南方前線の砦の中の、面々(9)終
美形中年の取次ディロンと、小太り中年文官ドニアスの間で、微妙な緊張感が漂い始めた時。
ハーレム第三夫人が、恨みがましい口調で、取次ディロンを非難し始めた。美しく爪紅を施した指先を、ビシッとディロンへ突き付ける。
「どの口が言えたものですか、ラーザム財務官の後継者などと。ディロンが取り次いで持って来る儲け話は、いつも嘘ばっかりじゃないの。あたしが投資した事業はどうなったって言うのかしらね。キッチリ約束の配当金を出さないのは、もしかして出せないから、かしら?」
美形中年ディロンは、口を引きつらせた。一度は営業スマイルを浮かべかけたが。
「そ、そんな、あれこれ言われましてでもね。ロマンはロマンだからこそ恋人たちの夢の物語と申します、無粋にもカネの話をいたしますと、かぐわしい夜の思い出が台無しに……いや、何でもございません、ハイ」
様々に察せられるやり取り。渦中の2人に、白々とした視線が突き刺さったのは、言うまでもない。
水もしたたる美形中年ディロンは、即座にゴマカシに入った。
「そ、それに、昨夜、ラーザム財務官を殺したいほど恨んでると叫んでいたと聞いてます、商人バシールですね、事業投資や商売には色々ございますね、なんか、禁制品の大麻で酔っ払ってたそうですがね、ハイ」
黒い長衣の魔導士が苛立たし気に袖を振って、その長広舌をさえぎる。
「静粛に。ラーザム財務官ご遺体の御前でございますぞ」
――その時。さらなる騒音が、乱入して来た。
甲高い叫びと共に、遺体の防護の儀式の場に入って来たのは、振り乱したベール姿の、中年女性だ。
「ああ、居た、居たわ! ラーザム財務官の第一夫人! ねぇねぇ信じて、あたしの夫バシール、絶対ラーザム財務官を殺してないわ! ホントのホントよ!」
ハーレム第一夫人は、一瞬、驚きに目を見開いたものの――取りつかれる寸前で、数歩ほど身を引いた。冷淡な態度。
「わたくしは、タフジン大調査官が解明してくださるであろう真相を受け入れるのみです。訴えがあるなら、わたくしにでは無く、そこに居る武官マジード殿と、文官ドニアス殿に掛け合うのが相応というもの、わたくしの事情を巻き込むで無い!」
虎ヒゲ戦士マジードが早くも、「バシールの妻」と称する中年女性を拘束していた。
「お見事な対応でございますな、ラーザム財務官ハーレム第一夫人どの。さすが、帝国でも重鎮たる城砦の、王侯諸侯に連なる御身でいらっしゃる。さぁ訴えは後ほど詳しく聞こう。とりわけ、あの禁制品の大麻について、入手経路を知っておいでなら、きっちり白状して頂きますぞ」
「は、白状なんて! よくも犯人扱いして! あたしも、夫バシールも、何にも知らないのに! 第一、城壁の『石落とし』の操作だって、なんか特別な『錠前破り』が必要だとか、黒ダイヤモンド《魔法の鍵》が必要なんだってねぇ!?」
「静粛に! 静粛に! まったく、これだから女は!」
真紅の長衣の神官と、黒の長衣の魔導士は、2人とも、うんざりとした顔になっていた。
