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風塵、急を告げる頃(3)

翌日、所用があるということで帝国伝書局・市場バザール出張所を早退して……


昼下がり。アルジーはホクホク顔で、革袋を開いていた。


いつだったかの新顔の男性客が置いていったカネを、改めて数える。


「カネだ、カネ。がっぽり儲かってる。当座の小遣いだけ分けておいて……じゃ、行こうか、パル」


「ぴぴぃ」


アルジーは相棒の白文鳥《精霊鳥》パルを頭部ターバンの上に止まらせ、市場バザールの行き付けの金融商へと、歩みを進めた……


*****


……市場バザールをにぎやかに行き交う人々の波を抜け、やがて、目的の街区に到着する。


商館や役所と近いこともあって、堅実な雰囲気のある中堅の店舗や会館、集合住宅や公衆浴場が並んでいた。うち幾つかは広い敷地を誇り、噴水つきの中庭を持っているところもある。


複数階層を持つ建物からバルコニーが広く張り出していた。貴重な緑の彩りと共に、日陰を提供している。陽射しと暑熱のきつい午後、こんがりと熱せられた地上の街路ではあるけれど、砂嵐が収まった今は、街歩きはそれほど苦痛では無い。


ところどころで、両側の複数階層の店舗が協力して、超大判の紗幕を通りの上に張りわたしている。商品保護と客寄せを兼ねた即席のパラソルの陰では、日陰を求めて立ち止まった通行人たちが、両側の店舗の細々とした多彩な品々をチラチラと見物したり、立ち話をしたりしていた。


生成り色や、その他のターバンを巻いた各種の店スタッフが通りに出ていて、客への対応をしたり、頼んでいたと思しき種々のロバ荷車の運搬品を検品したりしている。その横を、いましがた到着したと思しき隊商キャラバンのラクダたちが、隊商キャラバンスタッフの持つ引綱による誘導に従って、ゆっくりと商館の中庭へと向かっていた。


……その街区の商館広場の角に、到着してみると。


馴染みの金融商の店先で、10名ほどがたむろしていた。新しく商館に到着したと思われる隊商キャラバンの傭兵たち。


傭兵たちは戦士の定番の装い、迷彩ターバン姿。2人ほどが、大きい耳を持つ鬼耳族。マントの隙間からのぞく革鎧や鎖帷子は、砂漠の邪霊や怪物との激闘の痕跡でいっぱいだ。最近この辺りで発生した砂嵐には、確実に巻き込まれただろうし、とりどりの武器も合わせて半分以上は、修理や整備が必要だろう。


金融商オッサンは、持ち込まれていた帝国通貨――それも最高額の大判を、両替のためのはかりにかけて慎重に確認していた。見るからに、細かく取り崩しているところだ。


隊商キャラバンメンバーたちは、砂漠を渡る危険な旅に一区切りついて、これから城下町で装備の手入れをしつつ、羽を伸ばすのに違いない……


その時、広場の別の角で、ワッと騒ぎが始まった。


各種穀物の入った大籠や香辛料の大樽などといった物陰で、鬼ごっこやかくれんぼをしていたと思しき小さな子供たちが、パニックを起こしながら転び出て来る。


「で、出たぁ、《骸骨剣士》だぁ!」


――私のことか!?


アルジーはアワアワしながらも、退魔紋様の汲み置き水壺が集まっている「公共の水飲み場」へと、しゃがみ込んだ。


一定距離ごとに離れた井戸からオアシス水を汲み上げるのは大変なので、街路のあちこちに配置された「公共の水飲み場」は、近所の主婦たちが特に重宝する施設。


今しも、濾過ろか済みの新しい水壺を追加していた水汲み人足が、急に座り込んだ『骸骨顔』に気付き、ギョッと息を呑んだ。


水汲み人足は、咄嗟に『退魔調伏』御札を貼り付けた魔除け仕様の棍棒を手に取ってみたものの……アルジーが退魔紋様の真ん中に居て平然としているのを見て、邪霊のほうの《骸骨剣士》では無いと納得した様子である。


