謎の襲撃、事象の交錯、そして砦に来たりし者は(3)終
護衛オローグ青年の説明どおり、《象使い》の頭部を保護するための、象牙色をした合金製の象レリーフは、ひび割れていた。
殺伐とした暴力――生々しい襲撃と戦闘の痕跡。内心、たらりと冷や汗をかくアルジーである。
よく命があったものだ。セルヴィン少年は「健康になれば、私も割とやるほうだ」と拗ねていたけれど。ハッタリじゃ無くて、真実で良かった。
ダークブロンド髪のナイスミドル神官リドワーン閣下が、場違いなまでに不自然な遺留物――象レリーフ付きの広幅サークレットを眺めつつ、形の良い眉をひそめる。
「……奇妙だな。犯人は《象使い》なのか?」
「断定できませんが、品そのものは本物です。元々、重量のある物を運搬する作業が多く、いつ何があるか分からない。おそらく予備のものかと」
「この砦に勤務する《象使い》は2人。老女ナディテ殿、その後継ドルヴ殿です」
護衛オローグ青年につづく形で、クムラン副官が、生真面目な口調でキビキビと応じていた。大将軍カスラーに次ぐジャヌーブ砦の次席の将軍4人のうち1人、バムシャード長官が大抜擢したと聞いている――いま見ると納得、と感心する白文鳥アルジーであった。
「シャロフ殿、すぐにバムシャード長官とタフジン大調査官に報告して、2人の《象使い》の捜査令状を取ってくれ。身柄の扱いと事情聴取はシャロフ殿に任せる」
「承知、クムラン副官どの。それでは、報告のため、遺留物を持ち出してよろしいでしょうか」
老魔導士フィーヴァーが、シャロフ青年へ向かって「うむ」と頷く。
「3点とも、持ち出して良いぞ。注意深くな。カムザング皇子の粉末タバコ袋も事件関連性が強く疑われるところ、虎ヒゲ・タフジン君への報告を兼ねて持ち出すべきなのじゃが、中身が劇物じゃ。当座はワシの手元で、厳重に管理しておく。間違いなく『お焚き上げ』が遂行されたのを見届けなければならん」
シャロフ青年は深々と一礼し、手慣れた所作で遺留物を包み、キビキビと談話室を退去して行った。
扉の外では数人の部下や衛兵たちがさらに待機していたらしく、少しの間、驚きの声を含むザワザワした気配がつづく。
――2人の《象使い》が襲撃犯とは思えない。《象使い》にとっては誇りでもある、大切な《象使い》装束を……それも格式のあるサークレット類を、襲撃の際に、身に着けるだろうか?
どこかに潜伏中の、《三ツ首サソリ》を使った錠前破りもやる《邪霊使い》が……《象使い》たちに、犯罪をなすり付けようとしたのだと思えるけれど。
鷹匠ユーサーの手の平の上で、白文鳥アルジーがグルグル考えているうちに。
隣室すなわちセルヴィン少年の寝台のほうから、ネコの鳴き声が聞こえて来た。セルヴィンの相棒の《火の精霊》――いまは《火吹きネコマタ》姿の。
地獄耳の『鬼耳族』クムラン副官が瞬時に気付き、バッと、その方向を振り返る。
「セルヴィン殿下が、目が覚めたようです。目撃証言とれるなら……」
全員で、セルヴィン皇子の寝台の周りへと集まる。
白文鳥アルジーは、小鳥の特権を大いに活用することにした。先陣を切って宙を飛び、枕元へと降り立ったのだ。降り立つなり、ボンヤリと目が覚めた面差しを確認し。
「ぴぴぃ?」
セルヴィン少年は、ハッとしたように頭を転がして白文鳥アルジーを認識して。認識するなり、キッと眉根を寄せて、不機嫌そうに向こう側へと顔を反らしてしまったのだった。
「来るな!」
――ガーン。
(こっちの方はメチャクチャ心配したのに、それは無いでしょ、少年!)