霊魂アルジーは、その場を見渡すことができる『魔法のランプ』の台座をクルクル飛び回りながら、脳内もグルグル回転させていた。
――禁制品の大麻。
――ラーザム財務官が死んだ原因『石落とし』の仕掛けは、黒ダイヤモンド《魔法の鍵》による、特別な『錠前破り』が必要。
『セルヴィンの相棒《火の精霊》さん、あの話は本当? 城壁の『石落とし』仕掛けを動かすには、黒ダイヤモンド《魔法の鍵》が必要なの?』
『そうだな、言われてみれば確かに……』
問われた《火の精霊》は、ユラユラと思案に揺らめいた後、パチリと弾けた。
『大型《人食鬼》対抗措置として構築してある「石落とし」類は、黒ダイヤモンド《魔法の鍵》で封印する。大型《人食鬼》を押しつぶすために、石素材そのものが、黄金や鉄よりも単位重量が倍である。そのうえ、ひとつひとつの石に、大砲の《火の玉》と同じ退魔紋様を、《魔導》工房で刻む。意外と高価なのだ』
『その黒ダイヤモンド《魔法の鍵》封印が、自然に解除される可能性は?』
『ある』
『え……え? ホント? それって《魔導》失敗とか、とりわけ《人食鬼》相手に、あってはならぬ事故とか……』
『下位《地の精霊》魔導の場合は、普通にある。下位《地の精霊》専門は、石を固めることや鉱物の結晶、貝殻、《精霊亀》甲羅などを育てることでな、担当領域が違うのだ。人類の魔導士が、その素質の違いを見極めずに、黒ダイヤモンド《魔法の鍵》担当として、下位《地の精霊》を、《魔導》するのだ。黒ダイヤモンド《魔法の鍵》封印が自然に解除する原因は、ほぼほぼ、そのケースである』
『ちゃんと専門に勉強している魔導士が、間違うの?』
『攻撃専門に詳しくなる熱狂的な魔導士が多いが、それゆえに、識別がおろそかになるのを多く見かける。そうした魔導士の認識する上位・下位は、我ら精霊が認識する上位・下位とは異なるようだな。邪霊の側における上位・下位の認識に近いと見ゆる。類は友を呼ぶ。精霊《魔導》に失敗しつづけた果てに邪霊《魔導》へ片寄る、魔導士クズレ、霊媒師クズレが増えるのも、さもありなん』
『あ……それで。オババ殿も、そんな事を言ってた。《魔導》操作の均衡が崩れると、相応に魔性に偏った邪霊しか扱えなくなって来る……邪霊使いになる……強い退魔の能力を持つ精霊が近づけなくなる……とか』
――次の方針は決まった。
現場100回とは至言。
あの殺害現場――現場の『石落とし』仕掛けを、改めて確認するのだ。
犯人につながる何かが見つかるかも知れない。そして《魔導》が食い違っている類なら、次の《人食鬼》が襲来する前に、注意して改善しなければ。
霊魂アルジーは、霊魂の手をキュッと握り締めた。
まだ担当の《地の精霊》が居て、聞き込み可能なら……それに、謎の正体不明《地の精霊》のほうも……
沈黙かつ不動、秘密主義っぽい《地の精霊》と話したこと無いから、どうやるのかは分からないけど。饒舌で反応も豊かな《火の精霊》……《火吹きネコマタ》や、《精霊鳥》《精霊亀》《精霊象》なら、だいたいは……通訳を頼むべきだろうか?
