誰もかれも袖の中に何か秘密を隠してる(3)
人体《鳥使い姫》幽霊の表情変化が意外に明瞭だったらしい。
黒髪の護衛オローグ青年が、吹き出し笑いをしそうな様子でアサッテの方を向いていた。
時に、表情は、万の言葉よりも雄弁。
見るからに骸骨さながらの虚弱児・藁クズ少年セルヴィン殿下が、ちょっと拗ねたのか、「健康になれば、私も割とやるほうだ……」と、ボソッと呟いたのだった。
――確か、白タカ・ノジュムの説明によれば、帝都大市場の偽造宝石ショップを摘発したという話があったような。オーラン少年と一緒に、2人だけで、帝都大市場の探検とか……
(まだ健康だった頃は、冒険者気質な、活発な少年だったのかも知れないな)
自分の幼い頃を思い出し、シンミリしつつ。
目下、『魔法のランプ』の中で神秘的な「お焚き上げ」作業中の、《火の精霊》による新たなエネルギー補給が順調に進むよう、祈るアルジーであった。
ついでに、セルヴィン少年のターバン装飾石となっている、気難しい護符《精霊石》と適合するような、精霊魔法の護符との巡り合わせも。
――こんなにゆっくり出来る時間、あまり無さそうな気がする。
良い機会だ。セルヴィン少年の抱えている生贄《魔導陣》の問題についても、聞ける範囲で、聞いておこう。アルジーの抱えていた生贄《魔導陣》の問題とは少し異なる様子だけど、情報交換を通じて、双方ともに得られるところは、ある筈。
人体《鳥使い姫》幽霊は、白文鳥アルジーの、つらつらとした思案作業に同調して、少しの間「何かを考えているところ」という定番のポーズをとっていた。若干、面を伏せている形だ。
程なくして、人体《鳥使い姫》幽霊がパッと面を上げて、鷹匠ユーサーへと語り掛け始めた。ちなみに、実際に《精霊語》で話しているのは、白文鳥アルジーのほうである。
『……セルヴィン殿下の、生贄《魔導陣》の解呪って、どうやりますの?』
「セルヴィン殿下に仕掛けられた生贄《魔導陣》は、呪術としては単純なものです。帝都皇族の政争が関わる分、事情が複雑化しておりますが」
自分の話題になったからか、藁クズ少年セルヴィン皇子は、クマのひどい目を大きく見開いた。次にきまり悪そうな顔になって、アサッテの方向に視線を泳がせ始めたのだった。健康であれば、頬が紅潮していたところだろう。分かりやすい。
鷹匠ユーサーの解説がつづいた。
「私は鷹匠であり、魔導士のように専門的に理解している訳ではありませんが……基本的には、生命力を吸い取っている存在を滅すれば、解呪となります。呪詛返し手法が有効です。ですが、相手が強力な守護精霊に守られている、あるいは強力な護符を有している、などの場合は、呪詛返しに対して返り討ちを受ける可能性があるため、危険です」
人体《鳥使い姫》幽霊がフンフンと相槌を打って、スラスラと応じる。
『被害者側で、呪術の作用を《一時的に遮断》、あるいは《細く薄く引き伸ばして遅延》、といった消極的な防護になる? 霊験あらたかな薬膳料理、毛髪の色を変える精霊の祝福を生命エネルギーに転換して補充、適合する精霊魔法の護符、出血や怪我をごまかす隠蔽用の御札……』
鷹匠ユーサーは不意に顎に手を当て、眉根を寄せて思案顔になった。
人類にとっては、相当にディープな《精霊語》が混ざっていたらしい。《鳥使い》が使う、白文鳥《精霊語》どころか……超古代『精霊魔法文明』伝統を引き継ぐ《青衣の霊媒師》が使いこなすような、最高難度の部類の。
鷹匠ユーサー自身の理解のためもあるのだろう、オウム返しの、帝国語への翻訳が挟まり。人体《鳥使い姫》幽霊と白文鳥アルジーとで、帝国語での概念と食い違う箇所を、チョコチョコと修正して。
セルヴィン皇子と護衛オローグ青年は、分かったり分からなかったり、という表情。
程なくして、鷹匠ユーサーが、深刻そうな様子で問い返した。
「……それ程に、慎重かつ厳重な防護を施す事例は、滅多に聞きませんが。《鳥使い姫》は、妙に重度・最重度の生贄《魔導陣》への対応に詳しいようですね。首元の《人食鬼》裂傷と関係あり、ですか?」
少しの間、緊張に満ちた沈黙が横たわった。
セルヴィン少年の生贄《魔導陣》が軽く発動したらしい。倒れるほどでは無いが、急に疲労が来たという様子で、セルヴィン少年はグッタリと息をついている。
察しの良い白タカ・ノジュムが、バルコニーの柵の上で振り返った。
