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南方前線の砦の中の、面々(8)昼下がり

……次の瞬間、アルジーの視界は転移していた。


傍に《火の精霊》が居て、呆れたように、パチパチと小さくぜている。


アルジーの意識は、この部屋に安置されている『魔法のランプ』の傍に腰かける形になっていたのだった。


座布団にしているのは、小さなドリームキャッチャー細工の護符……見覚えのある白羽。ほかの小さなドリームキャッチャー護符の群れに混ざって、目立たぬように引っ掛けられてある。


『何故こんな場所に――私の、耳飾りが? 左右両方とも?』


見慣れた護符の向こう側が透けている。実体ではなく、幻影らしい。霊魂アルジーが、その上でポンポン飛び跳ねてみると、それなりに手ごたえがあるが。


『こんな事もあろうかと、白文鳥パル殿を通して取り寄せておいたものである。物理的な存在では無く、元々の護符に宿る「守護の霊力」の、いわば分霊である。この形式ならば、我ら《火の精霊》も、《鳥使い》アリージュを持ち運べる。それを今までのように、耳につけるが良い』


霊魂アルジーは早速、小さなドリームキャッチャー型をした白い耳飾りの一対を、左右の『耳』と感じる場所に順番に装着した。


ボンヤリとした、大きさのつかめない煙さながらの霊魂が、等身大の人類の姿形として再構成された。霊魂そのものに決まった大きさは無く、その人類の姿形イメージを更に白文鳥サイズまで縮めて、小人みたいに、『魔法のランプ』の上に腰かけることもできる。


その状況を《火の精霊》は理解しているらしく、小人みたいになったアルジーを『魔法のランプ』のふたの上へ招き、腰かけるよう指示して来たのだった。《火の精霊》自身は、ランプの口に灯る小さな火の形容を取り始めた。落ち着いて話そうという態勢だ。


『あの……鳥のアリージュの身体……呪縛で、壊れちゃったみたいで』


『鳥類アリージュの身体は、南洋の《精霊亀》の島で、本来の主を得て復活している。精霊ジンが元気いっぱいであるゆえ、速やかに《精霊鳥》の身体が再構成されたのだな。鳥類アリージュは、また身体を此処に派遣すると言っている。小鳥の身体が必要になる局面が多々あるだろう、と。《鳥使い》アリージュが直面している問題を、よく承知している様子であるな』


『わ、私、自分の名前を言えなかった……あの人たちに』


『精霊魔法《鳥舟アルカ》と、銀月のジン=アルシェラトの限界である。アリージュも、ほぼ銀月の精霊ジンと化しておるゆえ、アリージュの名を受け取れる人類は、この護符を作り出した《青衣の霊媒師》のみ。あの《魔導》カラクリ人形を、人類への翻訳器とするのであるか、アリージュ? いわくのある人物がモデルゆえ、やりにくかろうと思われるのだが』


『か、カラクリ人形?』


高速でやり取りされる《精霊語》に比べて、人類のやり取りは非常にゆっくりだ。


当座の確認事項が一段落して、問題の方向を眺めたアルジー。


床の上で、ピクリとも動かなくなった、明らかに無機質な物体。その周りで、老若の男たちがしきりに首を傾げているところだ。


等身大のカラクリ人形が、うつぶせに横たわっていた。男性型だが、細い体格で、中性的な雰囲気。


昼日中の陽光の中で、人工銀髪がキラキラと輝く。素材は、シュクラ王国のシルク技術を使った銀糸。故郷の特産物だ。シュクラ第一王女アリージュ姫としてのアルジーには、パッと分かる。


「何という事じゃろう。この『人類史上、最高の天才である』ワシが、腕にヨリをかけて苦心惨憺して工作した『身代わりカラクリ人形アルジュナ号』じゃ!」


老魔導士が、驚愕のあまり震える手で、カラクリ人形の衣服を脱がせた。丁寧なスキン処理が施された金属製の胴体が現れる。全面に、人工の継ぎ目。


そのうちの一つを操作すると、覆いが一斉に外れ……目の回るような、複雑なカラクリ装置が現れた。多種多様な歯車、ゼンマイ、バネ、ワイヤ……その他、諸々。その装置の中央部に、真紅に輝く《火の精霊石》が見える。


