表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/261

雨がふる 角部屋の事件の謎を追う(2)

2人の少年が、一斉にクムラン副官を見つめた。


クムラン副官は、ニヤリとしている。


帝都大市場グランド・バザール探検に行くからって、セルヴィン殿下、オローグ殿の側近オーラン君を誘惑して連れ出したうえに、お忍び街着も覆面ターバンも、護身用の短剣や《精霊石》も、まるまる入れ替えは問題ですぜ。同い年で、背丈も体格も仲良くソックリだったんですからね、こうなる前は」


藁クズ少年セルヴィンは、無言で目を見開いたままだ。


やがて、隣に控えていた覆面オーラン少年が、赤茶の迷彩ターバンに覆われた口を、モゴモゴと動かし始めた。


「そ、そう言えば、あの……外道の酒姫サーキイ、ターバン剥がしてセルヴィン殿下の人相を見た瞬間、舌打ちして、倒れた殿下を平然と見捨てて、何処か向こうへ……」


酒姫サーキイの計算違いが生じた訳です。刺客アサシンの一仕事ってのは、刺客アサシン自身の手で、本来の標的だったオーラン君へ、《魔導札》を確実に貼り付けること、でした。生贄《魔導札》で手違いが生じた場合――これは、一般人の俺たちは知らなかったけど、老魔導士どのは詳しいですよね」


老魔導士はモッサァ白ヒゲを豪快な鼻息で吹き飛ばしつつ、陰気に頷いている。


「貼り付けるまでは良いんじゃ。じゃが生贄《魔導陣》を発動させる場合、その契約に無い成分を、好き勝手に含めてはならんのだ。まして、標的の食い違いなど。『紅白の御札』や『灰色の御札』であれば、致命的な契約違反であっても、不発に終わるか、あの刺客アサシンのように『禿げる』『もげる』で収まったじゃろう。ともあれ5人の有望な若者が、各々の勝手な設定変更の道具として使われ、血の海に沈んでいった過程は、理解できた」


クムラン副官は、相変わらずの口調で応えている。


「例の酒姫サーキイが、オーラン君を狙った理由が、これまた……『銀髪の輝きの衰え』だとかで、なんというか。酒姫サーキイは、その刺客アサシンの筋より、オーラン君が『訳あり銀髪持ち』という情報を仕入れてたそうです」


「白文鳥《精霊鳥》を捕まえて精霊エネルギーを吸い取っていただけでは足らなくなったと言う訳じゃ。鬼畜の所業じゃな。相乗りしたやからも……この話は、ここで終わりじゃ。新しく緊急に考えねばならんのは、ひとつ、盗られる一方の生命力をどうやって回復・維持するか。ふたつ、皇帝陛下シャーハンシャーを1日中ボンボコ殴ってボンヤリさせておける手段があるか。じゃよ」


「薬膳料理だけでは追い付かないみたいですねえ。他人のカネやエネルギーとなると、自分のフトコロが傷まない分、金額や限度を考えずに好き勝手に浪費するもんですね」


老若の男たちは皆、訳知り顔だ。老魔導士フィーヴァーが丁寧に説明したのであろうということが窺える。


――生贄《魔導陣》には、セルヴィン少年の生命力を強奪するための裏口ルート《魔導》がある。「相乗りしたやから」は、複数人。


相乗りした側は、各人の都合で――例えば、疲労回復を早めたい、若さと美貌を維持したい、二日酔いを消したい、ちょっとした怪我を修復したい、誰かをもっと強い力で殴る蹴るしたい、夜の行為をもっと楽しみたい、などと言った都合で――その裏口ルート《魔導》を発動させ、好き勝手なタイミングで、セルヴィン少年の生命力を盗む。


つまりセルヴィン少年は、次の瞬間にも重篤な発作を起こして、突然死しても不思議では無いのだ。14歳の少年1人の身体が、「相乗りして来た複数人」の肉欲と体重を支えられる筈が無い。


白文鳥アルジーが抱いた数々の疑問に同調するように……人体《鳥使い姫》幽霊がヒョコリと首を傾げる。


(必要なだけの健康を維持できるような精霊魔法の護符は、『魔法のランプ』にも引っ掛ける定番のドリームキャッチャー護符とか、老魔導士が色々持っている《精霊石》からも、組み立てられる筈。医療オマジナイ技術が必要だけど、老魔導士の技術なら……)


