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誰もかれも袖の中に何か秘密を隠してる(1)

正午。昼食の刻になっても、オーラン少年は帰還して来なかった。謎だ。


白文鳥アルジーは窓際に寄って、あの覆面ターバン少年の姿を探していた。故郷シュクラ近辺の出身であることは相当に確実だから、それだけに気になる。元・シュクラ王国の第一王女として。


あまりにも白文鳥アルジーが窓に張り付いているものだから、藁クズ少年セルヴィン殿下にも、察するところはあった様子だ。


「えっと、上にバルコニーがあるんだ。屋根は付いてる。《鳥使い姫》、そこへ行ってみる?」


「ぴぴぃ」


そして、その選択は鷹匠ユーサーの肩に止まっている白タカ・ノジュムにとって都合の良い選択であったらしく。鷹匠ユーサーも、ひとつ頷いて、付き添って来たのだった。護衛オローグ青年も共に。


昼食時間帯、その部屋が空くと言うことで、熟練の清掃スタッフに入ってもらっている。特に白鷹騎士団のほうで用意された清掃スタッフだ。


清掃や洗濯で特に役立つ、黒毛・青毛ケサランパサランを大量に持ち込んで来ている。各々の毛玉は、特製のハタキやホウキに、しっかり取り付けられた状態だ。


スタッフたちは、訳知り顔で、老魔導士フィーヴァーの「すさまじいほこりの地層」になっている物置にも立ち入って、徹底的にほこりをかき出し始めた。放置されたままの洗濯物も次々に発掘し、洗濯カゴへ詰め込んでゆく。


*****


いかにも医療施設の付属という風の、簡素なバルコニー。


その一角で、多種類の医療用ハーブ束が乾燥のために干されている。この雨天では、乾燥が進むのは遅くなりそうだが。


バルコニーに据え付けられてある、砦ならではの野戦仕様の卓と椅子が当座の昼食の場となっている。


卓の上に、一緒に持ち出されたセルヴィン皇子の『魔法のランプ』が安置された。ランプの口から、白に近いほどに淡い金色の光が見える。せっせと、あの美麗な赤毛ケサランパサランの大玉を「お焚き上げ」しているところだが……人類にとっては、謎の神秘的な作業なのであった。


白文鳥アルジーは、セルヴィン殿下の手の平から降り、『魔法のランプ』を一周して様子をうかがった。《火の精霊》は神秘的な作業に没頭しているところだ。うんともすんとも言わない。


ついでに感覚領域の補助を思い出して、バルコニーの近くに立つ人体の霊魂イメージをポンと出す。ネコミミ付ベール、スナギツネ顔、《鳥使い》装束をまとう半透明の姫君の幽霊である。その霊魂イメージの肩の位置で、本体である白文鳥アルジーは、フワリと風に乗った。


断続的に、《水の精霊》宿る降雨がつづいている。かすかな薄青さを帯びる空気。


訳知り顔の白タカ・ノジュムが隣にやって来てバルコニーの柵に腰を据え、そこにやって来た白タカ《精霊鳥》4羽ほどと、何かしら《精霊鳥》同士の会話を始めた。同僚の白タカ《精霊鳥》なのだろう。


白文鳥アルジーは人体の霊魂イメージを操作し始めた。人体《鳥使い姫》幽霊が、バルコニーから、ゆっくりと城下町を眺め始める。


比較的に砦の高所にあるバルコニーからは、城下町の様子がよく望める。雨天対応のため、方々の屋根の上に、防水仕様の大判の紗幕が掛かっていた。あちこちの屋根の上に掛かった色とりどりの紗幕が、お祭りのように華やかな印象。


紗幕で守る程ではない、衛兵の詰め所といったようなところでは結構な雨漏りがあるようだ。水瓶や水桶を持った交代要員が、一定時間を置いて、城壁の外や下水溝へ雨漏りの水を流していた。


特に広い空間を持つ城門前の広場では、月に一度の市場バザールが立っていて、大勢の商人たちや、砦の住民たちで賑やか。ビックリするほどの、女子供たちの数。チラホラと、紅の長衣カフタンと黒の長衣カフタン。神官と魔導士。


ひとしきり、キョロキョロしてみたが……やはり、オーラン少年らしき姿は、無い。潜伏しているらしい。


――ラーザム財務官の死亡現場の再調査は、オーラン少年も興味津々だった筈だ。まだ疲労の取れない身体をおして、夜を徹して話し合いに応じていたくらいなのだから。それなのに、現場の再調査の途中で、急に何処かへ行ってしまったのは、何故なのだろうか?


