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再びの邪霊来襲の夜を超えて(3)

この宵の、ジャヌーブ砦の《人食鬼グール》討伐は、老魔導士フィーヴァーによる老練な雷のジン=ラエド《魔導》展開もあって、比較的に少ない犠牲で終結した。


特に、死人が出なかったのは大きい。動けなくなるほどの《人食鬼グール》裂傷を負った重傷者たちは医療区画へ運び込まれ、半年から1年ほど入院または通院治療の見込みである。


重傷者の回復がいつもより早いことから、何処からか『奇跡の特効薬』が入荷されたのでは――という推測もひっそりと流れていて、砦の中の空気は、久々に明るさと落ち着きを取り戻していた。


*****


反対に、いっそう困惑の渦の底へと叩き込まれたのは、オーラン少年であった。


目下、老魔導士フィーヴァーの研究室・私室と化している、医療区画の一室にて。


重傷患者として寝込んでいる――という設定のオーラン少年は、寝台でもピッタリくっついて離れない真っ白フワフワの白タカ《精霊鳥》ヒナを、あらためて、困惑の眼差しで眺めた。


何やら必死でラブコールしているらしい、という雰囲気だけは伝わるのだが……《精霊語》が理解できないオーラン少年は、要求されている内容に応じられないのだ。


セルヴィン少年とオローグ青年は、オーラン少年の困惑に同情していたが、老魔導士フィーヴァーと、鷹匠ユーサーは、生暖かい眼差しをしてニヤニヤしているのみである。


「これは本格的に《精霊語》特訓じゃのう、オーラン坊主よ。鷹匠《精霊語》は高難度じゃが、王侯諸侯が学ぶ伝統祭祀用の簡易《精霊語》は駆使できているのじゃから、早晩コツをつかむじゃろう」


オーラン少年の手元には、黒い柄をした短剣がある。あの巨大化《三ツ首ネズミ》を退魔調伏した短剣だ。


虎ヒゲ・マジードが、オーラン少年の素質に感服して、年若い『雷霆刀の戦士』候補へとゆずったもの。


ちなみに現在、虎ヒゲ・マジードは、来襲《人食鬼グール》残党の討伐のため、既に最前線へと急ぎ駆け付けているところである……


…………


……程なくして、後。


留守番を務めていた代理《火の精霊》が先ほど告げたように、最高位の代表《火の精霊》――セルヴィン殿下の相棒――と、『珍妙な霊魂』ことアルジーが帰還した。


霊魂アルジーの姿は、世間一般の人類には見えない。『何かが居るのでは?』『空目・空耳かも?』というような、微妙な違和感でしか無い。


定位置『皇子セルヴィン』と銘打たれた『魔法のランプ』の口で、代表《火の精霊》が、ポポンと灯った。


部屋の中の人類全員の視線が、一斉に集中する。


早くも、老魔導士フィーヴァーが近寄って観察し始めた。


「霊魂の来訪者が、この辺に漂っておるのかのう」


即座に、《火の精霊》が、明らかに何かを喋っている、という風にチラチラと揺らぎ始めた。


『残念ながら先刻の《人食鬼グール》咆哮で想定外のダメージを食らったのでな、まともな幽霊として御身らの前に漂うのは難しいのだ。おまけに月齢が浅くて、エネルギー再充填が間に合っていない。質問があれば問うが良い、我が霊魂から聞き取って回答しよう』


セルヴィンの相棒《火の精霊》の応答は、白タカ《精霊鳥》ノジュムが人類向けの《精霊語》に翻訳して伝え、鷹匠ユーサーが人類の言葉に翻訳して伝える形となった。


あらためて仰天し、好奇心いっぱいに眺める面々の中で。


老魔導士フィーヴァーが「ううむ」と、うなる。


「聞きたい事が山ほどあるが、最優先事項としては、千年モノ《精霊亀》甲羅の出どころかのう。他にもあるのか、あるとしたら、どれだけ在庫があるのか知りたいのじゃ。それ次第で、ジャヌーブ砦における《人食鬼グール》戦線の状況が大きく変わる可能性がある」


同意、と言わんばかりに、《火の精霊》がパチリと弾けた。この反応は、人類のほうでも、何となく『同意しているのだろう』と感じられる部分がある。


『偉大なる《精霊亀》個体は、沿岸には定住していないゆえな。巨大ハマグリと共に、遠洋の浮島として、海の邪霊・怪物どもから航路を守護している。沿岸で活動する《精霊亀》は皆、内陸の同族との出逢いを求める若い個体だ。この件、我もミステリーである。あぁ、銀月の、《鳥使い姫》呼称は便利だ。我ら《火の精霊》側でも、そう呼ばせて頂こう』


