夜の宴の表と裏、前哨(3)
続き部屋との間仕切りとなっている、贅沢な宝飾ビーズ製カーテン。
それがカシャカシャと音を立てた。
――誰か、入って来る!
思わず、サササッと寝台の端まで下がる、カラクリ人形アルジーであった。人工関節や人工継ぎ目の数々が丸見えの、それでも人体の全裸を隠すための、ベッドシーツ・グルグル巻きをつかむ手が震える。
殴るための手頃な棍棒のようなものは無かっただろうか。黒髪クバル青年と相棒パルの姿が投影されていた、さっきの椅子で、殴りつけるとか……
予想どおり、第六皇子カムザング殿下が、酔っ払いそのものの挙動で現れた。
「やっと会えたね愛しいキミますます罪深いうるわしさの一日千秋だったんだよぉともに快楽の園『黄金郷』へ遊ぼうよぉアルジュナちゃあぁん」
カラクリ人形アルジーを認識するなり、ダークブロンド髪をしたドラ息子は、一気に鼻息を荒くして飛び掛かって来た。だらしなく崩れた贅沢な長衣が、ガバァと、なびく。
「ちょちょちょ、ちょっと待って、ストップ、私はカラクリ人形で……!」
寝台の周りで、グルグル追いかけっこが始まった。
ベッドシーツを引きずっている端を、カムザング皇子が踏みつける。アルジーは、つんのめって床へうつぶせに倒れ込んだ。
常識的な人の前では絶対に口に出来ない、特定の欲望を全身にみなぎらせて、カムザング皇子が、アルジーの背中へ取り付いた。
反射的にアルジーは、剣舞の特定の振り付けの応用で、カムザング皇子にテコ反動の技を仕掛けて……
カムザング皇子の身体を背負う形で勢いよく身体を浮かすや、寝返りざまに、「世界の果てへ飛んでいけ」とばかりに思いっきり投げ飛ばしたのだった。
「きえーい!」
「ほえぉぅ!?」
グダグダの、ユルユルの、隙だらけだったカムザング皇子の身体は、見事に一回転しつつ、宙を飛んだ。そして。
ドゴン、バキ、ボキ、ガチャ。
脇にあった、あの椅子に、真っ逆さまに激突して……カムザング皇子は仰向けに大の字になった格好で、目を回して、グンニャリとなった。哀れな椅子のほうは、メチャクチャにツブれていた。当たり所が悪かったに違いない。
とにかく、このような不埒かつ無礼な男は、全身グルグル巻きに縛って、どこか柱へ縛り付けておかないと、安心できない。
カラクリ人形アルジーは、目に付いた衣装箱を次々に開き、あらん限りのサッシュベルト、ターバン、剣帯その他を取り出した。
死に物狂いで、意識の無いカムザング皇子の身体をズルズルと引きずり……今しがた衣装箱から取り出したばかりの、縄の代用を使って、順番に縛り付けてゆく。
程なくして。
格式のある優雅な唐草模様の格子窓――展望バルコニーへ通じる大窓に、カムザング皇子の磔が、出来上がったのだった。
各種のサッシュベルトやターバンや剣帯その他で、四肢をガッツリ固定してあり。仕上げに、厳重に、猿轡をしてある。
大仕事を終えた、カラクリ人形アルジー。
そのままズリズリと、長い人工銀髪を引きずって、再び衣装箱が多数集まっている一角に這い寄った。中をゴソゴソとやり、適当に着衣をみつくろう。
どれもこれも宮廷で着用するような、きらびやかな品だ。致し方なし、と――適当に白地の長衣を選ぶ。帝都紅による装飾ライン数本のみ。これが一番ギラギラしてなくて、おとなしそうに見える。
代筆屋として帝国伝書局・市場出張所へ出勤する時のように、長い髪をすべて隠すように巻き込んで、ターバンまでキッチリ着付けると、やはり安心感が違う。何があっても逃走できるように、宮廷靴にしてはガッツのありそうな留め紐つきの品を履き込んで。
床へ転がり落ちていた大きな枕を、適当にクッションに見立てて、グッタリと座り込む。
「疲れた……」
『大立ち回りニャネ。みごとな悪者退治だったニャ』
聞き覚えのある《精霊語》。そちらを見ると、セルヴィンの相棒《火の精霊》の変じた、ちっちゃな手乗りサイズの火吹きネコマタが、慌てて来たかのように、ハァハァと息を切らしているところだ。
『すぐ駆け付ける予定だったのだが、遅れて済まぬ。このような肉弾戦が展開するのは想定外だったゆえ、エネルギー補充の増強に手間取ったのである。セルヴィン皇子の部屋に置いてある白文鳥《精霊鳥》から大量の精霊エネルギーを引き出さねばならなかったゆえ、あちらで、白文鳥は再び、蒸発ギリギリの半透明、というか輪郭線しか無いニャ』
