色々ありすぎた夜が明けて~老魔導士と青年と少年たち(前)
太陽が高い位置にあるらしい。
閉じた瞼を透かして、白昼の明るさが染みとおって来る……
……
…………
「治療できないのか?」
「ワシは《鳥使い》では無いのですぞ、もっとも今のところ、この状況に対応できるほどの《鳥使い》は、帝都でさえゼロじゃが」
「その金縁は、ニセの飾りなのか!」
「やれやれ、噂に聞く死にかけの『ヒョロリ殿下』が、これほど《火の精霊》の祝福したもう火の気性じゃったとは、この世は驚きに満ちているのう。あぁホレ、体力が尽きたじゃろう、そこで横になっとれ。子守役を困らせるで無いぞ」
何かがドサリと横たわったかのような気配と共に、クッション類と思しき「ギュッ」という音が続いた。
次に、とても若い青年の声が響く。礼儀正しそうな雰囲気。
「老魔導士フィーヴァーどの、私は護衛なのですが」
「フン、ケツの青い坊主どもは聞き分け良く黙っとるもんじゃよ、オローグ君」
「名前の発音がおかしいのですが、老フィーヴァー殿……」
「出身の城砦が互いに遠く離れているんじゃから、『毛深族』方言くらい受け容れるが良い。そっちこそ世界の屋根こと『地霊王の玉座』周辺の方言、どうにかならんのか。ワシの名前をシッカリ間違っとるわい」
――昼間だろうか? なんだか明るい。近くでガヤガヤという人の声がする。
特別な香を焚いているのか、精霊が好むタイプの爽やかなアロマの気配。だんだん意識がハッキリして来る。
アルジーは目をパチパチさせた。手を動かそうとして、翼をバサリと打つ。
――そうだ、思い出した。まだ白文鳥《精霊鳥》の中に入ってるところだった。
『気が付いて調子はドウじゃ小さいの?』
かくしゃくとした雰囲気の老人の声。少しズレた《精霊語》ではあるものの、何となく意味は通じる。
ジャラジャラという、お馴染みの護符チェーン類の響きがつづいた。
首を少し動かして、声の主のほうを眺める。
金縁の付いた黒い長衣をまとう、老魔導士だ。
誰よりも立派なものと思われるモッサァ白ヒゲと、白い眉毛。
その辺のどこにでもある生成り色のターバンを巻いた頭は、老齢ゆえ禿げている……いや、ターバンを巻きやすくするために綺麗に剃り上げられたものだが、その体毛のフッサフサぶりは、先祖が『毛深族』だったことを主張している。
老魔導士は、あまり身を構わない性質なのか、それとも何らかの工作中だったのか……その黒衣は、木くずや塗料が散って、愉快な有様になっていた。長い白ヒゲも、端が長く伸びた白い眉も、同じように木くずや塗料が絡まっている。あとで、サウナと行水とで、念入りに全身を洗い、さらに衣服も洗濯する必要があるだろう。
返事をしようとしたアルジーの声は、「ぴぴぃ(大丈夫よ)」という白文鳥《精霊鳥》の鳴き声になった。
ビックリするくらい羽毛が剥げているらしく、空気が通り過ぎて寒い。全身に、邪霊由来の裂傷がある……あちこち、ジクジクと痛む。《精霊鳥》としての感覚が、再び無理をすれば一気に衰弱し『根源の氣』に還るだろう、という直観を伝えて来た。
「出血したうえに羽毛が剥げているのでは、寒いじゃろ」
老魔導士は、小鳥のアルジーの状態を、既に診断済みであった。陽光で温まったハンカチを掛けて来て、アルジーは少しホッとした気分になったのだった。
「ふむ。ヒョロリ殿下あらため、カンシャク殿下に、ひとつ、仕事を押し付けて進ぜよう」
その人を食った言い草に、唖然とした空気が流れるのを感じる。
くるりと視線を動かしてみると……
黒髪をした20歳前後の青年が、微妙な表情をして頭を抱えていた。戦士の定番、迷彩ターバン。帝国軍の一般兵の軍装姿。あの《人食鬼》襲撃現場に居合わせていた青年だ。
(オリクト・カスバのローグ様に似ているような気がする。名前も似ているし……ローグ様はもう30代だから、この青年とは違うけど。ターバンの巻き方だって、オリクト、というか、シュクラとも共通する『東方山岳の民』風……)
背丈のある迷彩ターバン姿の青年の後ろに、簡易な寝台。血だらけの包帯姿の少年が、グッタリと横たわっているところ。
――あの時の、《人食鬼》にやられて大怪我をしていた少年だろうか?
