謎の襲撃、事象の交錯、そして砦に来たりし者は(2)
白文鳥アルジーも、同じ驚きに満ちていた。
これが、本当にあのセルヴィン少年? ――と、何度も確かめるくらいだ。
みじめな藁クズそのものだった、パサパサの黄土色の髪は、うっすらと、ダークブロンドの色艶と輝きを帯びていた。本来の髪の色は、ダークブロンドなのかも知れない。同じ皇族の兄弟である、あの「第六皇子カムザング殿下」の髪に近い感じの。
容貌も、骸骨ソックリの顔というよりは――病み上がりの、痩身の少年という風。
意外に綺麗な顔立ち。今の時点でこうなのだから、もっと健康になったら……息を呑みつつ、眺めているうちに。
――あれ?
何かがピンと来て、白文鳥アルジーは、セルヴィン少年と、ナイスミドル神官リドワーン閣下を見比べた。
――同じ琥珀色の目だ。セルヴィン少年の目は、金色に近い曖昧な色だけど。
それに……骨格が、面差しが、ゆゆしきまでに似ているような気がする。血のつながった叔父と甥なのだから当然としても、この類似は……直系の関係、すなわち実父と実子といっても差し支えないくらい……
あの「第六皇子カムザング殿下」だって、リドワーン閣下と、叔父と甥の関係だ。ダークブロンド髪は、よく似ていた。帝国全体の守護精霊《火霊王》国家祭祀を王統として引き継ぐ皇族全体に、共通する特徴なのだろう。でも、セルヴィン皇子と、リドワーン閣下の間に感じられる「ゆゆしき類似」と言うほどでは無い。
これは……いったい何だろう。
白文鳥《精霊鳥》ならではの鋭敏な感覚が、何かを感じているのは確かだけど……
グルグルと思案を巡らせている間に、鷹匠ユーサーが近づいて来た。
早速、ナイスミドル神官リドワーン閣下が、手の平に乗った白文鳥アルジーを示した。アルジーは恥じ入って、縮こまるばかりだ。
鷹匠ユーサーが、すぐに気付く……その肩に居る白タカ・ノジュムは、鷹匠ビザンの相棒の白タカ・サディルと情報交換して、こちらは首を振り振り、感心しているといった雰囲気であった。
「――これは、《鳥使い姫》?」
「鷹匠ユーサー殿は、この奇妙な白文鳥を知っているのか? 城門前の市場で幽霊騒ぎがあってな、そこで拾った個体だ。この砦には、白文鳥の渡りは……ここ数百年ほどは無かったと記憶しているが」
「山ほど訳のある、白文鳥《精霊鳥》でございます。リドワーン閣下。降雨の間、《鳥使い》装束をまとう姫君の幽霊が出ていませんでしたか」
「まさに指摘のとおりだ。ネコミミ付きの珍妙な姫ベールだったが……ユーサー殿が持っていたほうが良さそうだな。私の手の上だと、白い毛玉になって反応しなくなるのだ」
「見知らぬ人物を警戒しているだけかと。それに《精霊語》聞き取りの問題がありますから……来られますか、《鳥使い姫》?」
白文鳥アルジーは、ようやくホッとした思いになって、ピョンと、鷹匠ユーサーの手の平に乗り移った……そして、ふわもち白文鳥の身をほぐして、まさに『いちご大福』さながらに「もちーん」と座り込み、くつろいだのだった。実際は、ぐったりと座り込んだ、という思いであったが。
「さて《鳥使い姫》。城門前の市場に居たようですが、何があったのか説明していただけますね?」
『リドワーン閣下が持っている粉末タバコ袋。あれを巡って、ケンカがあって。袋が行方不明になって、悪者の手に渡ったら大変だから、取り上げて、持っていようと思って……』
「成る程。リドワーン閣下、その手に粉末タバコ袋をお持ちですね」
困惑顔で首を傾げる、ナイスミドル神官リドワーン閣下であった。その脇に控えている鷹匠ビザンも。
老魔導士フィーヴァーが間仕切りの紗幕を開き、白ヒゲをモサモサさせながら、その奥の空間へ移動した。
