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色々ありすぎた夜が明けて~老魔導士と青年と少年たち(後)

――《人食鬼グール》裂傷。


不意に、アルジーの中でパッと思いつくものがあった。


一緒に持ち込んだ形になった、あの荷物袋の中に。


確か、千年を超えた《精霊亀》からもらった……虹色の不思議な甲羅の欠片があった筈。


いまは憎むべき敵になってしまったのは残念だけど、ユージドお従兄にい様も、『千年モノの《精霊亀》の甲羅があれば、傷痕も色素沈着も綺麗に消える』と言っていた。


記憶によれば、あの荷物袋は、まだ城壁の高灯籠スタイルの聖火祠に隠してある筈。昨夜の安眠スポットにもなった……


白文鳥アルジーは身動きしようとした……そして、全身の傷がうずき、気が遠くなったのだった。


失神、数分ほど。


なにやらポカポカした感触に目を開けてみると。


本能的な身体反応か、白文鳥《精霊鳥》独特の冠羽がピッと立っていて……その先端に、小さな《火の精霊》の炎が灯っていたのだった。さながら極小ランプの灯だ。《火の精霊》のエネルギーを分けてもらっている状態らしい。銀月に照らされていた時とは、感触が違うけれど。


安心したようにフニャリとしたセルヴィン殿下が覗き込んで来ている。ハンカチの上から数回ほど小鳥の頭を撫でた後、虚弱な少年は気力が尽きた様子で、フッと意識を飛ばしていたのだった。


近くでは、薬研やげんの作業を終わらせた老魔導士フィーヴァーが、乳鉢と乳棒を使って、薬物をさらに細かくすりつぶしているところである。かくしゃくとした所作。立派なお眉や白ヒゲを作業に巻き込まないでいられる身のこなしは、大したものだ。


戦士の休息と言うべき、静かなひととき。


やがて、白文鳥アルジーの冠羽の上でチラチラとしていた《火の精霊》が、パチパチという炎のささやきのような《精霊語》で語りかけて来た。


『いま話せるところだろうか? 白文鳥パル殿の伝言があるのだ、白孔雀《魔法の鍵》継承者、《鳥使い》、銀月の。パル殿の依頼どおり「アリージュ」と呼ぶよ。我らの言葉が分かるのだね、アリージュ?』


『え? う、うん……』


『それは重畳。我、セルヴィンの守護精霊《ジン=***アル》なり。セルヴィンの成人を待って精霊契約する』


契約対象外の人類には、精霊の名前は伝わって来ないのが普通だ。それでも一部分が聞き取れるのは、元々アルジーが《精霊語》に習熟していて……いま、霊魂が白文鳥《精霊鳥》の身に乗り移っているせいだ。


『鍵と鍵穴みたいに合致する、薔薇輝石ロードナイトなんだね。琥珀色か金色か、よく分からない目の色だし、珍しいよね。セルヴィン、傍目にも衰弱がひどそうだけど、大丈夫?』


『帝国皇族の政争に暗殺は付き物なのだ。人類という集団の、欠陥である』


そこで、《火の精霊》は、憤然としたように小さな火花をパチッと弾いた。


弱々しくぜた程度だが、その火花は、妙に白金色を帯びている。虚弱な体質の相棒を持ってしまった《火の精霊》ならではの弱小な姿形ではあるが、相当に高位の精霊に違いない。端々に、並みならぬ雰囲気が感じられる。


『我が相棒セルヴィンは、禁術の生贄《魔導陣》によって生命力をむしられているうえ、帝都から遠く《人食鬼グール》討伐真っ最中の南方前線「ジャヌーブ砦」に、「鍛錬を兼ねた静養」と称して追放……いや、移動させられたのだ。我がチマチマと補給しているが、いつまでも補給しては居られぬから、正直どうしたものかというところなのだ。精霊魔法の護符にしても、適合する品が見つからない』


――話に聞く以上の、帝都の政争だ。穏やかでは無い。第一皇女サフランドット姫が女帝とされているそうだが……


『つまり、此処は南方《人食鬼グール》前線「ジャヌーブ砦」という場所なんだね。セルヴィンに仕掛けられた生贄《魔導陣》、《怪物王ジャバ》が関わってるの?』


パチパチと、《火の精霊》はぜた。心底、仰天したという雰囲気だ。


『我が知る限り、それは人類の有史以来の禁術の中の大禁術。復活させた魔導士や霊媒師は居ない筈だ。邪霊使いも』


『え、でも私は《怪物王ジャバ》の生贄《魔導陣》に、ずっと取り付かれているよ?』


少しの間、沈黙が漂う。《火の精霊》は、アルジーを観察し始めたようだ。


『……その白文鳥の身には、生贄《魔導陣》は、いっさい見られぬが。あ、そうであるか。元の人体が、呪われていたのだな? 人体の生命力ほぼ枯渇、という特殊な条件下ならば、極めて近い波長の精霊ジンの一族とであれば、意識の波動を移すことは可能。そのような驚異の術を実際にやり遂げたのは、白孔雀《魔法の鍵》を扱えた《鳥使い》のみ』


『一時的に、私みたいに白文鳥《精霊鳥》に憑依してた? その人、《鳥使い》シュクラ?』


『である。《鳥使い》アリージュは、かの《鳥使い》シュクラと同じく、白孔雀《魔法の鍵》を扱える薔薇輝石ロードナイトであるな。《ジン=アルシェラト》と大いに共鳴して、空飛ぶ白い絨毯《鳥舟アルカ》でもって千夜一夜――アルフ・ライラ・ワ・ライラ――を渡ったのだ、さもありなん』


