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謎の襲撃、事象の交錯、そして砦に来たりし者は(1)

――霧雨が終わるか、終わらないか、という頃。


骸骨と化した《鳥使い姫》による、怪奇「倍返し」が総仕上げを迎えていた時。


老魔導士フィーヴァーが詰めている医療用の区画の部屋は、一時的にではあるが、セルヴィン少年のみ、という状況であった。


そこへ……錠前を非合法に破って、侵入して来た者があった。


いかにも不審者という風の薄汚れた作業着でもって、厳重に人相風体を隠蔽している。その生成り色の覆面ターバンには、何故か《象使い》装束の、象レリーフ付きの広幅サークレットが取り付けられてある。


不審者は寝台の紗幕カーテンを開くや、刃物を振るって少年に襲い掛かった。


――まるで最初から、始末するべき少年が、そこに居た事を知っていたかのように。


少年は、反射的に身を返した。かつて健康であった頃は、このようであったろう――という身のこなしでもって。


帝都皇族が持つ護身用の短剣が閃き、不審者の刃物をわずかに弾く。その回避行動が無かったら、少年が受けた傷は軽傷には収まらなかっただろう……少年の脇腹を、不審者の刃物が、したたかに切り裂いていた。


次の瞬間。


少年の短剣の返す刃が《火の精霊》の炎を噴出しつつ、不審者の頭部装飾を切り裂いていた。


ぎらつく黄金色をした粒が飛び、象レリーフ彫刻に深いヒビ割れを起こすと共に……広幅サークレットが弾き飛ばされていった。


不審者はセルヴィン少年の人相を――かの《聖火》を宿す高貴な金色の眼差しを認識するや、カッと目を見開き、「クソ!」と毒づいた。


そして、逃走して。


不審者は、元から煙であったかのように、行方をくらましていた。


*****


――朝の、城門前の市場バザールの一角。


ただならぬ速度で舞い降りて来た白タカ《精霊鳥》が、鋭い声で鳴いた。


鷹匠ビザンが顔色を変えながらも、早口で翻訳する。


「セルヴィン皇子が、襲撃されて重傷とのこと! 至急、老魔導士どのの医療区画へ!」


ダークブロンド髪を持つナイスミドル神官リドワーン閣下の、琥珀色の眼差しが険しくなった。諸国の城砦カスバの王侯諸侯どころではない、威厳ある帝王の怒り、というところだ。


リドワーン閣下は、従者と思しき鷹匠ビザンと共に、駆け出した……


…………


……そして、到着した医療区画。


老魔導士フィーヴァーが詰める区画へと通じる、仕切り扉の前。


働き盛り世代の、医療スタッフ姿の男女が数名ほど、ひっきりなしに出入りしている。煮沸消毒した清潔な水壺や医療用リネンタオル、邪霊退散の御札、ほか諸々を抱えて。


門番を務めているのは、鷹匠ユーサーと白タカ・ノジュムだ。


区画の扉から出る分岐通路のところで、護衛オローグ青年とクムラン副官が、見覚えのある人相の見張り兵や衛兵と共にキビキビと動き回っている。見張り兵が、石畳の隙間から何かを見付けたらしく、「遺留物!」という大声を上げた。


鷹匠ユーサーが、区画の扉の前に新しく到着した面々を確認して驚きの表情を浮かべ、サッと敬礼の所作をした。


「これは、リドワーン閣下。鷹匠ビザン殿も、おいでとは」


鷹匠ユーサーの肩に止まっていた白タカ・ノジュムが、ヒョイと身を乗り出した。


『なんだ其処に居たのか《鳥使い姫》。さっき、市場バザールで幽霊消滅した、と若鳥から聞いたが』


『えーと、あの、それより、セルヴィン少年が重傷で危ないとか、どうとか』


『傷が大きくて出血量は増えたが、無事だ。目下、傷痕の処理でバタバタしてるが。最高難度「倍返し」したそうだな。カムザング皇子、さぞ大量の「倍返し」痕が出来ただろう』