「手足を動かすための司令塔《火の精霊石》が、まだ余熱で熱い。呼吸その他の生命活動を再現し、音声を合成し、人工の継ぎ目を幻影で隠蔽してのける程に、熱回転を上げとった訳じゃ。それなのに破綻しておらん!」


「胡乱な亡霊か精霊ジンが急に入って来て、カラクリ人形を動かしたとか? そんな、場末の酒場に入り浸っている売れない作家が酔っぱらって、ヤケで執筆したようなヘボ怪談、本当にありますか」


老魔導士は目をパチクリさせた。ついで、モッサァ白ヒゲが震える……人工銀髪の《魔導》カラクリ人形を、黒い収納箱に戻しながらも。


「妙に世界名作文学じみた描写をするのじゃな、子守オローグ君よ」


「子守じゃありません、れっきとした護衛を務めております」


若者らしく反発している黒髪のオローグ青年であったが、実のところ左右の腕でもって、グッタリとした様子の藁クズ少年セルヴィンと、包帯巻き巻き少年オーランを、支えている状態だ。まさに面倒見の良い、理想的な「子守」である。


オローグ青年は、むくれた顔をしながらも、えっちらおっちらと動き、2人の少年を、いつもの談話クッションのところまで運んで行った。動かなくなった多数の毛玉ケサランパサランをギュッと詰め込んであるクッションで、絶妙な柔らかさとスプリング感のある逸品だ。


老魔導士フィーヴァーは何のためらいも無く床に這いつくばって、右へ左へと首を動かし、なおも現場の観察を続けていた。


現場で動き回る神殿調査官そのものだ。若い頃は、活動的な神殿調査官だったのかも知れない。『毛深族』自慢のモッサァ白ヒゲが、左右する首の動きに従ってホウキさながらに左右に動き、辺りのほこりを払っていた。


やがて、ターバンの下、誰よりも立派なお眉に荘厳されたかのような鳶色とびいろの目が、ハッと見開かれ……キラーンと光る。


――果たして、老魔導士は、六角形をした虹色の薄片を、そっと摘まみ上げていた。


「ふむ。実に天祐! こいつは千年モノ《精霊亀》甲羅じゃ! しかも2枚も……実に奇跡! これで特効薬を合成して使用すれば、オーラン君の《人食鬼グール》裂傷が、たちどころに治るぞ!」


若い護衛オローグ青年が唖然として問い返す。


「たちどころに治るんですか? あの《人食鬼グール》裂傷が? 半年とか1年とか、時間かかるのでは」


「原状回復には充分じゃ! ふむ。更に信じがたいことに最高級品じゃ! この場で、《人食鬼グール》裂傷も、色素沈着も、完全に消滅してやるぞ!」


目が一層ランランと光っていて、モッサァ白ヒゲが、いよいよモッサァと膨らんでいる。老魔導士は部屋じゅう駆け回り……あっと言う間に、特殊作業に必要な道具をそろえた。


「他の重傷患者にも回さなきゃならん。内臓まで傷が到達しとるのも居る。微妙な量になるから四肢のほうの裂傷は治っても多少の色素沈着が固定するじゃろうが、前にも言ったとおり、身体機能は正常に保たれておる。千年モノ《精霊亀》甲羅などバレたアカツキには帝都方面がうるさいから極秘じゃ、半年くらいは血染めの包帯に埋もれて、ごまかしておけ!」


偉大なる老魔導士フィーヴァーは、早くも薬研やげんその他の薬物製造のための道具を取り出し、錬金術さながらの摩訶不思議な作業を始めていた。


「第一発見者オーラン君、あの《魔導》カラクリ人形が動き出す前に何があったのか、目撃した筈じゃ。ワシが特効薬を合成している間、そこで目撃証言を聞かせてくれたまえ!」