――初耳の名前、しかも完全形で伝わって来る。祖国シュクラと関係が深い精霊ジンだろうか? アルジーは思わず耳をそばだてた。


『ジン=アルシェラト?』


『銀月の精霊ジンアルシェラト。人類の側で言う《逆しまの石の女》が、其れである。正確に其れ、という訳では無いが……《鳥使い》アリージュは、ほぼ幽霊、いや、銀月の精霊ジンと化しておるな。よほど生贄《魔導陣》が深刻だったと見えるが……元の人体は、さながら《精霊語》の翻訳器であろう』


やがて《火の精霊》は、話を脱線させていたことに気付き、ポポンと弾けた。


『肝心なことを忘れていた。パル殿の伝言だ。白文鳥パル殿は弱体化していて、当分の間、潜伏とのこと。アリージュが弱っているゆえ、パル殿も回復が遅い。アリージュが復活すれば、パル殿も復活するであろう……目下、この南方戦線は《怪物王ジャバ》の申し子たる《人食鬼グール》発生が激化しているところ、身辺には注意せねばならぬ』


アルジーは気を引き締めて、頷いた。


『さらに、昨夜の謎の《地の精霊》の件だ。我も気配を感受したゆえ、この近くに居るのは確実。この辺りの精霊ジンでは無いな。パル殿が確信を持って言うには、《地霊王》に極めて近い高位の者。害をなす存在では無いが、目下、パル殿よりも厳重に潜伏しており、我ら一族とも気安く接触できぬ事情があるらしい』


『それ程の事情って何だろ?』


『推察するに、邪霊であるな。邪霊という邪霊は、黒ダイヤモンドを離れて浮遊する《地の精霊》を見れば、即座に、その祝福を得んとして狂暴化する。《地の精霊》祝福は、《雷の精霊》と大いに共鳴して、戦闘力を増強する』


『雷のジン=ラエド?』


『である。超古代の《怪物王ジャバ》、巨大雷撃《蠕蟲ワーム》と化した《人食鬼グール》なぞ出現されたあかつきには大変なことになるゆえ、致し方なきところ』


アルジーは大いに納得し、鳥肌が立つほどの恐怖の中で、相槌を打つばかりであった。


『昨夜、いきなり中型《人食鬼グール》が出たのは……』


『本来は、不正に召喚された個体で、別の目的があったようだ。そして、希少な高位《地の精霊》の気配を感じて、方向転換して襲撃して来たのだな』


そこで《火の精霊》は、フウと息をついたかのように、ゆらりと揺れた。


『かの《人食鬼グール》が、《地の精霊》の好みでなくて良かったし、速やかに退魔調伏できたのも良かった。まあ、そもそも《地の精霊》諸族は、同族嫌悪という形で《怪物王ジャバ》を徹底的に嫌う。ジャバ神殿が地下にある事実からも明らかなように、《怪物王ジャバ》は、《地の邪霊》なのだ』


色々と訳知りな《火の精霊》は、実体化していられる時間が残り少なくなった様子で……チラチラと震えながらも早口になった。


『パル殿いわく、かの封印されし『アル・アーラーフ』へ踏み入らねばならぬ深刻な理由があるそうだな。天の配剤か、問題の高位《地の精霊》は『アル・アーラーフ』建造と、その《魔法の鍵》封印に直々にかかわった一族。その精霊ジンと交渉する必要がある。《魔法の鍵》封印を解き放ち、『アル・アーラーフ』へ至る秘密の道を示してくれる筈』


……あの謎の気配の主である《地の精霊》が、『アル・アーラーフ』へ通じる《魔法の鍵》を持っているのだ!


空飛ぶ魔法の白い絨毯《鳥舟アルカ》には、すさまじく翻弄されたけれど……銀月の精霊ジンアルシェラト《逆しまの石の女》が、何故そのような呪文を唱えたのか。


今にして理由が分かって来た!


――銀月の精霊ジンアルシェラトが、くれたチャンスだ。その謎の《地の精霊》と、何としてでも話を付けなければ。


白文鳥アルジーは、驚きに息を呑み、純白の翼を震わせた……


それが合図であったかのように、《火の精霊》は、かき消えた。長く実体化していられないのは、虚弱な相棒――『ヒョロリ殿下』セルヴィン――に見合うだけの、弱小な姿形のせいだ。


(……セルヴィンがもっと元気だったら、この《火の精霊》も、ちゃんとした《火吹きネコマタ》の姿を取れたかも知れない)


いかにも皇子サマ風で、それなりに態度もエラそうな、毛並みの良い赤トラ猫になるに違いない。


白文鳥アルジーは《精霊鳥》独特の冠羽を片付けながらも……ふと、妙に毛並みの良い、子ネコの《火吹きネコマタ》を思い出したのだった。あの謎の子ネコは、謎の紺色の覆面ターバン青年の周りを、うろついていたようだ……


(そうだ、精霊魔法の護符があれば、セルヴィンの健康状態は改善する筈だ。さっき《火の精霊》が言っていたように……)


かつて、アリージュ姫が――アルジーが、ドリームキャッチャー耳飾りの形をした白い護符で、必要最小限なだけの健康を維持できていたように。あれは、青衣の霊媒師オババ殿の、特製の護符だったのだ。物慣れた風の白タカ《精霊鳥》シャールでさえ感心していたほどの、白文鳥《精霊鳥》の羽を使った精霊魔法の護符。


それに加えて、あの高灯籠に隠しておいた荷物袋から《精霊亀》甲羅を取り出して、オーラン少年の《人食鬼グール》裂傷を何とかして……


謎の《地の精霊》は姿を見せて来ない。


目下の問題は、アルジーが頑張って対処するしか無い。


まずは、この財務官ラーザム殺害事件を解決する必要がある。そして、セルヴィン少年の異常な虚弱と、オーラン少年の怪我と……

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