いつしか、再びザワザワが始まっていた。新しく3人ほどの雑務役人――赤茶の長衣姿――が、儀式の場に現れた。1人が女性。いかにも庶務・受付オバサン。
「今度は何だ、この神聖な儀式の時に」
ラーザム財務官の遺体の防護処理を進めていた真紅の長衣の神官は、あからさまに不機嫌を隠さない。黒の長衣の魔導士は、もはや天を仰いでいる。
「いえね、宝物庫の扉、噂の『錠前破り』にやられたんですよ。監視の《火の精霊》が気付き、逃走経路を封鎖、《地の精霊》拘束鎖で縛ることに成功したので、取り急ぎ報告に参りました次第。あの、すぐに逮捕・連行しますか? 神官さまか魔導士さまの《詠唱》で、拘束が確定しますから、それで」
「あの噂の『錠前破り』が、此処にも?」
ラーザム財務官の遺体処理を担当していた神官と魔導士は、すぐに行動を起こした。
「きっと偉大なるラーザム財務官の生前の人徳のゆえに違いない。速やかに身柄拘束の術を施さなければ」
「虎ヒゲ・マジード殿、付き添いを願います。ドニアス殿も。拘束鎖は金庫の仕掛けの応用ですな、ドニアス殿の名案でした」
ラーザム財務官の遺体の監視と4人のハーレム妻たちの世話を、庶務・受付オバサンに任せて、ドヤドヤと移動する。
問題の宝物庫のある部屋は、この儀式の場とは、数々の出入り扉のうちひとつを隔てた隣室にあるのだ。
霊魂アルジーと、セルヴィンの相棒《火の精霊》は……次の瞬間には、白金色の光に溢れた異次元の《精霊》の道を飛び、宝物庫に備えられている《火の精霊》ランプのもとへと、転移していた。
宝物庫の扉の前を照らすランプを担当する《火の精霊》が、ポポンと炎の大きさを変化させた。霊魂アルジーとセルヴィンの相棒《火の精霊》の到着によるものだ。
アルジーの視界に入った、宝物庫の扉。
サッと動いたのは、見覚えのあるような人影。
――人影は、《火の精霊》ランプが、いきなりポポンと炎の大きさを変えたことに驚いた様子で、チラと振り返って来た。
その体格は明らかに少年。戦士の定番、赤茶の迷彩柄の――覆面ターバン。
隙間で鋭く光る、その目は……漆黒。薔薇輝石を含む黒曜石。そんな珍しい目を持つ人物は、アルジーの知る限り1人だけ。
『……オーラン……!?』
その有り得なさに、思わず息を呑む……霊魂アルジー。
目下、オーラン少年は、重傷で寝込んでいる筈では無かったか。千年モノ《精霊亀》甲羅の特効薬、そんなに爆速の、治癒効果があったのか。
ひそやかな金属音を立てて、拘束鎖が……ゆるんで滑り落ちた。
――《地の精霊》拘束鎖で縛られていたのではなかったか。金庫管理のベテラン文官ドニアスの肝いりによる、厳重な金庫鍵の応用の。
そこへ、ドヤドヤと、人々がやって来た。神官、魔導士、雑務役人、虎ヒゲ武官マジード、小太り文官ドニアス。
オーランと思われる少年兵は、素早く身を返して駆け出す。人々が入って来るのとは別の扉を、あっさりと開錠して……抜け出して、何処かへと消えて行った。
霊魂アルジーは、呆然と、目を回すばかりだ。
『いったい、何が、どうして? 逃走経路……《火の精霊》が塞いでいたんじゃ無かったの?』
監視を務めていた《火の精霊》ランプが、盛大に申し訳ない――と言わんばかりに、盛大に火の粉を撒き散らした。
宝物庫の扉の前、せせこましい空間は、混乱する人々の大声でいっぱいになる。
「逃げたぞ! あの『錠前破り』……!」
「此処の《火の精霊》によって逃走経路が封鎖されていた筈! どういう訳だ?」
「そんなバカな……! クソォ、少年兵か。躾のなってないコソ泥めが」
「こら、止めなさい、火の粉を片付けてくれ」
「どうやって逃げたんだ、あの『錠前破り』のヤツ……!」
霊魂アルジーは、恐る恐る……《火の精霊》2体を振り返る。
一方は、申し訳なさそうな気配。もう一方は、半分くらい立腹という気配。
『あの《地の精霊》に、説得された。《ジン=***アル》は理解するニャネ?』
『まさか、かの《地の精霊》――《ジン=*ロー*》が、お出ましとは。あの少年、自分の薔薇輝石に気付いてない。《精霊語》を知らないせいで、せっかくの共鳴効果も発現しないままに終わりかねない。どうにかして、猛特訓しなければ……世話が焼けるったら、焼けまくるニャ! ニャンニャン焼くニャ!』
――知らない精霊の名前だ。
霊魂アルジーは、首を傾げるばかりだった。




