南方前線の砦の中の、面々(5)宴
意外に――白タカ《精霊鳥》は話の分かる精霊だった。
『よく見ると人類の霊魂が憑依している。いや、ほとんど銀月の精霊だな。白文鳥が協力するとは珍しい。ジン=アルシェラトが関与したのであれば……我が相棒が適役かも知れん。白鷹騎士団の鷹匠で、正式な《鳥使い》には及ばぬが白文鳥の《精霊語》も比較的よく聞き取る。目下この辺りでは一番だな』
次に白タカ《精霊鳥》は、ヒョイと、控えの間のひとつの方向へと、首を向けて見せた。
『あの特殊な紗幕の裏の控えに、人類の相棒ユーサーが居る。隠密の任務中だが、そろそろ手が空く頃。申し遅れたが、我、白タカ《精霊鳥》ノジュムなり』
『有難う、白タカ《精霊鳥》ノジュム。白鷹騎士団の、ほかの鷹匠って会うの初めてだよ。私の父も鷹匠だったんだけど、辺境の山奥の城砦だったから……』
白文鳥アルジーは、早速ピョンピョン跳ねて、その特殊な紗幕を目指したのだった。
特殊な紗幕と言うとおり、強力な魔除けが仕込まれている。帝国の始祖、英雄王の『雷霆刀』を模した紋章だ。白鷹騎士団も所属する、帝国軍の備品。仕上げに、ドリームキャッチャー護符を吊り下げてある。
――シュクラ王国の第一王女アリージュ姫だった頃のアルジーが、人質として東帝城砦へ赴いた時も、この紗幕がお供だった。厳重なトラップ仕掛けの多い紗幕だが、取り扱い方法は、よく覚えている。
幼い時にやったように、所定の順番で仕掛けを操作して、速やかに紗幕の内側へと入り込む。
そこは、確かに控えの間だった。ターバンや長衣の乱れを直したりする時の。
壁に壁龕があり、ちょっとした身の回りの物を一時的に置けるようになっている。そこに『魔法のランプ』。《火の精霊》が、白文鳥アルジーの接近に気付いた様子で、パチッと弾けた。
その『魔法のランプ』の前で、クルリと振り返る人影。何かが入って来た――という《火の精霊》からのメッセージを受け取ったようだ。
その拍子に、その人物が佩いている三日月刀が鞘音を立てた。
背丈は少し高く、全体的にガッチリしている。定番の戦士ターバンをした、一般兵の軍装姿。ターバン装飾は、よくある白羽だが、その辺の装身具店で扱う白羽では無く――この人物の相棒だと説明していた、白タカ《精霊鳥》ノジュムの白羽だ。
その人相は驚くべきことに、よく知る人物のものだ。アルジーは息を呑んだ。
『……番頭さん?』
その男も、唖然とした顔をして見入って来た。
「半分くらい禿げてる? それは怪我か? 白文鳥《精霊鳥》……?」
違う。金融商オッサンの店に居る、馴染みの番頭さんじゃ無い。10年は若い。ターバンの端から見える髪の色――白髪が少なくて、ごま塩頭じゃ無い。
他人の空似は多いけど。もしかしたら甥御さん、または年の離れた弟さん……!
白文鳥アルジーがグルグルしている内に、ごま塩頭では無い番頭に似た男は、当惑した顔のまま、紗幕を眺め始めた。
「いったい何処から、この紗幕とドリームキャッチャー護符の封印トラップを解除して……誰か、忍者が居るのか? 白文鳥を襲った《邪霊使い》とか?」
ごま塩頭では無い番頭に似た男は、紗幕を開いてキョロキョロした後、慌てた足取りで、控えの間を出て行った。存在しない邪悪な忍者を探しに行くのだろう。あとで誤解を解かなければ。
壁に設けられている壁龕の『魔法のランプ』の場所から、新しく「ピョッ」という鳥の鳴き声がする。
『人類ユーサー、行っちゃったね。ねえ、銀月が祝福してる薔薇輝石の目をした白文鳥さん、こっちへ飛んで来れる? ボク、まだ羽が揃ってないから飛べないんだ』
『白タカ《精霊鳥》のヒナなの?』
『そうだよ、名前はまだ無い。人類の相棒を募集中さ。黒曜石が宿ってる感じの綺麗な薔薇輝石知ってたら、紹介してくれよ。そしたら、共鳴効果がピッタリ合致したら、白ワシ《精霊鳥》グリフィンみたいに大きな個体になれるんだよ。雷の精霊ラエドも、バッチリ呼んで来れるよ』
『難しい色合いだね。そんな色《地の精霊》が熱心に祝福してる人類じゃなきゃ出て来ないよ』
言いながら、白文鳥アルジーは、大人の胸の高さにある壁龕を目指して、パッと飛び上がった。そして。
『わおッ、魔法の鏡!?』
光る鏡が――持ち運び手鏡くらいの、ささやかなサイズだけど――立てかけられている!
