雨がふる 角部屋の事件の謎を追う(3)
朝食が済み、にわか探偵団となった一行は、早速ラーザム財務官の死亡現場を目指した。
折よく驟雨が弱まって、歩きやすくなっている。土地柄、傘は無いから、良いタイミングだ。
白文鳥アルジーは、一行の面々を戸惑わせる気は無かったため……人体の霊魂イメージを出したままにしておくことにした。少し検討して、白文鳥《精霊鳥》の《精霊語》をよく聞き取ってくれる鷹匠ユーサーの肩に止まり、人体の霊魂イメージを引きずってもらう形にしたのだった。
そんな訳で。
傍目には、生真面目な仏頂面をした鷹匠ユーサーが、謎の半透明な、ネコミミ付スナギツネ面の姫君をエスコートしている風である。鷹匠ユーサーも相応に背丈がある男性で、姫君の男並みの高身長が、意外に女性らしくハマっている。
クムラン副官が陽気に面白がって、突っ込んだ。
「気付いているんでしょうけど、後々まで語り草になりそうな、雨の日の朝の怪談ですぜ」
かくして、ジャヌーブ砦の区画の通路を移動しているうちに……
目的地・ラーザム死亡現場にまつわる疑問点が、ポツポツと、雑談に上がって来た。
「いま一度、注意深く検討してみると、『石落とし』仕掛けの黒ダイヤモンド《魔法の鍵》の封印が切れたのは、自然にしても人為にしても、奇妙じゃな」
老魔導士フィーヴァーの見事な白ヒゲが、モサモサと揺れている。
「妙な『錠前破り』の噂は聞くが、かの秀才魔導士ザドフィク君の鍛えた弟子が、その辺の暗殺教団の工作員にやられたりするような、華麗な失態をおかす筈が無い」
クムラン副官が軽い調子で、老魔導士の呟きに応じた。興味津々といった風にキラキラしている。
「かの豪華絢爛な純金ヒゲ『毛深族』ザドフィク猊下は、天才魔導士じゃ無くて秀才魔導士なんですか? 理屈を聞かせて頂けますかね」
――虎ヒゲ・タフジン大調査官が組織したラーザム事件捜査チームのメンバーとしての都合上、情報収集も兼ねているのは明らかだが……クムラン副官は、人の話を聞き出すのが上手な性質なのであった。
老魔導士は、「秀才魔導士ザドフィク君」について、ブツブツとボヤき続けた。職場のボヤキというところだ。
「過剰に、めかしこむ性質なのじゃよ。若い頃は酒姫にも引けを取らなかったという、かの美貌ともあいまって、不世出の天才との評判は高いがな」
「ほほう? あの圧倒的なまでに輝く黄金のヒゲ、例の酒姫の銀髪に引けを取らぬくらい熱心に、しょっちゅう専用の櫛を当てているなぁと思ってましたが」
「宮殿にある魔導大臣の専用部屋の扉の《魔法の鍵》、もともと宝石盛り盛りなんじゃが、アレをもっと豪華にするアイデアなどといったくだらん事を考える暇があったら、古代『精霊魔法文明』の「失われし高度技術」ひとつでも、研究解明に邁進するべきなのじゃ。ただでさえ魔導大臣は重職で激職なのじゃからな」
――《魔法の鍵》。『錠前破り』。
そうだ。オーラン少年を問い詰めてやらなければならない項目が、あった。
白文鳥アルジーは、鷹匠ユーサーの肩の上で、勢いよく身を返した。
その拍子に――人体《鳥使い姫》幽霊も同調して、バッと、後ろを振り返ったのだった。
後ろをついて来ていた2人の少年と、しんがりを務める護衛オローグ青年が、そろってポカンとした顔になる。
『オーラン君、なんか変な『錠前破り』やってるでしょ。あの紅ドーム屋根の、ラーザム財務官の遺体の、防護処理の儀式の裏のところで……あれ、何なの?』
白文鳥アルジーの「ぴぴぃ」と言うさえずりと、ネコミミ付スナギツネ面の姫君の口パクの動きが、同時である。