談話室だ。大きな幾何学格子窓があって、明るい。筆記用具だの茶器だの、それに茶卓やクッションが適当に並んだ、話しやすそうな空間である。
「さて、ジックリ話そうかの。オローグ君にクムラン君、それにシャロフ君、襲撃現場の寝台から何か見つかったら、いつでも持って来てくれたまえ」
「承知いたしました」
代表として、護衛オローグ青年が応答して来た。
年かさの男たちは談話室に入った。老魔導士フィーヴァー、ナイスミドル神官リドワーン閣下、鷹匠ビザン、鷹匠ユーサーの順番で、それぞれの談話クッションに座を占め。
真ん中の茶卓に、第六皇子カムザング殿下が持ち込んでいた「怪しげな粉末タバコ袋」が、そっと置かれる。
早くも怪しげな粉末タバコ袋の中身が、老魔導士フィーヴァーの手によって明らかにされた。
「禁術の大麻が混ざっておるな。《邪霊使い》御用達、不法に邪霊の類を召喚するための」
「……何ですって? そう言えば、ゴロツキ邪霊《骸骨剣士》も異常に出現していましたが、あれが……!」
サッと顔色を変える、中高年ベテラン鷹匠ビザンである。
「この物証で、第六皇子カムザング殿下の皇族籍の剥奪は……確実となりますね。宮廷勢力図が変わります、本当に」
「それだけに留まらんのじゃぞ、鷹匠ビザン殿」
老魔導士フィーヴァーが陰気に呟く。
手つきが慎重なものに代わり、黒い長衣の袖から、手品のように紅白の風呂敷を取り出した。毎度、退魔紋様が織り込まれてある品だ。
「このタバコ袋も普通の素材では無い。暗殺教団の邪悪の極みというヤツじゃ、ここではつまびらかに説明はせん。とりわけ白文鳥《精霊鳥》にとっては怒髪天モノじゃろう。それに、この中身の特殊な濃度と配合、明らかにセルヴィン殿下の生贄《魔導陣》を好き勝手にイジるための、専用の薬物じゃよ」
頭上で、鷹匠ユーサーの平板な声が響く。こちらも何だか怖い雰囲気。
「それでは、老魔導士どの。第六皇子カムザング殿下は、セルヴィン殿下の生贄《魔導陣》発動に相乗りして、生命力を奪い取っている5人のうち、1人でございますね」
「そのとおりじゃ。この辺り一帯の南洋沿岸の港町や集落には、このような邪悪な素材を扱えるような、暗殺教団ご用達《魔導》工房の設備は無い。闇ブランド限定品というのも、半分は嘘じゃな」
老魔導士の不気味な説明がつづく。
「セルヴィン殿下の生贄《魔導陣》のみに照準を定めた、裏口ルート《魔導》相乗り5人のためだけの、特製品じゃ。帝都の《魔導》工房、あるいは、それに匹敵する大型《工房》を抱える城砦に潜む、暗殺教団や《邪霊使い》のツテを通して取り寄せた筈じゃよ」
鷹匠ビザンが首を振り振り、半ば頭を抱える形になる。
「……何という事だ! 皇族だろうとアタリを付けてはいたが、このような形で発覚するとは!」
「カムザング皇子の特別犯罪について、帝都宮廷の司法部門の重鎮たちへ緊急報告を飛ばしてくれたまえ、鷹匠ビザン殿」
「承知」
中高年ベテラン鷹匠ビザンは、リドワーン閣下や鷹匠ユーサーと目配せした後、速やかに立ち去って行った。相棒を務める白タカ《精霊鳥》サディルも一緒に。
老魔導士フィーヴァーは、粉末タバコ袋を、紅白の退魔紋様の風呂敷でキッチリと包んだ。談話室の隅へ大股で移動し、そこにある道具箱をパカリと開き……黒ダイヤモンド鍵の手提げ金庫を取り出して来た。
慎重な手つきで手提げ金庫へ、問題のブツを封入しつつ。
「カムザング皇子を《魔導》手術し、セルヴィン皇子を害しておる《魔導》ルートを切断して、解呪する。これを我らの手でおこなうには、帝国の司法部門と魔導大臣の協議決定が必要になる。カムザング派閥の妨害が入るじゃろうし、決定まで時間はかかる見込みじゃが、やらねばならん」
