止まり、子供がキスをしようとするときのように口をとんがらがせ、フッと息を吐いた。するとポワッと泡が一つ浮かんだ。ルイちゃんが息を吐くたび泡が浮かび上がる。そのままどんどんと泡を作り出していく。どうやって作り出しているのか驚きながら見ていると、あっという間に泡がいっぱいになった。ルイちゃんは今度は人差し指を立て、泡に向け、スマホをスライドするかのようにスッと動かした。すると泡たちがその方向に流れるように動いたのだ。泡を作り出しては動かす、まるで泡を操っているかのように見える。それを何度か繰り返していけば、ルイちゃんを包み込むように辺りは泡でいっぱいなった。私は何度もルイちゃんの口から泡が出る瞬間と指を動かす瞬間を撮った。こんなにも不思議なことが起こっているのに、その美しさに驚きや疑問の感情よりも撮りたいという感情が強くなる。陽の光の入るほうへ、水面に向かってルイちゃんは泳ぎ始める。ルイちゃんが泡を身にまとっているかのように泡たちも一緒に浮かんでいく。海の中で泡に包まれ泳ぐ制服の少女、私の思い浮かべていた光景そのものだった。

 私はカメラを構え、レンズにルイちゃんの姿を写す。その時、ちらりとルイちゃんがこっちを見た。

「ああ、これだ…」

衝動だった。撮りたい、とお腹の中の炎が一気に燃え上がる。そのまま私はシャッターを切っていた。

 不思議な出来事の目の当たりにして、私がちゃんとカメラを構えているのか、自分を写しているのか、それを確かめるためだったのだと思う。少しだけ振り返り、流れるようにルイちゃんはこっちを見たのだ。

 陽の光の線をなぞるように、泡を身にまとい、制服の裾はゆらりと漂うように揺れる、黒い髪を後ろになびかせ、白い肌、潤んだ瞳の少女が少し冷たい表情でこちらを流し見る。自分とは圧倒的に違う、真っ先にそう感じた。手の届かない違う世界の住人、それも気高く美しい。ああ今私は人魚姫に、この海のお姫様に見下ろされているのか。当たり前のようにそう思った。あっという間に夢のような世界へ引きずり込まれ、気づけば写真を撮っていた。これは間違いなく私の望んだ最高の瞬間だった。



水面から顔を出し、大きく息を吸う。そのまま仰向けになり、空を見上げて動くのをやめた。ゆらゆらと僅かな波に揺られながら熱った体と頭を落ち着かせる。お腹の中の炎は消えはしないが火傷するような熱さは消え、優しく燃えている。海の冷たさを全身に感じ、空を見つめ、深呼吸を繰り返してなんとか夢のような世界から、私の生きる世界へと戻ってくる。ふと横を見ればルイちゃんを空を見上げて浮いていた。二人とも特に話をするわけでもなくただ空を見上げている。

 しばらくして体の熱りもだいぶおさまり、私は防波堤に向かって泳ぎはじめる。同じタイミングでパシャっと水の跳ねる音が聞こえ、振り返るとルイちゃんがもう一度海に潜っていったところだった。私はあまり気にせず、そのまま泳いで防波堤に上がる。

 一方ルイちゃんは一気に底まで潜り、すぐにまた戻ってきて水面に顔を出した。長い髪は全て後ろへ流れて、オールバックのようになっていて、睫毛についた水滴まで、ルイちゃんの顔が何にも隠されることなく陽の光に照らされている。私は足を投げ出して防波堤に座り、海に浮かぶルイちゃんを見る。水面から顔だけ出し、時折くるっと回ったりしながら自由にゆったりと泳いでいる。

「どうだった?」

泳ぎながらまた同じ質問を問いかけてくる。

「撮れたよ。」

「そっか。」

「うん。」

しばらく二人とも言葉を発さず、ルイちゃんの泳ぐ音だけが聞こえて来る。

 

あの泡はなんだったの? そう聞こうと思った。でも「何にも言わずに信じてくれるか」というルイちゃんの言葉が頭をぐるぐるして、うまく口から言葉が出なかった。きっと考えたところでどうしようもないんだろうなと相変わらずゆったりと泳ぐルイちゃんを見て思う。望んでいた写真が撮れたのだそれでいい。

「ルイちゃん、ありがとう。」

「どういたしまして。」

一番いいたいのはこの言葉だった。くるっと周りながら微笑むルイちゃんが可愛くてスマホで写真を撮る。

 全部ルイちゃんのおかげだ。私が自分が写真を撮る理由が分かったのも、自分で作り上げて撮るという新しい欲が出てきたのも、この最高の瞬間が撮れたことも。感謝してもしきれない。

 ただ、疑問にも思う。なんでこんなにも協力してくれるのだろうか。相談に乗ってくれるとか、買い物に付き合ってくれるとかそんなレベルではなく、制服のまま海に飛び込めと言っているのに嫌な顔一つせず協力してくれるのだ。普通ならありえない。登校前に制服で海に飛び込むという非日常と最高の瞬間が撮れた高揚感も合わさり、その勢いのまま、思い切って聞いてみることにした。

「いつも思ってたんだけどさ、どうしてこんなに協力してくれるの?」

「んー、なんかいいなあって思って。」

泳ぐのをやめ、ぷかぷかと浮いたまましばらく考えたあとルイちゃんは言った。

「なんかいいなあ?」

「そう。なんか写真撮ってるルイちゃん好きだなーって。」

「ふーん、そうなんだ。まあありがとう。」

なんだかあいまいな答えに、私があまり納得していないのをルイちゃんもわかっているようで、少し困ったように笑ったが、それ以上はは何も言わなかった。

「あ、そろそろ時間。」

ふとスマホを開いて時計を見れば、もうそろそろ登校しなくてはならない時間だ。ルイちゃんも防波堤に上がり、持参した真水をたくさん入れたペットボトルを取り出している。私も真水を浴びようとペットボトルを取り出すが、ここでふと、青春の病が飛び出した。ルイちゃんの後ろに周り、バレないようこっそり海に入る。

「ねえルイちゃん!」

「なに…わっ!!」

ルイちゃんがこちらを振り向いたと同時に思いっきり水をかけた。自分が口角が上がりニヤニヤしているのがわかる。

「もーたまちゃんなにしてるの!」

口ではそう言っているがルイちゃんも笑っている。するとここでルイちゃんにも青春の病が現れ、仕返しとばかりに私の真横を狙って勢いよく飛び込んできた。激しい水飛沫が私に降り注ぐ。それからはもう青春の病に起こされた女子高生二人の水かけ合戦だ。お互いの顔を狙って水をかけ、防波堤に登って逃げようとすれば下から引きずり込む。途中からはもうわけがわからず、水の中でぐるぐる回ったり、せーので飛び込んだりとただただ二人ではしゃいでいる。

