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雨がふる 角部屋の事件の謎を追う(4)終

覆面ターバン少年オーランの――不意打ちの、不可解な行動。


白文鳥アルジーが、ヒョコリと首を傾げていると。


新しく、やってきた人があった。カシャカシャと連なる金属音と共に。


「これは老フーボボ殿。こんなところで、奇遇でございますな」


異国風の八の字のヒゲが目立つ、小太りの文官姿の中年男だ――ラーザム財務官の金庫番ドニアス。先ほどの金属音は、サッシュベルトに吊られた数々の鍵束のものだ。


そして驚く事に、故ラーザム財務官のハーレム第四夫人アムナを、エスコートしていた。喪中を示す濃色ベールを慎ましくまとっている、年齢不詳という印象の、黒髪の美女。


「まっこと奇遇じゃな。文官ドニアス君とやら、じゃったかの。お連れは、どなたじゃ?」


「はぁ、亡きラーザム財務官の第四夫人アムナ様で。どうしても御夫君の死亡現場をご自分の目で確認したいとおっしゃられて、それで、こうして」


見張りの兵たちは、戸惑った顔でキョロキョロしていた。小声で、「あの幽霊が消えた?」「雨が上がったからだろ?」などと言い交わしている。


――降雨は霧雨も同然に薄くなり、いまや、すっかり晴れ上がっていたのだった……ネコミミ付スナギツネ面をした姫君の幽霊は、かき消えた状態となっていたのである。


老魔導士フィーヴァーは、見張りの兵たちに紛れている一般軍装姿の鷹匠ユーサーと、その肩に止まっている白文鳥アルジーを確認して、素早く頷き……


「それなら、ちょうど良い時に来たもんじゃな、文官ドニアス殿よ。たった今、この事件は殺人事件であったと確定したところじゃよ」


「さ、殺人事件ですと?」


「おお!」


文官ドニアスは無地の赤茶ターバンをズリ落とす勢いで飛び上がり、アムナ夫人は口に手を当てて絶句していた。


たたらを踏んで後ずさった、小太り文官ドニアスとぶつからないように……護衛オローグ青年が、藁クズ少年セルヴィン皇子を素早く移動させる。


「徹底的に、『石落とし』仕掛けを調べてみるとするかの。クムラン君、《精霊象》と《象使い》に声を掛けてくれ。哀れなラーザム殿のように、万が一にも間違い事故があってはいかんからの」


「合点でございます、老魔導士どの。じゃあ《象使い》どの、聞いたとおり――」


その言葉も終わらないうちに、中堅男《象使い》が血相を変えて、走り込んで来た。その後ろのほうでは、何やら《精霊象》が「ぱおー(ツブす!)」と咆えている。


「てぇへん、てぇへんです、クムラン副官どの。あの石の山どけてたら、ヤバい怪奇モンが。なんか、怪しいボトルと、黄金の御札の、化け物のような。《精霊象》が興奮して……腹を立てて、踏みつぶそうとしてます。婆サマが抑えられてるうちに、見て頂けませんかね」


クムラン副官と老魔導士フィーヴァーは、すぐに駆け付けた。ついで鷹匠ユーサーも。


あの日、誤作動を起こしたという『石崩れ』仕掛けの段差の傍だ。


老女《象使い》が、熟練の技術でもって、引綱と指示棒を何度もたたき、《精霊象》の巨体を後退させる。


――ゴロゴロした石の間に、魔性にぎらつく黄金色をした、明らかに異形のブツが見える。


ひとつは、宴会用の大皿サイズほどの黄金《魔導札》。


その御札は、不気味な術を発動した後らしく、醜怪な火ぶくれのようなものがブツブツと出来ていた。加えて、カッと開いた《邪眼》のような形の、暗赤色のレリーフ状の盛り上がりが、3個。


もうひとつは、まさに「怪奇なボトル」。


元は御神酒を捧げるための、祭祀用の琥珀ガラス製ボトルだ。片腕でヒョイと抱える程度の大きさの其れは、全身に、忌まわしい異形の触手紋様と、おぞましい歯牙を生やした《人食鬼グール》の口のような造形を、多数くっつけている。


