再びの邪霊来襲の夜を超えて(4)
半分以上が寝静まった、夜更けの刻にもかかわらず。
老魔導士フィーヴァーに割り当てられた一角の、その談話室は、照明が灯りつづけていた。
「驚異のゴミ袋……シツレイ、福袋じゃないですか」
呆然とした顔のクムラン副官を、オローグ青年が、ビックリした様子で眺めている。
熟練の調査官としての経験のある鷹匠ユーサーと老魔導士フィーヴァーの手によって、アルジーの荷物袋は、ポケットひとつひとつに至るまで裏返されているところだ。
虹色にきらめく六角形の薄片は、両手に一杯ほど。それでも、帝国全土の需要を、10年ほどは支えられる量だ。
「千年モノ《精霊亀》甲羅の薄片が、これ程あったとは! よほど気前の良い、親切な千年超え《精霊亀》個体だったのかのう」
「特効薬の商店街ができますぜ、これ。一生遊んで暮らせるし、帝都大市場とかで流したら間違いなく値崩れが起きますけど、どうするんです? 闇市場、ぶったたくんですか?」
クムラン副官の突っ込みを受けて、鷹匠ユーサーと老魔導士フィーヴァーは、少しの間、無言で視線を交わした。
「予定は未定じゃ。《精霊亀》甲羅の在庫状況を確認したかっただけじゃからの。しかし、《人食鬼》異常発生源となっているであろう地下神殿を一掃して、なお生還できる可能性が出て来た。リスクは大きいが、帝国の建国以来の頭痛の種が、この夏、ひとつ消えるかも知れん。皇帝陛下の決断次第じゃが」
クムラン副官は絶句し……生唾を呑んでいる。急に国運を懸けた大勝負の話になって、さすがに頭の整理が追い付かない様子だ。
老魔導士は、ヒョイヒョイと、生活雑貨を取り出し。
「この袋の持ち主、間違いなく若い女性じゃの。持ち運び用の裁縫道具セット。繰り返し質流れ市場モノ髪櫛が3種。元は定評のある老舗の品ゆえ、掘り出し物じゃな。買換えの余裕が無いせいじゃろう、長持ちするように丁寧に扱って……数日も経っておらん新鮮な髪オイルの香りが残っとるな」
医師・薬師としての博識でもって、老魔導士フィーヴァーは、瞬時にオイル種類と香り成分を見分けたのだった。
「定番の無香オイルに自家製の調香ハーブを加えとる。《虹如星》と《瑠璃香》。体調が崩れやすい性質じゃったか? 香調は……意外にサボテンリリー系かの。クジャクサボテン近縁種の。ジャスミン系やダマスクローズ系と比べると華に欠けるうえに弱香性で、女性の間では番外になりがちな選択……そうか、製造工程が違う。白文鳥《精霊鳥》が平気な類じゃ。髪留め、数が多い。腰の下まであるような長い髪じゃったかの」
アルジーの荷物袋を引き続き確認し、老魔導士フィーヴァーは首を傾げ始めた。
「生前、どうやって生計を立てていたのかのう。《精霊亀》と付き合うなら、琵琶は必須の仕事道具の筈じゃが。神殿の定番の魔除け紅白『退魔調伏』御札5枚。未使用の青毛玉ケサランパサラン2個。公衆浴場で行水する予定でもあったのか? 墓場の定番の草木の種の入った袋。墓掘り園丁か?」
霊魂アルジーは、微妙な気持ちになって、小さくなるばかりだ。
いずれにしても魔訶不思議な制約が掛かっていて、『シュクラ第一王女アリージュ姫』であると名乗れない状態だ。
民間の代筆屋アルジー(性別詐称・男)としての人生も、名乗りの制約の範囲に含まれていて、つらつら語るという事は、できない。
いずれにしても人類への伝達は、《青衣の霊媒師》オババ殿のみに限定されている。
古代の伝統に忠実な、老練な霊媒師オババ殿が、精霊界の制約の存在を無視して、方々へ明らかにするとは思えない。まして、オババ殿も、アルジーと同じ亡霊だ。