「よっしゃいくよ!せーの!!」

誰か写真を撮る人がいるわけでもないのに、私たちは手を繋いで海へ飛び込む。もちろん空中では膝を曲げて可愛い女子のポージングだ。

「は〜!今のよかったんじゃない?すごい高く飛んだ気がする。」

「すごい飛んでたよたぶんそんな気がする」

二人で顔を見合わせてゲラゲラと笑った。何が面白いのかといえばよくわからないが、とにかく楽しい。これが青春だー!!とまた笑った。

「あ、時間忘れてた。」

しばらく経って笑い疲れた頃にやっと思い出した。私たちはこれから学校に行かなくてはならないのだ。急いで防波堤に上がり、ペットボトルに入れてきた真水を浴び、海水を流し頭を拭く。制服も絞れるところは絞って水をきる。最後にタオルを肩から背中にかけ、リュクを濡れないようにすれば完璧だ。二人とも準備ができたことを確認して後はもうとにかく走るだけだ。

 目を合わせ、頷き合い、それを合図に思いっきり走り出した。走りながら薄いシャツが乾いていくのがわかる。暑いけれど濡れた制服が肌に触れて冷たくて気持ちがいい。だんだんと出したての黄色い絵の具に近づいていく陽の光を浴びながら、私たちはゲラゲラと笑いながら走った。結果はやっぱり盛大な遅刻だった。

きっかけの投稿

 今日はとうとうあの写真をインスタに投稿する。制服で海に入ったあの日の最高の一枚だ。カメラフォルダの中からその写真を選択し、少し眺める。

 あの日、結局遅刻してついたのは一時間目の途中。担当の先生に遅刻を怒られたと思ったら、制服が濡れていたことき気づいて職員室に連れて行かれ、問い詰められ、代わる代わるいろんな先生に説教をされた。最後は白ちゃんも呼ばれ、放課後三人で話し合いが行われた。最初は「やっぱり最終日にしてよかったね。」と、こそこそとルイちゃんと笑っていたけれど、白ちゃんが他の先生に「どうなってるの?」と注意されているのを見て、少しだが反省しなきゃなという気になったのだった。


 過去最高の写真になった。そして私にとって写真家として今後ターニングポイントと言える写真だと思う。夢の世界に連れていかれる幻想的で美しい瞬間を思い描いて作り出し、撮る。今までただ衝動で撮っていたのとは違う、これで本当に写真家と名乗れるんじゃないだろうか。

 スマホに映された写真を見ながら笑顔が隠せない。でもこんなに美しい写真をスマホでしか見れないのは勿体無さすぎる。大きく現像して額に入れて飾るべきだ。とてつもない自画自賛だが、そのくらいこの写真は最高の一枚だと思うし、とても気に入っている。いつインスタに投稿するかもかなり悩んだが、夏休み前最終日に撮ったので、夏休み最後の日に投稿しようとルイちゃんと決めた。

 できるだけ多くの人にこの写真を見てもらえますように。そんな願いを込めながら、私は投稿ボタンを優しく押す。相変わらずあるお腹の中の炎が一瞬だけ強くなった。





「玉城、あれはやばい。」

登校し、席についた途端に隣の席の男子が声をかけてきた。夏休み明け初日、挨拶もなく一番最初に言われたのがこの言葉だった。

「でしょ。自分でも気にいってる。」

すぐに昨日投稿したインスタの写真だと分かった。あの投稿をした後すぐ、いつもよりずっと速い速度でいいねがついていき、repostやタグ付けやメンションをされてスクリーンショットしたであろう私の写真が他の人のインスタにあげられているのを見た。そして他の人があげたのを見たのか、知らない人からのいいねやフォローが増えた。今現在も通知が着々と増えていっている。たった一枚の投稿でこんなにも変わるのかと思ったが、あの写真にはそんな力があってもおかしくない。そう納得し、自分の作品たちがいつもより多くの人の目に止まっていることを素直に喜んでいた。

「俺これ友達がモデルやってて撮ってるのも友達だって自慢したくて、お前のインスタ友達に送り付けちゃったもん。」

「ほんと?ありがと!そういうの嬉しいわ。今度からいいなって思ったら私にも感想送ってよー!」

「任せろじゃあ見たら毎回送るわ!」

沢山褒められて嬉しくなり、二人でキャッキャと盛り上がってしまった。

 途中から彼女のモモちゃんも参加し、二人でとにかく感想を伝えてくれて褒めてくれて、それに気づいた他のクラスメイトも私の机の周りに集まってきた。そのあとルイちゃんも呼ばれ、白ちゃんが教室に来るまでの間、クラス中に褒められ続け二人で顔を真っ赤にすることとなった。



 投稿から数日たっても、私のインスタの通知は鳴りやまなかった。クラスメイトや同学年だけでなく、先輩や後輩たちからも声をかけられることが増え、毎日投稿しているインスタもどんどんいいねとフォロワーが増えていく。予想以上の反響に少し怖くなるくらいだ。あの登校をきっかけに過去の投稿を見て気に入り「アイコンに使ってもいいですか?」なんてメッセージが来ることもあった。

 顔をだしているルイちゃんの方の反響もすごいらしく、放課後や街中で「このインスタの人ですか?」と声をかけられたりするらしい。まるで芸能人だ。そして白ちゃんもどうやら見てくれていたらしく、「良かった。」とボソッと声をかけてきてくれた。インスタのフォロワー数も五千人を突破し、まだまだ増えそうである。

「たまちゃんなんかすごいことになってきたね。」

「そうなんだよね、見てもらえてるってことだから嬉しいけどさすがにビックリ。それよりルイちゃん大丈夫?私は顔出してないからいいけど、ルイちゃんになんか迷惑かかってたら嫌だなって。なにかあったらほんとすぐ言ってね。」

今私たちは、あまりの反響に驚きと疲れがでてきてしまい、二人で話そうといつものパン屋さんに来ている。入ってすぐにあのニカニカ店長には見たよ!と声をかけられたが、疲れ気味の私たちに気づいたのか、ぐいぐいと話しかけてくることはなく、アイスココアをサービスで出してくれた。私はダークチェリーパイ、ルイちゃんはチョココロネをそれぞれ選び、アイスココアとともに甘いものに癒されてやっと一息という状態だ。口から甘くて柔らかい優しい幸せが体中に広がっていく。

「今のところ大丈夫そうだよ。もともと私って話しかけづらいみたいだから、話しかけてきてもすぐ終わるし~」

とりあえずルイちゃんに何か被害が出ていないのは良かった。何よりもそれが気になっていたのだ。言葉通り特に辛そうな顔も何か隠している顔もしていないので、本当に今のところ大丈夫なのであろうほっとする。

 そんな私の心配のことなど全く気にせずルイちゃんはチョココロネを口に一杯詰めて嬉しそうな顔をしている。ここにくるといつもチョココロネばかりを食べている。確かに美味しいけれど、他にも美味しそうな果物ののったパイや定番のメロンパンなど沢山あるのにいつもチョココロネを選ぶのはなんだか不思議だった。そんなにチョココロネが好きなのだろうか。