白羽を震わせてへたり込んだ、アルジーであった。
枕元から、ちっちゃな手乗り《火吹きネコマタ》が出て来た。ほぼ、白文鳥アルジーと同じ身体サイズだ。2本のネコ尾を揺らし、訳知り顔で「ニャー(一緒に来て)」と鳴く。
セルヴィン皇子の相棒《火の精霊》が変じた、ミニサイズ赤トラ猫《火吹きネコマタ》は、速やかに寝台を飛び降りた。
そのまま、集まって来た人々の足元をすり抜けて、トテテと走る。白文鳥アルジーも、その促しに応え、飛びながら後を付いて行った。
リドワーン閣下、鷹匠ユーサー、魔導士フィーヴァー、護衛オローグ青年、それにクムラン副官は、「おや」という風にチラリと、1匹と1羽に目をやったが、精霊にとっては定位置の拠点、『魔法のランプ』が安置されている窓際の台へ移動して行くのを見て、なにやら納得した様子だ。そのまま、セルヴィン少年と、口々に語り始めた。
予想どおり、不審者に襲撃された時のセルヴィン皇子の覚えている内容を、目撃証言として、丁寧に聞き取っているところだ。
一方で。
ちっちゃな手乗りサイズ姿の赤トラ猫が、窓際の台にピョーンと飛び上がり、『魔法のランプ』の口部分を座布団として、お座りした。招き猫さながらに、チョイチョイと片手で招く。
火吹きネコマタに招かれる形で、白文鳥アルジーも『魔法のランプ』の優雅な取っ手部分を止まり木として、腰を据えた。
『目撃証言や、《象使い》疑惑その他の解明は、老魔導士たちに任せて大丈夫ニャ。《鳥使い姫》が城門前の市場で成し遂げた精霊魔法《倍返し》解呪のほうが重大である。あれは経験を積んだ守護精霊であっても最高難度のクエスト。しかも返り討ちを無効化して、《鳥舟》と《超転移》とで根源の氣へと還しつつ……大金星ニャ』
『え? アレは単なる骸骨の人体標本の怪談の失敗で……? 解呪って?』
『セルヴィンが重傷を負いながらも持ちこたえ、のみならず撃退のための筋肉を復活できたのも――最小限とは言え――カムザング皇子《魔導》ルートが全滅したうえに、相当な量で、奪われていた生命力の回収に成功した結果である。生贄《魔導陣》相乗りしていた連中の1人が、第六皇子カムザングと判明したのも大きな収穫、深く礼を申すニャ』
『で、でも、あれ、ほとんど八つ当たりというか……なんか後で帝国の司法部門とかの許可が取れ次第、《魔導》手術して解呪するとか? ……それより、セルヴィン、性格が変わったとか無いよね?』
『時間差でカムザング皇子に結果が現れるゆえ、いずれ真相が明らかになろう。セルヴィン、あれでも男の子ニャで、その辺の機微、汲んでやってくれニャ。あとで、我のほうから「大人の男になれ」と叱っておくニャ』
含みのありそうな、ニヤリとした「チェシャ笑い」が入った。子ネコの顔をした《火吹きネコマタ》のうえで、意味深に「ネコひげ」がピピンと揺れる。
いまいちピンと来ないまま、白文鳥の首を傾げる、純粋培養なアリージュ姫=アルジーであった。火吹きネコマタは何故か、「うむ」と得々した様子で頷き……速やかに、真面目な顔に戻ったのだった。
『同僚《火の精霊》から緊急連絡が入ったニャ。それで困った事態になったゆえ協力いただきたいのニャ《鳥使い姫》。帝国皇帝がお忍びでジャヌーブ砦に来る。例の酒姫とのアバンチュール目的で』
『いまの帝国皇帝、聞いてると全然「皇帝」してないよね?』
『極道の酒姫と出逢ったばかりに、絶賛グダグダ晩節を汚し中ニャ』
子ネコの顔の中で、そこだけ精霊ならではの、時を超える光を宿している……金色の目が、スーッと細まる。
『しかし、セルヴィン皇子が宮廷における政治的立場を確立するまでは、いまの皇帝に死なれては困る。宮廷内の政局が大きく動揺すれば、セルヴィン皇子の命、生贄《魔導陣》を通じて早々と刈り取られる可能性があるニャ。残り3人の相乗りを、まだ見つけられていないゆえ』
――何だか、不吉な予感がして来た。
白文鳥アルジーは、全身を毛羽立てて、少し後ずさった。
『この陰謀工作、《鳥使い姫》にしかできぬ。あの人工銀髪の《魔導》カラクリ人形を動かして、夜の行為の際に、帝国皇帝の耳に「セルヴィン皇子は、もう少し生かしておいて良い、いや、生かすべきだ」と吹き込んでおいて欲しいニャ』
『よ、夜の行為……酒姫って……それって……』
白文鳥アルジーの全身が、ブワッと逆毛を立てた。
『カムザング皇子が、さっそくセルヴィン殺害のための陰謀を始めているのだ。港の裏街道で強力な媚薬を入手していて、それを或る種の《魔導札》と混ぜ混ぜすると、催眠術と同じ効果を及ぼす。帝国皇帝に盛って、「カムザング皇子を生贄《魔導陣》でもって殺害を企んだという特別犯罪で、セルヴィン皇子をむごたらしく処刑すべし」と、オネダリするつもりなのだ』
『も、もしかして、わたしが下手に、骸骨の幽霊怪談やって、幽霊パンチと幽霊キックをしたから』
