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南方前線の砦の中の、面々(2)夕

ふたりの訪問者が去り、サボテン製の扉が閉じられる。


黒い長衣カフタンの老魔導士フィーヴァーが、鋭く目を光らせて、サッと振り返った。モッサァ白ヒゲと白眉をなびかせつつ。


「何故、重傷で動けん筈のオーラン小僧と、《魔導》カラクリ未完成の人形とで、手品のような入れ替わりが起きたんじゃ? いわゆる『錠前破り』のアレか?」


老練な手が、サッと垂れ幕をめくり上げる。


そこに現れたのは元通りの光景――重傷でグッタリとしている――オーラン少年だった。血のにじんだ包帯巻き巻きの。


「どういう事でしょう?」


護衛を務めるオローグ青年が、当惑の表情を浮かべ、目をパチパチしている。不思議な現象を目撃して訳が分からなくなった時のクセなのか、帝国軍の一般兵士・戦士の定番の装束、赤茶の迷彩ターバンの間に指を突っ込み、黒髪をガシガシとしごき始めた。


――『ヒョロリ殿下』ことセルヴィン少年は、気力が切れて眠ったまま、反応していない。


一方で、白文鳥アルジーは、さっそく正解が思い浮かんでいた。精霊ジンの身体に憑依しているがゆえの、精霊ジンならではの直感や感覚の賜物。


これは《精霊魔法》の一種だ。


異次元の通路……精霊ジンの道を開く術の応用に違いない。《魔法の鍵》を活用した『どんでん返し』物体移動だって可能なのだ。


白文鳥《精霊鳥》ならではの鋭敏な感覚が、謎の《地の精霊》の――活動の余韻を捉えていた。一瞬で現れて消えた気配ではあったが、その名残が、この部屋の中に残存して漂っている。


アルジー自身の経験度が足らないせいか、姿かたちなどの特徴の特定までは、できないけれど。


(あのラーザム財務官の殺害現場の近くで、パルが感じ取っていた《地の精霊》……相当に高位の)


――いずれにせよ、もう少し回復したら、徹底的に調べてやる。


痛みにうずく全身をなだめつつ、白文鳥アルジーは改めて気を引き締めた。《火の精霊》がエネルギーを注ぎ込んでくれたお蔭で、回復が早まって来ている。


老魔導士フィーヴァーと護衛オローグ青年が戸惑っていたのは、少しの間だけだった。


モッサァ白ヒゲを盛んにモサモサさせつつ、老魔導士フィーヴァーは、早くもオーラン少年のための治療薬を完成していた。そして、口うるさく注意しつつ、直筆の注意文書も合わせて、オローグ青年に手渡していたのだった。


その後、老魔導士フィーヴァーは首を傾げつつ、黒い《魔法の鍵》を、モッサァ白ヒゲの裏側から取り出した。


薬研やげんだの何だのが密集する作業机の下……人体サイズの黒い箱が横たわっていた。異国の棺桶さながらに。


その黒いフタに設置されている黒い錠前が開錠されるや、パカッと持ち上がる……


黒い箱の中で、人工銀髪がキラキラしているのが見える。


先ほどの話題に出た、《魔導》カラクリ人形『美しすぎる酒姫サーキイ』に違いない。


(あの黒い箱、金融商オッサンの店にあった貴重品の収納のための鍵付き書棚と同じように、《地の精霊》が宿る黒ダイヤモンド《魔法の鍵》で封印されてるんだ)


謎の《地の精霊》は、本当に高位の存在なのだ。その辺の黒ダイヤモンド《魔法の鍵》を説得して動かせるほどに。


*****


砦の中は1日中、大勢の人が行き交い、ザワザワした気配が続いていた。


帝都から来たタフジン大調査官と、彼を補佐する助手の一団が砦の中を動き回っている。


日没が近づき、城壁の外でも、禍々しい《人食鬼グール》出没の危険が無くなったとみて、様々な物資を運び込む隊商キャラバンが足早に出入りしているところだ。


*****


その高階層の一角は、ジャヌーブ砦の中で、最も格式のある装飾に彩られている。


紅ドーム礼拝堂にほど近い、その辺りに、大広間が設置されていた。


大広間の中、かねてから帝都より派遣されていた高位役人タフジン大調査官が、最上位に鎮座している。帝国の威信を示す第一級の染色「帝都紅」をふんだんに使った贅沢な長衣カフタンが、輝かんばかりの存在感を示していた。


