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南方前線の砦の中の、面々(3)宵

篝火かがりびに照らされた一角。


武骨な城壁が連なるものの、そこだけ瀟洒な展望台を思わせる構造。


明らかに身分の高い人向けの、高級なテーブル、椅子やクッション一式が揃えられていた。療養中の皇族に割り当てられる部屋周辺の設備としても、充分な格式。


トラ髭モッサァ戦士マジードが、かいがいしく酌をして回っていた。


マジードと同じ『毛深族』、より見事なモッサァ虎ヒゲを持つシニア男性が、宮廷風の所作で酒杯を傾けている。帝都紅の長衣カフタンの袖が、篝火かがりびの中で鮮やかに揺れていた。間違いなく、彼が噂の『毛深族』高官、帝都から派遣された虎ヒゲ大調査官タフジン閣下だ。


「さて、ジャヌーブ砦の大将軍カスラー殿、忌憚きたんなき見立てをお聞かせ願いたい。現状の《人食鬼グール》戦線を、いかように見ておられるのか? 帝都へ寄せられる日々の報告の中に、いささか気になる言及が混ざっているのだ」


「気になる言及とは、これいかに? 大調査官タフジン閣下どの」


応じたのは、同じく帝都紅のマントを羽織った中年男だ。いかにもベテラン軍人という角張った風貌。


しかし、幼い頃に散々《人食鬼グール》戦線を目撃したアルジーの目から見ると、隙だらけの戦士だ。人外の化け物との戦闘経験はあまり無い、という風の。


――たたき上げの虎ヒゲ戦士マジードや、オローグ青年のほうが、熟練の戦士だ。オーラン少年も、経験の浅い未熟な少年兵とはいえ《人食鬼グール》への対応力がある……


「うむ、この私タフジンが精査したところ、砦の内部の市場バザール収益に、疑義のあるズレが見受けられるのだ。もちろん『極め付きの変人』と評判の老魔導士どのが莫大な予算を食っている件は承知だが、定期的な査察報告において疑義は発生していない。老魔導士どのの予算のおこぼれにあずかる不届き者が居る可能性がある。たとえば禁制品の取引、不法な召喚のための《魔導札》などだ」


白文鳥アルジーの見つめている先で、いままで無言だった随行員――と思しき人影が、ふたつ動いた。


うち1名は、昼間にも見かけた、真紅の長衣カフタンをまとう役人、文官ドニアスだ。目立たないタイプの平均的な風貌に、異国風な八の字のヒゲ。虎ヒゲ戦士マジードから対等に回されて来た酒杯を受け、それを、もう1名の人物に、うやうやしく手渡す。


「どうぞ、金融商ホジジン殿」


ホジジンと呼ばれた、その人物は、遠目にもきらびやかな長衣カフタンやターバンで、大柄な肥満体を包んでいた。いかにも超富裕層の実業家。


眺めているうちに、急にアルジーの脳内で記憶の火花が散った。


――金融商オッサンが、「ビジネス的にも個人的にも大いに恨みがある」と名指ししていた、ライバルの金融商ホジジンだ!


帝都でも一位、二位を争う金融商ホジジン。史上初の女帝になりそうな第一皇女サフランドット姫を除いて、帝位に最も近いとされる第三皇子ハディードの、お気に入りの金融商。


全員で酒杯を一服したところで、タフジン大調査官はひとつ頷き、見事な金と黒のシマシマの虎ヒゲをモッサァと膨らませた。『毛深族』は、物事に集中し始めると、ヒゲがモッサァと膨らむのだ。


「カスラー殿は、砦を預かる大将軍として、此処ジャヌーブ砦の人間関係を、或る程度は把握してござろうか? いまは亡きラーザム財務官を恨んでいるという筋、彼のハーレム妻たちの関係のみというのが気にかかるのだ」


大柄な肥満体の金融商ホジジンが、宮廷風の洗練された所作で口を挟む。もっとも、ほおのあたりの贅肉ぜいにくがプルルンと震えるので、上品であるかどうかは、微妙なところである。


