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夜の宴の表と裏、前哨(1)

アルジーが、失神から回復して……目覚めてみると。


――知らない部屋の天井だ。


やけに格式の高い装飾。夜間照明用の吊りランプも豪華絢爛。


刻は、既に夕方だ。大窓から見える空には、夕焼けの兆しが漂っている。


日没というほどでは無く、午後の後半の強烈な陽光がこたえる時間帯だが……この窓は東向きになっているため、肌を刺すような直射日光は無い。


不思議に、体力が充実している。芯から本物という感じの……体力が。


月齢の前半期間は……月の出の刻は、昼日中だ。


ということは。正午から夕方まで、タップリと……東方から差して来る、月齢の前半の、刻々と満月に近づいてゆく銀月の光を、浴びつづけていた、ということだ。


市場バザールの民間の代筆屋として働いていた頃には、とても考えられなかった贅沢な時間。富裕層の特権「午睡シエスタ」というべき時間を過ごしたらしいが。


ものすごい自然な感じと、ものすごい違和感。


アルジーは、バッと身を起こした。


目の前に、見覚えのある長い銀髪が舞った。シュクラ特産の銀糸。『手』が、想像以上に上等なベッドシーツに触れる。


予想どおり――人体だ。人体に憑依している。


正確には、あの人工銀髪をした《魔導》カラクリ人形「アルジュナ号」に。


アルジーは動転のあまり、人工銀髪をかきむしって……


アワアワしながら、誰のものなのか分からない上等な寝台から降りて、その周りをグルグルと歩き回る。


気が付いてみると全裸だ。


この《魔導》カラクリ人形を作成した老魔導士フィーヴァーは、莫大な予算を食っている事実を、しっかり理解していて。ギリギリまで作成コストを削っていたに違いない――余計なパーツ、たとえば「男の証明」「哺乳類の証明」などは、このカラクリ人形には設置されていない。


人体の動きを実現するための、多種類の蝶番や球体関節、人工の継ぎ目が、全面に広がっているだけだ。骸骨の骨格標本に対して、スキン加工付きの関節標本とでも言えそうな……


お蔭でアルジーの「乙女ゴコロ」の被害は、ギリギリ最小限の範囲に収まったけれど。


誰も居ないけど羞恥を覚える。


目の前のベッドシーツをはいで、聖地巡礼者さながらにグルグルまとっておく。


――身体全身の動きが、なめらかだ。カラクリ人形は……いつの間にか機能改善を施されていたらしい。


やろうと思えば、遊女ミリカがやって見せていたような、華麗なステップと振付けが特徴的な回転舞踏も……本来の高速度で、こなせるのではないか。国家祭祀の剣舞にも似ていて、体力改善に生かそうと思ってシッカリ動きを教わって、無理のないペースでチマチマおさらいしていたから、踊れることは踊れる。遊芸としての腕前は別にして。


「なんで、これは、なにが……いったい、どうなって……」


以前に憑依した時と比べて、帝国語の発声機構も自然に動いている。思わず、黙り込んでしまった。


このカラクリ人形のモデルになったと聞く本物の酒姫サーキイアルジュナが、どういう声音をしていたのかは分からないが。


人工の耳で聞いた限りでは、アルジー本来の声質に近いような気がする。女性にしては低いほうの、男性のふりも出来そうな感じの、ハスキー声。本当の男性の声と比べると、明らかに女性の声と分かる音域だけど。


『前よりは、馴染んでいるようだな』


不意に、思わぬ方向から――《精霊語》の、男性の声。聞き覚えのあるような、無いような……久しぶりのような。


バッと振り返る、人工銀髪カラクリ人形アルジー。


寝台の脇の椅子に、半透明の……記憶にある黒髪の男性が、悠然と着座していた。座っていても明らかに見て取れる、背の高さ。


『クバルさん? そう言えば、赤毛はカツラだったね?』


アルジーは仰天しながらも、同じく《精霊語》で応じるのみだ。とにかく今は、すべてが混乱していて信用できない。慎重に距離を取りつつ。


妙に質の良い仕立ての、ターバンの端から見えるのは、漆黒の髪。


それに、漆黒の目。ニセ赤毛だった訳だから、本当の目の色も、もっと濃い色だったかも知れない。でも、こんな風だっただろうか? 注意していなかったから、覚えてない。普通の茶色や鳶色とびいろだったような気もするけれど。


いまのクバル青年は、なんだか身分の高そうな……王侯諸侯なみの長衣カフタン姿だ。蒼天の色をした生地。襟元や袖口に、亀甲紋様の金糸刺繍。世界最大の山脈《地霊王の玉座》を間近に仰ぐと聞く、亀甲城砦キジ・カスバの特産品イメージらしい。相当に値が張る筈だが、着慣れているのか、やけにシックリ馴染んでいる。


『何故そんな変装を? 南方前線に居たって……此処に居るのは、此処ジャヌーブ砦に居るからして、いま真実って分かったけど。何故、半透明なの? あの大型《人食鬼グール》との一騎打ちの後で、死んだの? ええと、確か黒い柄の、雷霆刀で、一刀両断で……』


『あー、なんか色々混乱してるっすね。この言葉遣いで良いのか? 情報が間違っていたら責任を取れよ、パル殿』


『だいたい間違ってないからテキトーで良いよ、ピッ』


黒髪をしたクバル青年のターバンの上に、白文鳥パルが、ヒョコリと現れた。


『ぱ、パル……!?』


思わず浮き足立つ、カラクリ人形アルジーであった。


『落ち着け、白孔雀《魔法の鍵》継承者、銀月のアリージュ。確かにパル殿だが、まだエネルギー不足で実体化はできない。特別なルートを通って、此処に投影しているだけだ。私と一緒に』