「おい、《骸骨剣士》が、そっち行ったぞ!」


子供たちと数体のゴロツキ《骸骨剣士》との追いかけっこが始まっていた。


数体の《骸骨剣士》が三日月刀シャムシールを振り回すたびに、刀身が当たった勢いでもって、商品を入れてあった木箱の山が次々に崩れていく。行く先々の人々も、ゴロツキ邪霊の接近を恐れて逃げ散り始めている。


広場に繋がれていたラクダたちが驚き、「ベルベルブェェー」と騒ぎ出した。ドカドカと足を踏み鳴らし、《骸骨剣士》たちにツバを吐きかけて、遠ざけようとしている。


大型の邪霊などに統率されていない《骸骨剣士》は、邪霊としては最弱。不意打ちを襲えば一般人でも倒すのは可能。だが、人体サイズを少し上回るうえに、剣士と称されるだけの勢いでもって三日月刀シャムシールを振り回す。危険であることには変わりない。


近所の人たちが手頃な石を投げ始める。邪霊たる《骸骨剣士》には、それ程のダメージを与えられていない。


「お巡りを、衛兵を呼んでくれ! 早く! 確かずっと先の大通りに――」


「行け!」


金融商の客となっていた隊商キャラバンの傭兵団リーダーのものと思しき、鋭い指令が響いた。よくとおる声だ。


隊商キャラバンの傭兵たちが、三日月刀シャムシールを構えて飛び出し、子供たちと数体のゴロツキ《骸骨剣士》の間に割って入る。明らかに、熟練の退魔対応の戦士の動き。


ひとしきり剣闘が続き……そして、あっと言う間に《骸骨剣士》のバラバラになった残骸が、転がったのだった。


近所の人たちが、土嚢袋を持って集まって来た。砂嵐災害の備蓄用のものである。


バラバラになっても、なおも元の形に結びつこうとピクピク、ガシャガシャとうごめく《骸骨剣士》の残骸を入れ、聖火神殿から発行されている紅白の御札『退魔調伏』をペタッと貼る。次に土嚢袋を開くと、残骸は熱砂のような不活性の粉末になっていた。これで処理完了。あとは砂漠に撒くのみだ。


――たまにギョッとするけど、日常の突発事件。通り魔と交通事故が一緒になったようなもの。


災厄が片付いた後の市場バザール周辺は、見る間に、普段のにぎやかさと落ち着きを取り戻していった。


広場のスタッフたちが集まり、あちこちで崩れていた商品の山が、次々に元の位置へと移動してゆく。追いかけられていた子供たちも商品の陳列に駆り出されていたスタッフであり、大人の間をちょこまかと駆け回り始めた。


ひと仕事終えたという風の隊商キャラバンの傭兵たちが、目をパチパチさせている金融商オッサンに、訝しそうな顔を向けた。


「何で衛兵が来ないんだ? 普通、近所の見張り塔に常駐してる筈だ。そこの見張り塔、無人なのか?」


「ふへ。東帝城砦の財務状況が怪しくてね。事業仕分けに次ぐ事業仕分けで、衛兵の数が激減してるんです。東方総督トルーラン将軍と御曹司トルジンの親衛隊メンバーは増えているんですがねえ。こうなると、退魔対応の警備員を、傭兵組合のほうから調達する必要もあるかも知れませんな。ともあれ、退魔にご協力いただき、御礼申し上げますよ」


