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南方前線の砦の中の、面々(1)昼

目下の怪我が癒えた後で取るべき行動――白文鳥アルジーが、つらつらと計画を考えていると。


部屋の外のほうで、ザワザワとした物音がつづいた。誰何すいかをしている衛兵か、見張りの類。


気配が動き、2人ほどの足音が接近して来た。


間を置かずして、補強加工を施されたサボテン製の扉が、強めに叩かれる。


「老魔導士フィリヴォラルフ殿、扉を開けられたい。手前マジードでござる。昨夜の殺人事件、すなわち財務官ラーザム殺害事件について、確認したき項目があるのだ」


「虎ヒゲ・マジード君か。いま合成薬物で手がふさいでいるんじゃ。後で来い」


「大調査官じきじきに、ラーザム事件の調査に着手されているのだ。老フィリヴォラルフ殿も知ってのとおり、あのタフジン大調査官は気が短い」


「我が学友、『虎ヒゲ』部族の長タフジン君じゃと! これ、オローグ君、扉を開けてくれたまえ」


「はあ。名前の発音違いは、よろしいので?」


黒髪をした若い護衛オローグ青年は、ちょっとした理不尽に頭を振り振りしながらも、扉を開ける。


――『毛深族』独特のモッサァ・ヒゲ面をした、大柄な戦士が現れた。戦士の定番、赤茶色の迷彩ターバン。


日焼けした人相は、激闘の証拠の古い傷痕が刻まれていて、大迫力だ。


魔除けを施された三日月刀シャムシールいている。片方の手に持つのは、大型《人食鬼グール》対応の大斧槍ハルバード


戦士ターバンを巻くために、頭部の毛は綺麗に剃ってあるが、見事なヒゲは『毛深族』が誇るだけのものはある。金と黒のシマシマ美髯びぜんは、成る程『虎ヒゲ』と納得だ。


アルジーは、白文鳥《精霊鳥》ならではの高感度でもって、ピンと気付く。


――この『毛深族』虎ヒゲ戦士マジードという人物、雷のジン=ラエドと契約している熟練の戦士だ。


大斧槍ハルバードの魔除け紋様が、白金色に輝く雷のジン=ラエド《魔導陣》。よく手入れしてある武器だ。雷のジン=ラエド《魔導陣》の武器を持つことは、良馬を持つことと同じくらい、戦士の誉れと言われている。所有主として《精霊契約》をシッカリ交わしてあるのだろうと予測できる。


色々あり過ぎて、もう随分と経ってしまったように思える……金融商オッサンの店で見かけた、謎の黒い三日月刀シャムシールが思い出される。あれも、雷のジン=ラエド《魔導陣》の品だった。


注目していると、赤茶色の無地の文官ターバン姿が現れた。


中年小太り男。平凡な姿形だが、異国風の八の字のヒゲが綺麗に整えられていて、裕福さが窺える。良い布を使った赤茶色の長衣カフタンは、文官の定番。腰のサッシュベルトに固定され吊り下げられた数種類の金属の鍵が、カチャカチャ音を立てている。


虎ヒゲ戦士マジードが、礼儀正しく大斧槍ハルバードを固定しつつ、連れを紹介し始めた。


「老フィリヴォラルフ殿、こちらは、財務部門の文官ドニアス殿と言う。今は亡きラーザム財務官の直属の部下の1人でござる。重要な金庫をいくつも任されても居て、ええと目下、急死したラーザム財務官の代理で、業務を進めておられる。このたび代理業務を中断して、タフジン大調査官の手先として動かれている」


「成る程じゃの。このたびは誠にお気の毒なことじゃったの。急じゃっただけに、混乱も多かろう」


「お気遣いいただき、誠にありがとうございます、偉大なる『毛深族』大魔導士の老フーボボ殿」


「これまた発音を間違っとるのう。ワシの名前そんなに難しいか。いまは『大魔導士』じゃない、ただの『魔導士』で構わん……まあ良い、確認したき項目とは何じゃ?」


白文鳥アルジーは、興味津々で、やり取りを眺め始めた。


子供の片手にもすっぽり収まるような、ちっちゃな小鳥の身体は、チョコチョコ動き回っても気付かれにくい。堂々と、耳をそばだてることもできる。


八の字ヒゲの財務関係の文官ドニアスは、帝都仕込みの折り目正しい所作で一礼した。


「実は、生前からラーザム財務官が気にしていた項目で。正体不明の『錠前破り』が徘徊しているのは老フーボボ殿も御存知でしょうが、ラーザム財務官を殺害した犯人も、その正体不明の者では……という話が上がっておりまして。事と次第によっては、タフジン大調査官にも説明しなければ」