たたらを踏んだアルジーを、真っ白な産毛フワフワな白タカ《精霊鳥》ヒナが、面白がって眺めていた。イタズラ小僧という感じ。
改めて、目の前の鏡を注目する。その辺の、どこにでもある水盤の上に、不思議な鏡が立てられている形。
――《水の精霊》の、《精霊魔法》。
額縁全体が螺鈿細工のような細かな意匠で、虹色に光っている。鏡面にあたる部分には薄青い光が満たされている。物理的な実体じゃ無い。
水盤の水に《水の精霊》を宿らせて、《精霊魔法》でもって鏡の形を投影しているのだ。幻影のように。《水の精霊》は、こういった領域では専門。
しげしげと眺め回し……鏡面を、薔薇色のクチバシで、チョン、チョン、と突いてみる。
鏡面が、虹色に揺らめく波紋を見せて波打った。
波打つ鏡面の向こう側に、人影が見える。やがて波紋が収まり。
――オババ殿!?
懐かしい顔。アルジーは仰天したのだった。
鏡面の向こう側で、紺の長衣をまとう老女――《青衣の霊媒師》も、驚愕の表情を見せている。
「ユーサー殿かと思ったら、まぁ何てことだろうね……! シェイエラ姫? シェイエラ姫の幽霊かい?」
『オババ殿、私、アルジーだよ。というか、アリージュの幽霊。色々あって死んで、いま白文鳥《精霊鳥》に憑依してるところ。人体のほうの、アリージュ本体は、生贄の儀式だの落石事故だので、死んだから』
鏡面の向こう側で、オババ殿は慌てたように、紺色の袖を振り回している。確かにアリージュ姫=アルジー知るところの、懐かしいオババ殿だ。
『せ、《精霊語》かい? ちょっと、お待ちよ。姫さん、幽霊だって? 確かに半透明の――白文鳥《精霊鳥》が半透明の姫さん背負ってる――死んでる? 生贄の儀式で? そんなバカな』
『私も信じられないけど、相棒パルが言ってたから。《怪物王ジャバ》への生贄の儀式があった地下神殿で、《逆しまの石の女》が、《鳥舟》と唱えてた。そしたら此処へ運ばれた……空飛ぶ魔法の白い絨毯で。もうじき、私もオババ殿と同じように三途の川を渡って《精霊亀》の島とか、そっちへ行く予定って聞いてる』
『超古代の伝説の、偉大なる千夜一夜の魔法《鳥舟》……!』
青みを帯びた透明な《精霊魔法》の鏡面の向こう側で、オババ殿は老練の霊媒師らしく、速やかに落ち着きを取り戻して行った。あるいは、まだ微妙に身体を震わせているから、落ち着いている振りか。
『パルってのは、あ、あの生贄《魔導陣》対抗措置のための、《薬師瑠璃光》召喚に何故か応じて、緊急的に白羽を授けてくれた《精霊鳥》……え、その後ずっと? いつ相棒に? 地下神殿で生贄、《怪物王ジャバ》だって? 銀月の精霊、三途の川、《精霊亀》の島……こいつは徹底的に分析して、一度じっくり考えないといけないね』
『やだ、パルは10歳の誕生日の時から、ずっと相棒してくれてるよ。お蔭で、起き上がれるようになって、市場あちこち歩けるようになって……あの、ユーサー殿というのは、さっき出て行った男の人? 白鷹騎士団の鷹匠とか。金融商オッサンのとこの番頭さんに、よく似てるね。すごく若くて、ごま塩頭じゃ無いから、甥御さんとか?』
三途の川の彼岸で――不思議に青い鏡面の向こう側で――オババ殿は、目を潤ませている様子だ。
『お、おぉ……本当に、もうじき、ドリームキャッチャー耳飾りの護符の、千夜一夜が……』
白文鳥アルジーは不思議な思いになりながらも……更に集中して、全身を耳にしていた。
地下神殿の生贄の儀式で殺害された末の偶然とはいえ、同じ亡霊同士になったお蔭で、こうして再び会話できるとは――この不思議な巡り合わせを逃してはならない。
――幾つか、意図や意味が読み取れない言葉があるけれど、それは後でも良い。
超古代の『精霊魔法文明』の伝統を受け継ぐ、偉大なる賢者――《青衣の霊媒師》が有する不思議な知恵と知識は、とても広くて深いのだから。
『そうだ、さっき、ユーサー殿とかち合ったんだね、姫さん。金融商オッサン……あぁ、逢ってたかね? 大神殿の財政部門ご用達の、白鷹騎士団の資金運用……いやいや、オッサヌフ殿のことだったかねえ?』