うやうやしく祭壇に安置するための黄金製の台座が付いているが、その基底の部分には、三つの頭蓋骨の形をした、醜怪な黄金細工……いまにも邪声を上げようとしているかのような、全体的に歪んだ絶叫の顔。


「うひょお! こいつぁ、第一級の怪奇モノですね。いかにも《邪霊使い》が、何か猛烈にヤバイ事した痕跡、じゃないですか」


早くも野次馬と化した見張りの兵たちが、その怪奇さに目を剥いている。


老魔導士フィーヴァーの、誰よりも立派なお眉の下で、鳶色とびいろの目がギラリと光った。


「既に使用された後のブツじゃ。こいつは《邪霊使い》が不法に《人食鬼グール》召喚するために使う一式じゃよ。禁術の大麻ハシシも含めて、莫大な金額が掛かった筈じゃ」


つづいて老魔導士は、黒い長衣カフタンの袖の中から、手品のように『紅白の風呂敷』を取り出した。全面に退魔紋様が織り込まれた厚手のそれを、路上に敷く。


「退魔調伏の雨に濡れた後じゃから、ヘタに触れても、何も起こらないが。残余成分の可能性を考えると、積極的に触れるのは、おススメ出来んな。聖火礼拝堂のほうで、最大火力でお焚き上げして、厳重に無害化しておかねば」


そして、手を黒い長衣カフタンの袖の中に引っ込めておいて、布越しにブツをつかんで、慎重に移動して……『紅白の風呂敷』でキッチリ縛って、包み込んだのだった。


「すぐに、タフジン君に報告を上げねばならん。クムラン君、だれか急使を立てて、バムシャード長官を走らせろ」


「了解です、老魔導士どの」


老魔導士の慎重かつ迅速な作業は、見張りの兵たち全員を恐れさせ、警戒させるに充分のものであった。すぐに急使が走った。


さらに警戒の眼差しが増えたことで……運よく、異例のブツが、ゴロゴロの石の間から見つかった。


「変なコインが落ちてますよ。2枚。あ、本物の通貨じゃ無いな。これは触っても大丈夫ですかね?」


「単なるガラスじゃよ。舐めても大丈夫じゃ」


「あんな怪奇なブツを見た後じゃ、舐めたく無いですぜ。悪習ただよう裏街道じゃあ、よく見かけるシロモノですがね。まぁ容疑者の遺留物っぽいですし、後日のために保管しときましょう」


鷹匠ユーサーの肩の上で、白文鳥アルジーは「ぐいーん」と背伸びした。話題の「コインのような何か」が、なかなか見えない。


そうしているうちに、鷹匠ユーサーが白文鳥アルジーを摘まみ、興味津々で傍に来ていた藁クズ少年セルヴィンの手に、ポンと置いたのだった。「いちご大福」さながらに。


『いったい、何? 鷹匠さん』


『あの「石落とし」仕掛けの、《黒ダイヤモンド錠前》を調べます。《鳥使い姫》が手の上に乗っていれば、セルヴィン殿下も、おとなしくなりますから』


――私は、セルヴィン殿下の子守じゃ無いわよ。


白文鳥アルジーの目が据わった。チラリと、新しく交代した手の主のほうを眺める。


鷹匠ユーサーの言及どおり、藁クズ少年セルヴィン皇子は、興味津々で、落石の直撃範囲――危険な範囲にまで接近するところであった。その一歩手前で、戸惑った顔をして、白文鳥アルジーに見入りながら……まんざらでもないといった風で立ち止まっている。


後ろで、護衛オローグ青年が、こっそりと冷や汗をぬぐっている気配がある。皇族ともなると、どこまで御身に無礼を働かずに護衛できるか、気を遣うことが多くなるようだ。


セルヴィン少年のターバン装飾石を座布団にしている相棒《火の精霊》が、アルジーに向かって、こっそりと火花を打ち上げて見せていた。人間で言えば、苦笑いしつつ、ウインクして来ている……というところである。