鷹匠ユーサーはビックリするくらい感覚が良くて、間違いなく霊媒師や《鳥使い》に近い。伝達の制約は大きいけど、こんな状況の中では、鷹匠ユーサーと早く知り合えて良かった……と、シミジミしてしまう。
――荷物袋が膨らんで変形するほどに詰め込んでいた『紅白の御札』は、此処に来る前、城壁の桑林に現れた巨大化《人食鬼》への対応で、ほぼ使い果たしてしまった。
やがて……鷹匠ユーサーが、生命線である仕事道具や財布などを収めるための、隠しポケットの存在に気付いた。
「使い込まれた筆セット一式がありますね。交換用のペン先。ペン先を削るための小型ナイフ……試供品のビンに入った紅緋色のインク。おおむね神殿の御札の代理作成でしょうか。《鳥使い》は、《精霊文字》御札の作成が可能ですから。黄金の《魔導札》には触っていないようですね」
「成る程のう。ふむ? この記入済みの灰色の御札、5枚すべて『罰当たりなヤツに悪夢を見せて眠れなくする』じゃな。こりゃ自作の御札じゃ。怨念を仕込む筆致も含めて、非常に上手にできておるぞよ。聖火祠に結ぶ場合は、婚姻関係にある伴侶を呪う時にやる。婚姻関係に無い対象を狙う場合は、標的の食事に混ぜて、呪う」
老魔導士フィーヴァーは、覆面オーラン少年を振り返った。
「珍妙な霊魂、確か成人前後の姫君のような……と言っておったな、オーラン君」
覆面オーラン少年は、疑問いっぱいで沈黙したまま、コックリと頷く。
藁クズ少年セルヴィンは体力の限界が来ていて、覆面オーラン少年の後ろの寝台で横になっているところだ。だが、紗幕は開かれていて、興味津々で耳を傾けている様子が伝わって来る。
老魔導士のモッサァ白ヒゲが、一層モッサァとなる。
「ハーレム風習の有る地域と無い地域とでは、女性の成人年齢が異なるのじゃよ。ハーレムにおいては、女性の成人年齢を16歳から17歳とする。古代、邪霊の影響の強すぎたハーレムでは、7歳からハーレム輿入れおよび初夜も可能な成人年齢とする、という条例がまだ残っておる。オーラン坊主の出身の城砦は、ハーレム風習は無い。霊魂となった年齢、すなわち死亡年齢は、18歳から19歳あたりか。そこから逆算すると……」
ブツブツと呟きつづける、老魔導士である。
「御札の《精霊文字》を読み書きできる程度の教養……没落した王侯諸侯あたりの姫かの。16歳か17歳の頃に婚礼の儀をおこない、その後、1年か2年ほどで死亡。結婚手当の支給ゼロ、日銭稼ぎの底辺労働者の生活に追い込まれたと見ゆる。くわえて定番の御札は、おしなべて低コスト大量作成の労働を要求しがちじゃ。花嫁の、王侯諸侯としての名誉称号や遺産はハーレム夫へ行くから、地位と財産狙いのスジじゃろう。幸せな結婚では無かったようじゃな」
何やら盛大な疑問点でもあったのか、鷹匠ユーサーと白タカ・ノジュムが、真剣な顔で『魔法のランプ』近く、アルジーがフワフワしている辺りを見つめている。
セルヴィン皇子の相棒《火の精霊》がアルジーを振り返り、『そうなのか?』と、ユラユラと疑問符を形作った。人類の側にも意味がハッキリ分かる――首を傾げるような格好の、形だ。
――相棒の白文鳥《精霊鳥》パルは、そこまでは説明していなかった様子だ。
目下の《怪物王ジャバ》生贄に伴う諸般事情や、白孔雀の羽ペンを取り戻すための『アル・アーラーフ探索』問題に比べれば、アルジーの結婚生活が如何なるものであったか――など、些細なシロモノでしかない。
アルジーは改めて、御曹司トルジンとの結婚生活(?)を振り返り。老魔導士フィーヴァーの推理が、みごと的中しているという事実に、驚くばかりだ。