人体《鳥使い姫》幽霊を、首を傾げた姿のままにしておいて。白文鳥アルジーは、訳知りの様子をした白タカ・ノジュムのほうへ視線を向けた。


ちょうど白タカ・ノジュムが、窓の外を警戒して、スタンド式ハンガーに腰を据えているところだ。


『白タカ・ノジュム。セルヴィン少年に合うように調整された精霊魔法の護符は無いの? 私、オババ殿の護符で動けるようになってたから、似たような方法があると思うけど』


『帝国皇族の《精霊石》が難問でな。セルヴィン皇子のターバン装飾石のアレが、適合する護符を選ぶ。あれほど透明度が高くて、硬くて、気難しい《精霊石》は珍しい』


促されるようにして、白文鳥アルジーは、藁クズ少年セルヴィンのターバン装飾石を注目した……前にも見たとおり、見事な護符《精霊石》だ。


白タカ・ノジュムの説明がつづく。


『あの《精霊石》が徹底して嫌う護符の組み合わせ――たとえば例の酒姫サーキイの場合は、激烈だったそうだ。酒姫サーキイが害意を持ってセルヴィン皇子に近づいた時、酒姫サーキイ全身の悪趣味な宝飾《精霊石》すべてに、ヒビが入った。帝国皇帝シャーハンシャーにオネダリした交換料金は、国家予算に大穴を開けたと聞いてる』


『……セルヴィンの相棒《火の精霊》が、生命力の守護のための、適合するような精霊魔法の護符が、なかなか無いって……ボヤく訳だね。石や金属の、素材的な相性も、かなり細かいとか』


『皇子の10歳の誕生日に、聖火礼拝堂で皇族専用の護符《精霊石》を選ぶ儀式をする。そこで、適合する護符アクセサリー意匠や、守護精霊も探したりする。あの《精霊石》を選んだのが今は亡き御母堂セリーン妃だが、極めて慎重になっていたようだ。話題の酒姫サーキイが皇帝をグダグダにするのを目撃していただけに』


『帝都の皇族のことは、あまり聞いてなくて。セリーン妃って、どんな人?』


『セリーン妃の身分立場は、ハーレム第100妃より下の有象無象「一夜の愛人」枠のハーレム妃だ。地方の中小の城砦カスバ出身だったゆえな』


白文鳥アルジーは、微妙な気持ちになって沈黙するのみだ。番外のハーレム妃となると――セルヴィン皇子の誕生が無ければ、一夜の関係を結んだ後は、すっかり忘れられていた存在だった筈だ。


『帝国軍向けの武器宝飾《魔導》工房ビジネスで持っている城砦カスバ出身ゆえ、セリーン姫は、武器の退魔紋様や宝飾の鑑定が上手だったと聞く。皇帝の手が付いた後は愛人手当のみの放置状態となったが、高位ハーレム妃が用いる宝飾を鑑定する副業ビジネスを始めて、皇子の養育や宮廷生活の維持に必要な諸般費用を稼いでいたそうだ』


『帝国皇帝ハーレム妃が、そういう副業ビジネスで稼ぐの?』


『愛人手当のみだと、幼い皇子を抱えての生活は厳しい。相応に余裕のある元・恋人が居る場合は、その男のもとへ走る。昔なら「名誉の殺人」でセルヴィン皇子も含めて処刑されるところだが、いまは随分ゆるくなって暗黙の了解や放置という形だ。妃の側に「皇帝を裏切って不倫した」という一生の不名誉が付いてまわることで「ヨシ!」とする訳だ』


『元・恋人の社会的立場にも傷がついて、共に肩身が狭い立場になる訳で……でも、命の危険が無いなら、出奔するという選択はアリかも。その恋人が、そういった部分を気にしない、という人なら……恋人は居なかったのかしら……』


『セリーン妃は、出身の城砦カスバが弱小で、万が一の「名誉の殺人」に抵抗できないゆえ、セルヴィン皇子ともども後宮から出奔するのは難しかったようだ。社交の都合上、交際相手は必然的に複数人ほど居たが、どれも年齢だの性別だの宦官神官だの……出身の城砦カスバからの仕送りはあったから、副業の稼ぎと合わせてやっていけた』


白文鳥アルジーは、あらためて、セルヴィン皇子のターバン装飾石を注意深く観察した。


――透明な《精霊石》。白金に輝く帝国の紋章を、一流の《魔導》でもって仕込んである。そこに含まれている、帝国の守護精霊《火霊王》を表す《精霊文字》――故セリーン妃は、よほど気合を入れて選んだに違いない。


『なるほど……あの《精霊文字》も、すごく高品質だし、よっぽど慎重に護符《精霊石》の儀式してたみたいだね』


『セルヴィン皇子は御母堂セリーン妃の手ほどきを受けたゆえ、宝飾をよく鑑定できる。帝都大市場グランド・バザールで一度、偽造宝石ショップを摘発した事がある。知識の足りないドラ息子・ドラ娘に偽造宝石を売りつける、よくあるケチでショボイ事件で、罰金と店舗没収で片付いたが、逆恨みだの、皇族政争を巻き込んだ御礼参りだので、御母堂が横死する刃傷沙汰になってな』


