夜の宴の表と裏、前哨(2)
しばしの間、沈黙が横たわる。精霊同士としては、長い時間だ。
やがて。
『パル殿、これは思ったより深刻ではないか?』
『必然と偶然の果ての想定外、ピッ』
『言ってくれる。下手に邂逅すれば血の雨が降るところではないか。いや、すでに血の雨が降っていたか。魔法のランプを投げつけて火を付けたり、三日月刀を振り回したり。自業自得のほうは時が到来しだい《絶縁》するよう意見しておくが。彼が悲嘆と絶望の底へ沈没するのを見たくはない』
『この世で最強のトラブル吸引魔法の壺、ピッ』
黒髪クバル青年の姿をした《地の精霊》は……椅子の上でガックリと前かがみになり、首を垂れて、まさに懊悩という雰囲気になった。そして。
『ともあれ……「クバル」と名乗った、この人物についての印象は?』
カラクリ人形アルジーは、怪訝な思いになって、目をパチクリさせ。
ボンヤリと視線を泳がせつつ、考えをまとめたのだった。
『色々アヤシイと思い始めてはいるけど、髪色を隠蔽する理由がクバルさんにあったのなら、それは、それで。ミリカさんも人を見る目はある』
ヒョイ、と黒髪クバル青年《地の精霊》が面を上げた。しばし、何かを思い出すような顔になり。
『少し前に、帝都の大神殿の医学《魔導》学究所の入学試験で、上位10位以内で合格した見習い女神官ミリーシャ。薬草や薬用《精霊石》が特産物の中小の城砦の姫。早くから女神官の才を見込まれ、宮廷社交ではなく、神殿修行で上京。衝突が多いが、将来を見込んだ帝都大市場の医薬品店や女商人からの支持と支援がある。筆頭が、文房具店「アルフ・ライラ」の女商人ロシャナク』
『ミリカさん……ミリーシャ姫。やっぱり女神官だったんだ。女医は公的・社会的に認められない職業だから、何か大きな衝突があったのかも。いまは遊女になってる。でも女商人ロシャナクが直々に身柄を預かってる。納得』
『それでは、セルヴィン皇子と、その従者オーラン少年――については?』
『セルヴィン皇子は健気な子って感じ。生贄《魔導陣》で呪われてるのに、よく耐えてる。オーラン少年の行動は困惑させられるし理解しにくいけど、刺客に追われてるそうだから……セルヴィン皇子の親友で、友達思いの良い子っぽい感じ? 故郷に妹さんが居て、そちらも気にかけてる様子で……』
再び、意味深な沈黙が流れた。
黒髪をしたクバル青年――《地の精霊》と、白文鳥パルとの間で、何かしら意思疎通が交わされた雰囲気。
『それだけで充分。しかし、セルヴィンが健気とは? かの《ジン=***アル》が守護精霊だぞ?』
『だってアリージュの前だとメチャクチャ挙動不審してるよ、クバル君だって色々オカシくて食えない不審人物にしか見えないし、アリージュにとっては、こっちが第一印象なんだからね、ピッ』
『それはそうだ』
素早く気を取り直した様子の、《地の精霊》。
クバル本人では無いクバル青年は、蒼天の色をした長衣の袖の中から、手品のように――銀月色に淡く光る、純白の何かを取り出した。
驚きのあまり、目を見張るアルジー。
『白孔雀の……尾羽!?』
あの羽ペンか……しかし、よく見ると違うような……
『時間が無い。詳しい説明は省くが、銀月アリージュ宛の《白孔雀の守護》だ。「アル・アーラーフ」を通じて復活して来たものゆえ、厳重に秘密にせねばならぬ。老魔導士にも、セルヴィン皇子やオーラン少年にも、ほかの親しい人類にも』
『アル・アーラーフ……』
『時が来たら案内する。だが今はまだ無理だ。「アル・アーラーフ」の時空幾何を充填するまでには、条件が整っていないゆえ』
『条件?』
『そのカラクリ人形の蓋を開けてくれ。銀月アリージュの霊魂に、この尾羽を配置する』
――ますます訳が分からない。人類の理解能力に限界があるのは、分かってはいるけれど……
カラクリ人形アルジーは、まとっていたベッドシーツを少し開き……記憶をたどって、老魔導士が操作していた仕掛けを、同じように動かした。