『え? そ、それは……また、お手数おかけして……』
『セルヴィン皇子が、白文鳥《精霊鳥》の冠羽にチマチマ《火の精霊》灯火を維持してくれてるから、今夜の色仕掛け陰謀に必要なだけの体力は、大丈夫であろう。セルヴィン皇子が体力切れで倒れても、皇弟リドワーンが補助してくれることになっているニャ』
不意に、アルジーは、奇妙な点に気付いた。
『それって……位相の一致する《火の精霊》を、なめらかに継ぎ足しするには、国家祭祀で認められる王統というか、直系のつながりが無いと……?』
『うむ』
ちっちゃな火吹きネコマタは、少しの間、苦渋めいた顔になり。
『皇弟リドワーンとセルヴィン皇子は、実父と実子の関係ニャ』
『やっぱり……直系の血筋を感じたのは間違いじゃ無かった』
火吹きネコマタは、高速移動の疲れがあらかた取れた様子だ。
ネコの手でネコの顔を撫でさすりつつ、ミニサイズ招き猫の置き物さながらに鎮座する。
『あれほど人類の欠点が連鎖した件、後味の悪さが残るものである。セリーン姫は元々、皇弟リドワーンに輿入れするところだった。本人同士の好意と同意のもと婚礼の儀は成立していた。そこで皇帝が、ありもしない皇位簒奪を恐れて猜疑心を燃やし、陰湿な刺客工作の末にセリーン姫を横取りしたのである』
『……いくつか矛盾してるよね? セリーン妃は番外だったけどハーレム妃の、ひとりで。それに老魔導士が、リドワーン閣下を去勢して、大神殿に入れたって……』
『それは少し後の話ニャ。皇帝とセリーン妃の間には、正式な婚礼の儀は成立していない……皇帝が正式な婚礼手順を省略した。皇族特権で強奪可能とした節がある。重大な契約違反「横取り」をもって、婚礼の儀を構成する精霊契約の異例条項が発動し、《水の精霊》が本来の婚礼の遂行に全面協力した。幻覚や投影は《水の精霊》の本領ニャ』
『婚礼の儀を構成する、精霊契約の異例条項……幻覚……じゃ、あの、床入りのほうは本来の……』
『うむ。セルヴィン出生の秘密は漏れておらぬが、皇弟リドワーンがセリーン妃を帝国皇帝ハーレムから正当な手段で取り戻そうと活動し始め、皇帝がそれを更なる刺客工作で妨害して、公的に「名誉の殺人」を持ち出して衆人環視の中で脅迫もした。宮廷重鎮の死人も出て、もろもろ複雑に紛糾した』
アルジーは、呆然として聞き入るのみであった。
『全面戦争を防ぐための、非常手段が必要になった。老魔導士が干渉したのは、その時ニャ。アリージュ知るところのシュクラ宮廷霊媒師すなわち《青衣の霊媒師》オババ殿も、白鷹騎士団の鷹匠エズィール殿も、金融商オッサンの番頭どのも、全力で解決にかかわったニャ』
確か、そんな話を聞いたような気がする。此処に来る前に。
その金融商オッサンの店の、ごましお頭の番頭から。
アルジー=アリージュ姫の実父――鷹匠エズィールの肝いりで、オババ殿と組んで、白文鳥《精霊鳥》も扱えると評価されて、特殊な仕事をしたとか。
『全面戦争へ突入すれば、巨大化《人食鬼》まで持ち出されるは必至。実際、皇帝の工作員による教唆を真に受けて、機に乗じた《邪霊使い》が、巨大化《人食鬼》を大量召喚して大騒ぎになった。鷹匠エズィール殿が白ワシ《精霊鳥》グリフィンで殲滅し、事なきを得たが』
『……私が生まれる前の出来事で、両大河上流の一部分で、巨大化《人食鬼》が異常発生して、それを討伐する戦争があったというのは聞いてる。けど……その、近現代史の、大事件の。「大徳もて巨大化《人食鬼》討伐指令くだせり帝国皇帝偉大なり」の、あれ、が?』
『うむ。リドワーン派閥は、皇帝が恐れるほどに、有力な大派閥であった。セリーン妃を皇帝ハーレムから取り戻せる可能性は、あった。去勢および大神殿入りをもって、宮廷における皇弟リドワーンの政治生命が終了し、リドワーン派閥も解体される前までは』
『それ程に影響があったの? 私、そんなこと知らなかったわよ……?』