『? もしかして、あの怪奇現象……《骸骨剣士》の幽霊パンチと幽霊キックのこと? 白文鳥の骸骨の集団霊が出て来たのも合わせて?』


――頭上のほうでは。


同時並行して、鷹匠ユーサーが、ヒラ神官に見えないヒラ神官・リドワーン閣下と問答していた。


すぐに区画の扉が開き、屋内への移動が始まった。


ズラリと並ぶ、サボテン製の扉が見えて来た。そのうち、ひとつの扉が、パッと開く。


老魔導士フィーヴァーが寝起きしている続き部屋とは違うが、似た雰囲気の内装で、明らかに手術室という風。


あちこちに傷痕縫合用の縫い針と縫い糸だの、消毒用のアルコール瓶だの、うず高く重なったリネンタオルや包帯だの――を揃えたカゴの数々が見える。


作業台さながらの意外に小さい寝台が、中央に配置されている。


そのうえにグッタリと横たわった少年の身体があり、その手前に、手術用のリネン作業着に身を包んだ老魔導士フィーヴァーが居た。背後からも、その手が、素晴らしい速度で手術を進めている様子が見て取れる。


周囲を取り巻く補助の医療スタッフ5名ほどが、手際よく出血痕を拭きとりつつ消毒をつづけていた。同時並行で、紅白『邪霊退散』御札が早いペースで交換されている。


「そこで止まれ! もう少しで縫合が終わるんじゃ、雑菌も、余計な邪霊も近付けるな!」


老練な技術でもって、言葉どおり、程なくして縫合が終了した。訳知り顔をした若手の医療スタッフの男女ペアが、消毒液で湿布と包帯を絞り、手際よく、少年の身体に包帯を巻いてゆく。


医療スタッフたちによる熟練の術後処置を見届けて……老魔導士フィーヴァーは、ようやく「ホーッ」と大きな息をついた。


慎重な手つきで、老魔導士は、ギョッとするような多数の出血痕にまみれた、リネン作業着を取り外した。


モッサァ白ヒゲは、専用の「ヒゲ袋」に入れてまとめてあった。ハチマキをキッチリ締めていて、立派なお眉のほうも、固定されてあった。こんな時だが「成る程」と納得するばかりの、アルジーである。


さっそく、ダークブロンド髪をしたナイスミドル神官リドワーン閣下が、鋭く問いかける。


「セルヴィンの容体は?」


「無事じゃ。《骸骨剣士》来襲から生還した程度には。もちろん生贄《魔導陣》の影響で、基礎的な生命力に不足があるうえ、傷が大きくて出血多量じゃ。一般的な14歳なら、3日か4日ほど……そうじゃな、10日ほどは調子が戻りきらず、グッタリしているじゃろう。だが、間違いなく命に別条は無く、安定して回復へ向かっておる。奇跡的なことに」


「それほどの出血多量で、無事とは……」


いずれにしても衝撃的な情報だったのか、リドワーン閣下という名のナイスミドル神官は、震える手を口元に押し当てていた。気のせいか、その琥珀色の目の端に、うっすら光るものがあるような……


医療スタッフがテキパキと、作業台の足に車輪をセットし始めた。


「白ヒゲ先生、患者を寝台へ移動します。移動先の入院室の指示ねがいます。ほかにも指示があれば」


「ワシの続き部屋へ。オーラン君が入っていた寝台のほうじゃない、間違いなくセルヴィン皇子の寝台のほうへ移動するのじゃ」


「承知です。護衛さんと副官さんに、余計なほこりを立てず《邪霊退散》御札も完備なら、オーラン君の寝台の捜索が可能、とお伝えしておきます」


「おお、忘れておった。頼むぞ」


その言及の奇妙さに気付いたのは、鷹匠ビザンだ。


「オーラン君は、セルヴィン殿下の護衛を務めている筈だが……オーラン君が入っていた寝台を捜索?」


「早とちりで妙な誤解をするで無いぞよ、鷹匠ビザン殿。オーラン君がセルヴィン殿下を襲ったのでは無い。セルヴィン殿下が、外出中のオーラン君の寝台に入っていて、そこで、不審者に襲撃されたのじゃ」