――しょうがないわね。


ふわもちな白文鳥の身体を調整して、骨の浮いた少年の手の形に添うように、「もちーん」と、くつろぐ形にする。そして白文鳥アルジーは、クルリと周辺を見渡した。


素人目にもヤバイと知れる怪奇なブツが、熟練の老魔導士の管理下に入ったお蔭か、《精霊象》は2頭とも、落ち着いている。とは言え、《象使い》の指示に応じて行き来しながらも、チラリ、チラリと、ブツを封印した『紅白の風呂敷』を気にしている様子だ。目下、クムラン副官の部下が『紅白の風呂敷』を見張っているところであるが。


そして――意外と言うべきか、当然と言うべきか。


異国風の八の字ヒゲの小太り文官ドニアスも、故ラーザム財務官ハーレム第四夫人アムナも、熱心に、身の毛もよだつ捜査の様子を眺めていたのだった。そろって失神しそうな蒼白な顔色をしつつ。


クムラン副官の指示がひっきりなしに飛び、見張り兵の一団による慎重な手順でもって、『石落とし』段差が、ガッツリ固定された。《魔導》知識のある老魔導士フィーヴァーと鷹匠ユーサーが、そろって段差に登り、錠前を検分する。


城門や、聖火神殿・聖火礼拝堂・宮殿の扉――といった重要箇所に使われているのと同型、堅牢な大型錠前だ。各所に施された真紅の火焔型の退魔紋様も、《黒ダイヤモンド》細工も、第一級のもの。


鷹匠ユーサーの肩に止まっていた白タカ《精霊鳥》ノジュムが、警戒の鳴き声を上げた。鷹匠も、その位置を注目して……ハッと息を呑む。


「老魔導士どの、これは……邪霊害虫《三ツ首サソリ》焼死体ですね」


「念入りに落石の仕掛けを固定しておいて、幸いじゃったの。下手したらまた『石崩れ』が起きておったぞ」


陰気に呟く老魔導士の、黒い長衣カフタンの袖から、またしても手品のように『紅白の風呂敷』が現れた。


「駆け出しの盗賊がやる『錠前破り』の手口じゃよ。《邪霊使い》の隠蔽工作に使われる可能性を失念しておった。《三ツ首サソリ》の尾の熱毒を使う。先刻の黄金《魔導札》に、多数の火ぶくれを作った原因じゃ。デカブツを詰めて、強烈に煽ったようじゃな。城壁用の強力な精霊石《黒ダイヤモンド》と反応して、さぞ高温の熱毒が発生したじゃろう」


錠前の隙間部分から、真紅の色をした《三つ首サソリ》焼死体が取り出された。


ギョッとするようなサイズ。大皿と同じくらい。大型錠前の堅牢な退魔紋様によるものか、退魔調伏は既に済んで、動かなくなっている。


つづいて、錠前の守護を務めていたのであろう《黒ダイヤモンド》の、熱破壊されていた破片も、かき出され……まとめて紅白の風呂敷に包まれたのであった。


クムラン副官と、その部下の数人ほどが、恐れ入った様子でポツポツ話を交わしている。


「こいつぁ、全面的に修理を頼まなきゃいかんな、聖火礼拝堂の魔導士さんに」


「聞くところによれば、邪霊害虫《三ツ首サソリ》は単独行動性で、主な獲物はケサランパサラン。飛蝗の害が拡大する時期で無ければ、放置しておいても問題では無いとか」


「そうそう、暗殺教団では、各種の毒蛇と同じく定番のペットとして飼育。かの華麗なる酒姫サーキイも、趣味で2匹ほど飼育しているとか。あんな絶世の美貌してて、すげぇ悪趣味ですよねえ、ブルル」


老魔導士フィーヴァーと鷹匠ユーサーは調査を終わらせて、仕掛けのある段差から、安全な距離を取り始めた。


「容疑者の候補に、かの酒姫サーキイが追加されるのは確実です。例の、禿げた《邪霊使い》刺客アサシンのほうは、あの白状ぶりを考慮する限りでは、この件には関わっていないようですが。誰が真犯人にせよ、いずれ錠前の《三ツ首サソリ》対策は必要でしょうね、老魔導士どの」


「右に同じじゃ。タチの悪いイタズラ程度のバレバレのチャチな手口ゆえ、無視されつづけてきた部分じゃ。まだ防護の手法は無いからな、大神殿の学究所に回して、魔導士の候補たちの、卒業研究論文の課題に加えておこう」