白文鳥アルジーが、チラとそんな事を思っていると……別の方向から、とぎれとぎれながら、不機嫌そうに返す少年の声がやって来た。
「私はセルヴィンだ……無礼者……」
そこには簡易ソファがあり、今にも死にそうな顔色をした、痩けこけた少年が横たわっていた。ほぼ骸骨に近いくらいに貧弱な身体。黄土色の藁クズのような毛髪が、上質なターバンからこぼれている。
――あの痩せた子が『ヒョロリ殿下』こと、セルヴィン皇子なのか。
いま一度、ここに居合わせている人物――4人の、人相と名前を整理する。
医師・薬師を務める老魔導士ひとり、青年ひとり、少年ふたり。
モッサァ白ヒゲ『毛深族』老魔導士フィーヴァー。集中力が強いのだろう、木くずや塗料にまみれた黒い長衣を、まったく気にしない性質。
黒髪の青年――迷彩ターバン戦士姿の、とても若い護衛がオローグ青年。おそらくシュクラ山岳地帯に近い東方辺境の出身。
昨夜の記憶が正しければ、血だらけの包帯の少年が「オーラン」……髪の色は此処からは見えない。
そして、黄土色の藁クズ少年が『ヒョロリ殿下』こと、セルヴィン皇子。誰かが、死にかけのポンコツ末皇子、と批評していた。とても虚弱な様子。
白ヒゲ老魔導士『毛深族』フィーヴァーは飄々とした態度を崩さず、ハンカチでくるんだ白文鳥《精霊鳥》アルジーの身を、ヒョイと持ち上げた。そして、『ヒョロリ殿下』少年の手の平に、ポンと移したのだった。
白文鳥アルジーは驚きの余り、ハンカチの間から首を出して、白ヒゲ老人と藁クズ少年を交互に見回した。
呆然とした顔のセルヴィン少年へ、老魔導士は、物のついでのように告げる。
「この小さいのは、殿下が世話するんじゃよ。白文鳥は寒さに弱いからな、冷えてグッタリしている時は、その適当に弱火の《火の精霊》で温めてやるんじゃ」
「つ、つまり?」
「何を期待していたんじゃ、殿下? ワシは《鳥使い》では無いし、別件で忙しいのじゃ。これ以上、老体をムチ打つで無い」
「死んだら、どうするんだ……」
「セルヴィン殿下の呼び出す弱小な《火の精霊》じゃ、最大火力でも死にゃせん。こやつは精霊鳥、死んでも死体は残らん。存続の力を失えば、最初から幻影であったかのように、かき消えるだけじゃよ」
無言になったセルヴィン少年の、不健康に痩せて骨が浮いている手の中。白文鳥アルジーは、あらためて首を巡らせた。
近くで見てみると。
このセルヴィン殿下という少年皇子の、患者仕様な簡易ターバンの装飾が、確かに、過去の教育で教わったとおりの帝国皇族のそれ。
一流の《魔導》技術でもって、非常に希少である透明な《精霊石》に、白金に輝く帝国の紋章を仕込んである。帝都を潤す両大河を模した象徴と、帝国の守護精霊《火霊王》を表す《精霊文字》を組み合わせたもの。
――どこかで見たことのあるような、琥珀色の目だ。それとも金色の目か。
いまの白文鳥《精霊鳥》の目でよく見ると、薔薇輝石の波長があるのが分かる。それも相当に高品位だ。帝国の皇族という要素を上手に受け継いだというのがあるのかも知れないけど、珍しいタイプ。これと合致する精霊は存在しただろうか。存在していれば……
じっと見ていると、藁クズ少年な皇子セルヴィンは、フニャリとした顔になった。白文鳥アルジーの頭をそっと撫で始める。
簡素な寝台に横たわる包帯だらけの少年が、ボソッと声を掛けた。
「その白文鳥、何故か拒否反応を示してないですよ、セルヴィン殿下。縁が出来たと思って可愛がってやってくださいよ」
「……随分と白文鳥《精霊鳥》に詳しいな、オーラン」
「出身の城砦、白文鳥の巣を抱えている高灯籠が多かったんですよ」
「多かった? 過去形なのか?」
「血に飢えた盗賊の奴ら、目に付いた高灯籠を、すべて破壊してましたから。吊りランプの《火の精霊石》まで持って行かれたと聞いた時は……確かに《精霊石》は価値がありますが」
包帯まみれのオーラン少年は、不意に口をつぐんだ。よく見ると、歯を食いしばっている様子だ。
――オーラン少年の故郷の城砦は、性質の悪い山賊にやられていたらしい。《邪霊使い》を抱えた大きな山賊は、そういう事を平気でやると聞く。
すぐに、護衛オローグ青年が、オーラン少年の寝台に近づき、間に垂れていた紗幕をひいた。
「それ以上喋るんじゃない。怪我を治すことだけ考えろ、オーラン」
「この《人食鬼》裂傷が治るもんですかね、兄貴」
――オローグ青年とオーラン少年は兄弟らしい。兄弟でチームを組んで、セルヴィン殿下の護衛を務めているのか……
皇族セルヴィン殿下は、帝国皇帝後継者レースから蹴落とされた存在であるようだ。辺境の弱小な城砦出身と思われる、経験の浅い護衛2人。護衛2人の人脈を辿って、辺境の城砦へ婿養子として赴くのがせいぜい、というような……吹けば飛ぶような末席。
早くも、老魔導士フィーヴァーが、作業机に陣取った。
その作業机には、大小フラスコや複雑な形のカップなどといった、不思議な道具がゴチャゴチャとある。そして、大きな薬研がデンと鎮座していた。
黒衣の老魔導士は、ドンと薬研に手を掛け、ハーブその他と思しき薬草や、治療用の《精霊石》類を、ゴリゴリと砕片にし始める。
「生還だけでも幸運なところ、身体機能は無事だったのじゃぞ、ケツの青いオーラン坊主よ。普通は、白文鳥《精霊鳥》が戦闘に干渉して来ることは無いのじゃ。白タカ《精霊鳥》や、白ワシ《精霊鳥》とは、担当領域が違うでな。《人食鬼》裂傷の治療に関する、このワシの存在『人類史上、最高の天才な名医』にも、感謝するんじゃよ」
再びの飄々とした、それも『圧倒的な自画自賛』を含めた老魔導士の言葉に、その場がシーンとなったのは言うまでもない……