「ルイちゃんいつもチョココロネだけど好きなの?」

「あー、私今までチョコって食べてこなくてだからその反動?すっごくチョコ好きなんだよね。」

ルイちゃんは少し恥ずかしそうに笑った。とっても可愛かったのでスマホで写真を撮ると、「たまには一緒に撮ろ!」とテーブルの上に体を乗り出してきたので、珍しく二人で自撮りをしてみた。大好きでどうしよもなく惹かれていつも一方的に撮っている相手と同じ写真に写るのはなんだか恥ずかしかったが、ルイちゃんが満足げな顔をしているのでたまにはいいかなと思ってしまった。隣に座りなおしてしばらく今時女子高生らしく、カメラアプリなどを使って自撮りしていく。犬になったり顔がキラキラしたりと楽しくなっていしまい何枚も撮っていく。タイマー機能を使って二人でポージングしてみたり、アイスココアを持ってみたりと盛れてて楽しそうな写真を目指す。今度はパンをもって撮ろうということになりお互いに持ち、タイマーを押そうと手を伸ばす。押して腕を引っ込めながらルイちゃんの方を振り返ったところに丁度ルイちゃんがチョココロネを食べようと腕を上げ、見事にぶつかった。

「うわっ!」

顔を見るとしっかりと鼻にチョコクリームが付いている。私たちは一瞬顔を見合わせて停止して、どちらともなく噴き出した。鼻にチョコを付けたルイちゃんの顔は可愛いけどちょっと間抜けな感じで思った以上に面白かった。二人で声を出して笑ってしまい、他のお客さんに怪訝そうに見られてしまったので、頭を下げて急いで笑いを止める。

「はあー、面白かった。」

「笑いすぎちゃったよもう。」

「あれ、タイマー押したよね、変なの取れてそう~」

ルイちゃんは鼻をティッシュで拭きながら、スマホを撮って開く。一体どんな写真だったのか、ルイちゃんはにっこりと笑った。

「見て、すっごく楽しそう。」

スマホに表示された写真は心から楽しそうな私たちだった。涙が出るんじゃないかというくらいただパンを片手に顔を見合わせて笑っている。

「ほんとだ。すごいいい写真。」

なんだか幸せな気分になった。私といるルイちゃんがこんなに楽しそうに笑ってくれてることも、自分がルイちゃんといてこんなにも楽しそうに笑っているのも、とても嬉しく感じた。ルイちゃんも嬉しく思ってくれているようで、微笑みながらにスマホの画面を見ている。

「これ、ロック画面にしてもいい?」

「え、もちろん。私もする。」

ルイちゃんからの嬉しい申し出に、笑顔が隠せない。お揃いになったロック画面を見ながら、また顔を見合わせて静かに笑った。



 「ねえたまちゃん、たまちゃんが撮ろうと決意したきっかけのドラマ見てみたい。」

その一言でパン屋を出たあと、うちでそのドラマを見ることになった。ルイちゃんから写真関係のことで何かをお願いされるのは珍しく、すぐさま了承し、実行に移したのだ。

 私の部屋で今度はさっぱりレモネードを飲みながら配信されているドラマをつける。一話から見るのかと思いきや、あの海のシーンだけでいいらしく、そのシーンまで早送りしていく。

「この辺から」

海に落ちていくそのシーンの十五秒ほど前で再生し始める。ルイちゃんも私も黙ってテレビ画面を見つめる。女の子が海に沈んでいく。陽の光の線に触れながらゆっくりと沈んでいく。その女の子を救い出すため、三つのほくろの男の子が飛び込んでいく。ルイちゃんが大きく目を開いた。一瞬にしてその世界は泡で埋め尽くされる。男の子に触れられて女の子は目を覚ます。海の中二人は見つめ合う。ゆったりとした時間が流れる。ルイちゃんの様子をうかがうと、目は大きく開いたまま少し眉間に皺を寄せてテレビ画面を強く見つめている。私が感じたように、ルイちゃんもこのシーンに何かを感じたのだろうか。ゆったりと二人は浮かんでいき、海面から顔を出す。息を大きく吸った二人はまた見つめ合い、幸せそうな笑顔を浮かべて抱き合った。私は停止ボタンを押し、ドラマを止めた。

「私が見たのはここま………」

「この男の子、なんていうの?」

私の言葉を聞き終わる前にルイちゃんが静かに強く言った。視線は止まったままの男の子に真っすぐに向けられている。

 ルイちゃんが芸能人に興味を持つとは。これまでも恋愛の話や好きな芸能人の話などをしてみることもあったが、お互い興味がなさすぎで全く盛り上がらなかった。かろうじて私はなんとなく好きな芸能人もいたので話せても、ルイちゃんは本当に女子高生かと疑うほど芸能人を知らなかった。そんなルイちゃんが、芸能人に、しかも若い男の子に興味を持つなんて驚きの出来事だ。ついにルイちゃんにも春が…なんて大げさなことも考えたが、ただ単純にかっこよくて興味をもったとしたら眉間の皺も、この声のトーンも違和感がある。どういうことなのだろうか。

「蒼山朔だよ。確か二つくらい年上の俳優さん。」

「蒼山朔って言うんだ。そっか…」

テレビ画面に映った蒼山朔を見つめながら、蒼山朔、となんども確かめるように口に出す。その顔は先ほどとは違ってとても柔らかく、口角がわずかだが上がっている。見つめる瞳をキラキラしているのとは違うが、暖かく包み込むような光が目に宿っているかのように輝いていた。

「どうしたの?好きになった?」

「ううん、もともと好きなの。昔あったことあるんだ、初恋の人。」

「えっ…え??」

もともと好き?初恋?会ったことある??情報が処理できない。ルイちゃんって恋したことあったの?初恋まだだと思ってた…ん?名前知らなかったってことは一目惚れとか?気になりすぎる。一体どんな状況だったのか。もともと好きってことはまだ好きなのだろうか。ルイちゃんのまさかの発言で私の頭の中はパニックである。ただ、柔らかく笑うルイちゃんを見るのはとてもいいなと思う。気になることは沢山あるが、とりあえず今はルイちゃんの笑顔に免じて深く聞くのはよそう。落ち着こうと一つ深呼吸をする。

「今度他にも出てるの見ようね。それとゆっくり聞かせて初恋の話。」

「うん、見たい。誰かに話すの初めてでちょっと恥ずかしいね。」

「じゃあ私も話したことない初恋の話してあげる~」

珍しい女子高生恋バナの話題にこそばゆいような恥ずかしい気分になりながら二人でレモネードをすすった。



 ブー、ブー、ブー、スマホの通知が鳴りやまない。あの投稿以降通知は頻繁に来ていたが、なぜだかその感覚が急に短くなった。蒼山朔の他の作品が配信されていないかと探したりしながら楽しくおしゃべりしていたのに、マナーモードでも通知がうるさく無視できなくなってきた。楽しい時間を邪魔されるのも腹が立つので機内モードにしてしまおうとスマホを開いたところ、一通の通知が目に留まった。