ふと気が付き……振り返ると、藁クズ少年セルヴィン皇子も、鷹匠ユーサーも、黒髪をした護衛オローグ青年も、興味津々な眼差しで、降雨の中の幽霊として投影されている《鳥使い姫》を、しげしげと眺めていた。


白文鳥アルジーが目をパチクリさせると、人体の幽霊も同調して、スナギツネ顔ならではの細い目を、パチクリさせる。


『座りますか、《鳥使い姫》?』


鷹匠ユーサーが椅子を引いてくれたので、それに応じて人体《鳥使い姫》の幽霊イメージを更に操作する。


――やっぱり、金融商オッサンの店に居た、ごましお頭の番頭さんを、とても彷彿とさせる人だ……と、シミジミと思うアルジーであった。


人体《鳥使い姫》幽霊が王女ならではの優雅な所作で一礼して、椅子に静かに腰かける。さらに卓の上に置いた幽霊の手に収まる形で、本体・白文鳥の身を「もちーん」と据えた。


かつては人類のひとりであった身だ。こうした方が面倒な説明が要らなくて便利ということは、身に染みて感じるところである。


この中では、ほぼ同い年――護衛オローグ青年が、感心したような顔で喋り出した。


「ネコミミ付スナギツネ顔、見るからに《火の精霊》の傑作ですが……生前は、帝都宮廷で1位、2位というような絶世の美姫だったのではないですか。半透明なうえにベール越しだから、判断が付きにくいですけど、総白髪じゃなくて、銀髪、ですね? 宮廷社交に出ていれば、同年代ゆえ会見する機会もあったかと思いますが、記憶に無いので、どうにも……帝都宮廷の参上記録にも無いようですし」


――人生に無い要素の連続だから、この場合、どう応じるべきなのか思いつかない。まして、精霊界の奇妙な制約があって、否とも応とも、返すのは難しい。


白文鳥アルジーは困惑して、小鳥の足で、シャシャシャと頭をかき出した。人体の幽霊は、困惑顔をして首をコテンと傾げる形だ。


――銀髪。


不意に、ピンと来る。


噂の酒姫サーキイは、「銀髪の輝きが衰えた」という身勝手な理由で、《邪霊使い》刺客アサシンと組み、オーラン少年を襲おうとしていたと言う。実際に危害を受けたのは、オーラン少年と入れ替わっていた、セルヴィン殿下であったが。


――生贄《魔導札》を、銀髪持ちの標的に貼り付けて、その銀髪の輝きを強奪する方法は、確かにある。幼い頃のアルジーも、生贄《魔導陣》の発動でもって、母譲りの銀髪を持っていかれた……と、オババ殿が説明してくれた。アレだ。


一般的に狙われるのは、《火の精霊》祝福の、紅玉ルビーのような紅髪の色と輝き、が多いけど。


『銀髪と言えば、オーラン少年は、噂の酒姫サーキイが目を付けるような銀髪を持ってるの? 包帯で覆面だから、分からないけど。薄い色の茶髪だったような……?』


きょとんとする護衛オローグ青年とセルヴィン殿下であった。《精霊語》が通じていない。


訳知り顔で受け答えしたのは、白文鳥《精霊語》もよく聞き取る、鷹匠ユーサー。


「お尋ねの件は、オーラン君が銀髪を持っているかどうか、ですね」


白文鳥《精霊鳥》の身体に憑依しているのが、帝国語の教養もある人類の霊魂であって、人類の言葉で話しかけても問題ないという事情を踏まえ。鷹匠ユーサーは帝国語で説明し始めた。《精霊語》を解しないセルヴィン殿下と護衛オローグ青年への、情報共有も含めてのことだ。


「もちろんオーラン君は、銀髪を持っております。例の酒姫サーキイの見事な総・銀髪という風では無く、ひと房、という形ですが……先祖代々の精霊契約による、永続性のものと聞いています」


『あぁ……狙われても不思議じゃないわね。銀髪といえども、年取ったら、普通に白髪が増えるから……酒姫サーキイは、もしかして元々は《鳥使い》?』


「例の酒姫サーキイの名は、アルジュナ。スパルナ部族の出身です。本人は《精霊語》を習得しておらず、《鳥使い》どころか鷹匠の候補ですらありません」


『スパルナ部族って?』


「先祖に多くの《鳥使い》を持つことで知られる部族です。白文鳥の《鳥使い》は珍しくなったものの、まずスパルナ系を考えます。《鳥使い姫》の装束もスパルナ系ゆえ、そこの出身かと思っておりましたが……」