「古今東西、女どもの欲望は醜きもの、女どもの嫉妬は恐ろしきもの、とは申しますが……?」


「ラーザム財務官は辣腕であった。仕事上のやり取りで不利益をこうむった側が、ひそかに怨恨を燃やしていても不思議では無い。殺人の動機は常に単純明快。金か、名誉か、女だ」


そう言って、タフジン大調査官は顔をしかめた。


「それに、もうひとつ気になるのは、ラーザム財務官の死亡の直後に起きた、不意打ちの《人食鬼グール》来襲だ。最近は帝都でも《邪霊使い》の活動が盛んでな、私タフジンとしては、邪霊を使役する刺客アサシンの可能性を捨てきれぬ。クムラン副官と言ったか、バムシャード殿の若き助手の鋭い指摘は、考えさせられるものがある」


贅沢な長衣カフタンに包まれた大柄な肥満体――金融商ホジジンが、再びプルルンと身を震わせる。


「そのような恐ろしい陰謀が有り得ますでしょうか。となりますと、此処に居るドニアス殿の身にも危険が及びますな。ドニアス殿は、財務官ラーザム殿の右腕としての能力を評価されていて、ラーザム殿の後継の候補者のひとりでもありますからな」


「ラーザム財務官の後継者は、複数、検討中とのことだったな。よきに計らえ。ドニアス殿と言ったか、その際は良く励まれるよう、期待する」


文官ドニアスは、感激したように八の字のヒゲを震わせた。両手を表敬の形に組み合わせ、深々と一礼する。


タフジン大調査官が酒杯を揺らし、モッサァ虎ヒゲを一層モッサァと膨らませた。


「ともあれ、《人食鬼グール》問題も何とかせねばならぬ。基本方針は、カスラー大将軍も承知の上のことと思うが」


「さようにございます。この私カスラーのもとに決定しております基本方針としましては、《人食鬼グール》の群れを叩き、異常な大量発生を引き起こしている不法な召喚《魔導陣》を破壊すること。もしくは、召喚《魔導陣》として気まぐれに目覚めたと思われる、何処かの邪霊崇拝の地下神殿を破壊すること」


砦の事情をよく知る虎ヒゲ戦士マジードが、大きく頷いて同意を示す。


「大調査官タフジン閣下。このたびの《人食鬼グール》活発化、老フィリヴォラルフ魔導士の御協力を頂き、見立てが上がってまいりましたところです。地下神殿の宝探しにいそしむ冒険者や、古代『精霊魔法文明』遺跡の発掘隊が、何らかのヘマをした可能性です」


カスラー大将軍が頷き、後に続いた。


「そこで性悪な『邪霊使い』が意図的に操作した可能性も……あらゆる可能性を考慮して解決に努める所存」


その後も、新しい話題が上がり会談が続いたが……いずれも、さして重要では無い。


隊商キャラバンや伝書鳩、白タカ《精霊鳥》の中継地となっている小さなオアシスの《精霊クジャクサボテン》状況と、次の雨は来るか、の件であった。いずれも例年どおり順調で、異常な兆候は無いとのこと。


やがて会談が一段落し、男たちは各々に割り当てられた部屋へと向かい始めた。


こうして見ると、平凡な中年役人、八の字ヒゲの文官ドニアスは、いまを時めく金融商ホジジンの腰巾着といった風だ。カネの威力というべきか、金融商ホジジンが大柄な肥満体を揺らして何か言うたびに、ヘコヘコと追従している。


その行動を眺めつつ、白文鳥アルジーが記憶をおさらいしていると……《火の精霊》が面白そうにパチッと音を立てた。


『反対側の補助柱の陰に女が居る。あれは、故ラーザム財務官のハーレム妻、噂のアムナだ』


「アムナ奥さん?」


少し身を乗り出して、暗い物陰の、その場所をチェックする。


故ラーザム財務官のハーレム妻アムナと思しきベール姿。シッカリ垣間見ようとしていたのか、上半身を包む暗色のベールは大きく上げられていた。


絶世の、という訳でも無いが、ハッとするような色気と知性を感じさせる、年齢不詳の黒髪の美女だ。着衣や足元は質素に見えて上質なものを使っている。相当、懐に余裕があると見える。


