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再びの邪霊来襲の夜を超えて(1)

南方《人食鬼グール》戦線ジャヌーブ砦の中に設置されている、紅ドーム屋根を持つ聖火礼拝堂にて。


想定外の奇禍、対《人食鬼グール》石落とし仕掛けの誤作動(?)によって死亡したラーザム財務官――その遺体の防護処理の儀式は、色々と予期せぬ騒動で中断したものの。


その後は定められた手順に従って、順調に完了した。所定の日取りを選び、葬儀をおこなう事になっている。


窓の外は、既に夕暮れの光景。


幾何学格子窓の並ぶ廊下を通って、故ラーザム財務官のハーレム妻たち4人が、静々と退出して行った。


飲んだくれ赤毛商人バシールの妻である中年女性は、うち続いた騒動ですっかり気が抜かれたらしく、これまた無言で退出して行ったのだった……新たな事情聴取の件で、虎ヒゲ武官マジードに付き添われながら。バシールが服用していた禁制品の大麻ハシシの入手方法の詳細についての、事情聴取だ。


――とはいえ、しがない商人の妻から聞き出せる情報は、たかが知れているであろう、と思われるところだ。


ひとり、感心するほどの裕福な肥満体を持つ帝都の金融商ホジジンは、何かしら、ほくそ笑むところがあった様子だ。


物陰になる柱のもとに長く佇み、幾重にも贅肉ぜいにくが重なって消滅し果てたあご部分に手を当て。


いかにも「なにか不穏なことを陰謀しているところである」という風に、垂れたほおの肉をプルプル震わせていた……


*****


……『極め付きの変人』こと老魔導士フィーヴァーが詰める、当座の医務室。


急な来客が――事前連絡も無く、非公式の隠密の用件を持って――ひとり。


赤みを帯びた暮光が、幾何学的格子の窓枠を通って差し込んで来る、部屋の中。


そこでは、不思議な緊張が続いている。


「再び、問わせて頂きます。老魔導士どの。こちらに白文鳥《精霊鳥》が渡ってきた筈です。非常に奇妙な振る舞いをする――或いは人間に近い行動をする――白文鳥《精霊鳥》が」


「何故に、それほどに確信を持って断定できるのじゃ? 白鷹騎士団の伝説の鷹匠ユーサー殿。いや、伝説になる程の鷹匠ゆえ、《鳥使い》並みに、白文鳥《精霊鳥》の行動を察すると言うべきかのう」


「かの大型ないし巨大化《人食鬼グール》大群の退魔調伏の戦いにおいて、大型の白ワシ《精霊鳥》――鷲獅子グリフィン無双の伝説を作ったのは、いまは亡き鷹匠エズィール殿。この私ではございません」


「彼を失ったことは、白鷹騎士団にとっては大変な損失であったじゃろうな……いや、話の筋をずらした。失礼をお詫びしよう」


老魔導士フィーヴァーは、ガッチリとした体格をした一般兵士姿の来客の、肩の辺りをチラリと窺った。


鷹匠ユーサーの肩には、立派な白タカ《精霊鳥》が居た。油断の無い目でキョロキョロしている。とは言え攻撃の意思を持っていないのは明らか。その足元には、フワフワ産毛をした白タカ《精霊鳥》ヒナが挟まっているところだ。


「奇妙な白文鳥《精霊鳥》の渡りは、確かにあった。じゃが、残念な結果を伝えねばならん。ワシの聞き取った内容が正しければ、渡って来たのは2羽だったらしい。1羽は、純白の火の鳥となって、《人食鬼グール》退魔調伏と引き換えに蒸発したと聞いとる」


「2羽も渡って来ていたのですか。《鳥使い》がめっきり減少したこの頃、確かに不思議な出来事でございますね」


「うむ。もう1羽は、オーラン坊主が中型《人食鬼グール》に捕食されるところに割り込み、その精霊エネルギーでもって、坊主の身体機能――ほぼ全ての骨格および経絡と臓器を保護しおった。普通は全身バラバラの無残な肉片と散らばり果てるところ、全身ズタズタの致命傷で済んだのは、そのお蔭じゃよ。必然ながら白文鳥は、蒸発スレスレまで弱体化した。それで、火力が最も適切と思われる《火の精霊》を割り当てた。再び飛べるまでには回復したようじゃが」


「老魔導士どのの見立て、お見事と申し上げましょう。残念な結果と申しますと、その残りの1羽も蒸発したのですか?」


「その通りじゃ。まさに今日の昼メシ前に、な。その1羽が、まっこと人間と同じ反応要素を返して来る、奇妙な白文鳥じゃった。《鳥使い》では無い坊主どももオローグ君も、初見で『何となく分かるかも』と感じた、と言うくらいじゃよ。様々な不可解な現象が同時に発生したゆえ、いまだに整理と分析が済んでおらん。ワシが認識している、重要な出来事と疑問点は、3つじゃ」


「おうかがいしましょう」


老魔導士フィーヴァーは、手書きのメモを慎重に見返しながら、指を折って説明を始めた。


「ひとつ、千年モノ《精霊亀》甲羅を持ってきおった。それも《精霊亀》側からの積極的な提供があったらしい――最高級品を2枚もじゃ。当座の分は既にありがたく活用した。残りは、黒ダイヤモンド鍵の貴重薬品倉庫に機密保管した」


