幕間劇:雨の朝の悪童おいた、鳥使い姫の必殺技が炸裂す(後)
「取り押さえろ」
中年世代といった男性の低い声、たった一言なのに、タダ者じゃない気配、満々だ。
素人目にも明らかな手練れ、数名の軍装姿がザッと動き、瞬く間に、意地汚く暴れるドラ息子を身柄確保している。呆然とした顔の、拳闘態勢なタバコ屋オヤジも。
ヘロヘロとなった白文鳥アルジーは、いつしか、見知らぬ人類の手にコロンと転げ落ち。仰向けにひっくり返ったまま、ジタバタするのみだ。いつの間にか、苦労して小鳥の足でつかんでいた粉末タバコ袋は、その人物の手に奪われている。
パニックの白文鳥アルジーを包み込むように、ポンともう一つの手が乗せられる。
「落ち着きたまえ。何処から渡って来た白文鳥なのか分からんが、あの《鳥使い》の幽霊……姫ベールだから姫君か? あの幽霊娘が主人か?」
見知らぬ――タダ者では無い、と感じた、あの男性の声だ。
みるみるうちに、気持ちが落ち着いて来るのを感じる。精霊が好む香り……神殿の定番の、薫物の類。というよりは茶葉のようだが、相当リラックス効果があるのは間違いない。
白文鳥アルジーのパニックが落ち着いたのを承知しているかのように、上に乗っていた手が、外された。
すこぶる驚くくらい、顔立ちの整った……ナイスミドル男性が、のぞきこんで来ている。
――年齢に応じた白髪混ざりの、それでも見事なダークブロンドの髪色が目を引く。
思慮深さを感じさせる、落ち着いた琥珀色の目。
ターバンや長衣は真紅色……聖火神殿の神官のもの。
此処ジャヌーブ砦の聖火礼拝堂に、この男性が居ただろうか。ヒラ神官の装束だが、本当は、もっと偉い神官ではないか。上半身を彩る、洗練された意匠の護符《精霊石》一式を見ても、そんな感じ。
「そなたの主人は、随分とお転婆な姫君……じゃなくて、骸骨の姫君……だな」
見ると、スナギツネ顔をした人体《鳥使い姫》幽霊は、エネルギーを使い過ぎたせいで……懐かしい《骸骨剣士》ソックリの、生前のアルジーそのものの姿となっていたのだった。
恐れを成した群衆が遠巻きにしていて、それでも怖いモノ見たさの勇敢な野次馬が最前列を争っていて、ホラーさながらの光景に目を剥いている。
白い長衣と、姫ベールをまとう――《鳥使い》装束の――半透明の《骸骨剣士》が、不気味な「骸骨笑い」をしながら、腰が抜けて座り込んだドラ息子を麻袋と見立てたかのように、奥義「隕石蹂躙拳(自称)」と「回天殲滅脚(自称)」を浴びせつづけていたのだった。
おまけに、どこからか出現して来た白文鳥の群れが加勢して来て、ドラ息子の全身を、ドドド……と、つつきまくっている。どれも骸骨と化した小鳥の幽霊だ。骸骨の姿と化した《鳥使い姫》幽霊に合わせての、怪奇ユーモアなのか……
あの忌まわしい禁術カラクリ糸の流れは全滅していた。
禁術の大麻に穢れた毛穴という毛穴、秘孔という秘孔を、怨敵調伏モグラたたき、とばかりに、プチプチと退魔調伏していっている段階だ。
白文鳥のものと思しき、小さな白羽が多数、空中を舞い続けている。「羽根布団から羽根を噴出させる」という富裕層の子供のイタズラは定番だが、さながら、それが再現されたかのような光景。ただし骸骨バージョンで。
もちろん幽霊なので物理的な何か、といったモノは無いのだが。
心霊現象というべきか。
幽霊パンチと幽霊キックの度に、ドラ息子の顔面にも身体全身にも、小鳥の足の形をスタンプしたかのような、白いアザが増えていっている。白文鳥の足に白いインクを付けて、それでペタペタ踏みにじっているかのようなのだ。
周囲に集まって来た白タカ《精霊鳥》数羽ほど、驚き呆れた様子で見物している。
『恐るべき「倍返し」だな。帝都皇族の護符《精霊石》の威力を無視して』
『徹底的にやるか《鳥使い姫》、《鳥舟》《超転移》驚異の合わせ技!』
『白文鳥の集団霊、かの《銀月のジン=アルシェラト》召喚の権能を有する《白孔雀》お怒りの直撃!』
『邪霊からの返り討ちことごとく無効化してるじゃねーか、おい。トンデモ高難度の精霊魔法の筈だが』
新たに駆け付けて来た軍装姿、数名も……珍奇なシロモノを目撃した、と言わんばかりに、野次馬と一緒になって好奇心でキラキラしている。