「噂の『錠前破り』については、こちらも曖昧模糊というところじゃのう。それに、以前、大きな金庫のひとつが開けられなくなって大騒ぎになった時に、緊急的に錠前を破ったのは、ドニアス殿じゃったかのう。うろ覚えじゃが」


「お聞き及びでございましたか……まこと恐縮にございます。おや、その垂れ幕の裏の寝台には、誰か……?」


老魔導士フィーヴァーが手を上げて制止しようとしたが、文官ドニアスは意外に素早い身のこなしで、サッと寝台に近づき……紗幕カーテンを上げた。


めくり上げられた紗幕カーテン。その奥の寝台に横たわっていたのは。


オーラン少年では無かった。何故か。


小太り中年の文官ドニアスは、驚天動地のあまり、赤茶色をした文官仕様ターバンをズリ落とす勢いで飛びすさった。


「な、何です、この人形は?」


「人形?」


オローグ青年がビックリして身を乗り出す。


興味津々の、モッサァ虎ヒゲ・マジードも。


確かに、血まみれ包帯巻き巻きでグッタリしていた筈の、オーラン少年では無い。


老魔導士フィーヴァーが、誰よりも立派な白い眉毛を吊り上げ、モッサァ白ヒゲをしごいた。その老練の魔導士ならではの、鋭く注意深い眼差しは、ランランと光っていた。


「ワシの最高傑作となる予定の《魔導》カラクリ人形じゃよ。もっとも、例の容貌は、なかなか再現できておらんが」


白文鳥アルジーの位置からは一部分しか見えないが、それでも、輝く銀髪――老魔導士フィーヴァー渾身の手作りだろう――が、寝台から長々と垂れ下がっているのが分かる。


「見事な……美しすぎる《魔導》カラクリ人形ですねえ。『美しすぎる酒姫サーキイ』。これなら、王侯諸侯たち向けに限定版で売り、簡単な普及品のほうで数を作って帝都の方々の娼館に売りさばいて、収益を財源の一部にでも……」


「アホ抜かすでない、文官ドニアス君とやら。此処まで細工するのに、どれだけ高価な《魔導》の品を使ったと思っとるんじゃ。しかも、あとは、何とかして皇帝陛下シャーハンシャーの頭を1日中ボンボコ殴っておいて、1日中ボンヤリさせておかんと、ごまかせんのじゃぞ」


モッサァ虎ヒゲ戦士マジードが、感心したように虎ヒゲを撫で始めた。


皇帝陛下シャーハンシャーを1日中、殴り倒しておかねばならぬとは、不敬罪どころか国家反乱罪に問われて、問答無用で首チョンパされそうですなぁ、老魔導士フィリヴォラルフ殿」


「噂に聞く胡乱な状況で、まっこと『胡乱なヤロウ』が失踪しとるんじゃ。神殿のほうでも手を打つ必要は大いにあるのじゃよ、予期せぬ混乱が帝国全土に及ばぬようにな」


モッサァ白ヒゲ老魔導士フィーヴァーは目をギョロリと剥き、シワだらけの達人の指をヒョイと曲げ、セルヴィン少年の寝台の方向へと向ける。


「現に『ヒョロリ殿下』が禁術の生贄《魔導陣》でヘタレておる。『人類史上最高の天才魔導士』たるワシが対抗措置を施す前は、《骸骨剣士》来襲で大変だったのじゃよ。他の腰抜け皇族どもは、末皇子を守るどころか我先に逃げ出し、追放という策謀をやらかした。この不戦敗ぶり、《怪物王ジャバ》退魔調伏を成し遂げた偉大なる始祖・英雄王が嘆こう」


「やんごとなき方々も苦労されますなぁ。問題の『胡乱なヤロウ』に言われたままに、けしからん生贄《魔導陣》の術を動かしている『魔導士クズレ』もしくは『霊媒師クズレ』、全員を逮捕して、地獄の聖火で火あぶりにせねば」


「右に同じじゃ」


老魔導士フィーヴァーが大きく頷く。その拍子に、胸元で踊る数々の護符の首飾りが、盛大に魔除けの音を立てた。


「宮廷勢力の都合はさておき、あの『ヒョロリ殿下』は、帝都の大聖火神殿の財政理事をやっとる皇弟リドワーン殿下のほうに似て見所のある小僧じゃ。『高齢の夜の交渉』の結果は『英雄、色を好む』フザけた過剰性が薄くなるらしい」