藁クズ少年セルヴィンと共に、談話クッションにグッタリと身を沈めた包帯巻き巻きのオーラン少年は……困惑顔だ。淡い茶髪の先を無意識にいじくりながら、ポツポツと喋り出した……


*****


一方、『魔法のランプ』に腰かけていた、霊魂アルジー。


傍に居る《火の精霊》が、不意に、小さくパチリと火花を出した。


『同僚からの伝言だ。銀月《鳥使い》アリージュ、これから聖火礼拝堂の一角で、ラーザム財務官の遺体の防護処理の儀式が始まる。棺桶に詰めて埋葬する前に、その辺の邪霊害獣にたかられないように、防護処理をするのだ。興味深い面々が集まってるそうだから、ともに来るが良い』


『え、どうやって?』


『耳飾り護符の分霊が到着済みで、実に重畳。《青衣の霊媒師》は素晴らしい仕事をしている。ドリームキャッチャー糸を解いて……我がこちらの糸の端を持つから、アリージュは、もう一方の端を持つが良い。しっかり持って、放すで無いぞ』


『ドリームキャッチャー糸?』


アルジーの目の前に、《火の精霊》の手の形が――『ネコの手』が、現れた。確かに、銀月色に光る白糸の端を、『ネコの手』で差し出して来ている。アルジーは促されるままに、その端をつかんだ。


次の瞬間、白金の不思議な光が溢れ……『ガチャン』という《魔法の鍵》の音が響いた。精霊の異次元の道を通ったのだ。


不思議な光が収まると――既に、目の前の景色が変化していた。


いちめんに広がる、聖火礼拝堂の定番のタイル装飾。見上げると、ドーム屋根。そこは帝都紅のタイル装飾に彩られている。


ここに来た時に最初に見た、あの紅ドーム屋根の聖火礼拝堂だ。


霊魂アルジーは『魔法のランプ』台座の上で、風の流れに吹き流されつつ、フワフワと漂っていた。糸が切れた凧のように漂流してゆかないのは、早くも『魔法のランプ』を座布団にした《火の精霊》が、ドリームキャッチャー糸の端を、シッカリ持っていてくれるお蔭だ。


礼拝堂の隅――遺体処理用のスペースを一望できる絶好の位置。


既に、その場に立ち会う人々が集まって来ていた。皆、神妙な顔をしている。


人体サイズほどの特製の板敷が、人の輪の中央に配置されていた。


その板敷には、各種の退魔紋様を織り込んだ大判の布が掛かっている。横たわっている盛り上がり部分が、いまは亡きラーザム財務官の遺体に違いない。発見された時、首と胴体に分かれていたという言及どおり、頭部と思しき盛り上がりと、胴体と思しき盛り上がりの間が、少し空いている状態だ。


「おお闇を照らす高き聖火よ、いとも輝く恵み深き生命を与える炎よ」


遺体の防護処理の儀式を担当する真紅の長衣カフタンの神官が、定番の祈りの言葉を捧げ始めた。隣に黒い長衣カフタンの魔導士が居て、邪霊害獣の接近を警戒している。


集まった人々は限定されていた。ベール姿のハーレム妻、4人。ラーザム財務官の事件捜査メンバーを務める文官1人と武官1人。特に親しくしていたと思しき、知人2人ほど。


4人のハーレム妻は慎ましいベール姿だが、順番に並んでいるので、何番目のハーレム妻であるかは一目瞭然だ。


ラーザム財務官のハーレム第一夫人は、冷淡なくらいに落ち着いていて感情を見せない。ベール布は、再婚相手の余裕を見せつけるかのように、最高級品だ。


第二夫人と第三夫人は、《火の精霊》が探り出して来たとおり、将来が見通せない不安定な立場にある様子だ。2人とも、ラーザム財務官など眼中にないという様子で、視線がそわそわと泳いでいる。


色気のある美女、ハーレム第四夫人アムナは、意外にしおらしい顔だ。独立心旺盛で別に資産形成した余裕もあるのだろうが、ハーレム妻として、相応にラーザム財務官の無残な死を悼んでいるのは、アムナ夫人だけのように見える。しかし昨夜、タフジン大調査官をはじめとする、ラーザム財務官殺害事件の捜査を進める重役メンバー会議の周辺をコソコソしていたのは、何故だろうか?


