再びの邪霊来襲の夜を超えて(5)終
応答したのは、訳知りな《火の精霊》だ。
『人類ラーザム死亡事件の全容解明は早急に必要だ、鷹匠どの。時を同じくして、《邪霊使い》による《人食鬼》召喚があったのを無視してはならぬ。赤毛酔っ払い男バシールがキメていた大麻は、《邪霊使い》御用達のブツである。ラーザム死亡事件と《人食鬼》召喚事件との間に、関連は濃厚である』
応答は白タカ・ノジュムが中継し、鷹匠ユーサーがさらに翻訳する形だ。オウム返しで。
『目下《鳥使い姫》は、ラーザム死亡現場の「石落とし」仕掛けを、人類の目で再確認したいと言っている。今宵は《人食鬼》残余の成分でゴタゴタしているゆえ、これ以上、外をうろつくのは難しい。可能ならば、退魔調伏の雨が降る明日、現場の再調査に協力願いたい』
老魔導士フィーヴァー、クムラン副官とオローグ青年、覆面オーラン少年と藁クズ少年セルヴィンは、驚愕のあまり無言で耳を傾けるのみだ。
やがて、クムラン副官が感嘆の呟きを洩らした。
「タフジン大調査官の総力戦チームより、はるか先を行ってんじゃないですか。こっちは、かろうじて《人食鬼》の異例出現パターンから《邪霊使い》関与の可能性を弾き出した程度ですよ」
黒髪オローグ青年が、思い当たる事があったのか、口元に手を当てて思案顔になる。そこへクムラン副官がクルリと振り返って、早口で続けた。
「南洋物産の交易商バシールの、奇妙な大麻騒動は聞いたか、オローグ殿? タフジン大調査官が緊急に入手経路の調査の指令を出して、朝の連絡事項で、ついでに入れたヤツだが」
「よくある商人の裏稼業だろうという印象だったな。港町の酒場や娼館で、たびたび裏稼業の大麻が摘発されている」
「だよなあ。老魔導士どの、我らがジャヌーブ砦の裏の常識なんですが、南洋諸民族は部族ごとの刺青の伝統がある。施術の時の痛み軽減のため、祭祀伝統と医療の特例で許可された分の大麻を使ってるんです。それを裏に回して高値転売したり、砦のほうへ横流ししたりするんですよ、たいてい」
「そっちの大麻汚染の一斉摘発は、虎ヒゲ・タフジン君なら上手にやってくれる筈じゃ。帝都でも大した剛腕ぶりじゃったからな」
老魔導士フィーヴァーは談話クッションに座り直しながら、盛んに白ヒゲをモサモサさせた。
「――《邪霊使い》御用達の大麻は、ワシが当たらねばならんな。暗殺教団の奥義じゃ。《火霊王》崇拝の大神殿にとっては発足の前からの不倶戴天の敵じゃった、《炎冠星》崇拝の大神殿――暗殺教団と化しておった――若い頃、隠密の神殿調査官として潜入して、色々と学んだのじゃが。《人食鬼》裂傷の事例を山ほど見て、《魔導》治療法をいっそう究めるに充分なデータも得たが。あれこそ邪悪の極みというものじゃな」
何でも無いようにサラッと述べているが。
――自称「人類史上最高の天才魔導士」とかますのも納得の、すさまじい武勇伝ではないか。
霊魂アルジーは、ポカンとするのみだ。
「いまは亡き前々・魔導大臣ボゾルグメフル猊下の大徳ある指令により、暗殺教団《炎冠星》は、徹底的に解体された。そこで伝承されていた、古代カビーカジュ著『魔導書』の数々は、我らが大神殿が没収して『黒ダイヤモンド書庫』に収めた。医療《魔導》は、ワシも含めて大神殿の医療関係者なら閲覧可じゃが、邪悪な奥義のほうは『禁書』扱いじゃ」
「でしょうねえ。方々の、《炎冠星》後継を自負する暗殺教団から派遣されて来た魔導士クズレや霊媒師クズレが、まっとうな魔導士や霊媒師のふりをして、ワラワラと『黒ダイヤモンド書庫』のヤバイ禁書庫に入り込もうとしてるってのは、有名な噂ですよ」
「閲覧できるのは、魔導大臣と数名の大魔導士のみじゃ。皇帝陛下と言えども、特別な訓練と試験に合格しなければ、表紙すら見せる訳にはいかん。『邪声をあげる怪物の顔をした異形のレリーフが、書物の表紙に浮き上がって来る』怪談のアレは、真実じゃよ」
しばし、老魔導士は脳内の整理をしていた様子だ。そして。
「クムラン君、先刻、何やら、ラーザム事件にまつわる怪談の謎を追っているとか言っていたな。『白い絨毯のような未確認飛行物体』が、ちょうど事件現場に落下した可能性があると。何を聞き付けたんじゃ?」
「見張り塔の衛兵たちへの聞き込みですよ。位置と速度を割り出せれば、あとは単純な軌道計算ですからね、ズレは出ますが。あの日、その『未確認飛行物体』は、バルコニーの近くで、斜めに自由落下していた。自由落下コースだった場合、落下地点が、ちょうどラーザム死亡現場を通る城壁の道。何か関係あるかなーって程度ですけど」
「ふうむ。白い絨毯のようなものは、見つかったのか?」
「影も形もありませんでした。だから怪談になったという訳で」