『ぜんぶ合ってる』
霊魂アルジーが、あっさりと肯定した、という気配は、すぐに白タカ・ノジュムと、覆面オーラン少年のターバンに腰を据えていた白タカ《精霊鳥》ヒナに伝わったようだ。
そして鷹匠ユーサーが、奇妙に平板な声音で、伝達したのだった。
「老魔導士どの。《鳥使い姫》の回答によれば、その見立て、すべて合っているとの事です」
少しの間、微妙な沈黙が横たわった。
遠慮の無い軽口をたたくクムラン副官でさえ、無言で苦笑いを浮かべるにとどめている。
ハーレム風習の多い帝国全土では、よく聞く話ではあるが……
「霊魂が、積み重なる怨念ゆえに成仏しないのも納得できるのう。帝国の法律では、この事例を犯罪としておらんから、微妙なところじゃが。第一皇女サフランドット姫も後宮ハーレム風習で苦労しとるから、姫が実権を握れば何らかの変化はあるかも知れんな。定番の御札の作成コスト問題は、近いうち何とかできる見込みじゃ。大神殿の学究所で、大量印刷の機械を研究開発中でな」
老魔導士フィーヴァーは、モッサァ白ヒゲを今一度しごき、「ふむ」と、ひとつ頷いた。
「いずれにせよ霊魂は、白文鳥《精霊鳥》を手先として使っている。ジャヌーブ砦の初代《鳥使い》が管理した高灯籠もな。鷹匠ユーサー殿が最初に述べたように、《鳥使い姫》呼称が適切じゃ。御名が分からんのじゃから、致し方ない」
虹色にきらめく貴重な千年モノ《精霊亀》甲羅は、一旦、持ち運び用の黒ダイヤモンド貴重品箱に収められた。後ほど、黒ダイヤモンド鍵の貴重薬品倉庫に、機密保管される予定である。
「今のところ、昔の代々の砦の《鳥使い》が、この近くの南洋沿岸に漂着した《精霊亀》甲羅を拾って、少しずつ溜め込んでいたと想像するのみじゃよ。昔から、この辺り一帯は《人食鬼》が大量発生する戦場じゃし、《鳥使い》は感覚が鋭敏で、南洋沿岸でも、色々と妙な漂着物を見付けて拾って来たと聞く。ドリームキャッチャー細工に使う飾り羽や、定番の御札を選ぶ作業で、身に着けて来た感覚じゃろうがな」
やがて、クムラン副官が首を傾げながらも、ツッコミを再開した。
「神殿や礼拝堂で特別な供養をすれば、成仏するって聞いてますけど。やります? その《鳥使い姫》に」
「先方の希望しだいじゃよ。祭祀伝統を正しく守って来たところの守護精霊は、たいてい強大なのじゃ。まして古い王統を継ぐ高貴なる第一王女だった場合は、面倒どころの騒ぎでは無い。現に、こうして物理的に荷物袋が出現しているのじゃ。白文鳥《精霊鳥》の件と言い、千年モノ《精霊亀》甲羅が出て来た件と言い、普通の怪談に収まるシロモノでは無いわ」
一区切りついた老魔導士フィーヴァーは、すこぶる疲れが出た様子だ。
老魔導士は、談話クッションにドッカリと腰を下ろし……大きな溜息をついた。その盛大な呼気は、モッサァ白ヒゲを、更にモッサァと繰り広げていたのだった。
クムラン副官は、戸惑った顔でオローグ青年を見やる。オローグ青年は、肩をすくめて応じるばかりだ。
後方に退いている覆面オーラン少年と『ヒョロリ殿下』ことセルヴィン少年は、そんな様子を見守るのみである。
鷹匠ユーサーは少しの間、思案顔をして……やがて、ゆっくりとアルジーの居る方向へ、眼差しを向けて来た。肩に止まっている相棒の白タカ・ノジュムが適宜、伝えているのか、正確に見定めて来る。
「では、《鳥使い姫》。白タカ・ノジュムが聞き取ったところ、ラーザム財務官の死亡事件を調べているとの事でしたが」
部屋じゅうの視線が、バッと『魔法のランプ』のあたりに集まったのは、言うまでもない。