本来は別件で派遣されていたのだが、急遽、砦の内部で発生した不審死事件に乗り出した形だ。


大広間の下座のほうには、多くの文官と武官が並んでいた。帝都から随行して来た者、砦の内部から選抜された者、半々だ。あの八の字のヒゲをした中年小太り文官ドニアスも混ざっている。


下座の面々のうち上位者たちは、砦の代表を務める大将軍カスラーと、砦を守る4人の「長官」と呼ばれる将軍たちと、その部下たちである。偶然にして財務官ラーザム死亡事件に立ち会ったバムシャード長官とクムラン副官も揃っているところだ。


タフジン大調査官の上半身で、見事なモッサァ虎ヒゲが金と黒に輝いている。老魔導士フィーヴァー言及するところの、『毛深族』虎ヒゲ部族の長ならではの……手入れの行き届いた美髯びぜんだ。


「ジャヌーブ砦の大将軍カスラー殿。この場を設けてくれた事、偉大なる皇帝陛下シャーハンシャーに代わりて、礼を申す」


「恐悦至極にござります、大調査官タフジン閣下」


カスラー大将軍が、物慣れた帝都宮廷風の所作で一礼して応えた。


高位武官にふさわしい「帝都紅」のマントがひるがえる。そのおもては、さすがに砦の大将軍を務めるベテラン中年男といった風貌だ。


戦士の定番、赤茶の迷彩ターバンで白髪の多い頭部を巻いているものの、目下、平常時。マントの下の装いは、念入りに染色を施された長衣カフタンだ。とはいえ現役の武官らしく、本格的な三日月刀シャムシールと短剣のセットは万全の状態である。


「さて、皆々の者、ご苦労。これより第1回目の報告会を始める。我が補助の調査官、順番に報告を述べよ。砦の長官と副官おのおの方は、調査官が述べた内容に疑義あれば、都度、立って反論を述べよ」


「ははー」


荘重に進む会議次第を眺めつつ、若き皮肉屋クムラン副官が、バムシャード長官にだけに聞こえるように、ボソッとささやいた。


「カスラー大将軍も、あれだけめかしこむと、なかなか有能って感じじゃありませんか、バムシャード長官どの」


「こんな所で、あえて言おうとするなよ、『カスである』――などとはな」


実直かつ生真面目、といった雰囲気の中年バムシャード長官は、しかめ面をして胃袋の辺りを押さえた。中間管理職というのは、ストレスが溜まるものなのである。


*****


タフジン大調査官ご臨席の調査報告会議は滞りなく進み、そして終了した。


新たに浮上した事実は、洗濯女から聞き出した内容である。


あの小太り中年の役人ドニアス文官とは別の、砦から選抜された特命調査官が報告した。


――という事を、白文鳥アルジーは、《火の精霊》から聞き出したのであった。


砦の各所の照明と邪霊の侵入防止を兼ねて、《火の精霊》の炎は何処にでも灯されるものであり、城壁の篝火かがりびから調理場の魔除けの炎まで、《火の精霊》連絡網は緻密だ。


噂話が一区切りつくと、セルヴィン殿下の相棒を務める《火の精霊》は、『魔法のランプ』の口まで移動して、聖別された油をもくもくと食事し始めた。ほとんど消え入るばかりに弱々しくなっていた炎が、やがて輝きを取り戻してゆく。


白文鳥アルジーは、傍の寝台で気絶するように寝入っているセルヴィン少年を見やった。ターバンは解かれてあり、パサパサ毛髪が、藁クズのように散らばっている。


先ほど、生贄《魔導陣》の再発作で、倒れたばかり。実際、哀れなほどに虚弱な少年皇子セルヴィンは、ほとんど病室暮らしだ。


紗幕カーテンで仕切られた先にある続き部屋が、あの『毛深族』老魔導士フィーヴァーが――この老人は『極め付きの変人』という理由で帝都から追放された身である――ひとまず此処『ジャヌーブ砦』の医師として、詰めている部屋だ。


おかしな理由で追放されたという老魔導士であるが。


あの『人類史上最高の、《人食鬼グール》裂傷の治療の専門家』という内容の自画自賛は、ハッタリでは無く本物だ。邪霊による異常な負傷が付き物の《人食鬼グール》前線では、心強い存在に違いない。