「ねえ大変なことになってるよ!小田真希のインスタにのってる!!!」

モモちゃんからのメッセージだった。小田真希のインスタ?一体どういうことだ?私の眉間に皺が寄ったのを不思議に思ったらしく、どうしたのとルイちゃんが聞いてくる。私は黙ってそのメッセージを見せた。ルイちゃんもわけがわからんといったように眉間に皺を寄せた。小田真希といえばあのドラマの女優である。その女優のインスタにのっているとはなんなんだ。

「小田真希?」

「さっき見てたドラマの蒼山朔の相手の女の子やってた女優さんのこと!」

ひとまず小田真希のインスタを見ようとインスタを開いたがものすごい量の通知だ。いいねとフォロワー数が驚くべきスピードで増えている。フォロワー一万人は簡単に超えそうだ。メンションやメッセージもあったが数が多く今は見きれないので後にあとでゆっくり見ることにし、小田真希を検索する。

「うわ、これだ…」

ルイちゃんが私のスマホをのぞき込む。小田真希のインスタには、投稿にもストーリーにも私の写真が載っていた。あの海の中泡に包まれた制服のルイちゃんの写真だ。投稿には ''インスタで話題になってた写真。ドラマ思い出すな、とっても素敵。'' という文章ともに私がタグ付けされていて、その投稿がストーリーにも載せられ私がメンションされていた。

 突然増えだした通知はどうやらこれが原因らしい。小田真希のインスタを見た人たちが、私のアカウントにやってきて写真たちを見てくれているのだ。小田真希が投稿してくれた写真だけでなく、他の写真も多くの人が見てくれているらしく過去の投稿にもいいねが増えていく。

 沢山のメンションやタグ付け、コメントが来ているのでルイちゃんと二人で一つずつ開いていく。「違う世界にいるみたい」「この世の物とは思えないくらい綺麗」といったような世界観や美しさを称賛するコメントが多く、自分の写真が届いていることを実感し、心がギュッと熱くなる。写真家として生きていきたい私には本当に嬉しいことである。

写真についての反応は多かったが、何よりも多かった反応はルイちゃんについてだった。「いったいこの子は誰?」「この写真の女の子は芸能人?」「この美少女の名前が知りたい」写真への称賛とともにほとんどの人がこの疑問をこぼしていた。それもそうである。むしろルイちゃんが気にならないほうがおかしい。艶めく真っ黒の髪、白く透けそうな肌、潤んだ強く儚い瞳、浮世離れした空気感、誰だって魅了されるだろう。私も現に魅了されていて、ルイちゃんがいなきゃ理想の写真は撮れなかった。ルイちゃんだからこそ撮りたいと思うのだ。

「みんなルイちゃんの子と気になってるね。」

「すごい名前聞かれてる。ちょっと恥ずかしい。」

「一気に有名人になっちゃったね。」

「なんか認められてる気がして嬉しいかも。」

ルイちゃんは嬉しそうに笑った。嫌じゃなくてよかった。ルイちゃんが嬉しいのは私も嬉しい。しかしこの多くの人の反応になんだかモヤモヤした暗い気持ちも湧き上がってくるのを感じた。

 とうとう世間見つかったのだ。私は目の前ルイちゃんをじっと見つめる。世間がこの美しい少女をこのまま放っておくわけがない。そう確信が持てるくらい魅力的だし、多くの人にルイちゃんの魅力が伝わるのは嬉しい。でもそれと同時に不安にもなるのだ。今は盛り上がっていて喜んではいるが、この先ルイちゃんはどうなることを望んでいるのだろうか。もしルイちゃんの望まない方向へ傷付けてしまうことがあるのではないか。なにより多くの人に望まれ、消費され、ルイちゃんがルイちゃんでなくなったらどうしよう。人がいつまでも魅力的でいるためには刺激や変化が大切である、それはわかっている。でもその刺激や変化のせいで魅力がなくなってしまうことだってあるのだ。今のルイちゃんは本当に美しく、誰をも惹きつける魅力を持っている。それを失うきっかけになってしまうのではないか。いや、そんなたいそうなものではなく、自分だけが知っていた、私だけのルイちゃんがみんなのものになってしまうのが嫌なだけかもしれない。そう思うと急に通知がくるのが怖くなってくる。

「こんなにたくさん見てくれてるんだし、どんどん写真撮ろうね。たまちゃんの写真届けよう。」

ルイちゃんが笑う。真珠みたいな笑顔だ。濁りのない真っ白で輝いている。そんな笑顔を私に向けてくれている。やっぱり私はどうしようもなくルイちゃんに惹かれていて大好きだ。なぜだかほんの少し涙が出そうになる。「撮ろうね!」そう元気に返したつもりだが上手く笑えているだろうか。どうか私の写真が私からルイちゃんを奪うことになりませんように、ルイちゃんの魅力を奪うきっかけになりませんように。真珠のような笑顔の前で私はそう願うばかりだった。





スカウト

 小田真希のインスタから1週間、小田真希のファンだという芸人さんにも取り上げてもらったことでいまだ通知は止まない。さすがに疲れてきてしまい、通知に制限をかけていいねやフォローの通知はなるべく来ないよう変更した。しかし、やっと落ち着いてきたところにある事件が起きた。学校のお昼休み、お弁当を食べる私のところにあるメッセージが届いたのだ。

“写真のモデルさんと会わせて頂くことは可能でしょうか?”



誰もが知っているだろう超大手芸能事務所からのメッセージだった。とうとう来たか。時間の問題だとは思っていたがやはりルイちゃんへのスカウトが来たのだ。すぐにその文を本人に見せたが、難しい顔をしたので「本人に確認します。」とだけ送る。スカウトだと思われること、大手芸能事務所だという事を話し、どうするのかルイちゃんの気持ちを確かめていく。

 ルイちゃんの出した結論は、とりあえず会ってみるというものだった。芸能界のことなんて本当に何も知らないから考えるためにも会ってみたいということらしい。この前やっと一人俳優の名前を覚えただけであとは何も知らないルイちゃんを1人で行かせるわけにはいかないと、両親を連れて行くように話したが、どうやら両親も芸能には疎いらしい。ますます心配である。どうか悪い方向に進まないように願いながら、会う主旨を連絡したのだった。

 スカウトの人からはすぐに返信がきた。都合の良い日時の質問と共に、ぜひ私も一緒にとのことだった。私に何の用があるというのか。思わず「私もですか?」とメッセージを送ったが、「ぜひできてください。」とまたすぐに返信がきた。よくわからないが2人一緒の方がお互いにいいだろうということらしい。きっとルイちゃんの魅力を引き出し、確認するためにも、警戒心を解くためにも、私がいたほうがいいということだろう。

