幕間劇:雨の朝の悪童おいた、鳥使い姫の必殺技が炸裂す(前)
翌日。
早朝から、城門前の市場は賑やかだ。朝市をやっている。
日没と共に、おおかたの取引が終了する予定。
月に一度の大規模取引とあって、毎度、夜間まで延長するが……高速移動タイプの交易商人たちは、正午には出払い、港町や、その他の内陸オアシス諸都市へ向かうだろう。帝都方面へも。
夜じゅう、紗幕を閉め切った寝台から、発熱でウンウン言っている声がやって来ていた。さすがに白文鳥アルジーは気になって――心配にもなって、「ぴぴぃ?」と呼びかけたのだが。
少年の「入ってくんな!」という慌てたような返事や、ちっちゃな火吹きネコマタの『心配いらニャいのニャ』という解説が返って来る。
首を傾げながらも、白文鳥アルジーは、白毛ケサランパサランで出来た鳥の巣に「もちーん」と腰を据え、うつらうつらするのみであった。
――オーラン少年は、どうしたんだろうか? 夜が更けても、夜が明けても、帰還して来ない。相当、異常な状況なのでは無いだろうか。実は、不良少年だったとか?
オローグ青年やクムラン副官、鷹匠ユーサーは……ラーザム事件の再捜査で忙しい。老魔導士フィーヴァーも、夕食の後からずっと書庫に入っていて、何かを調べているところだ。オーラン少年については、色々と、何かを知っていて、それ程、心配していないように見えるけれど。
族滅の任務を帯びた刺客が接近して来ているのだろうか。示し合わせて対策しているという事だろうか……
――皆が皆、袖の中に何か秘密を隠している。
アルジーだって、精霊界の制約で誰にも言えない秘密を山ほど抱え込んでいるから、お互い様だ。アルジーは《精霊語》でしか発信できないし、白文鳥《精霊語》をよく聞き取れるのは鷹匠ユーサーだけだし。
それでも……奥歯にものが挟まったような、モヤモヤ感は、いかんとも……しがたい。
白文鳥アルジーは、つらつらと思案に沈みながらも、朝の小鳥の日課として、シッカリと水浴びをした。
伝説の怪談にも聞く《邪霊使い》御用達の、邪悪な大麻がもたらす石化『シビレル魔導陣』現象は、震えあがってしまうような体験だった。何があっても、小鳥の朝の習慣は守っておくに限る。
そして、前の日に覚えたばかりのバルコニーへの出口を、飛んで行った。
バルコニーの柵へチョコンと止まり、「スサー」と伸びをやる。バルコニーから見上げる、霧雨の舞う空には……雨季ならではの大きな雲群が漂っていた。
早朝の狩りへ出るのだろう白タカ《精霊鳥》の一団が、曇り空の中をよぎって行く。雨に濡れなかった岩陰などの下に潜む、小型《邪霊害獣》各種を狩り出すに違いない。
やがて、数羽ほどの白タカ《精霊鳥》が、その鋭い視力でもって、白文鳥アルジーの姿に気付いた様子だ。特に好奇心旺盛と見える若い2羽が、バルコニーまで舞い降りて来た。
『お早う、白文鳥アリージュ、銀月の。白タカ・ノジュムから聞いている』
『羽翼の準備ができている様子だが、市場のほうに、何か気になる事でも?』
白文鳥アルジーは少しヒョコリと首を傾げ。
『此処のオーラン少年、どこで何してるのかと思って。いつもセルヴィンの傍に居るっぽいのに、居ないんだよね』
若い白タカ《精霊鳥》2羽は、互いに顔を見合わせ。
『人類オーランの事か? ここに居る人類、白タカ・ノジュムと、その相棒が担当してたな、確か』