「ラーザム財務官の死体を掘り出していた時にも、何やら怪談めいた出来事があったそうじゃな?」
「白文鳥が2羽、ラーザムの死体の傍から出てきました。1羽は飛ぶのが下手で、あちこち、ぶつかっていたとか。瓦礫撤去の際の癒しになった程度ですが」
老魔導士フィーヴァーが、ガバッと起き上がった。
「その白文鳥は、事件現場で、何してたんじゃ?」
「不明です。2羽とも、しばらくラーザム財務官の死体の周りをウロウロした後、飛び去りました。俺の見るところ、飛び去った先の方角で、異例な《人食鬼》がオーラン君を襲ってますね。翌々日、夜が明けて間もなく、1羽が、あの高灯籠へ向かって飛んでいたのを、ラーザム死亡現場の警備をしていた部下が目撃しました。暇になったら、あのあたりの一角を調べてみようと思ってたんですよ。普段から人通りが無い場所で、なかなかのミステリーでしたから」
老魔導士フィーヴァーが、唖然と口を開けていた。珍しい光景らしく、覆面オーラン少年と藁クズ少年セルヴィン殿下が、注目している。
鷹匠ユーサーと白タカ・ノジュムが、マジマジと、アルジーのほうを見て来ていた。
――魔法のランプの口で、《火の精霊》がポポンと踊る。アルジーは一層、小さくなるばかりだ。
『そなたらの《鳥使い姫》は、間違いなく、この世で最強のトラブル吸引魔法の壺を所有している。我は確信したぞ』
その表現がウケたのか、覆面オーラン少年のターバンのてっぺんで、白タカ《精霊鳥》ヒナがピョコピョコと反応した。
『くだんの「未確認飛行物体」が、空飛ぶ魔法の白い絨毯だ。人類《鳥使い姫》を此処まで運んで来た精霊魔法である。人類クムランが言う通り、確かにラーザム死亡現場を通る城壁の道に落下した。そして、転がっていって、部屋の中に突っ込んだ。そこで、生前のラーザム財務官と共に、石崩れに巻き込まれたのである』
さっそく翻訳してもらっていたクムラン副官が、思わず、と言った様子で驚愕の声を上げた。
「あの石崩れに巻き込まれて、無事だったのか? 白い絨毯は――物理的に人体を運んでたのか。絨毯と、その……ハーレム妻として早死にしたという姫の人体は、何処へ行ったんだ?」
『二度も霊魂が抜けたのを、普通は無事とは言わん。だから、ポンコツ霊魂として漂っているのだ。《鳥使い姫》人体は、ラーザム財務官の身体よりもメチャクチャになって葬式用にさえ使えない状態ゆえ、守護精霊の一族が絨毯にくるんで三途の川へ運び、《精霊亀》の協力を得て、邪霊害獣にたかられないように管理していると聞いている』
……白タカ《精霊鳥》ノジュムが、天を仰ぐような恰好になったのは、きっと見間違いでは無い……
相当にディープな《精霊語》が混ざっているため、少し翻訳に時間をかけて。
人類の側で、だいたいの概要をつかんだ後。
平凡な茶髪茶眼をした若者は、戸惑い気味に、ボソッと言葉を掛けてきた。
「この場合、ご愁傷様というべきなんですかね」
セルヴィン皇子の相棒の《火の精霊》は、意外にクムラン副官が気に入った様子で、ノリノリで火花を散らしている。
『正確に理解するのは難しいが、その辺りは守護精霊に任せておけば良い。ラーザム殺害犯は、このポンコツ霊魂の人体のオーバーキル犯でもあるゆえ、キリキリ、シメてくれる。その点で我々は協力できる筈である、違わないか?』
白タカ《精霊鳥》ノジュムと鷹匠ユーサーを挟んだ翻訳ではあるが、かなり正確なニュアンスで翻訳された。
クムラン副官が苦笑いして応じる。
「朝食が済む頃に、あの現場の見張り交代があります。準備ができ次第、ご案内に参りますよ」
ゆっくりと談話クッションから立ち上がりつつ、クムラン副官は、何やら思いついた様子で、荷物袋のほうを眺めた。
「灰色の御札、『罰当たりなヤツに悪夢を見せて眠れなくする』って云うの、もらえますかね? ちょっくら試してみたいんですよ、ホントに効果があるのか」
「おい、クムラン殿。何かヘンなこと考えてないか? 誰を呪うんだ?」
「俺はいつでも至極まともだよ、オローグ殿。今日拘束したばかりの、例の刺客に食わせてみようかと思ってるんだ。汎用の黄金《魔導札》持ってたんでね、《詠唱》や《魔導陣》の心得がある可能性を考えて、没収したんだが、目的が曖昧でな。何をしようとしていたのか、なかなか口を割らん。悪夢を見せて不眠症にしてみるってのは意外にイケそうな気がする」
「立ち会ってみるだけのことはありそうだな……灰色の御札、もらえますか?」
――勿論。ぜんぶ、持って行って良いよ。
アルジーのほうでは、もう使う機会は無いだろうし。
そんな訳で。
クムラン副官と黒髪オローグ青年、それに御札の効果に興味があるという事で、鷹匠ユーサーと老魔導士フィーヴァーも加わって、くだんの刺客を拘束したという牢へと、向かって行ったのだった。