 「ルイちゃんやっぱり私も一緒に来いだって。」

「ほんと?一緒だと安心するよかった。」

「よくわかんないしちょっと不安だったもんね。」

「あ、でも大人どうする?私の両親と思ってたけどたまちゃんもくるならたまちゃんの親もいた方がいいよね?」

「いや、たぶん私はただの付き添いだからルイちゃんの親が来ればいいと思うよ。」

私たちだけでは難しい話もわからないので、誰か一緒に行く大人が必要だった。事務所の人もルイちゃんに興味があって私は付き添いだと思われるのでルイちゃんの親がいればいい。おかしなことを言っているわけではないのに、なぜかルイちゃんは首を縦に振らない。何が気に入らないのだろうか。

「うちのお父さんとお母さんじゃ嫌なの。あんまり理解がないっていうか、普通じゃないことには基本的に反対だから。」

そういうことか。確かに今までも、私の写真のモデルをやっているのも反対というわけではないが理解はできないという感じだというのも聞いたことがある。この両親のもとでどうしてルイちゃんみたいな雰囲気や美しさを持つ子が育つのか疑問に思ったこともある。私も写真家になりたいというのは人から理解されないことのが多いので、嫌だという気持ちはよくわかる。理解できない人と話すのはただこちらが否定されるだけでこれ以上にないくらいストレスで嫌な気持ちになるのだ。

「そっか、それは嫌だね。」

ルイちゃんは私が理解されずに嫌な思いをしているところを何回も見ている。私に自分の思いが伝わったのもすぐに分かったのであろう。ほっとしつつも少し申し訳なさそうな顔で頷いた。

 ルイちゃんの両親ではだめだとすると、誰に来てもらえればいいのだろうか。うちの両親は理解があるほうだとは思うが、ルイちゃんのスカウトにうちの両親というのはおかしい。ルイちゃんのことをちゃんと知っていて保護者の役割ができ、尚且つ理解があって信頼できる大人、そんな人いるのだろうか。なかなか思いつかず、沈黙が続いている。

「白ちゃんは?」

ハッとした顔でルイちゃんが言う。白ちゃん、確かにそうだ。白ちゃんなら私たち二人とも安心できるしとても信頼している。主観や願望を押し付けず冷静に私たちの話も聞いてくれるだろう。私の写真のことも、どの大人より理解があった。

「頼んでみようか。」

放課後、白ちゃんを呼び出し話をすることに決めた。



 「確かに俺はお前らの担任で、大人だ。でも親御さんたちに許可も取らずに勝手な行動はできない。」

悩む様子もなく、はっきりと断られた。驚いてしまった。まさか断られるとは思っていたなかった。白ちゃんはいつも私たちの味方だと思っていたのだ。

「でもさ白ちゃん先生その、だってさ、その…」

ルイちゃんとなんとか説得しようとするが、断られるとは思っていなかったので何を言ったらいいかわからない。二人揃って言葉は詰まるし、どんな顔をしていいかわからなくなってしまっていた。そんな私たちを見て、白ちゃんが大きくため息をつく。

「おい、協力しないとは言ってないだろ。」

ん?協力しないとは言ってない?断ったじゃないか。白ちゃんの顔を見つめれば、片眉をあげ、困ったようにも呆れているような顔で私たちを見ている。

「俺は、お前ら二人がちゃんと考えたことなら応援も協力もする。ただ、立場的にも大人としても、勝手に話を進めたり動くことはできないってことだ。」

わかりやすく丁寧に言葉を選んで伝えてくれているのがわかる。

「まずはスカウトのことと自分たちの気持ちを親御さんたちに話しな。そこからだ。もしそれで反対されたなら説得できるように一緒に考えてやる。そもそも俺が納得できたらだけどな。」

「それで、七瀬はなんでこの話受けようと思ってるんだ?そこがまず最初に重要だろ。」

白ちゃんのいうことは最もである。まずは白ちゃんを納得させるような理由、自分の気持ちが必要だ。ルイちゃんがゆっくりと話し出す。

「せっかくいただいた話だし、私は芸能界のことなんて何も知らないから話聞いてみたいなとも思うの。今までも芸能人ですかと聞かれたこととかもあるし向いてるかもしれないって…」

白ちゃんは全く表情を変えることなく、ルイちゃんを見つめている、反対にルイちゃんはなぜかどんどんと声が小さくなっていく。自分の気持ちだから間違いも正解もないのに。本人は気づいていないかもしれないが、自分の気持ちに自信がないのか、困ったような表情になってきている。

「はっきり言え、何が言いたいのかわからん。」

強く重たい声で白ちゃんが言う。私に言われてたら泣いてたかもと思う。責められているわけではないが、真っすぐにダメな部分をに触れられると泣きたくなる。白ちゃんの優しさなのはわかるが泣きたくなるものは仕方ない。ルイちゃんもいつも潤んでいるような目なのにさらに涙が増えたように見える。泣くのはグッとこらえ、大きく息を吐いた。

「会いたい人がいるの。どうしてもつかってでも会いたいの。」

心を絞り出すように一つ一つ言葉を紡いでいく。震えそうな声を正し、力強くルイちゃんは白ちゃんを見つめている。蒼山朔だ。瞬間的にわかった。それと同時に心臓に爪を立てられたような痛みが走った。蒼山朔はルイちゃんにこんな顔をさせるのか。

「昔出会った、私にとって特別な人が今俳優をしているの。どうしてもその人に会いたい。そのためには自分が芸能人になるのが一番じゃないかと思ったの。でも私は芸能界なんて知らなすぎるから、まずは話を聞いてみたい。」

さっきとは真逆だ。言葉がだんだんと力強く、はっきりとしていく。

 蒼山朔がうらやましい。一度しか会ったことないくせに。ルイちゃんに特別と言われれるのか。嫉妬しているのだと自分で分かる。私にとって特別な人が特別だと言う人、私のことも特別だと思ってくれているのかという不安、ルイちゃんと私の間の矢印はいつだって私からルイちゃんに向けたほうが強くて太いことなんて前からわかっていた。そのことが余計に不安をあおる。ああ嫌だ。ルイちゃんが真剣に自分の気持ちを打ち明けているときにこんあことを考えてしまう自分が嫌だ。顔に出ないように気を付けて、グッと気持ちを落ち着けていく。そもそもこんなことを考えている場合じゃないのだ。今はスカウトについて、私はどうするのか考えないと。

 上がっていた片眉が下がり、白ちゃんの表情が緩んだ。納得とみていいのだろうか。少なくとも、ルイちゃんが熱い思いを胸に秘めていたのはわかっただろう。

「じゃあたまは?お前は別にスカウトされたわけじゃないんだろ。なんでついていこうと思ってる?」

来た。私の番だ。そう、私はスカウトされたわけではない。ルイちゃんのおまけだ。だからこそ強い理由がないと納得なんてしてもらえない。それに白ちゃんにごまかしが通用しないことはわかっている。なんとなくじゃない、ルイちゃんにスカウトが来るだろうと思った時からずっと心の奥で思っていたことを引きずり出して言葉にする。