『白タカ・グリフィン一族のヒナが惚れ込んだと聞いてる。まだ産毛の。精霊契約、いや、未成年だった。名前を結べよ相棒、と迫ってる筈だ。そして、あちこち連れ回してる筈だ。人類オーランはシャヒン系やスパルナ系から遠い突然変異も同然だし、《精霊語》特訓中だし、各方面へ仁義を切るのは間接で、という訳にはいかんから』
『シャヒン王統の人類シャバーズ、この砦に来てるか? あの産毛の契約相手は注目の筈だ、白鷹騎士団としてもな。《青衣の霊媒師》占いで、此処、という「アストロラーベ星団の予兆」が出てたから』
興味深い情報の端々に耳を傾けていると、1羽が不意に市場に視線をやった。
『ゴロツキ邪霊《骸骨剣士》騒ぎが出たぞ、この退魔調伏の雨なのに』
『霧雨ほどに弱くなってるからか? 邪霊害獣も出現しているのか、様子を見てみよう』
白タカ2羽は、好奇心旺盛な若い個体らしく、サッと飛び立った。白文鳥アルジーも、つられて飛び立ったのだった。
――やはり翼があると、移動速度が違う。
あっと言う間に、市場の一角の、騒動の近くへ到達した。既に野次馬となった人だかりで密集している。
中心にあったのは……複数人用の、結構な大きさの水タバコ装置だ。ギリギリ法律に触れないという程度の、灰色な、大麻商売。『紅白の御札』に対する『灰色の御札』みたいな位置づけ。
2人のターバン男が、殴り合いケンカ真っ最中だ。
1人は、見るからにベテランの、表も裏も知るタバコ屋オヤジ。
もう1人は、超・富裕層の、甘やかされた不良ドラ息子と見える。贅沢ターバンに、豪華絢爛な長衣。ダークブロンド髪は、富裕層にふさわしく栄養や手入れが行き渡っていて、惚れ惚れするような素晴らしい色と照り。見れば、お肌もピカピカだ。
――この見事なダークブロンド髪のドラ息子、不自然だ。
ドラ息子の身体全身から、よろしくない濃度の大麻の、においがする。普通、こんなに体臭に出るほどに濃い大麻を吸っていたら、髪も肌も、ツヤツヤどころじゃ無い筈だ。どうやって、美容と健康を維持しているのだろう?
殴り合うたびに、粉末タバコ袋が、あっちへこっちへと跳ねている。
その粉末タバコ袋から、ギラッとした黄金色の細かな粉末が、モワモワと漂っていた。
ケンカ中の2人は、どちらも、その粉末タバコ袋を取り合っている。ボンボコ殴り合いながら。或る意味、器用な対決だ。
粉末タバコ袋から黄金色の粉末が舞うたびに、ぎらつく粉末を求めて《骸骨剣士》が沸いて来る。
そのたびに手練れの衛兵や傭兵たちが、《骸骨剣士》へ『退魔調伏』御札を貼り付けたり、退魔紋様を完備した三日月刀でバラバラにしたりと、忙しい。怪異現象の発生原因となっている、殴り合いケンカの取締りどころじゃ無い。
「こちとらクビ懸けて厳格に商売してんだ勝手に手癖の悪い拾いモノ薬物を持ち込むんじゃねえコノ野郎」
「いきなりアレ放り捨てるなんてなんてひどいオヤジだからゴロツキ邪霊が沸くんだよぉ」
「変な混ぜモノ《骸骨剣士》引き寄せ薬物『混ぜるな危険』のせいだろ灰色な商売こそ・ケチに・ガメツク・明朗会計じゃコノ野郎」
「このヤロゥたぁこのヤロゥたぁアタシを誰だと思ってんだぁ無礼オヤジィ……かくなる上は《魔導》の増強の拳でツブすぅ」
白文鳥アルジーが、真っ先に、粉末タバコ袋の異常な要素に気付いたのは、白文鳥《精霊鳥》ならではの鋭敏な感覚の賜物。
――あの粉末タバコ袋、絶対に《邪霊使い》御用達の大麻が混ざっている。アヤシイ物証として確保しなければ!