「変な錠前破り、とは? 遺体の防護処理の儀式の際の事件というと……クムラン殿のいう『1回目』の錠前破り?」
疑問顔で呟いた鷹匠ユーサーであった。もう一方の肩の上で、白タカ《精霊鳥》ノジュムが、クチバシをカチリと鳴らした。
同じく疑問顔の、老魔導士フィーヴァー、クムラン青年。
対して、藁クズ少年セルヴィン皇子、覆面ターバン少年オーラン、護衛オローグ青年は、3人とも、各々に視線を泳がせた。アヤシイ。
「――後ほど、白鷹騎士団の本部へ報告いたします。《鳥使い姫》を煩わせるようになれば、問題ですから。きっちり、要点をまとめておいてください」
さすがに倍の年齢となるベテラン鷹匠の指令は、それなりに響いたらしい。年若い3人は、3人とも、バツの悪そうな顔になって、コックリと頷いたのであった……
…………
……そして到着した、かの角部屋の成れの果て。
ラーザム財務官の死亡現場である。
アルジーの記憶にあるとおりの、城壁沿いの石畳の道。『石落とし』仕掛けに使われている大きな石が、まだゴロゴロとある。重すぎて、人力では運搬不可能なのだ。
ジャヌーブ砦に常駐している《精霊象》が2頭、2人の《象使い》の持つ引綱や指示棒に合わせて、ゆっくりと行き来する。力自慢の長い鼻で石を持ち上げ、『石落とし』仕掛けへ戻すための特殊な台車に乗せているところだ。
2人の《象使い》は、一方が老女、一方が中堅の男。そのうち老女の引退があるだろうという雰囲気。男女共用の作業着――活動的な広幅ズボンと膝丈の長衣。汚れに強い、一般的な生成り色。
首回りを彩る、護符ビーズ類を密に編んだ広幅の襟飾りが華やかだ。古代文明に由来するエスニックな多色使いの襟飾りは、鎖帷子の首肩部分の防護パーツ、鎖錣に相当する。左右の手首・足首に、装甲さながらの広幅バングル。広幅ベルトも、グルリと金属防護セット付き。《象使い》装束は、重量のあるものからの身体保護を兼ねる装飾が中心。
作業中だったのを一時的に中断して、2人の《象使い》は身を返して来た。広幅サークレット形式の、象牙色をした頭部装飾が目立つ。金属独特の光沢があり、象牙色をした合金製だと分かる。
広幅サークレットの中央部に、象の頭部を模した精緻な合金レリーフ彫刻が据え付けられていた。宮廷社交でも格式のあるサークレット類として装着される。正式な《象使い》は、諸侯と同じように、宮廷で重んじられる人々である。
2人の《象使い》は、広幅サークレット形式の頭部装飾に軽く手を触れて、一礼して来た。クムラン副官と老魔導士と鷹匠に敬意を表しての所作だ。
「ご苦労さま。今日から退魔調伏の雨が始まりましたからね、一気に片付けてしまいますわ。雨サマサマです。そちらの幽霊さん、あの見張りさんから『化けて出るかも』と聞いてましたわ。同業者《精霊使い》なら納得ですわ。不慮の事故で逝った《象使い》でも結構あるんですよ、化けて出るのは」
「この現場だから、亡くなられたばかりのラーザム財務官の幽霊かと思ってましたが。初めて見る女の子ですなあ。袖の羽翼紋様、白文鳥《精霊鳥》、こりゃ《鳥使い》ですね。とどこおりなく成仏のほど」
ついで、2人の《象使い》は代わる代わる、工事現場の状況を説明した。
ラーザム財務官の死亡の原因となった『石落とし』仕掛け周りは、今まで多量の落石に塞がれていて足の踏み場も無い状況だったが、間もなく『石落とし』仕掛け周辺が片付く見込み。もちろん、仕掛けの段差部分も見えるようになり、問題の錠前に触れるくらいまでは行ける。慎重に安全対策をしてからのことになるけれど。
現場周辺を、バムシャード長官の配下の兵が警備していた。幾つかは、見覚えのあるような人相。先ほどまで、別の長官の配下の兵が警備・巡回していたと言う。