やがて、金融商オッサンの両替作業が再開した。


多種多様な色ガラス製コイン型の重石ウェイトが、次々にはかりに載せられてゆく。


アルジーが、邪魔にならないように近くで様子をうかがっていると、金融商オッサンが気付いたようだ。


見れば、金融商オッサンの店の吊り看板で、『いちご大福』さながらの白い小鳥が1羽「ぴぴぃ」と、さえずっていたのだった。


パルと親しい、パルの種族の白文鳥《精霊鳥》だ。


「お得意さんがいらした。ちょっと番頭さん、スタッフ呼んで両替を続けなさい」


「かしこまりました、頭取。あぁそこの若いの」


「へいっす」


手慣れた風で隊商キャラバンへの接客を引き継ぐ、ごま塩頭の番頭。番頭に手招きされて、若い赤毛スタッフ青年が出て来た。


隊商キャラバンの傭兵たちがザワザワしつつ、その辺の段差や縁石をベンチとして腰を下ろし始める。


鬼耳を持つ傭兵の1人が、何かを聞き付けたように頭の向きを変え、その方向を指さした。


「あれ、お得意さんって人かな?」


若い赤毛スタッフ青年が目をパチクリさせながら、その方向を注目する。


「どう見ても彼……男だが。へいっす?」


淡い髪色の男性客が1人、アルジーとは反対側の通りから、金融商オッサンの店に近づいて来ていたのだった。いきなり「へいっす」と声を掛けられて、目をパチクリさせている。


――あの淡い髪色の男性客は、見覚えがある。


この頃、見かけるようになった人だ。ドキリとするくらいには、整った顔立ち。ターバンの金属ブローチの意匠が、シュクラ王国の紋章。しかも宝玉付き。あのシュクラ青年は、元・貴公子なのだろう、と思う。


少し眺めていると……ごま塩頭の番頭が、赤毛スタッフ青年を、ぺちんとやった。


傭兵たちが面白がったようで、ドッと笑い声が湧く。


「応対は私がやります。そこでチマチマ両替しながら見て覚えなさい、まったくもう……ご来店ありがとうございます。ご用件おうかがいいたしましょう」


「あぁ、どうも……実は、中古の精霊雑貨の取引記録を追っておりまして……昔、家宝の流出があったもので」


この貴公子風のシュクラ青年、赤毛スタッフ青年の「へいっす」とかの言葉遣いが『ちょっとカチンと来る』というくらいには、気になっていたらしい。きれいな言葉遣いをするごま塩頭の番頭さんに代わって、あからさまにホッとした、という苦笑いを見せている。


7歳の時の記憶が最後だから、あまり覚えてないけれど。あの貴公子風のシュクラ青年、雰囲気とか空気感とか……従兄あにユージドに似ている気もする。


――彼に話しかけてみようかな。本当に従兄あにユージドだったら……


アルジーの、《骸骨剣士》さながらに肋骨のクッキリ浮いた胸が、ドキドキし始めた……


……と、不意に。


赤毛スタッフ青年がアルジーの接近に気付いて振り返り。ギョッとした顔で、腰の短刀に手をかけつつ……固まっていた。


「……え、《骸骨剣士》が、もう1体?」


「お、おぅ。いや違うけど」


首をブンブン振り、革袋をシッカリ抱き締める。


「ぴぴぃ」


ターバンの上で目を回したらしいパルが、抗議するようにピョコピョコ飛び跳ねていた。


――いまは現金を持っていたんだ。こっちのほうが、重要。


「本日もご来店ありがとうございます」


金融商オッサンが、いつものように営業スマイルを浮かべ、滑らかな所作で一礼して来た。手慣れたプロならではの誘導で、ホッと息をつく。


パルと、店の吊り看板に居るパルの友達とが、『こんにちは~』と《精霊語》で挨拶している。見た目は、2羽の白文鳥が「チチチ」と鳴きかわしている風。


隊商キャラバンの傭兵団と、赤毛スタッフ青年の……驚きの眼差しが集中して来るのを感じる。


「骨格標本が服着て歩いているのかと思ったぜ……」


「あれで《骸骨剣士》じゃないって、え、ぜってぇ、嘘だろう」


「じゃあ、あれか? あのピヨピヨ『いちご大福』のって、あれなのか?」


アルジーは、金融商オッサンへ確認の質問を投げた。用心しつつ、小声で。


「お邪魔じゃ無かった? あの赤毛スタッフさん、前回は見なかったから……新しく入った新人でしょ?」


「なんの。あれはクバル君と言います。特急の隊商キャラバンに付いて来れるくらい体力あるから、有効活用しないとね。臨時収入ありましたかね、どれくらいになるかな、ふっふっふ」


アルジーが持ち込んだ革袋に熱い眼差しを注ぎ、手をワキワキさせる金融商オッサンであった……

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