――これは相当に、怪談だ。
当分の間、この哀れなドラ息子は、《鳥使い姫》骸骨と白文鳥の骸骨の群れに襲われるという……恐ろしい悪夢に悩まされることになるだろう。
そして次の瞬間、薄青く光る霧雨が晴れた。快晴だ。
怪奇現象を振りまいていた、スナギツネ顔の《鳥使い姫》――最後には《骸骨剣士》と化していた姫君の幽霊は、陽光の中へ、スッと消滅していった。大量の白文鳥・骸骨の幽霊と共に。
腰を抜かしてヘタれ果てていたドラ息子は、恐怖と緊張の糸が切れて、今度こそ本当に失神し……降雨の名残の泥の中に、グンニャリと横たわった。
*****
水タバコの屋台前での大ゲンカと、それに伴う怪現象が収束した。
騒動に釣られて沸いていたゴロツキ邪霊《骸骨剣士》の後始末が済み、タバコ屋オヤジは尋常の事情聴取の後、いつも通りに、灰色な水タバコ商売を始めていた。
不思議に堂々としたヒラの神官――ダークブロンド髪をしたナイスミドル神官の手の平の上で、白文鳥アルジーは恥じ入るばかりに、小鳥の頭を、モコモコの身の中に収めていた。パッと見た目、ふわもちの白毛玉ケサランパサランである。
ナイスミドル神官へ、その従者と思しきベテラン鷹匠にして騎士が、タバコ屋オヤジから聞き取った内容を報告していた。中高年ベテラン鷹匠の肩には、白タカ《精霊鳥》が止まっている。
白タカ《精霊鳥》のほうとは、既に《精霊語》で自己紹介が済んでいる。白タカ・サディル。同僚の、鷹匠ユーサーの白タカ・ノジュムを、よく知っていると言う。
――これから、白タカ・サディルと白タカ・ノジュムの間で、白文鳥アルジーがやらかした恥ずかしいアレコレが情報交換されるのかと思うと、今から深い穴を掘って埋まりたくなる……
「リドワーン閣下、こういう次第でございます」
「この朝からご苦労だったな、鷹匠ビザン殿」
例のドラ息子は、なんと、「第六皇子カムザング殿下」。セルヴィン殿下にとっては、ハーレム兄弟。
ラーザム財務官が属していた帝都皇族の派閥が……盛り立てている皇子。将来の帝国皇帝と目される有望な皇子たちの、ひとり。
さすが、帝都を騒がせる有力者、いまは亡きラーザム財務官、というところだ。
元々、例のドラ息子「第六皇子カムザング殿下」は、隠れて大麻を吸うばかりでなく、あちこちへ転売して大儲けする犯罪組織を運営していたという。
帝都から、両大河のうちの『ターラー河』を船でくだり、南海へ出て、海路、ジャヌーブ港町へ渡り。近日中にジャヌーブ砦でおこなわれる、故ラーザム財務官の葬式へ出席する予定の人物だった。
今回、厳しい教育係やお目付け役の居る帝都から離れたことで大いに羽目を外し。港町で南洋諸部族のマネをして刺青を入れつつ。痛み止めに必要だからと、大っぴらに高濃度の大麻を吸い続け。
ついでに、裏の大麻タバコ粉末も手に入れた、と言う。あの、アヤシイ粉末タバコ袋がそれだ。帝都でも流通している、闇ブランド限定の高額品だと言うが……
此処で、朝っぱらから水タバコにコッソリ入れて濃厚に楽しもうとしたところ。
ベテランのタバコ屋オヤジに、アヤシイ粉末タバコ袋でもって、不法な濃度の大麻を持ち込んだと見抜かれて、あのような殴り合いになった――という次第。
「このたびの第六皇子カムザング殿下の不始末、ラーザム財務官の突然死とも相まって、宮廷の勢力図に妙な変動を起こしそうですな」
「むしろ、天網恢恢疎にして漏らさず、この展開に驚かされるところだ。最近の大麻転売事件で、カムザング皇子は元締めに近い立場だったが、本人は皇族利権やら宮廷勢力やらを大いに活用し、哀れな被害者として、無罪放免で逃げ切っていたのだからな。カムザング皇子の派閥を構成する有力者や魔導士が有能というのも大きいが……」
「しかも、犯罪の手先だった実働部隊を暗殺だの処刑だので始末し、証拠隠滅しておいて、彼らの親族たち全員、連座制の悪用でもって、無関係な者にまで、カムザング皇子を陥れようとした叛逆仲間という『レッテル張り』工作をしておいて、ですな。もう少しで重鎮の城砦すら激怒させ、帝国が分裂するところでした。リドワーン閣下」
――リドワーン閣下。
アルジーの中で、過去の記憶の火花が散った。
白タカ・ノジュムが、セルヴィン殿下に関連して言及した名前だ!