『うん、そう。いい人だよね、すっごく、がめつくて、ケチだけど。帝都のライバルに追い落とされて、東帝城砦へ飛ばされたとか。帝都の金融商ホジジンって言ってたっけ。すごい大きな肥満体。さっき、虎ヒゲ『毛深族』タフジン大調査官と一緒に来てるのを見たよ。ホジジンの股間の「男の証明」切り落として、《人食鬼》に食わせてやりたいほど怨み骨髄とか』
『姫さん、何でまた、そんな余計な知識を覚えたんだろうね。姫さんの口から、お、男の……微妙な部分の話を聞くとは、心臓が止まったよ』
オババ殿は、少しの間、ショックを受けた顔をして喘いでいたのだった。
白文鳥《精霊鳥》アルジーの傍で、白タカ《精霊鳥》ヒナが、くつくつと笑っている。人類・男の、微妙な部分の話題がウケた様子だ。
程なくして……次の瞬間。
気分の悪くなるような、悪酔いのアルコール臭があふれた。
『知らない奴だ! 気を付けろ!』
白タカ《精霊鳥》ヒナが警戒の鳴き声を上げ、アルジーも仰天して、入り口のほうを振り返る。
不審者だ。
無精ヒゲの、くたびれた酔っ払いといった風体の、商人スタイル長衣姿。
その不審者は、大振りな酒瓶を抱きかかえて転がり込んで来た。だらしなく崩れた商人風ターバンが、顔面を覆うように垂れている。その合間から見えるのは、赤毛をした、くたびれた男の顔だ。
白タカ《精霊鳥》ヒナが騒ぎつづけ、『魔法のランプ』に座っていた《火の精霊》が忙しくチラチラしながら、火の粉を撒き散らす。
『悪酔いキメてる! 大麻キメてる!』
『誰ニャ、この不届き者、酔っ払い。逮捕、連行、事情聴取ニャ』
『あ、さっき、バルコニーで「ラーザム財務官が死んで良かった」だの何だの、クダ巻いてた人。確か3人か4人ぐらいの商人仲間の1人で……バシールとか』
赤毛の酔っ払い男バシールは、突如、カッと目を見開いた……
……目と思ったのは、顔面に垂れたターバンの間から見えた、眉間の刺青だった。奇妙に光沢のある刺青。
視界に入った白文鳥アルジーを、本当に「食い物」すなわち「いちご大福」と判断したのか、歯磨きをキチンとしていない口をグワーッと開け、飛び掛かって来る!
重く甘ったるい空気――大麻の煙が噴出した。狭い控えの間の全体に、ドッと広がる。
『危ない!』
白文鳥アルジーは、死に物狂いで飛びのいた。
派手な音を立てて酒瓶が割れ、蒸留酒が床に飛び散る。
アルコール成分が、《火の精霊》の撒き散らした火花にさらされ、連続して爆発する。
ボコボン、ボンボコン、ボン! ……ドスン!
赤毛の酔っ払い男バシールが、アルコール爆発を回避しようとして、思いっきり、頭部をぶつけていた。段差の部分に。
『何があったんだね、大丈夫かい、姫さん?』
透明な鏡面は、大麻の煙を浴びて曇ってしまっていたが――音声を通して、オババ殿にも騒動が伝わっていたらしい。
そして、控えの間に新しく駆け込んで来る、シッカリした足音。ガッチリとした体格の人影。
若くした番頭によく似た、白鷹騎士団の鷹匠を務める騎士ユーサーだ。宴会場に居てアルジーに気付いた、あの目の鋭い白タカ《精霊鳥》ノジュムも騒ぎを聞きつけたのか、付き添って来ている。
赤毛の酔っ払い男バシールは朦朧としながらも、大麻によって増幅された攻撃性を振るい、騎士ユーサーに飛び掛かる。
白タカ《精霊鳥》ノジュムが飛び込み、赤毛バシールのターバンを引っ張った。よろめく酔っ払い男バシール。
ユーサーは、熟練の騎士ならではの手際の良さで、あっと言う間に、赤毛の酔っ払い男バシールを取り押さえた。
白文鳥アルジーは、パニックが収まらぬまま、その控えの間から逃げ出した……
…………
……やっと大麻成分が抜けて、魔法の水鏡は、再び透明な青さを戻していた。
その鏡面には、《青衣の霊媒師》の姿が変わらず映し出されている。
紺の長衣をまとう老女は、しばらくキョロキョロした後、鏡面を通して、白鷹騎士団の鷹匠ユーサーに声をかけた。
「あれ、姫さんが動転して、すっ飛んで行っちゃったよ。成長しても、そういうとこ変わんないんだね。ユーサー殿、大事な話があるから、手が空いたら、また《水鏡》立ち上げて、呼びかけておくれよ」
「いったい、何が、どうして……承知ですがオババ殿、姫さん、とは?」