「最初はいつも手伝ってくれてるルイちゃんの力になれるならってだけだったんだけど、ちゃんと考えると違うの。ルイちゃんのスカウトで、私はおまけだとしても、大手芸能事務所と関われるチャンス。写真家として生きていくには、芸能界とつながるのは絶対に必要な条件だと思うの。ほとんどの写真家は芸能人を撮ってるし、その世界に行けば、成長できるなにかを掴めるかもしれない。どんな小さなことでもいい、写真を仕事としている人とのつながりを作りたい。」

とにかく何かチャンスになるなら掴みたい。お呼びでないとしても、何と思われようともかまわないから進みたい。あの一枚の写真を撮ってから、ずっと思っていたことだ。写真家としてもっと先へ進んでいきたい。今のままじゃだめだと思った。先ほどのルイちゃんの蒼山朔特別発言を受けて余計に思った。いつも私の先にいる、この夢の世界へ連れていってくれる人の特別で私もいたい。これが私の正直な気持ちだ。

「ルイちゃんのコネって言われたってなんだっていいから、先に進むきっかけを掴みたい。」

ふっと白ちゃんが笑う。こっちが真剣に話しているのに笑わなくてもいいじゃないか。ムッとした顔をすると、ごめんごめんと白ちゃんは笑う。

「馬鹿にしたわけじゃねえよ。つい最近まで授業中にカメラ出して怒られてたくせに大人になってきたなって。」

確かにそういわれてみると、短い期間で色々なことがあったなと思う。あのときはただ撮りたいだけだったなと思うと、写真への意識がグッと高まっている。

「七瀬はまあ向うからお呼びなわけだし、悪いようにはならないと思うが、たまはどう考えてもおまけだから結構きついぞ。」

「わかってる。それでもって、ちゃんと思ってるよ。」

白ちゃんは私たちの顔を交互に見た後、うーんと唸った。でも表情は硬くない。伝えるべきことはちゃんと伝えられた。納得してもらえたと思いたい。ルイちゃんと静かに目を合わせる。早く次の言葉が欲しい。そんあドキドキな私たちを見て白ちゃんは優しく笑った。

「よし…合格。」

滅多に見ることができない白ちゃんの笑顔、しかもとっても優しい笑顔だった。この笑顔を見れたならあとはもうなんでも上手くいくような気がする。ほっと息をつきルイちゃんと笑い合った。


対面

 いよいよ超大手芸能事務所の人とご対面である。何を着ていいかよくわからず、迷った末制服にしようとルイちゃんと決めた。白ちゃんはスーツを着ていて、見慣れない姿でなんだか面白い。せっかく来てくれたのだから笑ってはいけないと思うが、見れば見るほどその違和感に笑えてくる。よく見ると髭もちゃんとそり、髪の毛も顔がはっきり見えるように整えられている。

「かっこいいじゃん白ちゃん先生!」

「うるせえ、馬鹿にしてんじゃねえよ帰るぞ。」

「ねえごめんそれはやめて。」

呆れた顔でため息をつく白ちゃんとケラケラ笑う私たち、なんとも楽しそうに見えることだろう。本当に白ちゃんに感謝だ。

 あの後なんとか親を説得し、事務所の人と会う許可をもらえた。私の方は、ふーん、行ってみればといった感じで苦労しなかったが、ルイちゃんの方は大変だったようだ。白ちゃんの名前を出し、付いてきてもらうこと、白ちゃんからも両親に報告すること、その後の話を勝手に進めないということで何とか許可をもらったらしい。

 当日になって緊張するかと思いきや、どちらかというとワクワクしている。進化への一歩だと思えば緊張より楽しみが勝つらしい。ルイちゃんも同じなようで二人とも今日はテンションが高い。白ちゃんだけ少し緊張しているように見える。それを指摘すれば、今日はお前らに対して責任持たなきゃならない立場なんだから当たり前だろ、と言われてちょっとだけ本当にカッコよく見えてしまった。

 「わざわざ向うがこっちまで来てくれるとか、お前すげえな。」

白ちゃんがルイちゃんに言った。そう、なんと今日は私たちが芸能事務所に行くのではなく、スカウトしてきた事務所の人がこちらに出向いてくれるのだ。私たちの住む町の、ファンミレスよりは少しお高めな個室のある大きなレストランで待ち合わせている。それだけルイちゃんへの期待値が高いのだろう。隣を歩くルイちゃんを見て、そりゃそうだよなと思う。

 超大手芸能事務所の人と会うといってもとくにメイクなどせず、いつもの綺麗なルイちゃんである。変に気合の入ったメイクなどをするほうがルイちゃんの魅力が分からくなってしまうと思っていたので良かった。しかし、ルイちゃんも何もしなかったわけではないようだ。私はいつもよりきれいに髪が三つ編みにされていることに気づき、またルイちゃんのことが好きになった。

 レストランの前に到着し、各々髪を梳いたり、シャツをピッとの伸ばしたりと身なりを整える。ワクワクしていたとはいえ、すぐ目の前にくると緊張するものである。心臓の音が体中に響いているのを感じる。

「よし、大丈夫か。行くぞ。」

白ちゃんが私たちの顔を交互に見た。私は目を閉じゆっくりと息を吐く。最後まで息を吐き切り唾を飲み込む。そして目を開け、白ちゃんの目を見て頷いた。さあ、いよいよご対面だ。



「初めまして、スタールームプロダクションの小沢健一と申します。今日はお時間いただきありがとうございます。」

「同じくスタールームプロダクションの萩原慎吾です。よろしくお願いいたします。」

私たちがレストランに入ると、事務所の方は既に到着しているらしく、すぐに個室に案内された。個室に入ると、先にいた二人はパッと立ち上がり、挨拶と自己紹介される。右に立ち、身長もガタイも大きいおそらく四十歳くらいであろう、厳格なピノキオっぽい顔の人が小沢さん。左のスッと背の高いイケメンだと言われるのだろう二十代前半くらいの、サッカー部っぽくて、ジブリの天沢聖司みたいな人が萩原さんというらしい。どうぞおかけになってくださいと言われ、右に私、真ん中にルイちゃん、右に白ちゃんの順で座った。本当は白ちゃんを真ん中にしたほうが私もルイちゃんも安心だったが、今日の主役はルイちゃんが真ん中のほうがいいと、レストランに入る時に座る位置を決めていた。

「この二人の高校の担任で、今日はこの二人の保護者として同席させていただきます、白川です。よろしくお願いします。」

「そうだったんですね、よろしくお願い致します。」

大人同士が頭を下げる。今度は子供の番だ。

「写真を撮っていて、インスタで今回連絡をいただいた玉城あこです。」

「写真に写っている方の、七瀬ルイです。」

戦闘開始、そんな空気が走った。たぶん、小沢さんの空気が獲物を捕らえる目に変わったからだ。その目にはしっかりとルイちゃんが映っている。ルイちゃんがテーブルの下でギュッと私の手を握った。握られて私はハッと思い出した。私はこの目に少しでも自分を入れてもらえるようにしなくてはいけないのだ。ルイちゃんは不安な心を落ち着かせようと握ったのだと思うが、その手は私に気合いを入れさせた。二つの意味を込めて、私はその手を握り返した。