『皇帝による不法な横取り寝取り……いや実際には、寝取りは《水の精霊》が断固として阻止したが、帝国全土を揺るがす醜聞ゆえ厳重に伏せられた。「大徳もて巨大化《人食鬼》討伐指令くだせり帝国皇帝偉大なり」と「皇弟リドワーンの政治生命の終了」が同時並行で進んだため、皇帝も満足したらしく、余計な工作も無く沈静化した』
なんとも、胸糞悪くなるような宮廷政治だ。
まして、巨大化《人食鬼》異常発生という最悪の局面。その原因となったのは、皇帝だ。そうしておいて、マッチポンプさながらに、その討伐成功という輝かしい実績は、皇帝が独占する形になった。
そういう状況なら、公的に「名誉の殺人」を持ち出して衆人環視の中で脅迫もしたという――それにかかわる様々の不名誉な「でっち上げ」もした違いない――皇帝が、リドワーン閣下にまつわる名誉棄損アレコレを、名誉回復させないままに放置したのは、確実だ。
老魔導士がリドワーン閣下を去勢して大神殿へ入れたのは別の理由だけど、その理由も、皇帝の権力のもとに、更なる「汚名の上積み」方向へねじ曲げたであろうことは、想像に難くない。
第三者ながら、アルジーも、ムカつくものを覚えてしまう。
『そこまで事実が、ねじ曲げられて、「帝国皇帝は常に完璧な名君なり」という実績と歴史が残ったという訳? ……全面戦争へ突入したほうが、心情的にはスッキリしたかも知れないわね……』
『その場合、巨大化《人食鬼》が跋扈し、諸国の犠牲は途方もない数になり、人類の生存も危うくなったであろう。それぞれ無関係な突発事件としておけば、どんな名探偵でも、それぞれの事象をつなげて組み立てられず、真相にたどり着くことは出来ぬ』
ミニサイズ招き猫さながらにチョコンと座る赤トラ猫――ちっちゃな火吹きネコマタは、「ふうぅー」と大きな溜息をついた。
『あれだけの犠牲を払って全面戦争を防いだ努力は、すぐに無駄となったニャネ。皇帝は、皇族特権を当然のものとして専横を極めるばかり、おのれの不法行為が引き起こした災厄の本質も、遂に理解しなかった。酒姫が新たに入って来て、絶賛グダグダ進行中ニャ』
過去・現在・未来の内憂外患に、まんじりともせず。
しばし、沈黙が漂う。
『これら「すべての真相」は精霊界の制約のもとにある。皇弟リドワーンは、婚礼の儀の精霊契約のもと、セルヴィンが実子であると知っている。セルヴィンは父親が明かすまでは知らぬ。部外者は言うに及ばず。なれどアリージュは、ほぼほぼ《銀月の精霊》ゆえ人類の例外ニャ。皇弟リドワーンとセルヴィンの直系の血筋が見えたのは、それゆえニャネ』
――アルジーは呆然としたまま。
大きな枕をクッションとして、床の上で、へたりこんでいた。
続き部屋との間仕切りとなっている贅沢な宝飾ビーズ製カーテンは、始まったばかりの日没の光を受けて、金色の反射光をキラキラと放射している。
『……幾つも幾つも秘密にかかわってたら、気が持たないわよ』
『この件、当時の人々も頑張って終結させた問題ゆえ放念してくれたまえ。婚礼の儀を構成する精霊契約の異例条項は継続発動中である。皇帝は《水の精霊》幻覚のもと、セリーン妃と一夜の関係を結び、セルヴィンはその結果であると思い込んでいる。皇帝の目に映るセルヴィンの容貌は、皇帝の実子パターンである』
――セルヴィン皇子の容貌は、カムザング皇子などと同類に見えるのだ。真相を見る力の無い、皇帝の目には。
という事は……皇族特権におぼれる他の有力皇族たちも、真相に気付かない。「偉大なる皇帝」の目に見えている世界を、唯々諾々と受け入れている限り。
婚礼の儀を構成する精霊契約の異例条項は継続発動中――
『今回も、それで大丈夫なんじゃ無いの? 私が下手に色仕掛けで刺激して、想定外の方向に騒ぎを大きくするよりは』
『カムザング皇子の持ち込んだ禁術の大麻があるニャ。港町で入手したというアヤシイ媚薬や、黄金《魔導札》が、どの方向へ作用するか不明ゆえ』
――此処は、工夫のしどころだ。
女商人ロシャナクが裏で経営している高級娼館『ワ・ライラ』で見聞きした、数々の『愛の言葉』を思い出しつつ、アレコレと組み立てるアルジーであった。
それにしても……カムザング皇子も、とんでもない時に、とんでもなく物議をかもす危険物を持ち込んだものだ。
ラーザム財務官の殺害事件に、《邪霊使い》や、禁術の大麻が関与していたことが、発覚したばかりなのに。