そこで、「白鷹騎士団では良く知られている基礎知識」とのことで、少し補足説明が入った。


鷹匠ユーサーに言わせれば。


――《鳥使い姫》が、最高難度クラスの白文鳥《精霊語》を駆使しておいて、《精霊鳥》と関係の深い諸部族の基礎知識ゼロ、という事実が信じられないのだ。


白タカ・白ワシ《精霊鳥》の営巣地は限られていて、鷹匠や《鳥使い》を伝統的に輩出する部族も、その地域に片寄っている。


主流はシャヒン部族とスパルナ部族である。たまに傍系の氏族から、散発的に。


シャヒン部族は先祖に多くの《鳥使い》を持たなかったものの、古くから白タカ・白ワシ《精霊鳥》と共に、騎馬の民として狩猟・遊牧移動して来た歴史を持つ。すぐれた鷹匠の素質を持つ者を、安定して、数多く輩出する。


白鷹騎士団の鷹匠メンバーは、ほぼ、シャヒン・スパルナ出身で占められている――シャヒン部族の出のほうが多い。必然、白鷹騎士団の団長は、シャヒン王が兼務している。


シャヒン・スパルナ、いずれの城砦カスバも、それぞれ有力な王侯諸侯を擁する。《風霊王》の御使い、白タカ・白ワシ《精霊鳥》の祖とされる『鳥の精霊王』――純白の巨大な鷲獅子『リューク』紋章を共有する。


鷹狩の道具類、ドリームキャッチャー護符、羽翼紋様の織物や絨毯などを専門に製造する《魔導》工房を持つ。伝書バトの繁殖と訓練や、白文鳥《精霊鳥》の捕獲と販売も、民間の主力ビジネス商品である。


白文鳥《精霊鳥》の捕獲と販売ビジネスがあるのは、白文鳥《精霊鳥》はとりわけ感覚鋭敏であることが知られていて、火事の検知や鉱山の有毒ガス検知、落盤の予測などで需要が大きいためである……


「かの酒姫サーキイは、元は白文鳥《精霊鳥》の捕獲と販売を扱う民間業者の青少年スタッフでした。青少年によくある『度を越した悪ふざけ』の類で、或る残酷な方法を使って白文鳥《精霊鳥》の精霊エネルギーを大量に強奪すると、総・銀髪になると気付いたようです。それからですね。白文鳥《精霊鳥》捕獲の技術を悪用して、その精霊エネルギーを吸い始めたのは」


……フンフンと相槌を打つ、半透明の人体《鳥使い姫》幽霊であった。


「スパルナ王は、白文鳥《精霊鳥》を害する行動を良しとせず、族長の権限の及ぶ精霊契約の一種をもって、彼を部族から《絶縁》しました。しかし、その後も彼は、白文鳥《精霊鳥》の精霊エネルギーをますます大量に吸い取り……上京して、帝都の酒姫サーキイとして成功しています」


『聖地巡礼を希望する程度に反省するどころか、逆にねじ曲がって、禁術の生贄《魔導札》にまで手を出した……砂漠の砂は尽きるとも、世に悪の種は尽きまじ、ってところね』


――いまは憎むべき不倶戴天の敵、従兄あにユージドが思い出される。ユージドも、平然と嘲笑していた。何の罪も無い白文鳥《精霊鳥》が、生贄《魔導札》の巻き添えで、骨と皮になって死にかけたのに。


話に聞く銀髪の酒姫サーキイが、どんな理由があったにせよ、従兄あにユージドや御曹司トルジンと同じように、性根が腐れ果てた人物なのは、確実だ。


オーラン少年が「外道」と言いつのった訳が、やっと理解できた。


あの《魔導》カラクリ人形……老魔導士フィーヴァーの作業机の下にあった棺桶の……人工銀髪をした人形は、その酒姫サーキイがモデルなのだ。


いつだったか、アルジーが入ってしまった結果とはいえ、『酒姫サーキイ人形』が動いた時は、さぞビックリしただろう。


――それにしても、名前『アルジュナ』。本名『アリージュ』や性別詐称・男『アルジー』と似てる名前だ。


たぶん、それもあるのだろう。いきなり《魔導》カラクリ人形を動かせたのは。


老魔導士フィーヴァーが、あの人形の名前を「アルジュナ号」と言ってたし。

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