『聞かないでやってくれ、相棒ユーサー。精霊界の厳重な制約があるゆえ、《鳥使い姫》は、その類に答えることは出来ない。いみじくも《火の精霊》が指摘したとおり、この世で最強のトラブル吸引魔法の壺を抱えている』
少しばかり長めに、白タカ・ノジュムの《精霊語》がつづく。
『いま退魔調伏の雨が降っている状態じゃ無ければ、もっと精霊の異次元空間が歪んで、深刻な『引き寄せ』が起きてるところだ。そこに、通り魔ゴロツキ邪霊《骸骨剣士》が沸いた。セルヴィンの生贄《魔導陣》発作が呼んだヤツだが』
白タカ・ノジュムの指摘どおり、路上で早速、空気を読まない通り魔《骸骨剣士》出現の騒ぎが始まっていた。
沸いて来た《骸骨剣士》は、20体から30体ほど。
清掃に来ていたスタッフが退魔調伏の御札を貼り付けて、無害な熱砂に変えているところだ。助っ人を買って出た通行人――衛兵が数人ほど加勢している。
騒ぎに気付いた、藁クズ少年セルヴィン皇子と、護衛オローグ青年が、目を丸くしてバルコニーから身を乗り出した……そして、眼下に展開している有り様を、呆然と眺めるのみだった。
白タカ・ノジュムが、ヒョイと、無表情で絶句している鷹匠ユーサーの肩に止まり。
『もしかしたら、《鳥使い姫》が所有しているトラブル吸引魔法の壺が役立つかも知れんから、言っとこう』
人類同士のやりとりに比べて、《精霊語》は高速だ。人類の目で見ると、白タカと白文鳥がチラリと視線を合わせた、という程度の変化。
『老魔導士の言及のとおり、セルヴィンの生贄《魔導陣》に関して、5人の魔導士クズレが死んでいる。つまり現在、セルヴィンの生命力を吸い取っているのは、例の酒姫含めて5人、居る。この機に乗じてセルヴィンの生命力を盗みはじめた「相乗り」4人が、皇族とのアタリは付いてる。皇族政争の件もあるし』
『ひどい話ね。5人でよってたかって、14歳の少年の生命力を《生贄》魔導陣でもって、ドンドン吸い取って……それで、セルヴィンが瘦せ衰えて死んでしまっても、構わないという……酒姫と皇族4人……全員で5人。まとめて、呪詛返しにするとか?』
『酒姫はともかく皇族4人は、強い血統と護符が存在するゆえ、呪詛返しは難しい。目下、手段はふたつだ。ひとつ、セルヴィンの生命力を、奴らの吸い取り速度を超えて上積みするか。ふたつ、適合する精霊魔法の護符を装着するか。人類の身体は都合良く出来てないから、適合する精霊魔法の護符を探すのが有望。だが、《鳥使い姫》の問題に比べて、はるかに簡単な手順で解呪できるのは確かだ』
白タカ・ノジュムの説明が終わる頃には、既に、ゴロツキ邪霊《骸骨剣士》すべて退魔調伏が済んでいた。
路上は、みるみるうちに、日常の平穏を取り戻していった。
程なくして。
クムラン副官と老魔導士フィーヴァーが、帰還して来た。一区切りついたらしい。路上の通りからバルコニーのほうを眺め、手を振り。しかる後に、バルコニーまで上がって来たのだった。
――オーラン少年は、相変わらず姿を見せない。
「また《骸骨剣士》の群れが沸いたって聞いたぞ、オローグ殿。あちらさんも、なかなか飽きないらしいな」
「クムラン殿。気になる情報を仕入れたばかりなんだが、例の団体の、裏金と二重帳簿の事件、まだ正体が分かっていない謎の大金の移動が記録されていただろう。もしかしたら騎士団の訓練所の免状を悪用する手口かも知れん」
「訓練所の免状の悪用? なんだ、その手口は?」
「正規品の証明書を偽造して高値転売するのと似ている。傭兵の調達と重なり合うところがある分、取引市場は意外に大きそうだ。ヘタしたら帝国全土だ」
「訓練所の免状で、そんな方法あるのか? 騎士団の訓練所、対《人食鬼》戦力の人材発掘を兼ねてる筈……あ、カネに目が眩むヤツは、やるな……ツテや、抜け道があれば」
護衛オローグ青年とクムラン副官は、諸侯クラスの宮廷社交の中で出逢い、帝都のどこかの部署で同僚となり、親友になったというだけあって、気が合う様子だ。
しばし、青年2人で、隅のほうでゴニョゴニョした後。
話がまとまったらしく、2人は卓へ戻って来た。
クムラン副官は若者らしく腹を大いに減らしていて、卓につくなり、豪快に食事し始めた。
昼食は、市場で買い込んで来たものだ。護衛オローグ青年の分もある。オーラン少年とは、何やら『ご存知の場所』で落ち合ったとの事で、差し入れ済とのこと。
健康な男性の食欲ぶりに、白文鳥アルジーは、あらためて感心するのみだ。