人間というモノ、「いちご大福」な小鳥は見逃しても、同じ人間がいきなり出てくれば、ビックリして一瞬、動きを止める筈だ。その隙に。
薄青く光る霧雨の中に、白文鳥アルジーは、人体《鳥使い姫》幽霊を投影した。
かつてコーヒー滓入り麻袋で日々鍛えていた、連打パンチと連続キックの腕前を披露する時だ。幽霊なので、物理的な打撃とはいかないが。
タバコ屋オヤジの肩に、白い長衣をまとう《鳥使い姫》がヒラリと舞い降りた。
「なんじゃこのスナギツネのネコミミ」
予想どおりギョッとして飛び上がる、ダークブロンド髪のドラ息子。
そこへ《鳥使い姫》幽霊が、派手な飛び蹴りの――技イメージを仕掛ける。
『きぇーい!』
「うほお」
見せ掛けの蹴りを避けようとして、ドラ息子は贅沢ターバンをズリ落としながら飛びすさった。
同時に、タバコ屋オヤジが、その渾身の拳が当たらなかったことに、ポカンとする。拳が当たらなかったのに、相手の身体が弾かれたように後退する筈が、無いからだ。
ドラ息子は、無様に倒れ込んだ。受け身が下手。盗賊に狙われる機会も多い富裕層のクセに、護身術の訓練を真面目にやらなかったのだろう。贅沢ターバンがほどけて、見事なダークブロンド髪が現れるや、泥付けになる。
そのドラ息子の全身から、ぎらつく黄金の微粒子が散り、かすかな異臭が立ちのぼった。
霊魂アルジーの目に、おぞましい邪霊の色をした糸が流れているのが見える。ぎらつく黄金の微粒子が、不気味な糸を吐いている。
あの不気味な「シビレル魔導陣」を構成する……いつか見た記憶のある、《邪霊使い》の、不気味な闇の色をしたカラクリ糸のように、うねっている。
――ぎらつく黄金の粉は……「シビレル魔導陣」の糸を吐く、邪霊植物の大麻成分だ!
この忌まわしい糸の流れだけでも、白文鳥の実体に到達する前に、この幽霊の力でストップしなければ。ストップできれば、だけど。
ううん、糸の流れを何とかするだけでは、絶対ダメだ。忌まわしい糸の発生源となっている、穢れた毛穴という毛穴、秘孔という秘孔を、怨敵調伏、徹底的に退魔調伏しなければ。
再び身を起こそうとする泥だらけのドラ息子へ、スナギツネ顔の《鳥使い姫》幽霊が飛び掛かった。
連打パンチの技イメージを浴びせる。高速で。
小さな白羽の形をした残像が、数多ブワッと出現して……まるで故郷シュクラの春の名物、花吹雪のように舞った。忌まわしく邪悪な糸と反応するや、もろともに《根源の氣》の煙となってゆく。
――意外に、この霊魂の連打パンチで、いけそう。ならば、霊魂の連続キックも……!
見物人という見物人が驚きに目を見張るような、高速の連打パンチと連続キックの技が炸裂した。たまに往復ビンタも。幽霊イメージ、ではあるけれど。
白文鳥の羽と見える、小さな白羽の幻影が――無数に舞っては、《根源の氣》の煙に変わる。
何らかの風圧めいた感覚はあるのか、抵抗しようとしてドラ息子が、メチャクチャに握りこぶしを振り回す。
それは、白文鳥アルジーの物理的実体を、直撃した。
――ゴン!
想定外の重い衝撃だが、構っていられない。宙に飛び上がっていた粉末タバコ袋を、小鳥の両足でキャッチすることに成功したのだから。
目を回してヘロヘロになりながらも……白文鳥アルジーは向かい側の屋台店の、パラソル型の紗幕の上へ向かって、死に物狂いで羽ばたいた。
近くで、あの若い個体の、白タカ《精霊鳥》の驚きの声がつづいている。
ケンカの場へ、巧みに割り込んで来た人々が数名ほど。
「このぉこのぉお『いちご大福』ツブしてやるぅう」
何やら魔法でも使ったかのように、ビョーンと、驚くほど高くジャンプして来たドラ息子。その手に、ガシッと、乱暴に掴まれた。
――ピンチ!
次の瞬間、白タカ《精霊鳥》数羽が、ドラ息子に一斉に飛び掛かった。
シミひとつ無く隅々まで磨かれた重労働を知らぬ手は、いまや白タカの鋭い爪の集中攻撃を受け、柔らかな皮膚が多数えぐれて、血だらけになった。贅沢な長衣も、あっちこっちへと引っ張られて、ビリビリと裂けてゆく。
「うぎゃーす」
ドラ息子の悲鳴。白文鳥アルジーをつかんでいた手から、力が抜けた。
四方八方から白タカ《精霊鳥》に攻撃されて、ドラ息子の身体が、再び泥へ突っ込む……バッシャン!