――帝都の大聖火神殿の、辣腕の財政理事リドワーン閣下。神官へ降下したとはいえ皇弟殿下だ。ということは、セルヴィン少年の叔父だ。セルヴィン皇子の帝王学の仕上げとなる実地訓練の部分を担当して、ビシバシ指導したとか……
…………
……リドワーン閣下は、いまや「泥付けのドラ息子」姿となった、第六皇子カムザング殿下を、しげしげと眺めているところだ。
失神したまま、だらしなく横たわっている。
胸元でジャラジャラ・チャラチャラしている贅沢な金鎖。カムザング皇子は、護符チェーンとして、このようなチャラチャラ金鎖の数々を、好んで身に着ける性質。今回の怪奇現象に対して、何故か護符チェーンは、まったく役立たず、であった。
白文鳥の足跡が、白いアザとなって全身に残っていて……いずれ消えるだろうと思われるところだが。
「この怪奇現象は、最初から最後まで謎だ。あの《鳥使い》幽霊が、この白文鳥に、粉末タバコ袋の奪取という危険な……犯罪めいた仕事をさせた、目的と理由は?」
「幽霊や亡霊は線香を好むと聞きますが、大麻タバコの線香を所望だったのか、と想像するところです。いずれにせよ怪奇現象の解明は、いち鷹匠である私ビザンの能力を超えるところ。皇子セルヴィンの体調管理をしておられる、あの老魔導士どのなら……」
「そうだな」
リドワーン閣下は思案顔で頷き。
再び、相変わらず朦朧としているカムザング皇子の様子を眺め……近くに控えていた護衛と思しき面々へ目配せする。
護衛らしき面々は訳知り顔で、砦の衛兵たちと合図をかわした。
集まって来た衛兵たちなど軍装姿の人々の手で、カムザング皇子の身体は紗幕に乗せられ、速やかに運搬されていった。「砦にある皇族専用の宿泊室へ」などという数々の確認事項の声が聞こえて来る。
一段落ついたところで、ナイスミドル神官リドワーン閣下は、手の平のうえで白毛玉と化した白文鳥アルジーをチラと見やった。
「この奇妙な白文鳥についても徹底的に解明するよう、依頼せねば。急ごう」
「御意に……あの幽霊の装束はスパルナ系《鳥使い》のものでしたが、あの年恰好で、幽霊になっても執着するほどに、不法の大麻をたしなむ娘が居たかどうか……?」
鷹匠ビザン、という中高年の軍装男は、相棒の白タカ・サディルの白羽を装着したターバン頭を振り振り、リドワーン閣下の後に忠実に随行し始めた。
――と、そこへ。
見覚えのある白ワシ《精霊鳥》が舞い降りて来た。白タカ・ノジュムの同僚の、ベテラン白タカ《精霊鳥》だ。鋭く鳴く。
『皇子セルヴィンが何者かに襲われて重傷! 老魔導士が、医療区画の、例の一角へ来るよう呼びつけている!』
――あの、今にも死にそうな虚弱児セルヴィン少年が、怪我!? ……重傷!?
唖然とする、白文鳥アルジーであった。