アムナは少しの間、思案顔をして、小首を傾げていた。タフジン大調査官、カスラー大将軍、虎ヒゲ戦士マジード、それに大柄な肥満体の金融商ホジジンと、小太り文官ドニアス――5人の男たちの会話に、注意深く耳を傾け、内容を検討していた様子だ。


やがてアムナは、忍び足で、その場を素早く去って行った……


*****


殺害された財務官ラーザムのハーレム第四夫人アムナの不可解な行動について、つらつらと意味を考えているうちに。


夜は更けていった。銀月は、まだ出ていない。


――此処に連れて来られる前の銀月の形は、下弦の月だった。月の出の刻が、いっそう遅くなっているようだ。


あれから変わらず、白文鳥《精霊鳥》に憑依したままだ。


アルジーは、節約モードの《火の精霊》――貴重な《精霊石》を火花で守りつつ、フワフワと漂う、ボヤけた火の玉の姿である――と、うつらうつらとまどろんでいる『ヒョロリ殿下』ことセルヴィン少年の様子を、改めて確認した。


そして、思い切って翼を大きく動かし、空気を打つ。


白文鳥の身体がフワリと宙に舞い上がった。羽ばたきは充分に回復したという訳では無いが、周辺を飛び回る程度なら……


前回に受け取った《銀月の祝福》から来る体力が、まだ残っている。


体力的に行って戻って来られる、最初の手頃な近場として選んだのは、あの愉快な白ヒゲ老魔導士『毛深族』フィーヴァーが詰めている医療室……隣の部屋だ。紗幕カーテンで仕切られた続き部屋でもある。


――話題の、銀髪の《魔導》カラクリ人形、本当に『美しすぎる酒姫サーキイ』というくらい綺麗な人形なんだろうか?


美しいものが気になる、複雑な乙女ゴコロ。


白文鳥アルジーは、いったん、紗幕カーテンを吊るしているカーテンレールへ止まった。カーテンレールと天井との間には、幾何学的格子の欄間らんま。この部屋を建造した名も無き大工職人の、美的感覚がうかがえる。


幾何学的格子の欄間らんまをすり抜け、白文鳥アルジーは、そっと入り込んだ。


部屋の端に、簡易な寝台。モッサァ白毛に埋もれている。


モッサァ白毛の山は、豪快なイビキの音に合わせて、ゆっくりと上下していた。白ヒゲ老魔導士フィーヴァーだ。


お目当ての《魔導》カラクリ人形を収めたと思しき黒い箱は、医療・製薬の道具や錬金術の道具がゾロゾロと並ぶ、あの作業机の下。


欄間らんまから床へと飛び降りる。翼を収め、白文鳥の足でもって、部屋の調度の数々を慎重にピョンピョン跳ねて行き……ひそやかに接近する。


不思議な箱は動かされておらず、まだそこにあった。かすかに、あの《地の精霊》の名残を感じる。


謎の《地の精霊》は、いかなる理由であるかは知れぬものの、《魔導》カラクリ人形に特別な関心を寄せているらしい。つい先刻まで、そこに居たという気配だ。


――白文鳥アルジーがやって来たのを感じたから、謎の《地の精霊》は、どこかへ隠れたのだろうか?


同じ精霊ジンの身なのに?


それとも……中の霊魂が、人類アルジーだから?


幾つもの疑問と共に、箱の隙間を窺う……


その箱は密閉されていた。


――《地の精霊》魔法の黒ダイヤモンド鍵によって。


おまけに、強烈な磁石のように、床とピッチリ密着している。


どんな腕力自慢の強盗であろうと――かの筋肉の山のような巨人戦士だった『邪眼のザムバ』であろうと――《地の精霊》魔法に逆らって、この箱を床から引きはがして持ち上げるのは難しいだろう。


身動きできないほどの重傷者オーラン少年と、話題の《魔導》カラクリ人形とを、「どんでん返し」で交換してのけたのは。


やはり、あの謎の《地の精霊》だ。


――『人類最高の』とすら自画自賛した老魔導士フィーヴァーにも分からないくらい、巧みに……

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