知人枠で参列している、帝都の金融商ホジジン。見事な大柄の肥満体。


捜査メンバーの文官ドニアス。さしあたりラーザム財務官の後継者でもある、異国風の八の字ヒゲの小太り男。文官の定番、赤茶色の長衣カフタン姿。金融商ホジジンの脇に、まさに腰巾着という風に控えている。


捜査メンバーの武官、モッサァ虎ヒゲ戦士マジード。帝都の高官タフジン大調査官及び、この砦の代表カスラー大将軍の名代として、派遣されて来たのに違いない。


最後の知人枠の参列者は、やけに美麗な人相をした中堅世代の男だ。見るからにナルシスト。しきりに小さな手鏡をのぞき、髪型やターバン、衣服の乱れを直している。


――あの美形中年の商人風の男、誰なのだろう?


アルジーの、その疑問は、すぐに解決した。


モッサァ虎ヒゲ戦士マジードが、その美形中年を振り返り、捜査上の聞き取りを兼ねての事だろう――雑談を始めたのだ。


「ラーザム財務官の特命の取次ディロン殿。先ほどの話は驚き申した。なんでも、驚くほど大きなサイズの黒ダイヤモンド発掘の情報があったとかで、ラーザム財務官へ報告に上がるところだったとか」


「さようで、マジード殿。まさか、ラーザム財務官が、これほど急に亡くなられるとは、たいへん驚きまして。前回の会合では、私を後継者に指名してくださるとの話もございましたので、余計に」


「ほほう、今のところ文官ドニアス殿が後継者と聞き申していたが、取次ディロン殿も後継者の候補でござったか」


ナルシスト美形中年は、颯爽と一礼している。舞台役者さながらに。


霊魂アルジーは、『魔法のランプ』の周りを漂いながらも、いっそう耳を澄ます。


付き添う《火の精霊》も、「驚くほど大きなサイズの黒ダイヤモンド発掘の情報」が気になったのか、そこで反応して熱心に聞き耳を立てていた……ネコミミの形をしたものがピョコッと飛び出て、炎と揺らめいている。


――ちなみに、その場に配置されていた『魔法のランプ』全ての口に灯る《火の精霊》全員が、揺らめく炎の先端にネコミミを出していた。あまりにも微細な形の変化で、人類の側は気付いていないが……


アルジーは、すぐに思い出せた……ディロンの名を出していた昨夜の商人3人組を。


赤毛の酔っ払い大麻ハシシキメ男バシール、発掘品の先取り利権に飛びつくネズミ鼻のネズル、南洋民族の潮焼け男シンド。彼らは、ディロンの人となりについて、軽口を叩いていた。


――ディロンは、顔だけは色男だ。媚売りだ。目立ちたがりだ。政治闘争が入ってる分、当てが外れて憮然って所の筈だ。間男のチャンスを狙ってる。いまは亡きラーザムの妻を寝取ってもおかしくないくらいの動機はある。


噂の政治闘争というのが……ラーザム財務官の後継者の地位を争う、ゴタゴタに違いない。


文官ドニアスの、異国風の八の字ヒゲが不穏に震えていた。神経質そうな小さい目が、ナルシスト美形中年な取次ディロンを、チラチラと睨んでいる。ラーザム財務官から金庫の鍵を預かって管理している分、含むところは多い、という雰囲気だ。今現在も、ジャラジャラと鳴りそうな多くの鍵が、腰のサッシュベルトに固定され吊り下げられている。

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