誰もかれも袖の中に何か秘密を隠してる(4)終
一区切りになったところで、クムラン副官がテキパキと、現在進行中の捜査状況を説明し始めた。
「ともあれ、今朝の発見物証をそろえて、タフジン大調査官のもと、新たな事実が確定したから連携しとこう」
鷹匠ユーサーと護衛オローグ青年への連携が主で、藁クズ少年セルヴィン皇子は、皇族の権限上、傍聴する形である。老魔導士フィーヴァーは、《魔導》のほうで認識の食い違いがあれば、口を差し挟む担当だ。
――幽霊が傍聴するというのは、普通は無いのでカウント外であるが。シッカリ聞き耳を立てる白文鳥アルジーにして、人体《鳥使い姫》幽霊であった。
「ラーザム死亡事件は、殺人事件として帝都方面へ報告。赤毛男バシールとその妻は、あらためて事情聴取だ。大したことは聞けてないが、近いうち南洋沿岸で、灰色商売の店を取り締まる予定が入った。特命の取次ディロンは、取次を解雇された」
「ラーザム財務官の特命の取次業者ディロン解雇は、少し処分が重そうな気がするが」
「故ラーザム財務官ハーレム第三夫人を寝取った件が発覚したからな。第一夫人が、サクッとクビにした。係累の女性とは言え、さすが王侯諸侯の御怒り、というところだ。冷淡という評判の第一夫人だが、案外、第三夫人の名誉の保護に動いてる。第一夫人として、ラーザム死亡後のハーレム解体を指揮しなきゃいけない立場責任もあるんだろうが、たいした運営能力を有する女傑だよ。ラーザム財務官の葬式では、興味深い光景が展開するかもな。見物する価値はありそうだ」
藁クズ少年セルヴィン皇子は静かにしていたが、クムラン副官の報告に、注意深く聞き耳を立てているのは明らかだ。内容を半分以上は理解している様子で、帝王学をしっかり学んでいるのが窺える。
「第一夫人が、念のため第三夫人を問い詰めたところ、取次業者ディロン御謹製『黒ダイヤモンド取次契約書』が出て来た。要するに架空の黒ダイヤモンド事業へ投資させるという金融詐欺だな。取次業者ディロンは、ラーザム財務官の名前の威力を使って、ハーレム妻からもカネをちょろまかした疑いがある。なんでも、大きな黒ダイヤモンド発掘があって、その情報を売って大儲けするつもりだったらしい」
老魔導士フィーヴァーが、「この類の分野では、クムラン君はノリノリだな」と感心している。
昼食と連携が一段落し、クムラン副官は、袖の中から「コインのような物」を2個ほど取り出した。
「取次業者ディロンが色々と訳知りだったから、今朝の怪奇なブツと一緒に出て来た、こいつも見せてみたんだが。よくある賭場の換金コインの類だ。ディロンは、真顔で『知らない』と言って来た。少し前に港町で摘発した際に出て来た、大麻裏稼業の賭場なんかの換金コインのほうは、6種類もあったのを一目で見分けて来たんだがな」
卓の上に。
久々に、アルジーにとっては、見慣れたような気のする、あのコインが置かれた。
――濃色の、琥珀ガラス製の……賭場コイン。
藁クズ少年セルヴィンと、護衛オローグ青年が、興味津々な様子で、各々手に取り、表と裏を返した。
コイン型の表に刻まれているのは、古代の紋章のような雰囲気の……歪んだ目のような形をした刻印。
裏側には、古代書体《精霊文字》の数字。
――「916」。「917」。
『あの怪奇趣味の、賭場の……!』
――今でも、終わっていなかったのか。
忘れられない。忘れられるものか。
かの憎むべき従兄ユージドも参加していた、忌まわしい賭場を。