クルリ、と何かを振り返るように、《火の精霊》の炎の形がねじれる。


『――《鳥使い姫》よ、質問、良いか?』


そして。


少し間をおいて、白タカ《精霊鳥》ノジュムが意味深な鳴き声を繰り返す。鷹匠ユーサーが素早く頷いた。


「まだ《人食鬼グール》討伐の後始末がつづいていて、そちら方面の監視の目は、薄い状況。私が急いで《精霊亀》甲羅の残りを入手して来よう。この『魔法のランプ』お借りして良いですか、セルヴィン殿下?」


藁クズ少年セルヴィンは、当惑顔のまま、コクリと頷いた。


このようにして――好奇心のカタマリとなった全員で、鷹匠ユーサーの後を付いてゆく形になったのだった。


*****


夕食の刻を過ぎて、夜空は深夜の色をたたえ始めた。数多の雲が流れ、その間で無数の星々が輝いている。


夜風は、その湿度の中に、昼日中の熱の名残を含んで暖かい。ほのかな海のにおい。


霊魂アルジーは相当に疲労困憊という状態であった。白文鳥《精霊鳥》の身に憑依していた時であれば、白毛ケサランパサランで出来たクッションの上で、グッタリとのびていただろう。


そんな訳でアルジーは、《火の精霊》に、おんぶしてもらっている形だ。白タカ《精霊鳥》ノジュムが時々、何かに気付いたようにチラリと鋭い視線を向けて来るから、そのたびにギョッとする。


やがて、白タカ《精霊鳥》ノジュムが、呆れたようにブツブツ呟いた。


『……相当に「福笑い」状態だな、《鳥使い姫》、銀月の』


咄嗟に反応したのは鷹匠ユーサーだ。驚きのあまり《精霊語》では無く人類の言葉で問い返す。


「ノジュム。霊魂は人類のものの筈だが、人類の相を反映してないのか?」


『一応、異形の相では無いが。《火の精霊》エネルギー補充の影響で、ネコミミが出ているのだ。寝不足で虚無の表情になったスナギツネ面でな』


「ネコミミが出ている? 寝不足で虚無の表情になったスナギツネ?」


鷹匠ユーサーの持つ『魔法のランプ』の口で、《火の精霊》がブツブツと反論した。


『贅沢を言うな。我も、相棒セルヴィンの守護で常時エネルギー欠乏状態なのだ。銀月の再現は高難度。老魔導士が再現しようとしている「胡乱なヤロウ」こと「ニセ銀月」など、我ら精霊ジンの技量をもってすれば屁でも無い。ポンコツ《鳥使い姫》でさえ、鳥体の解除前の微量エネルギーのみで幻影を出せた』


『ほう。《魔導》カラクリ人形の件か。シュクラ産の銀糸のお蔭か、意外に適合したようだな』


『緊急時は、アレで良いかも知れん。手っ取り早く近くにあって動かせることは判明したゆえな。しかし、かの銀月の再現《逆しまの石の女》彫刻、どれほど高度な精霊魔法が必要だったか……世界最高峰の山脈《地霊王の玉座》なみの重厚長大な内容になるニャ』


精霊ジン同士のディープなやり取りは、人類の側には伝わらない。


だが、鷹匠ユーサーのオウム返しのお蔭で、「寝不足で虚無の表情になったスナギツネ面、ネコミミ付き」という抱腹絶倒な人相書イメージが、同行者の脳内に出来上がったのは、言うまでも無い。


――程なくして、目的の高灯籠のある城壁へ到着である。


早速、ピンと来たのは……黒髪の若い護衛オローグ青年だ。


「あの異例の《人食鬼グール》が出現していた場所に近いです。白文鳥《精霊鳥》が出現したのも、確か、この高灯籠だったかと」


「何と! 史上最高の天才魔導士たるワシにして、盲点じゃった! 昔は、このジャヌーブ砦にも白文鳥《精霊鳥》の渡りがあったのじゃよ。砦に詰めていた初代《鳥使い》が、鳥の巣を用意するために備えた高灯籠だったのじゃろう」