パカリと胴体の蓋が開き、複雑なカラクリ仕掛けがあらわになる。
熟練の手つきで、クバル青年の姿をした《地の精霊》は、その中へ、白孔雀の尾羽を埋め込んだ。
ハッとして、カラクリ人形の動力源となっている《火の精霊石》を注視する。
前回、真紅の炎を宿していた《火の精霊石》は、いま白孔雀の尾羽を吞み込んだせいか、銀月色の炎に輝いていた。何か特別な調整があったに違いない。
『基軸となる1本目だ。カラクリの蓋を閉じて良いぞ、アリージュ。あとはパル殿の領域だ。「アル・アーラーフ」へ至る条件というのは、白孔雀の尾羽を7枚まで増やすことだ』
『……7枚まで?』
『此処へ来る前に、7枚羽すべて失っている。それらを取り戻す……原状回復する形になる。再び、シュクラのドリームキャッチャー護符の飾り羽として、取り付けられるように』
『ドリームキャッチャー護符……此処へ来る前……』
――あの最悪の夜だった、邪眼のザムバの成れの果てとの邂逅が、ポンと思い出される。
白孔雀の尾羽の彫刻を内蔵した、不思議な《白羽の水晶玉》。オババ殿の遺言の『生存証明』……7枚羽の証明、とか。道中安全の護符とか。あの夜、次々に7枚羽を失って……
そして最後には、水晶玉も姿を変えていた。いかにも訳あり品という雰囲気の、非常に古びた大型ドリームキャッチャー護符。定番の装飾である羽根飾りが、ひとつも無かった……
――まさか、あれが?
『白孔雀の尾羽が羽根飾りになっている……大型ドリームキャッチャー護符? シュクラの先祖伝来の、宝物に、そんなのがあったような……?』
『あったんだよ、ピッ、トルーラン将軍が、シュクラの《白孔雀》礼拝堂の蔵から持ち出して、私物化する前までは』
黒髪クバル青年のターバンの上で、白文鳥パルが「ぴぴぴ」と返して来た。
『難しい任務だけど、アリージュならできるよ、ピッ。今回の1本は、カムザング皇子とセルヴィン皇子の間の、不正な生贄《魔導陣》ルート解呪に成功した時に、「アル・アーラーフ」の魔法の壺から復活して来たモノだよ』
『? それなら、カムザング皇子を、もう一度、幽霊パンチと幽霊キックで襲えば……?』
クバル青年の姿をした《地の精霊》が、ゆるく腕組みをして、思案検討のポーズを取った。
『カムザング皇子を襲いたければ襲っても良いが、既に《倍返し》した後ゆえ意味は無いな、銀月のアリージュ。ともあれ、ラーザム殺害事件の真犯人を突き止めることだ。それが次の道を開く』
『精霊の言葉を疑う訳じゃないけど、どうして、そうなるのか……?』
『人類の世界認識に合わせて説明するのは難しい。《青衣の霊媒師》や《亀甲の糸巻師》が占いで見つけ出す「明かき流星の道」……運命の糸を選び抜き、《精霊文字》技法の応用発展でもって、ドリームキャッチャー護符の糸組みや飾り羽を結んでゆく作業、ということは言える』
『なんだか……時間かかる長い旅って感じ?』
『だが、このチャンスを逃してはならない。かの地下神殿で召喚された《怪物王ジャバ》を退魔調伏し、封印するための、千夜一夜の魔法が発動したゆえ。《銀月の祝福》を有したために生贄に捧げられてしまった人々が――シェイエラ姫も――アリージュが切り開く活路に望みを寄せている』
思わず――懐かしい名前に、ハッと息を呑む。
シェイエラ姫。アルジー=アリージュ姫の母親だ。珍しく見事な総・銀髪を持ち、「シュクラの銀月」と称えられたと聞く、絶世の美姫。
『……母を知ってるの?』
発してから、我ながら愚問――と、うつむいてしまう。この《地の精霊》は、オリクト・カスバの守護精霊と地続き。オリクト・カスバとシュクラ王国は――いまはシュクラ・カスバだが――ずっと前から、幅広く交流をつづけていた。当然、シェイエラ姫のことは良く知っている筈だ。
黒髪クバル青年の姿をした《地の精霊》が「お察しのとおり」と首肯を返して来た。