『同僚《火の精霊》の現況報告によれば、それも大いにある様子。逆恨み八つ当たりニャ。カムザング皇子はアレでも、帝国皇帝ゆずりの『レッテル張り』好きゆえ、似た者同士、食事を共にするほど寵愛される皇子である。本人の資質にかかわらず強大な派閥が付いているのも、それが理由ニャ』
『で、でも、本物の酒姫アルジュナは行方不明って聞いてるけど。何がどうなって……本人、ジャヌーブ砦に来てないの?』
『例の酒姫が行方不明になったのは、帝都の宮殿の中、セルヴィンの生贄《魔導陣》契約変更にかかわる流血事件の時である。しかし、その前の夜の『とりわけ熱烈な行為』の際、長期の国家祭祀に出発する前の帝国皇帝の耳に、「ジャヌーブに用事があるから行って来るわネ」と吹き込んだ事実が判明しているニャ』
白文鳥アルジーは、ヒョコリと首を傾げた。
『それなのに、その酒姫アルジュナが、ジャヌーブ砦に来てない、という訳ね? いまだに行方不明で……』
『である。カムザング皇子の挙動、《火の精霊》連絡網による再調査で、隅々まで判明している。同行している皇弟リドワーンも鷹匠ビザンも気付いていないが、カムザング皇子は、港町すべての大麻付き刺青店だけでなく、娼館をも楽しんだ』
『聞き違いじゃないよね? 港町の、すべての大麻取扱店と、すべての娼館をハシゴした、って……よく、そんな体力あるね? あの「第六皇子カムザング」という人、全然、鍛えてないっぽいのに?』
『例の生贄《魔導陣》を通して、セルヴィン皇子からドンドン強奪した生命力をドンドン補充していたゆえ疲れ知らずだったニャネ。我もチマチマ・ドンドン補充してたからニャ』
――確かに。納得せざるを得ないアルジーであった。
『カムザング皇子が、各々の娼館の、各々の寝台で、各々おこなった言動から推察するに、例の酒姫と娼館で落ち合う予定があった様子。前々から2人は『夜の行為』仲間であるし、とりわけ熱烈な行為の最中に、「セルヴィン殺害」の陰謀をする予定があったと見ゆる』
――もはや何も言うまい。
白文鳥アルジーは天を仰ぐ格好だ。
想像の範疇の、はるか彼方ではあるが。
そういう『タダレにタダレ果てて、もはや何が何だかな禁術モンスター屍術師アンデッド肉欲』を至上のものとする、という世界は存在する(という風に、レトリックのうえで想像するしかない)。
――それでも。
そんな、とっても、くだらない事のために、セルヴィン少年の生命力をドンドン強奪して、浪費してたなんて……!
『彼らは専横の極致を極めるゆえに、物事の原因と結果を考察する能力が無い、いや、それを必要としない。セルヴィンの死が、自身の活力減退につながるとは、全く考え付かないのだな』
火吹きネコマタの2本の尾の先で、《火の精霊》ならではの火花が散った。
『セルヴィンの衰弱が続いて、活力源としての利用価値が無くなったと判断しての、セルヴィン始末の計画ニャ。セルヴィンが死亡して、自身の活力に不都合が生じても、イキの良い犠牲者を新しく選び、新しく生贄《魔導札》を貼り付ければ良いのである』
ちっちゃな手乗りサイズの赤トラ猫――火吹きネコマタの、不吉な説明がつづく。
『例の酒姫は、行方不明になって以来、何故か帝都にも、ジャヌーブ周辺にも姿を見せておらぬ。しかし、酒姫に夢中な帝国皇帝は、酒姫の言葉を追って、国家祭祀が終わり次第すぐにジャヌーブ港町までお忍びをし、そして、このたびジャヌーブ砦までお忍びして来たという訳にゃ』
『ちょちょちょ、ちょっと待って。お忍びして来た……って、もう来てる訳!?』
『ラーザム財務官の葬儀に参列する、有象無象のひとりとして。熱烈に寵愛する酒姫独占に関する限り、かの帝国皇帝は、若かりし頃を彷彿とさせる、暗闘と陰謀の名人に戻る。刺客工作と、汚名なすり付けイビリ工作を通じて、皇弟リドワーンを追い詰め、宮廷から排除したほどの陰湿イジメ性根の持ち主の。だから困った事態なのニャ。事は急を要するニャ』
……よせばいいのに、火吹きネコマタは、恐ろしいほどの真剣な気合を「ゴゴゴ」と入れて……
『我、セルヴィンの守護精霊である。なおかつ嘘いつわり無く、帝国皇帝の守護精霊を説得する権能をいただく、《火霊王》七大の御使いが一、《ジン=***アル》なり。我が名と権能でもって、ほぼほぼ銀月の精霊なるアリージュに、強力に、協力要請するものであるぞ』
高位の精霊としての恐るべき威厳を見せた、ちっちゃな手乗りサイズの《火吹きネコマタ》は、スクッと立ち上がり、2本のネコ尾を高く振り立てた。
『さいわい月齢が上昇して来た。ネコミミ付スナギツネ顔も、偶然ながら幽霊騒動で、すっかり禿げた。それだけ《銀月の祝福》蓄積できていれば、本来の面影も浮き上がろう。今夜にも、かの「ニセ銀月」など遠く及ばぬ絶世の美貌の酒姫《鳥使い姫》の色香でもって、帝国皇帝を、念入りに、ボケボケに……』
……いーやー! そんな「夜のオツトメ」手腕なんか無い。絶対、できないー!
白文鳥アルジーは、ショックの余り、気が遠くなった。
コロンと、『魔法のランプ』から、ふわもち「いちご大福」な身体が転げ落ちていった。