――隣室の、事件現場となっている寝室のほうは静かだ。捜査メンバー揃って一時的に作業の手を止め、老魔導士の言及に聞き耳を立てている雰囲気。
「今朝のセルヴィン襲撃の謎についても、見通しを付けておかねば。カムザング皇子の到着と重なったのは、偶然のような気もするが」
そう言うリドワーン閣下の琥珀色の眼差しは、絶対零度の光を帯びていた。本気で怖い。元・皇族だったと聞くけれど、皇族としても、絶対タダ者では無い。
鷹匠ユーサーの手の平の上で、白毛玉と化しながらも、モコモコ羽毛の隙間から注意深く窺う、白文鳥アルジーであった。
程なくして、事件現場の寝台の捜索があらかた済んだ様子だ。
クムラン副官と護衛オローグ青年、それに助手を務めた配下シャロフ青年がそろって、膝をついた報告姿勢でもって報告を始めた。身分の高い来訪者の御前とあって。
護衛オローグ青年が一礼し、談話室の卓上に、丁寧に遺留物を並べた。若干の解説を加えつつ。
――《邪霊使い》定番の装飾、通常の精霊魔法の護符チェーンのふりをした《邪霊害獣の金鎖》の一部。《邪霊害獣》の黄金の骨で出来ている。紅白《退魔調伏》御札ナシで相当数の《邪霊害獣》を狩れるなら、誰でも製作できる。セルヴィン皇子の護身用の短剣で断ち切られ、床に落ちていた。
――《象使い》特有の装甲。深いヒビが入っている。《邪霊使い》の金鎖を留め紐としていた様子。セルヴィン皇子が抵抗し、短剣で、装甲に斬撃を加えたと思われる。金鎖が弾け落ちたのも、装甲のヒビも、その時のもの。
――不法に破られた、この部屋のサボテン扉の錠前を回収。黄金の《魔導札》が詰め込まれていたのを発見。《邪霊害獣の金鎖》で発動する類であり、《邪霊使い》によって作成された不法侵入用《魔導札》が使われたものと断定される。
以上で、説明が一段落した。襲撃現場の遺留物は3点、ということだ。
老魔導士フィーヴァーが身を乗り出し、さっそく黄金色をした「不法侵入用《魔導札》」を手に取った。
「うむ。確かに《邪霊使い》が作成した不法侵入用《魔導札》じゃ。出入口のサボテン扉は、分解して裏返してみると分かるが、退魔紋様を施した基板を使っておるのじゃ。くわえて内部の空洞に、邪霊侵入の防止のための、ドリームキャッチャー形式の護符を吊り下げておる。土地柄、飾り羽のほうは、南洋沿岸の貝殻の護符を連ねたものじゃが」
クムラン副官が口を挟む。
「その《魔導札》、ヤバイ暗殺教団とかの御用達ですか? 以前の宴会で取り押さえられた赤毛商人バシールの、長衣の袖の中に、いつの間にか入っていたと言う不法侵入用《魔導札》と、よく似ている気がするんですが」
老魔導士フィーヴァーは大きく頷いた。
「まさに、その通り。あのラーザム死亡現場の近くにあった邪霊召喚セットの《魔導札》とも、筆跡が一致しておる。間違いなく、つながっとるな。ラーザム殺害犯にして、禁術の《人食鬼》召喚者は、宴会で飲んだくれていた赤毛商人バシールにも大麻を盛っていた訳じゃ。捜査を混乱させるためかの。目的と理由は分からんが」
老魔導士の手の中で、黄金《魔導札》が、紙でもなく金属でもない不思議な音を立てる……魔導士ご用達の、全国展開《魔導》工房の主力製品。その製造法は、一般人には秘密。
――襲撃者は、どういう人物なのだろう? 間違いなく《邪霊使い》だけど、《象使い》専用の広幅サークレットなんて……
興味津々で、白文鳥アルジーは白毛玉の中から小鳥の首を出し、白文鳥の姿へ戻った。礼儀正しく、鷹匠ユーサーの手の平から移動せず、そこでニューッと伸びあがる。