しばし言葉が途切れ、沈黙が横たわる。


老魔導士フィーヴァーは、思案顔で白ヒゲを撫で始めていた。


「最近は《精霊亀》甲羅を狙った乱獲や密猟が増えた。無理矢理に引きはがす甲羅ゆえ、ほぼ傷モノや不良品じゃが、特効薬や装飾品その他としての闇市場は拡大している。今や《精霊亀》は地下深く潜伏し、大型になるほど姿を見せぬ。彼らは千年も万年も存続する種族。琵琶の名手の《亀使い》を揃えて、慎重に交渉せんとな。そんな情勢の、しかも戦場の中を、かの白文鳥は、どうやって、伝説レベルの千年超えの最高級品を調達して来たのか?」


鷹匠ユーサーは、謹聴の姿勢を維持したまま、ゆっくりと相槌を打つ。


奇妙な白文鳥《精霊鳥》が、千年モノ《精霊亀》甲羅を持ち込んで来た事実は、先ほど聞き取り済みだ。


「ふたつ、何らかの理由で石化……ガラス化しておったらしい。格子窓を通過する際に砕け散り、蒸発した……その原因は何か。同じ原因で、《火の精霊》も石化するのか。この辺りは、いずれワシの手で研究して解明するつもりじゃ。白文鳥《精霊鳥》を扱う《鳥使い》が少ない現代では、注目されにくいトピックゆえ、データ集めに時間かかりそうじゃがな」


「白文鳥《精霊鳥》の謎の石化現象は、白鷹騎士団が発足して間もない頃に、認識した項目です。一時的な現象であった、砕けて蒸発した、という曖昧な目撃談が数例。《精霊鳥》の連携でもあるのか、たいてい、白タカの活動が活発化して、不法の大麻ハシシ摘発につながります。数は少ないですが、いまだ原因不明で……魔導士として、注目してくださるとは有り難い事です。解明に期待いたします」


老魔導士フィーヴァーは目をキラーンと光らせて「ほう」と頷き、興味深い要点を、メモ速記したのであった。


「白鷹騎士団にとっては、地味に気になる部分なのじゃろうな。白文鳥《精霊鳥》の謎の石化現象が、白タカ・白ワシ《精霊鳥》にも起きたら一大事じゃ。不法の大麻ハシシ摘発、専門の魔導士を抱える各種の騎士団の中で、白鷹騎士団も優秀な働きをすると感心していたが、成る程、そういう訳じゃったのか」


メモ速記を終え、老魔導士は、改めて座り直した。作業机の下にある、棺桶さながらの黒い箱に、チラリと目をやる。


「みっつ、蒸発と同時に、ワシの最高傑作となる予定の、《魔導》カラクリ人形を動かしたらしい」


「あのシュクラ特産の銀糸を大量に使用したという噂のカラクリ人形ですか……蒸発と同時に人形を動かしたと?」


「ワシにも真相は読めておらんのじゃ、いまは戯言タワゴトとしてくれ。いみじくもオローグ君が重要な示唆をした。亡霊か、流浪の精霊ジンが急に入って来たのでは、とな。とすると、まだ成仏していない人類の霊魂が、白文鳥に憑依し、カラクリ人形に憑依したという結論がありえるのじゃ」


「にわかには信じがたい結論ですが、可能性としてはありえるのですね?」


「そうとも。珍妙な霊魂は、次の憑依先を探して、その辺を漂っている真っ最中なのかも知れん。かの《精霊亀》甲羅の謎がある。何とかして、意思疎通を持ちたいものじゃがの」


「霊魂を安定させる……安置する《魔導》の術は?」


「それこそ精霊ジンの積極的な協力が必要な《魔導》よ。特定の招魂は、裏返せば禁術《歩くしかばね》じゃ。ユーサー殿も分かっとるじゃろう。あの奇妙な白文鳥《精霊鳥》の、精霊界からの召喚と実体化を試すほうが、まだ見込みがあるくらいじゃよ。実際、先刻まで、ほこりの底に埋まっていた古文書を確認しておった」


「成る程。それで、その……数百年モノのほこりだらけの姿だった訳ですな。失礼申し上げました」


老魔導士は、大量のほこりで巨大化した黒毛玉ケサランパサラン――さながらの姿であった。


――部屋を仕切る紗幕カーテンの裏。


そこでは、藁クズ少年セルヴィン殿下、護衛を務める黒髪オローグ青年、つい先ほど何処かから舞い戻って来たオーラン少年が、ひっそりと息を潜めていた。3人とも、白鷹騎士団の鷹匠ユーサーと老魔導士フィーヴァーの会話を、一字一句もらすまいと、真剣に聞き耳を立てているところだ。


どっこらしょ……と、言わんばかりに、ほこりで出来た等身大の球体が立ち上がる。ユーモラスな所作。


「個体特定の手掛かりとなる白羽は、怪我で取れたヤツを数枚ほど密封保管してある。今すぐ、あの珍妙な白文鳥《精霊鳥》召喚と実体化を試すのは、やぶさかでは無いが、この格好じゃからな。行水してくるから、少し時間をくれい」