表向き、邪霊の仮面をつけた給仕たちがウヨウヨしていて、参加者たちは邪霊を模した石膏像だの酒壺だのを拝んで、踊って、唖然となるような大金をドブに捨てて。
その裏では、地下神殿の……あの『逆しまの石の女』が取り巻く忌まわしい黄金祭壇で、恐るべき生贄の儀式が、同時進行していたのだ。
いつしか、感情の波が、呆然自失がおさまり……
白文鳥アルジーと、人体《鳥使い姫》幽霊が、同時に、目をパチクリさせた。いつの間にか、白文鳥アルジーの頭に、警戒モードの冠羽がピッと立っていた。
卓の周りの、その場は……異様な雰囲気に満ちていたのだった。
緊急の雰囲気を感じていたらしく、『魔法のランプ』の口から《火の精霊》が現れ、ネコミミを出していた。
昼下がりの刻の筈なのに、何故なのか――周囲が――『暗い』。
そのことにアルジーが気付くや……何らかの緊張がフッと解けたらしく、『暗さ』が雲散霧消した。昼下がりの明るさ。薄青い雨が降りつづける音。
クムラン副官と護衛オローグ青年は、途方もなく忌まわしい光景を見た直後のように、青ざめて震えていた。鷹匠ユーサーも顔色が変わって……口を引きつらせている。
藁クズ少年セルヴィンが何か大声を上げようとしているのを、老魔導士フィーヴァーが、素早くさえぎった。
老魔導士フィーヴァーの鳶色の目は、油断の無い、鋭い光を浮かべている。
「先ほどの……暗い『黙示』は……《鳥使い姫》が、此処に来る前に目撃した光景じゃな? ――恐らくは、生前に見た、最期の光景と見ゆるが」
――私、何かしていたっけ?
まだ身体の震えがつづいている。白文鳥アルジーは、慎重に『魔法のランプ』を見つめた。同調して、人体《鳥使い姫》幽霊も、同じものを見つめる。幽霊のほうは、人体の意識に引きずられていたらしい。驚きのあまり卓に手をついて、立ち上がっている格好だ。
……『魔法のランプ』の口に灯っていた《火の精霊》のネコミミがピクリと震え、パチリと弾けた。
『降雨の銀幕に、霊魂の記憶を描き出して投影しておったのだ。ひどく動揺した時の霊魂がやる分裂現象だ。記憶も、その霊魂の構成要素ゆえな。「黙示録」という言い方のほうが、通りが良いであろうが』
ネコミミを揺らしながらも、《火の精霊》は慎重に説明し続けた。
『人類に達した「黙示」を繰り返しておこう。暗い地下神殿。邪霊の黄金の炎を灯す、1001台の魔法のランプ。《人食鬼》カギ爪から削り出した三日月刀。生贄の首を刎ねる作法でもって、それを振り上げる、黄金骸骨の仮面をした黒衣の巨漢』
――《精霊語》に習熟する老魔導士と鷹匠は、《火の精霊》の不気味な言及を、シッカリ受け取っている気配だ。幽霊《鳥使い姫》は、2人に向かって、無言でコックリと頷いてみせるのみだ。
やがて。
老魔導士フィーヴァーは、大きな息をついて、どっかりと椅子に座り直した。腕組みをして、つらつらと思案し始める。シワだらけの老練な面相は、いっそうシワを深くしていた。
「先ほどの、恐ろしく忌まわしき幻影は何なのか、とは敢えて問わん。その霊魂の傷――《人食鬼》裂傷をつくった事象じゃ。ゆえに精霊界の厳しい制約と限界が掛かっとる訳だ。その中で、一瞬だけ示唆して来た重大な『黙示』じゃろうからな。この謎を解くのは、我らの務めじゃ」
護衛オローグ青年とクムラン副官が、そもそものきっかけとなった琥珀ガラス製のコイン2枚を、薄気味悪そうに眺めた。
……《邪霊使い》関与を明らかにした、あの《三つ首サソリ》焼死体、怪奇な黄金《魔導札》、忌まわしい造形の使用済みボトルなどより、よほど重大な物証である――ということを直感するだけの、勘の良さはある……