『クバルさんっぽくない……クバルさんは自称「オレ」って言ってて……本当に本人?』


『白文鳥《精霊語》を完璧に使う《鳥使い》だけあって、人類にしては感覚が優秀だな。確かに私は、銀月アリージュの言う「クバル」本人では無い。しかし本当の彼を知る者であると言っておく』


やれやれ、と言わんばかりに座り直し。黒髪をしたクバル青年らしくないクバル青年は、気品のある重厚な所作で、元の寝台を示した。


『立ち話もなんだから座りたまえ。空飛ぶカラクリ人形でも構わんが、万が一、隣の不届き者が目が覚めて入って来たら、即座に殴り倒して再び失神させねばならんし、長い説明をする羽目になる』


『隣の不届き者? 再び失神?』


カラクリ人形アルジーは、白文鳥の《空気乗り》精霊魔法を無意識のうちに発動していて、本当に足元が浮いていた事実に気付き……あわてて足を地面につけて。ベッドシーツをはいだばかりの寝台に、ポンと腰かけた。


『この部屋は、続き部屋になっているのだ。皇族専用の間取りで、隣に居るのはカムザング皇子だ。弟皇子セルヴィン殺害の計画を何時間もかけて大声でまくしたてた後、ひと眠りすることを思いついたらしく、この寝室に一度入った。そして、アリージュが横たわっていることに気付いた』


……それは、相当に、ギョッとしたに違いない。


見知らぬ人物が、寝台に入って眠りこけていたら。


その正体がカラクリ人形だったら。


考えてみると、ほぼ怪奇恐怖ホラーだ。


大麻ハシシ後遺症の幻覚も相まって、セルヴィンと誤解してな。隣室へ戻るや、殺意満々で三日月刀シャムシールを準備していたゆえ、先刻、我が失神させた。《精霊石》台座つきの酒壺に、そよ風で飛んでもらって、脳天直撃で』


『酒壺……失神……大麻ハシシキメてるドラ息子……』


さらに呆然とするアルジーへ、白文鳥パルが、なだめるように語り掛けた。


『この「人類クバル」投影してるのは、前に言ってた《地の精霊》なの、ピッ。厳重に潜伏しなきゃいけない状況だったけど、適合する薔薇輝石ロードナイトとの守護精霊の契約が「雷のジン=ラエド」込み込みで一挙に成立したから、急いで特別に、色々スッ飛ばして。精霊界の制約があって、こんな形式しか無かったけど、アリージュの他人じゃ無いから、ギリギリこれで、ピッ』


黒髪をしたクバル青年――謎の《地の精霊》は、白文鳥パルから色々聞き取っていたらしい。金融商オッサンの店スタッフ、赤毛クバル青年を彷彿とさせる笑みを浮かべた。


『ま、そういう事っす』


らしくない演技、という雰囲気。


すぐにでもパニックを起こしかねないアルジーの状況を理解して、《地の精霊》なりに気を使っている――らしい。


『えっと、《地の精霊》さん……《地の精霊》と話したこと無いから、色々……不案内だけど』


『気兼ねは不要。我は《地の精霊》《ジン=*ロー*》なり。オリクト・カスバの守護精霊を通じて、シュクラの事情は承知している。我にとっても彼の《地》は地続きの一族だ』


――意外に、とても近い関係だ。息を呑むアルジー。


相棒パルが「他人じゃ無いから」ということで、引っ張って来たのも納得。


従兄あにであるシュクラ王太子ユージドが《邪霊使い》と化した件はさておき、その両親――シュクラ王国の国王夫妻――王妃さまが、オリクト・カスバから輿入れして来た人だ。アルジー=アリージュ姫にとっては伯母に当たる。綺麗な黒髪をした穏やかな女性で、幼い頃、とても可愛がってもらった記憶がある。


『うすうす気づいているだろうが、空飛ぶ絨毯《鳥舟アルカ》と共に、此処ジャヌーブ砦に墜落してきた時から、注視していた。非常に異例な事象ゆえな。そして予想どおり、というより、想定をはるかに超えて事態が動き出した。のみならず加速し始めた』


クバル青年の姿をした《地の精霊》は、少しの間、思案顔で眉根を寄せていた。


『白文鳥パル殿から聞いた内容で、気になった点がある。銀月アリージュが、どう感じているのか聞いておきたい。《邪霊使い》ユージドの件だ。かのジャバ神殿の黄金祭壇のところで、何か言葉を交わしたか? パル殿が見聞きしていない部分ゆえ、曖昧なところがある』


――ユージドの名を聞いた瞬間、アルジーの怒りは爆発した。


こんな時《精霊語》は便利だ。


アルジーの語りは、まさに息もつかぬ弾丸トークとなっていた。


地下神殿へつづいていた長い長い螺旋階段。


黄金の巨人ザムバの成れの果て、《怪物王ジャバ》へ変じる過程にあった異形。


御曹司トルジンと、シュクラ王太子ユージドとの間で、侮蔑いっぱいに交わされていた会話。


ハーレム夫でもある御曹司トルジンによる「名誉の殺人」宣言、そして、帝国語と《精霊語》で2度も繰り返された『離縁』宣言。


怪異な双子と化して宙に浮いていた、本物のアリージュ姫を名乗る銀髪の妖女。


邪悪な黄金の三日月刀シャムシールを振り下ろして来た、モッサァ黒ヒゲの、魔導士クズレと思しき、巨漢。


程なくして……怒りの宣言でもって、アルジーの独白は完了した。


従兄あにユージドこそ、この世で最も憎むべき不倶戴天の敵! 再びまみえたアカツキには必ず、首と胴を永遠に、世界の端から端まで分けてくれる!』

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