「承知。霊魂とは言え高貴な姫君ですから……ご配慮、痛み入ります」


「姫君じゃと? 何か知っておるのかね、ユーサー殿」


「白鷹騎士団にゆかりのある《青衣の霊媒師》の占いにより……と、申し上げましょう。詳細は、行水を済まされた後に」


「急いでくる。その言質げんち、確かにとった。忘れるで無いぞ!」


意気揚々と、老魔導士フィーヴァーが行水へ赴いた後。


鷹匠を務める中堅ベテラン騎士ユーサーは、肩先でキョロキョロしている白タカへ、《精霊語》で語り掛ける。


『相棒ノジュム。かの《鳥使い姫》、この辺に居るという気配は無いか? ハッキリと目撃したうえに感受したのは、お前くらいだからな、青衣のオババ殿も頼りにしてるよ』


白タカ・ノジュムの足元で、真っ白フワフワな白タカ《精霊鳥》ヒナが、にぎやかに抗議し始めた。


『ひっどい! ボクも目撃して会話して、シッカリ記憶してるよ!』


『ガキは黙ってろ。相棒ユーサー、《鳥使い姫》は今は不在だ。この部屋の最高位の――代表《火の精霊》も不在。そこの代理《火の精霊》によれば、《銀月》と共に何かを直々に見る必要があって外出中との事。その《銀月》が、かの《鳥使い姫》だろう。一刻もしないうちに帰還すると思うが』


やがて部屋の仕切りの紗幕カーテンが、おずおずと開いた。


そこに居た3人が、鷹匠ユーサーと視線を交わしたのは、言うまでもない。


最初に年長者オローグ青年が、王侯諸侯さながらの気品のある一礼をする。


「盗み聞きする形となり、失礼いたしました。ユーサー殿」


最初から3人の気配を読んでいた中堅ベテラン鷹匠は、驚愕の表情も無く、静かに立ち上がって一礼を返した。


「こちらこそ、突然の訪問でございましたので。やはりと申しますか帝都宮廷と『毛深族』の折衷語を介して、オローグ殿で通っておられるようですな。それから、オーラン殿。幸運にも千年《精霊亀》甲羅を得たとのこと、全快お喜び申し上げます。いつか、セルヴィン殿下にも、良き巡り合わせあらんことを」


覆面ターバン姿をした少年兵は、まだ困惑している様子で……ゆっくりと、赤茶の迷彩柄ターバンを解いた。


傷ひとつ無い、色白の顔が現れた。《人食鬼グール》裂傷も、邪霊の色素沈着も、皆無。


オーラン少年の面差しは、ユーラ河源流の山岳地帯の諸民族のもの。


シュクラ部族も含むユーラ河源流の山岳地帯は、《風の精霊》《水の精霊》を崇拝する土地柄である。そこに住み着いた諸部族は、帝国人の80%と同じ平凡な茶髪茶眼ながら、《水》で薄まったかのような淡色系の彩りも比較的に多い。その中で、漆黒の目は、世界最大の山脈《地霊王の玉座》をはじめとする、東方《地の精霊》山系に連なる城砦カスバ――亀甲キジ系やオリクト系の流れを思わせる。


ハッとするほどの美少年と言って良い……不思議に、『シュクラの銀月』とうたわれた絶世の美姫と似通った、容貌。淡い茶髪に、ひと房の……見事な銀髪が混ざっている。直系では無いにせよ、何らかの血縁関係があるのだろうと思われるくらいには似ている。


「老魔導士どのは名医ですな」


鷹匠ユーサーは、じっと観察した後。


「当分は、《人食鬼グール》裂傷を口実に、覆面ターバンで隠蔽すべきでしょう。オリクト系《地の精霊》の縁と祝福で、新しい御名を得て、黒眼に変わっただけですから。東帝城砦から放たれた、族滅の任務を帯びた刺客アサシンを、また目撃いたしました。日焼けすると随分と印象が変わりますから、抜かりなく準備しておかれると良い」


「どこまで執念深いんだ、あの外道トルーラン将軍は……手掛かりとなる精霊宝物の腕輪アームレットは、侍従長タヴィス殿に託して手放してあるのに」


「各種資源の急速な減少や品質劣化が止まらぬ原因は、生存する王統男子の守護精霊の報復によるものである――と占いに出て、しかと学習したゆえ、必死で、腕を長く長く伸ばしているのでしょう。かの地は《精霊亀》生息域で、白文鳥の渡りもあり、《精霊魔法》資源が豊富でしたが、今や特産の絹や琵琶への古典彫刻くらいで、見る影も無いとか」


「資産を減らしてる訳か。方々の賄賂に用意するカネは、まだまだ残っているみたいだけど」


「帝国の財政部門からの許可も無く、勝手に経済封鎖を施し、いっそう強欲に搾取しているとのこと。帝都宮廷でも最大派閥に属する重鎮ですから、その政治生命を絶つには時間がかかりそうです」

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