『それは……お気の毒な事だったね』


『ケチでショボイ店舗でも、有力皇族とつながっているのがあって油断できん。輪をかけて、火に油を注いで炎上させてるのが、かの酒姫サーキイだ。それで、大聖火神殿の肝いりで、白鷹騎士団の中でセルヴィン皇子親衛隊を結成して、身辺警備を引き受けている。セリーン妃の故郷の城砦カスバは、工房を警護する程度の軍事力しか無いし、番外の皇子の護衛は、どこの城砦カスバの軍団も引き受けようとしない。目ぼしい特権が無いし、儲からんからな』


『でも、オローグ青年の城砦カスバは? オローグ青年、王侯諸侯の係累って聞いてるんだけど』


『その城砦カスバは、別件で、それどころじゃ無い。ただ《地の精霊》系の幾つかの城砦カスバ同士で、セルヴィン派閥を作るべく、手を組む動きはある。セルヴィン皇子が帝都大市場グランド・バザールで偽造宝石ショップを摘発した件、結果的には皇族政争でねじ曲がってしまったが、意外に注目されたらしい』


『その辺、何となく分かる。私も、シュクラ王国第一王女アリージュ姫として宮廷社交に出ている立場だったら、その事件が小さくても注目したと思う』


白タカ・ノジュムが「おや」という風に、鳥の首を上下させた。


白文鳥アルジーは、ちょっと翼をパササッとやって見せる。


『特定の皇族利権に相乗りして特権で儲けるのは有利だけど、宮廷勢力の変化とか、賄賂の資金確保の問題があるから。セルヴィン皇子を支持する見返りに、公正取引ルール機関を派閥共同でつくって運営するのは、アリ。賄賂よりメリット大なら、派閥参入する王侯諸侯は自然に増えるし。セルヴィン皇子、判断は公正だよね。ルールを無視して、特権でゴリ押し、というのは無くて』


『ふむ。セルヴィン皇子は、大聖火神殿のほうで、帝王学を修めてる。自前の教育係を用意できない皇子向けの奨学金枠だが。生贄《魔導札》で倒れる前までは、財政理事リドワーンが直々に実地訓練のほうでビシバシ指導していたそうだから、甘言をささやく工作員を送り込まれても、皇族の中ではトップレベルで不正に気付くだろう』


――そういえば、財政理事リドワーンって、元・皇弟殿下とか。


老魔導士フィーヴァーが政治工作して、若い頃に宮廷の暗闘から引き離して、去勢して大神殿に入れたとか。


皇帝が皇位簒奪を恐れて刺客アサシンを送り込んだ話といい……大聖火神殿の財政理事リドワーン閣下は、相当、人望と能力があるのだろう。


そんな人に指導して頂いたというから、セルヴィン殿下は、帝都大市場グランド・バザール交渉事でも見込みがありそうだ。


生前にできるだけ情報をつかんでおいて、タヴィスさんにお伝えしておくべきだったな。シュクラ・カスバ特産物の店を、帝都大市場グランド・バザールに出そうかという話、動いてたし……


フムフムと頷く、白文鳥アルジーであった。人体《鳥使い姫》幽霊も、何かを思案しているという風に、優雅な所作で女性らしい思案ポーズをとる。


白タカ・ノジュムは気が乗った様子で、補足情報を付け加えて来た。


『セルヴィンの実績に注目して、セルヴィン派閥立ち上げの音頭を取っているのが、宰相の後継者たちの中でも切れ者と評判の若手閣僚アヴァン侯クロシュ、《地の精霊》系の重鎮の城砦カスバ出身。大聖火神殿と交渉して、そこの財政理事リドワーンの政治協力を引き出し、白鷹騎士団の中にセルヴィン皇子の親衛隊を結成させたのも、その男だ』


――《地の精霊》系の重鎮アヴァン・カスバ。オババ殿から教わった、帝国内でも特に有力な城砦カスバのリストの中にあった。覚えてる。そこの出身の、若手閣僚アヴァン侯クロシュ。覚えておこう。今後のために。


白文鳥アルジーは、素早く記憶に留めながらも。


――中小の城砦カスバの姫が、帝国皇帝シャーハンシャーの後宮に輿入れ? 帝国皇帝シャーハンシャーが、お忍びとかで、セリーン姫を見初めて、よほど気に入っていたんだろうか?


辺境の中小の城砦カスバの姫にとっては――同じような身分立場であるシュクラ第一王女アリージュ姫の目から見ても――夢に見るような、大出世ではあるけれど。


――不自然なまでの、大きすぎる身分差。不安定な地位と立場につながる程の。セルヴィン皇子が、帝都皇族としては、吹けば飛ぶような弱小な末席であるのも当然と言うべき結果の。


帝国皇帝シャーハンシャーハーレム妃となったセリーン姫。方々の重鎮かつ裕福な城砦カスバ出身の妃が最低でも100人は居る、そんな帝国の頂点のハーレムへの輿入れ話を決めた要素は、何だったのだろう?


いくばくかの、疑念と、違和感が――ボンヤリと漂ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