老魔導士フィーヴァーの強烈な語りに……小太り中年の文官ドニアスと、黒髪の若い護衛オローグ青年は、呆然とするばかりだ。


虎ヒゲ戦士マジードは、同族『毛深族』ということもあるのか、見事に調子を合わせている。


「取り扱いの難しい末席セルヴィン殿下を、将来いかにすべきか……老フィリヴォラルフ殿は、既にお考えがある様子ですな」


「常々ワシは、セルヴィン小僧を去勢して学究コースへ放り込むことを宮廷重鎮に進言しとる。昔、皇弟リドワーンを去勢して大神殿の学究所に入れ、宮廷の暗闘から引き離したようにな。愚兄賢弟じゃな、皇弟リドワーンによる皇位簒奪を恐れた、皇帝陛下シャーハンシャーからの刺客アサシンも、人道の限度を超えておった」


「あの頃は、刺客アサシンの暗躍など色々ひどかった時代でしたな。まぁ、同時期に老フィリヴォラルフ殿の政治工作があって、余計な混迷も刺客アサシンも解決しましたが」


「うむ。ワシの見立ては間違ってなかったじゃろう。そもそも、白鷹騎士団の、白タカ・白ワシ《精霊鳥》の群れに対して適切な環境を提供できているのは、大聖火神殿の財政理事として辣腕を振るっておられる皇弟リドワーン閣下の運営協力のお蔭じゃ。ヒョロリ小僧も学究コースを経て、何処かの機関で、ひとかどの運営手腕を発掘するじゃろうよ」


モッサァ虎ヒゲ戦士マジードが、苦笑いしつつ、ボヤくような格好になった。


「よくよく、宮廷の権力欲だらけ節穴デマ好き軍師気取りのくせにボンクラな御方たちとは、考えが合わないところで。ひとかどの学を修めたうえで同じ帝国語しゃべってるのに、意図が通じないとはオモシロ……いや、悲惨なことで」


「虎ヒゲ・マジード君よ、つくづく、クムラン君と気が合いそうじゃのう」


異国風の八の字ヒゲの小太り文官ドニアスが、不思議そうに首を傾げる。


「クムラン殿とは、どなたのことで? 老魔導士フーボボ殿」


「この南方前線の砦を守る四人の長官のひとり、バムシャード君が副官として大抜擢した、胡散臭そうな新入りの若者じゃよ。大抜擢の際に偶然につらを合わせる機会があってな、その後はお互いに多忙で没交渉じゃが、確か、注目すべき素質があったと記憶している。この辺をウロウロしておれば、そのうち逢えるじゃろう」


文官ドニアスが、中年男らしい微妙にふくよかな腹を揺らしつつ、垂れ幕を元通りにし始めた。市場バザールの何処でも見かけるような平凡な顔立ち――異国風の八の字のヒゲだけが目立つ――に、疑問の色が浮かぶ。


「それでは、老フーボボ殿。ラーザム財務官の死亡事故の際、誰か犯人と思しき者が居合わせたようだという、あの指摘は、どうなるのでしょう?」


「虎ヒゲ・タフジン大調査官が、帝都目線で、そういう見立てをしたという事じゃな?」


「さようで」


「誰が、については、分からんな。勿論、城壁の『石落とし』が自然に動く筈が無い。噂の『錠前破り』か、物理的な誰かが殺意を持って動かした筈じゃ。直前に、あの紅ドーム礼拝堂のバルコニーを横切ったという『白い絨毯のような未確認飛行物体』の件も気になるな。虎ヒゲ・マジード君と共に、頑張って調査をつづけてくれたまえ、文官ドニアス殿」


虎ヒゲ・マジードが、かしこまって背筋をピンと伸ばし、大斧槍ハルバードを持ち直した。切り上げ時、と空気を読んだ様子である。


「証言集めはそろそろ良いでしょうか、ドニアス殿。あとは《人食鬼グール》の件となりますし、これはドニアス殿は、確かタッチしないとか」


「おぉ、さようで。お忙しい時に失礼いたしました……老魔導士フーボボ殿」


赤茶色の長衣カフタンをまとう小太り中年文官ドニアスの腰の辺りで、再び、サッシュベルトから吊られた鍵束が、カシャカシャと音を立てた。

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