『いま発動している「千夜一夜の魔法」について、アリージュも知る占い屋ティーナが、「すさまじく、こんがらかっている」と占ったことを覚えているだろう』
『なんか、うろ覚えだけど……なんとなく』
町角の占い屋ティーナが、《精霊亀》の甲羅と赤い糸巻きを取り出して、奇妙な占いをしたのは覚えている。「運命の人との出逢い」とか何とか、恋占いも混ざっているような雰囲気の。
占い屋ティーナは、《地の精霊》のいう《亀甲の糸巻師》に違いない。人の死相を鋭く読む能力があるらしく、夜道の危険をシッカリと……ほのめかしていた。それは見事に的中していた。正体不明の《邪霊使い》と、《骸骨剣士》の群れ。あれは間一髪だった。
黒髪クバル青年の姿を投影している《地の精霊》は、熟練の占い師のように、アルジーの考えている内容を或る程度、見通すことが――占うことが――できるらしい。「そのとおり」という風に頷き。
意味深な様子で……アルジーの足首へと眼差しを向けて来た。白文鳥パルも「ぴぴぴ」と応じている。
――占い屋ティーナが「護符みたいなもんだ」とか言って作成していた、マクラメ編みのようになった赤い糸が、一時的に結び付けられていた位置だ。
『アリージュが思うより、次の道が開ける時は、すぐそこに来ている。そして「アル・アーラーフ」へ至る道が開ける時も……パル殿との「精霊契約」の到来、人体の修復も含めて』
『人体の修復? わたし死んでるよね?』
『南洋の《精霊亀》の培養再生水槽「三途の川」……いや、何でもない。白孔雀の7枚羽は人体と霊魂の修復にかかわる要素。想定外のオーバーキルが加わったゆえ、《怪物王ジャバ》対抗措置となる異形の類の変身があるが、その《魔導》カラクリ人形と似た程度。かの巨人戦士ザムバの変身前・オーバーキル変身後と比べれば、気にならぬ範囲だろう』
――邪眼のザムバ。
巨大化《人食鬼》に散々に破壊された末の、オーバーキルの果てに、顔面や内臓がまるまる吹き飛んで……不気味な異形の肉塊と化していた、首無し黄金巨人。
ぎらつく黄金の肉塊が、さらに巨大化したうえに。肉で出来た王冠みたいな構造体や、《怪物王ジャバ》の「三ツ目」や「三ツ首」が生えて来た。
――などという、忌まわしいまでに劇的な、オーバーキル変身。
怪奇恐怖の極みだった、あの光景と比べれば、どんな変身パターンでも、マシだと思うのだけど……
『あ、そう言えば、怪奇趣味の賭博、つづいてたんだっけ……900番台の数字の付いた賭けチップも、あのラーザム財務官の死亡現場で、《邪霊使い》の怪奇な道具と一緒に、出て来ていたし……』
アルジーは、少しの間ボンヤリとして……天を仰ぐような気持ちになったのだった。
黒髪クバル青年は、ふと思いついたように、腕組みを解いた。アリージュの左右のほっぺたをフニフニと摘まみ始める。
霊魂アルジーのほうで、フニャフニャという感覚がある。
――幼い頃。昼寝していた時に……このイタズラをやられた記憶がある。
『あ、なんか思い出した。ユージドお従兄さまが結構やってた、このイタズラ。変な気分』
『おや。一応、嫌な気分では無いのか?』
『見ず知らずの人に、いきなりやられるのは、お断りだけど……どんな人か或る程度は分かって来て……パルが信頼してる人なら?』
『それはそうだ。失礼した。だが、希望は見つかったらしい。それにしても、そこまで信頼と信用を得るのは「精霊契約」を控える相棒として誉れであるな、パル殿。かの「雷霆刀の英雄」と契約精霊の間にも、そのような関係があった』
クバル青年のターバンの上で、白文鳥の姿をした相棒パルが、「えっへん」と真っ白な胸を張っている。
謎の納得を見せて、クバル青年の姿をした《地の精霊》は頷いた。
その後。
クバル青年の姿は……影も形も無く消滅していた。《地の精霊》による投影が終了したらしい。相棒パルの姿も、当然ながら一緒に、かき消えていたのだった。
いつしか、窓の外は、日没を迎えていた。