 「今回ご連絡させていただいたのは、七瀬さんにぜひともうちの事務所で芸能活動をしていただけないかと思ったからです。」

どうしてそう思ったか、ルイちゃんの魅力を感じたところ、事務所の説明、自身のこれまでスカウトしきた芸能人や、育ててきた芸能人、高校生の私たちにもわかりやすく、小沢さんが話していく。ときおり萩原さんが合わせるように資料を出している。表情、声、言葉、小沢さんのすべてから力があふれ出ているように感じる。とても優秀でこの世界で結果を残してきた人なのであろう、こんな人に誘われたら誰もが自分は特別だと思い、ついていきたいと思ってしまうのではないだろうか。あくまで丁寧な話し方だが、下でに出ているわけではない。あー、こんな人をよこすなんてこの事務所はルイちゃんん本気だ。先ほどからその目にルイちゃんをぐっと捕らえて離さない。その目に映っていない私でさえ引っ張られているようだ。その目に映っていいるルイちゃんはどんな気分なのだろうか。ルイちゃんを見る小沢さんを見る。あ、わかったこの人瞬きしないんだ、だから逃れられない気分になるんだと、自分が目に映っていないからと考え事をしてしまう。

「玉城さんは、なんで七瀬さんを撮ってたんですか?」

突然その目に私を映し、声をかけられたことに驚いてすぐに返事ができなかった。ルイちゃんに向けるほどではないが強い眼差しに、しっかり答えなければと気合いが入るが、嘘をついても見破られるなと直感的に感じたので、正直に自分の心にピッタリの言葉を探していく。

「本当に好きなんです、ルイちゃんのこと。きっとこの人なら夢のような世界に連れていってくれるんじゃないかって思うんです。儚くて、でも強くて、美しい、気が付いたら撮ってるんです。それと、私が想像世界を作り出すのにルイちゃんが必要だったから、綺麗な人なら誰でもいいとかじゃなくて、ルイちゃんじゃないと撮れない写真があったからです。」

話ながら涙が出そうになった。理由はわからない、心の中の大事な思いたちが言葉と涙として出てきてるのではないかと思った。泣いたら驚かせてしまうとグッとこらえたが、あと一歩で零れ落ちていたのではないだろうか。話をルイちゃんにつなげたいのはわかっているが、どうにか私に興味を持ってもらわなければならない。小沢さんを真っすぐに見て話したが、いったいどうだろうか。ルイちゃんの手を握る手に力が入る。

「夢のような世界に連れていってくれる、七瀬さんじゃなきゃ撮れない、七瀬さんはそう人に思わせる力があったということですね。」

これは芸能人にとって必要な要素を成瀬さんはすぐに持っているということです、そう小沢さんは続けた。やっぱりルイちゃんしか眼中にないのだ。私の言葉は全く届いていない。あくまでルイちゃんを説得するのに利用されているだけだ。身内から素質を証明されているようなものだから効果はあるだろう。ルイちゃんは言われたことへの嬉しさ半分、私への申し訳なさか、眉毛を少し下げ、私の手を握った。

「あれ、狙って撮ってたんですね。」

小沢さんの隣で、私のインスタからとってきたであろうルイちゃんの写真を印刷した資料を見ながら、萩原さんがボソッと言った。触れてくれた!パッと萩原さんの方へ顔を向ける。ルイちゃんも白ちゃんも小沢さんも、ん?といいた顔で萩原さんを見た。

「いや、あの想像の世界を作り出すのに必要だったってことは、想像してたものを意図的に作って撮ってたんだなって。考えて作るの方も、作りたいものに合わせるほうもすごいなっと思ってつい…。」

きっと立場的には小沢さんよりかなり下なのであろう、余計なことを言ってしまったと思ったのかどんどん声が弱弱しくなっていったものの、私にとってはヒーローだ。もっと私のことにも触れていってほしいと、萩原さんに期待の眼差しを向ける。

「確かにどちらもそう簡単にできることではないね。良い二人組だったってことだ。」

話し出したのは小沢さんだった。私とルイちゃんを交互にその目に写し微笑んだ。よっしゃ!ひとまず私をちゃんと見てくれたことにガッツポーズをしたくなる。このまま写真の撮影の話になればチャンスが増える。自分で撮影時のルイちゃんの姿に触れれば、ルイちゃんのことも私のこともアピールできるはずと、とにかく話し出そうと言葉を探す。

「この二人、制服びっしょびしょにして登校してきたんですよ。」

白ちゃんが嫌なこと思い出したと顔をゆがめながら私たちを見て話し出す。思わぬ援護射撃だ。わざとではないかもしれないがさすが白ちゃんである。そのまま、写真を撮るために私たちが起こしてきた事件を話始める。

 あの海の写真以降も、どうしても教室で授業を受けているところが撮りたくて、クラスメイトに席を交換してもらって写真を撮って怒られたり、立ち入り禁止の屋上の柵の外に出て怒られたりと白ちゃんに何度迷惑をかけたかわからない。怒られるたびに、俺はルールの中でやれって言ったろ…とため息をつかれていた。

 小沢さんも萩原さんも笑いながら聞いてくれている。少しは手ごたえがあると信じたいが、どうだろう。

「先生も大変ですね。まあでもそのくらいはみ出し気味の方が向いてますよこの仕事は。」

援護射撃失敗。結局ルイちゃんにつなげられてしまった。やはり自分の力をアピールするより、直接写真について学ぶために何か紹介してもらえないかとお願いするほうが良いのだろうか。でもなんの才能も力もないやつに力を貸してくれるわけないからアピールをまだするべきか。

 そこからはルイちゃんについて具体的な話だった。事務所に所属してもらい、すぐにモデル活動を始めてもらうこと、モデルをやりながら歌や演技のレッスンを受けてもらい、適性を見るということらしい。もちろんレッスン費もかからなければ、通うのが大変ならば寮も用意するということだった。

 ルイちゃんの心が決まってきていることは表情を見ていても、私の手を握る力が強くなっていくことでも分かった。すぐに仕事があることも、住むところも保証され、これ以上ない良い条件だろう。蒼山朔に会うことが目的ならば、すぐに仕事をもらえるのは魅力的だ。もしかしたら向うも覚えていてルイちゃんを見つけてくれるかもしれない。

「七瀬さんはどう思っていますか?正直に教えてほしいです。」

小沢さんも手ごたえを感じているのだろう、ルイちゃんの気持ちを確かめに動いた。ルイちゃんはどうこたえるだろうか。蒼山朔のことを話すのか、小沢さんにごまかしがきくとは思えないが、事務所としてはルイちゃんが欲しいのだから、よほど変な答えでなければ大丈夫だろう。白ちゃんも心配そうな眼差しを向けている。