次の瞬間。


高灯籠を挟んだ向こう側で、松明を持つ人影が動いた。


「む……誰だ!」


護衛オローグ青年が、その職務に忠実に、三日月刀シャムシールを素早く構える。


人影は、サッと両手を上げて、敵意が無いことを示した。


「やだな、怪しいもんじゃ無いよ、ご同輩。これ《火の精霊》の松明だし」


松明に照らされた人相を、よく見ると――確かに、アルジーも見たことのある人相だ。


帝国人の80%と同じ、平凡な茶髪茶眼。親しみやすい陽気さを感じさせる人相。軽口をたたいているが、キビキビとした所作は、オローグ青年と同じ熟練の戦士のもの。


誰だったかな、とアルジーが考えている間にも。


黒髪オローグ青年が唖然とした様子で、三日月刀シャムシールの刃先を下げ……その人物の名を口にした。


「クムラン殿。何故ここに?」


「相変わらずクソ真面目だな、友よ。順調に躍進中の王侯諸侯、オリクト侯フォルーズ殿の側近として、帝都の宮廷社交でアレコレ活躍してる筈じゃ無かったのか、《人食鬼グール》戦線まで飛ばされた俺とは違って、ロ……」


「そこでストップ!」


「何だ、急に」


「訳あって、名前の発音流儀を変えてるんだ。『オローグ』で通ってるから、その呼称で」


「ほう。弟君が、族滅の任務を帯びた刺客アサシンの標的ゆえか。しょっちゅう名前を変えたところで、所作や人相が変わらないんじゃ逃げ切れんだろう、その辺の酒姫サーキイより上等な素顔だし。今日も其のスジの刺客アサシンがうろついてたぞ、副官の権限で職務質問かけて、『錠前破り』容疑で牢につないでおいたが」


「何故に『錠前破り』容疑?」


「午後の後半ごろかな、ラーザム財務官の死体の防護処理の儀式の際に、そこの裏で『錠前破り』騒ぎが、『2回』あったんだよ。舞い戻った犯人よろしく例の刺客アサシンがゴソゴソしてたからな、1回目の時に何か盗みそこねたんじゃないかね」


老魔導士フィーヴァーが、ずい、と立ち入った。


「長くなる話は後にしてくれ、若いの、重要な情報が混ざっているようじゃが。ユーサー殿、この高灯籠で間違いないのか」


鷹匠ユーサーは、既に高灯籠へ登っていた。てっぺんの空間を『魔法のランプ』で照らし、アルジーの荷物袋を発見済みである。


無言で頷き、手際よく取り出す。


藁クズまみれの、頑丈なだけが取り柄の、市場バザールの底辺労働者たちが日常的に使い回す類の……荷物袋を。


クムラン副官が呆れ、ついで面白がるような表情になった。


「なんだ、その……ボロい……二束三文なゴミ袋は? お宝でも入ってるのか?」


覆面ターバン姿のオーラン少年と、藁クズ少年セルヴィン皇子は無言のまま……クムラン副官と似たような目つきになった。クムラン副官の言葉と同じ内容を考えていたのは、明らかだ。


「急ぎ引き返します。オローグ殿とクムラン殿は、積もる話があれば、その辺で続けていてください」


「こんな面白そうなミステリーを前にして、ご存知の人物が依頼金をケチり出したせいで劣化が止まらん退屈な刺客アサシンの現況を話してろと? ご冗談でしょ、白鷹騎士団の鷹匠どの」


黒髪オローグ青年が、不思議そうに口を挟んだ。


「そう言えば、クムラン殿は、何故ここに? バムシャード長官の補助は?」


「夕食の刻で終わり。今は、趣味の謎解きでね。気付いてるか、明日あたり待望の雨が降るぞ。聖火礼拝堂で、神官たちによる《水の精霊》の召喚が始まってる。退魔調伏の雨にしてもらって、交易路から邪霊という邪霊を排除する……当分、骨休めできるからな」


「雨――そう言えば、雨のにおいが随分と濃くなった。謎解きって、何の謎だ?」


「ラーザム財務官の死亡現場を取り巻く謎だ。『白い絨毯のような未確認飛行物体』怪談を聞いてるだろ、オローグ殿。それが本物の絨毯だったとすると、落下地点が、ちょうどラーザム財務官の死亡現場の辺りなんだ。あとは死体を掘り出していた時の怪談だが、詳細は……そうだな、この面白そうなミステリーに俺も入れてくれれば、話そうかな」


老魔導士の、鳶色とびいろの目がギラリと光った。誰よりも立派なお眉の下で。


「つくづく食えない奴じゃのう、クムラン君。その地獄耳の『鬼耳』で、何か聞き付けたと見ゆる。まぁ良い、機密を守れるなら共に来たれ。ただし暗殺教団の類と化せば、この人類史上最高の天才魔導士たるワシの腕にかけて、地獄の底までも追い詰めてくれる。心しておくが良い」


クムラン副官は、その一瞬だけ息を呑み、真剣な眼差しになって……驚くほど整った、宮廷仕込みの一礼をした。


松明の中で見えた、クムラン副官の耳は……老魔導士の指摘どおり、『鬼耳族』子孫のものだった。

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