「どういう状況なんです、それは?」


「オーラン君は、目下、中型《人食鬼グール》に捕食されかけた際の重傷で、寝台から出られない程の状態、という設定なのじゃ。それで、昨夜から今日の朝まで、不在のオーラン君の代わりに、セルヴィン殿下がオーラン君の寝台に入っておった。ちょうど身体の都合で、一晩じゅう苦悶にうめくという、オーラン君の設定にハマっておった。それも要因と見ゆる」


「セルヴィン殿下がオーラン君のふりをしたって事ですか? オーラン君は何処に?」


「さてのう。いずれにせよ目下オーラン君は、対立する有力者から放たれた刺客アサシンに付け狙われているうえに、白タカ《精霊鳥》の件もくわわって多忙じゃ。14歳の少年同士、我ら大人に明かさずに企むことは多かろう。だが《邪霊使い》のような真に邪悪な行為はせん筈よ。坊主たちは色々と考えておるし、勇敢じゃぞ」


老魔導士フィーヴァーは、いつもの飄々とした歩みで、手術室から直通する扉を通って続き部屋へと移動した。つられるようにして、リドワーン閣下と鷹匠ビザンも入室する。


既に、老魔導士の続き部屋の扉は開錠されていて、事件現場となった寝台の捜索が始まっていた。


捜索メンバーは、護衛オローグ青年、クムラン副官、鷹匠ユーサー、それに最も信頼する部下なのであろう、覚えのある人相の戦士1名。


事件現場となった簡素な寝台の周りを、実体化したセルヴィンの相棒《火の精霊》――ちっちゃな手乗りサイズの《火吹きネコマタ》が、2本のネコ尾を振り回しつつ、チョロチョロと動き回っていた。


寝台の掛布団は、床のうえに、乱暴に落ちていた。シーツの上には痛ましいまでの大出血の……真っ赤な痕跡。抜き身の、護身用の短剣が近くに転がっている。正体不明の刺客アサシンと、刃を打ち合わせる局面があったのは、明らかだ……


…………


……ナイスミドル神官リドワーン閣下が、サッと部屋を横切った。手の平に、ふわもち白文鳥アルジーを乗せたまま。


いかにも帝都皇族向けという格式を備えている、もうひとつの寝台に、セルヴィン少年が入っている。


麻酔が効いて、眠っているところ。


傷痕を刺激しないためであろう、掛布団は大きくめくられていた。


不健康に痩せ細った半裸、その脇腹をカバーするように巻かれた包帯には、血がにじんでいた。止血処置が済んだ今は、この出血は、縫合痕から徐々に出血したものであって問題は無いが、それでも痛々しいという印象には変わりない。


寝台を覆う紗幕カーテンは開かれていたが、その紗幕カーテンは、数段階ほども強い退魔紋様が織り込まれた新品に交換されていた。さらなる用心のため、帝国軍で使うドリームキャッチャー護符が吊り下げられてある。


――確かに、昨夜、セルヴィン少年がウンウン呻いていた時の寝台は、オーラン少年の……これよりは簡素な寝台のほうだった。


仲の良い14歳の少年同士、寝台をとっかえっこする位は普通にやる雰囲気だったので、アルジーのほうでは違和感を覚えなかったのだが……確かに妙な状況ではある。


目下、白毛玉と化している白文鳥アルジーは、リドワーン閣下の手の平のうえで、翼の間から、そっと……セルヴィン少年のほうをうかがった。


頭上のほうで、リドワーン閣下が、すこぶる驚いた、という風に呟いている。


「随分と……回復したように見える。重傷を負った直後なのに……生贄《魔導陣》で倒れたばかりの頃と比べると」

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