「私は、どんなことをしてでも会いたい人がいるんです。このお仕事をさせてもらえれば見つけてもらえるかもしれない、会えるチャンスができるかもしれないと思っています。正直それが全てで仕事にものすごく興味があるとかではありません。でもこうやって自分を認めてもらえるのはとても嬉しく感じています。」

正直で、真っすぐな心の中からそのまま取り出した答えだ。真っすぐに小沢さんを見て答えている。その目はいつか、放課後にとった夕焼けを映しているような目だった。この場にいる誰もが、音一つ立てず、ルイちゃんに集中しているのがわかる。

 ルイちゃんが私の手を離した。

「たまちゃんとの撮影で、たまちゃんの想像する世界をどうしたら表現できるか、どんな風に魅せたらいいのか、考えてやってみるというのがすごく心地よかったんです。たまちゃんの世界と自分がぴったりとハマって、レンズに写っているとき、頭の中がごちゃごちゃしたものは全部なくなって、音も、感覚もなくなって、余計なものは何もなくなるんです。その世界だけを感じて、体中に優しい電気のような、あったかい光みたいなエネルギーが走るんです。」

初めて聞いた話だった。いつも付き合ってくれているだけだと思っていたけど、そんなことを感じていたのか。ルイちゃんはやっぱりこの世界の人ではないのかもしれない。そう思ったのは私だけではないのだろう。白ちゃんも心配そうにしていた目が、優しく包み込むような目に変わったし、小沢さんの口角が上がった。ルイちゃんの才能を再確認したのだろう。

「その感覚をなくしたくない、感じ続けていたいと思っています。それができて、世の中にも認めてもらえて、会いたい人に会える可能性があるなら、お仕事をさせてもらいたいです。」

ルイちゃんはそうはっきりと言った。事務所に入り活動する、ルイちゃんと小沢さんの意志が重なった。小沢さんは力強く頷いて、任せてください、と微笑んだ。

 そこからのことはよく覚えていない。ルイちゃんの両親の説得の相談、連絡先の交換、次会う日にち、今後どうするのかが話されていたのだと思う。ルイちゃんが離れていく。どんどんと進む話についていけず、私はただ寂しくなった左手を握りしめていた。



「おいたま、大丈夫か?」

ルイちゃんの望む結果に進んでいて嬉しいのだが、その結果ルイちゃんと離れるということが私の中で繋がっていなかった。嬉しい、悲しい、焦りと頭の中ががぐちゃぐちゃだった。きっとひどい顔をしていたのだろう。白ちゃんの声で我に返り、顔をあげると心配そうな顔で白ちゃんとルイちゃんに見られていた。萩原さんは困った顔、小沢さんは眉間に皺をよせ考え込むような顔をしている。

「すみません、大丈夫で…」

「玉城さんは、どう思う?」

静かに、でも強く、私の言葉を遮りながら小沢さんは言った。どう思う?突然の質問に、必死で答えを探す。しかし、ただでさえ頭がごちゃごちゃなのだ、上手く出てこない。

「突然自分の隣にいた人がいなくなるかもしれないって目の当たりにして、混乱しているのはわかります。今日一緒に来てくれたわけだし、何か思っていることがあるんじゃないですか…?何かあるなら正直に話してもらって大丈夫ですよ。」

どうしたいのか、ここに来た目的、それ思い出す。そう、私は写真家として進んでいくためのチャンスを掴みに来たのだ。成長するためにも、ルイちゃんのおいていかれないためにも。自分の思いを今話さなければ、いつ話すのだ。心臓の音が体中に響く、両手を握りしめ、小沢さんを見る。

「ルイちゃんがいずれ違う世界に行ってしまうことはわかってました。でも、おいていかれたくないんです。私は写真家として生きていきたい。そのためにはまだまだ先に進みたい。何か私にできることは、やらせてもらえることはないでしょうか。」

言った。言い切った。今日ここに来た目的ははっきりと伝えられた。まだ、心臓の音は大きく聞こえている。怖かった。そんなこと知らない、自分でどうにかしろ、そういわれたっておかしくないことだ、それでも言葉にして口から出すのはとても怖かったのだ。すぐ隣にあるルイちゃんの手を握りたかったが、これは一人で戦わなくてはいけないことだとグッとこらえて一人で手を握りしめていた。爪が食い込んでいたらしくまだ痛い。でもその痛みのおかげで今は少し落ち着けた。怖い気持ちを胸の奥に押し込み、小沢さんを見る。バチっと目が合った。

「うちの事務所は、芸能人として活躍できるだろう人にしか興味はありません。」

真面目な顔で簡潔にはっきりと言われた。何度もその言葉が頭の中で再生される。わかっていたことだ、衝撃も驚きもない。ただ心臓がゆっくりと針を通されているように痛い。

「でも、成瀬さんに出会えたのは玉城さんのおかげです。そして玉城さんの才能も写真を見たり、今話を聞いてわかっています。個人的にも、夢に向かってもがく人は嫌いじゃないです。本当に望むのであればご協力できますよ。」

固まってしまった。間違えないよう慎重に飲み込んで理解していく。今、協力できると言われた、間違えではないよな、嬉しい、心臓がはじけ飛びそうだ。協力してもらえる、そう思ったとたん嬉しさが爆発しそうになる。緩む口元を抑え、すぐさま返事をした。

「どんなことでもやりたいです。お願いします!!」

わかりました、業務提携をしている知り合いの写真家に紹介します、その目に私を映し、微笑んで、そう約束してくれた。ルイちゃんが私を笑顔で優しく抱きしめ、白ちゃんもよかったじゃんと満足そうに少しだけ笑いかけてくれた。


 「では、お二人ともまた連絡します。準備をしておいてください。今日はありがとうございました。」

私とも連絡先を交換し、これで失礼します、とお金を置いて小沢さんと萩原さんは席を立った。それをありがとうございましたと見送る。個室から二人の姿が消えて数秒、私とルイちゃんは思いっきり抱き合った。やったー!!!二人そろって叫びながらキャッキャと騒ぐ。

「白ちゃん先生ありがとー!!!」

腕を引っ張りルイちゃんと二人で白ちゃんに抱き着く。白ちゃんも嫌がるそぶりを見せながらも、よかったなと私たちの頭をぐっしゃと撫でた。緊張がほどけ笑顔が溢れる。ほっとしたらお腹すいた!と二人で大きなパフェを頼み、口いっぱいに頬張る。頭から爪先まで、心も体もすべてが嬉しさと幸せで満たされていた。珍しい笑顔を見せる白ちゃんも、顔をくしゃくしゃにして大きく笑うルイちゃんを見るのも本当に幸せだった。

 いつまでも嬉しさが止まらない。私たちは先に進むチャンスを逃さず掴むことができた。今日、ここから、私たちの人生は大きく動き始めるのだ。



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