「このコインと関係があるのは確かだな。数字『916』『917』、通貨にしては大きい金額だが……」
「取次業者ディロンでさえ知らなかったブツ、よほどの秘密結社か暗殺教団の類だろうぜ、恐ろしく秘密保持の巧みな。しかし《邪霊使い》御用達の賭場なんかあったかな? えてして《邪霊使い》というヤツ、大金に執着するくせして、経済活動や投資といった資産運用の類への宗教的嫌悪は、トチ狂った清貧至高主義の有象無象カルトと同じだ」
「ラーザム事件現場から、賭場で使うタイプの換金コインが出て来たのは事実だ。《邪霊使い》が使う小道具と一緒に。ということは、《邪霊使い》を捕まえて尋問する必要がある。もう1人の《邪霊使い》が居る筈だ……このジャヌーブ砦に」
「もげた刺客と同じようには捕まらんだろう、今まで捕まらなかったんだ。《邪霊使い》特有の薔薇輝石の目の区別、これでも自信あったんだが。潜伏に長けてるようだな。ラーザム財務官を殺害した訳だから、動機を持ってそうなヤツを洗い直すところから、やってみるか」
「月に一度の市場取引タイミングに合わせて殺害を実行した……頭が良い。大勢の商人や輸送業者が出入りする時期だ。砂の山から一粒の砂金を探し出すのと同じくらい手が掛かる」
藁クズ少年セルヴィン皇子が、そっと、人体《鳥使い姫》幽霊を眺めて来ていた。琥珀とも金色ともつかぬ眼差しに、なんとも言いようの無い、ギクシャクとした奇妙な表情が浮かんでいる。
白文鳥アルジーは、自分よりずっと年下な、少年の気分をほぐそうとして……
人体《鳥使い姫》幽霊の顔となっているスナギツネ面の細い目を、いっそう糸のように細くして、「え、えへ?」とばかりに、首をコテンとやるのみだ。霊魂は汗をかかないが、正直、内心、冷や汗ダラダラである。
程なくして、再び『魔法のランプ』の中に引っ込んでいた《火の精霊》が、ランプの口から、「ネコミミ炎」をヒョコリと現した。
現れたのは「ネコミミ炎」だけでは無かった。ランプの口から「ニューッ」とばかりに、ネコ全身の形が現れたのだ。手乗りサイズながら、キチンとした《火吹きネコマタ》ならではの、2本のネコ尾が付いている。
ヒラリ、と軽く卓上に飛び降りた、そのネコの形をした炎は……既にパチパチと燃える炎では無かった。子供の片手の中にも収まるような、ちっちゃなサイズながら、本格的な赤トラ猫の毛皮を完備した、堂々とした(?)子ネコの火吹きネコマタであった。
一旦チョコンと座って、片方の「ネコの手」をチョイと上げた……そのネコ姿は、さながら、聖火神殿の定番の土産物『招き猫の置き物』。縁起物インテリアにもなる、ミニサイズ彫刻タイプ護符。
戸惑い顔のセルヴィン殿下が手を差し出すと、ちっちゃな手乗りサイズの火吹きネコマタは、セルヴィンの指の上にチョン、と「ネコの手」を置いた。
アルジーが眺めてみる限りでは、何らかの不思議な絆でもって、セルヴィン殿下と《火の精霊》の間に意思疎通が成立しているように見える。
やがて、ちっちゃな《火吹きネコマタ》は、ヒョイと、少年の手の平に飛び乗り。つづけて少年の袖をトテテ、と駆けあがり。その肩に、堂々と、お座りしたのであった。
『今夜は少しばかり、その身体を改善するゆえ心せよ我が相棒セルヴィン。発熱に備えて冷湿布を用意しておくが良い』
――つまり、今朝、偶然にも手に入れた、美麗な赤毛ケサランパサラン大玉のエネルギーでもって、多少なりとも、健康が取り戻せるだろうということだ。喜ばしい明日を祝福するアルジーであった。