クムラン副官が特に信頼する配下であるらしく、奇妙な幽霊現象があることについては、既に話が通っている様子だ。
まだ《水の精霊》宿る降雨がつづいている。その中に投影されたネコミミ付スナギツネ面をした幽霊は、全員の注目の的であったが……他の区画で警備中の仲間やバムシャード長官にまで、大声で異常を告げるという動きは、無かったのであった。
白文鳥アルジーは、記憶を確かめるべく、鷹匠ユーサーの肩先でキョロキョロし始めた。明るくなってから周辺を眺めると、やはり方角がつかみやすい。
降雨の中に投影されている白い長衣姿の幽霊は、あくまでも付け足しに過ぎないのだが、微妙に、霊魂アルジーの感覚領域の一部を担っていた。白文鳥の身体の向きや動きと同調させると、感覚が明瞭になる。
そして今、《鳥使い姫》幽霊は、死亡現場の近くの区壁の上にそびえている紅ドーム屋根を、そのネコミミ付スナギツネ面で、見上げていたのだった。
『あの紅ドーム屋根の……あそこで、空飛ぶ絨毯が不意に飛行能力を失ったから、この城壁の石積みの段差に放り出されて……順番に全身を打ち付けて路面を転がっていった……って感じ』
「それは、かなりの衝撃だったでしょうね」
徐々に、幽霊の眼差しが、死亡現場へと――かつて大窓がハメ込まれていた位置へと移動する。元々は窓をハメ込むためのアーチ枠があったのだが、『石落とし』攻撃で壁ごと吹っ飛んでいた……そこに窓があったという事実は、欠片ほども残っていない。
『あの角部屋の一階の大窓は、大きく開いてた。そこへ絨毯ごと、飛び込んでしまって』
「――《鳥使い姫》。一階の大窓は、最初から全開の状態だったと?」
コックリと頷いて見せる人体《鳥使い姫》幽霊であった。
クムラン副官が、先祖譲りの『鬼耳』をビシッと立てていた。地獄耳の鬼耳で、鷹匠ユーサーの呟きを、一字一句もらさず捕らえていた様子だ。
「角部屋の窓が最初から開いていた――とすると、間違いなく、殺人事件ですぜ」
「断定できるのじゃな、クムラン君?」
老魔導士フィーヴァーの再確認に、クムラン副官は、シッカリと頷いた。
「ラーザム財務官は、仮眠する時は必ず施錠していた。巡回の衛兵も証言してる。油断ならんサイズの邪霊害獣がウヨウヨ出入りしますからね。大窓から来客がある場合、邪霊害獣が居ないことを確認して――うろついてた場合は巡回の衛兵が、あらかた退魔調伏して――その後で、内側から鍵を開けてもらって出入りするんです」
「砦の規則をキチンと守り、鍵の管理も厳重にしておった訳じゃな。この角部屋の大窓は、退魔紋様を完備した金属製の格子窓タイプだった筈じゃ。とりわけ頑丈な」
「ご指摘の通りです、老魔導士どの。角部屋の死体は、ラーザム財務官ただ一人だった。客は居なかった。大窓の全開は、有り得ないですぜ。どこかの『錠前破り』が、確実に邪霊害獣を追い込もうとしたか、『石落とし』逆走の石を確実に流し込もうとしたかで、大窓を開けておいたのでも無い限り」
――覆面ターバン少年オーランが、ギクリとしたように固まり、何かを聞き付けたかのように首を左右に動かす。
次に、オーラン少年は、何か急用でも思い出したのか……不意に駆け出した。足音を立てず、城壁の控え壁へ向かって。
藁クズ少年セルヴィン皇子が不思議そうに「おい」と声を掛け、黒髪オローグ青年が後を追って控え壁の周りを窺ったが。
オーラン少年は、控え壁の下に広がる、あの多数の階段と出入口が交差する空間――踊り場――を通って……忍者さながらに、行方をくらましていたのだった。