程なくして、クムラン副官の上官バムシャード長官と、ラーザム財務官事件の調査解明で総指揮をとっている虎ヒゲ・タフジン大調査官が、そろってやって来た。とるものもとりあえずという風の簡素ないでたちで、驚愕の表情を浮かべている。朝食の後の、ゆっくりとした雨降り鑑賞や書類確認の時間を、急に中断されていたのは、明らかだ。


引き連れて来た新たな衛兵たちも多く、その場は、一気に騒がしくなったのであった。


老魔導士フィーヴァーは、タフジン大調査官やバムシャード長官、クムラン副官などと詳細な情報を交わして、今後の捜査方針のアレコレについて、魔導士としての立場から多くの助言を加え始めた。


速やかに、例の『石落とし』仕掛けの周囲に、安全確保のための立入り禁止ロープが張り巡らされてゆき。


野次馬の立場にあった異国風の八の字ヒゲの小太り文官ドニアスと、故ラーザム財務官ハーレム第四夫人アムナは、新しくやって来た衛兵の指示に従う形で、そろって引き返して行った。2人ともに、目撃した内容に、すこぶる興奮している様子だ。それぞれの人脈を通じて、砦の内部へ、新情報がワッと広まると予想できる。


つづいて、鷹匠ユーサーに引率される形で、白文鳥アルジーを手に乗せたままのセルヴィン皇子と、護衛オローグ青年も、元の区画へ引き返すことになったのだった……


白文鳥アルジーたちが、引き返すタイミングで。


「恐れ入ります、殿方さま」


2頭の《精霊象》を扱っていた《象使い》、老女と中堅男が、声を掛けて来た。


「この隣の『石落とし』仕掛けの《黒ダイヤモンド錠前》の隙間に、メッケモンの赤毛ケサランパサランが詰まってましたんで、お知らせしたいと思いまして。《火霊王》授かりもの、聖火の金色の炎冠ついてる大玉です。セルヴィン殿下、その異常衰弱の様子じゃ、とっても必要でしょう。どなたか《黒ダイヤモンド鍵》持ってらっさる衛兵さん、居ませんかね」


――そんな訳で。


クムラン副官が立ち合い、巡回衛兵の定期点検の時のやり方で、尋常に錠前を開けて、その隙間をゴソゴソとやり。


ドリームキャッチャー捕獲網に捕まった時と同じように、隙間に詰まって動かなくなった、なんとも美麗な赤毛ケサランパサランの大物を、手に入れたのだった。


セルヴィン少年のターバン装飾《精霊石》を座布団にしている《火の精霊》は、大喜びであった。


『これは久々の御馳走である。これだけの炎冠を持つ大玉、生命エネルギー量も素晴らしい。『魔法のランプ』の中で、我が炎で「お焚き上げ」して、しかる後に、セルヴィンへエネルギー補給しておこう。肉付きも少し復活するであろう』


『ドリームキャッチャー網のほうでは見かけないよね? こういう大物って』


『これ程の大玉ともなると、捕獲できるのは、先ほどのような特別な《黒ダイヤモンド錠前》仕掛けくらいであるな。いちいち開錠して、隙間を探って取り出さねばならぬゆえ、手が掛かるブツ。最初にセルヴィンが倒れた時に、命の炎を維持するため、大聖火神殿から特別に提供されたことがある。これ程の大物は、あれ以来であるな』


聞いているうちに、白文鳥アルジーの中に、閃くものがあった。


――そうだ。


それが、オーラン少年の、不思議な『錠前破り』活動の目的だったに違いない。


仲の良いセルヴィン皇子のために――セルヴィン皇子の虚弱体質の改善のために――あちこちの特別な《黒ダイヤモンド錠前》を破って、大物の赤毛ケサランパサランを探し回っていたのだ。


同じ確信を、鷹匠ユーサーも得ていた様子だ。


その肩に止まっていた白タカ《精霊鳥》ノジュムが、白文鳥アルジーと《火の精霊》のやり取りを中継していた。


ベテラン鷹匠ユーサーは、ヤレヤレといったような眼差しで……きまり悪げな訳知り顔をした、若い護衛オローグ青年を眺めていたのだった。

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