当座のエネルギー補給を終えた《火の精霊》は、早くも『皇子セルヴィン』と銘打たれている『魔法のランプ』の定位置――そこに置かれているセルヴィン少年のターバン装飾石を座布団にして座り込み、その貴重な《精霊石》が盗まれないように小さな火花を光らせ始めた。


『そろそろ、大丈夫? セルヴィン、少しずつだけど回復してるみたいだし』


『うむ。次は、特命調査官が説明していた、洗濯女の証言の件だったな』


セルヴィン殿下の相棒《火の精霊》は、えらそうな言葉遣いの割に気さくで、話好きだ。


『この砦には、中庭の噴水へつながる水路を巡る、複数の回廊がある。その辺りで、故ラーザム財務官のハーレム第四夫人アムナが、ウロウロしていたと言う。これは我が同僚の《火の精霊》も確認したが、それっぽい出入りはあったようだ――ようだ、というのは、そこは安全区であって、我々《火の精霊》監視領域では無いから分からん、というのが正直なところである』


『ハーレム妻、奥さん? ……の行動が注目されたのって何故だろ?』


『金策。ラーザム財務官はドケチな人物だった。ハーレム妻は4人居るが、アムナ含めて、いずれの女にも気まぐれに手を付けるだけで、カネをかける事は、平等に無かったという』


――何だか、どこかで――どこでも――聞いたような話だな。


白文鳥アルジーは、そっと溜息をついた。そこで《火の精霊》がパチッとぜた。


『我ら《火の精霊》諜報網の報告も述べよう。第二夫人と第三夫人は、それぞれ授かった子供の将来の件があって、ラーザムの遺産を総取りしようと狙っている。第一夫人は子が出来なかったが、或る王族の血を継ぐ資産家出身かつ面倒な養子縁組なしという好条件が相まって、早くもハーレム脱退および再婚の検討を進めているという状況だ』


――早急に、ラーザム財務官を殺害した犯人を突き止めなければ。


にわか仕立ての探偵となったアルジーは、話の内容を必死で記憶した。


第一夫人については、高位の身分という後ろ盾もあり、今後の身の振り方については問題ない。同じく寡婦となった第二夫人と第三夫人は将来が不安定で、要注意。では、第四夫人アムナは……


『差し当たって、アムナは賢く資産運用しているのでな、故ラーザムの遺産はそれほど欲しいという訳では無さそうだ。真の財産額を知れば、帝都の有名な金融商ホジジンも、ホクホク顔で手を揉み、ヒモ希望の若いツバメも殺到する』


『よく知ってるね?』


『ラーザム第四夫人アムナの財産を管理する帝都の金融商が、非常に――過剰に敬虔けいけんな人物でな。過去に巻き込まれた出来事が酷すぎたせいだが、金銭にさわる事を罪深く穢れた業として、聖火礼拝堂の魔法のランプの前で、あらいざらい懺悔してゆくのだ。業務報告と共に。あそこまで沈鬱にならなくても、と思うが、ありがたい情報提供者だ』


しばし沈黙が入る。そして《火の精霊》は、急に、グイーンと細長い形を取りつつ背伸びした。


『どうしたの?』


『あの窓の外に注目を、アリージュ。あそこは見張り場を兼ねた重役用の野外談話室だ。セルヴィンが朦朧もうろうしている時間が長く、機密を守りやすいとあって密談の場に選ばれる。興味深い人類たちが、興味深い内容を話し合っている。我ら《火の精霊》の連携で彼らの会話を中継するから、その白文鳥《精霊鳥》の冠羽を立てて、受信するが良い』


窓の外は、既に夕闇に包まれていた。最初に感じたとおり、やはり湿気が多い。


かつて、生前のオババ殿から教わった帝国の地理を、おさらいする。


南方前線の要『ジャヌーブ砦』は南洋沿岸の帝国領土に属する。この南洋沿岸の帝国領土は、雨季と乾季のハッキリしたトロピカル気候。


白文鳥《精霊鳥》の身体に出来た《人食鬼グール》裂傷は、速やかにえていた。だが、白い翼は、まだ羽根の数が回復していない。


湿気の多さを考慮して、アルジーは慎重に翼を動かし、窓枠にスムーズに飛び移った。


幾何学的格子に彩られた窓枠ではあるが、白文鳥《精霊鳥》の小さな身体は、この格子の隙間をスリ抜けられるものだ。


それでも、夜目にも目立つ純白の小鳥の身体。


アルジーは慎重に幾何学的格子の密なポイントに位置を取りつつ、目的の方向を窺った……

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