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城壁の石崩れと角部屋の死体と怪物と(2)

何故かくっついた白文鳥の翼で、何とか空中に舞い上がれたものの。


方向が定まらず、翼で空中を虚しくひっかいているような感触だ。


ヨタヨタし始めたところへ、相棒の白文鳥《精霊鳥》パルが寄って来て、お手本の羽ばたきをして見せて来た。真似すると、飛行の姿勢が安定し始め……アルジーはパルと連なって、窓枠の外へと飛び出した。


キョトンとした顔になった巨大な兵士たちの頭上を飛び越え、城壁の高所の手頃な場へ着地する。ようやく一息、というところだ。


『いったい、何が、どうして……』


息も絶え絶えに、石積みの隙間にしゃがみ込む。最近、砂嵐でもあったのか、石積みの表面には相応の砂が溜まってジャリジャリしている状態だ。


何故か翼の生えた腕で、簡単に足元の砂を払っておき……ふと見ると、足が――白文鳥の足だ。


『いま、その同族「アリージュ」に憑依してるんだよ、精霊魔法で、ピッ』


『憑依してる? これは白文鳥アリージュの身体って事? 鳥のアリージュは何処?』


『元々の人体のほうは、生贄の儀式で首に刃が当たって出血したし、石崩れの下敷きになって手足の方向もアチコチ曲がって変だったから、さっき、同族アリージュが憑依して、絨毯《鳥舟アルカ》にくるんだ人体ごと《超転移》して行ったの……ピッ』


『……《超転移》って……何処へ?』


『南の海の向こうにある《精霊亀》の島。偶然、本名が同じだったから、人体と鳥体とで霊魂の交換が出来たんだよ、ピッ』


知らず、アルジーは耳を傾けていた。


だいたい、事情は分かって来たような気がする。


人体のほうは、生贄の儀式で首を切断されたうえ、瓦礫の下敷きになった。すなわち、死に過ぎるほど、死んだということだ。それで、本名アリージュ同士で、鳥体と人体との間で霊魂を交換した。どうやって霊魂を取り換えるのかは分からないが、その辺りは、精霊魔法の奇跡に違いない。


――本名が共通していると、霊魂の交換が簡単になるらしい。


何故か、《精霊文字》を扱う代筆屋としての直感で、納得できるものがある。


『つまり、私は死んで、幽霊になったと言うことだね、パル? 確か海の彼方の《精霊亀》の島って、死者が行くところ……三途の川の中洲の……川中島と同じで』


『正確に理解するのは難しいけど、だいたい、そうだよ。そのうち《鳥使い》アリージュも《精霊亀》の島へ渡るよ。『アル・アーラーフ』と《魔法の鍵》の件で特別に招待されてるから、ピッ』


――当座の、幾つかの疑問は、解決した。


自分が、遂に死に果ててしまっていたのだ――とは、予想外だったけど。


地下神殿で《怪物王ジャバ》への生贄として三日月刀シャムシールで首を刎ねられ。空飛ぶ魔法の絨毯で遠くへ運ばれ。そこで落石に巻き込まれ……


随分と翻弄されたけれども、最期は……あっけなかったな。


――あれ? 実際は、首と胴体は、完全に離れていなかった気もするけれど。流血は相当あったらしいけど……


いくばくかの不可解さや、死んだ者としての悔いと共に、白文鳥アルジーは溜息をついた。


――生贄の儀式に、もう怯えなくても良いのだ。


余生と思って、世の中を見物してみるのも、オツなものに違いない。


三途の川を渡る期限があると聞く。


北方の乾燥かつ冷涼な城砦カスバでは1年ほどと長いが、南方の城砦カスバは死体の腐敗の進行が速く、期限までの日数が短くなる傾向がある。此処は夜間も温暖だし、湿潤なほうだから、ギリギリ見積もって47日ほどか。


それまでに、羽ペンを取ってくる必要がある。


あの不可思議な山岳地帯の幾何学的構造体、逆転した正三角錐の建造物――『アル・アーラーフ』を探し求めて……


…………


……プルプル首を振って頭をハッキリさせた後。


持ち前の好奇心でもって、白文鳥アルジーは、辺りを見回した。



瓦礫運搬の兵士たちの上官と思しきヒゲ面の中年男性が、角部屋からほど近い位置に堂々と立っていた。瓦礫運搬の邪魔にならないようにして、部下と、情報交換を続けている。


「ラーザム財務官の可能性が高い? それは本当か?」


「御意。確かに、目下、ラーザム財務官と連絡が取れないので御座います、バムシャード長官。ラーザム財務官は、残業と仮眠休憩を兼ねて、この角部屋を大いに利用。此処に居る可能性が高い模様でありますぜ」


「何ということだ、クムラン副官! 昨日の襲撃の被害も片付かないうちに……やるべきことが、まだ山積み状態なんだがな」


「まったくで御座い……お、埋まってた寝台が、出て来たか! なに、足が見えるだと? 作業を急げ!」


クムラン副官の励ましに応じて、瓦礫搬出の速度が上がる。


力自慢の兵士たち総がかりで作業が進んでゆき、見る見るうちに、角部屋の寝台にあった死体が掘り出されたのだった。


早速クムラン副官が駆け付け、兵士たちと共に死体を確認する。


「間違いなく死んでますぜ、バムシャード長官」


「なんで分かる、クムラン副官」


「瓦礫が流れて行った方向が悪かったんですよ、頭と胴体が離れてますぜ。ラーザム財務官の死体よりも死体らしい死体は無いでしょう、まともな死に方で即死だったのは、この大型《人食鬼グール》前線じゃあ、むしろ幸いと言うべきです」


「むむう。だがしかし、何故に城壁の『石落とし』が逆さまに作動したんだ……まして大型《人食鬼グール》対応の特別なヤツが……事故か、他殺か」


クムラン副官が身を起こし、戦士の定番たる迷彩ターバンの隙間に指を突っ込んで、頭を器用にかき始めた。夜間とあって人相は良く見えないが、声はとても若い。所作もキビキビとしている。期待の若手なのだろう。


「そりゃあ、これから調べる事でしょうぜ、バムシャード長官。例の、セルヴィン殿下のお耳にも入れなければ」


「あの死にかけのポンコツ末皇子に何かできるとは思えんが。何でまた、あんな『ヒョロリ皇子』が前線まで送られて来たんだか」


「昨今、帝都宮廷では『婚約破棄』だの『無能の追放』だのが流行はやってますからなあ」


「我らが帝国の、うら若き第一皇女サフランドット姫には、皆が皆、仰天させられている」


「帝都の『変人の追放』を押し付けられたコチラにもなって見て下さいよ、変人も変人の老フィーヴァー魔導士とやら、あの圧倒的な眉毛とヒゲの下で何やら怪しげな工作してるんですぜ、しかも大型の砂嵐よろしく予算を吸い込んでるから、しょっちゅう面倒な査察が入る」


「あんな極め付きの変人でも、敬意を表すべき帝国随一の『大魔導士』どのだからな。クムラン副官も、彼のことはひそかに尊敬してるんだろう、珍しくも」


図星を突かれたらしい。反骨精神あふれる若い副官の、鋭いとすらいえる舌鋒は、少しの間……静かになっていた。


そうしている内にも、クムラン副官の手際よい誘導でもって、角部屋の中から、頭と胴体の離れた死体が運び出されて来た。


その死体は、一緒に引っ張り出された血まみれのベッドシーツの上に、横たえられた。


長衣カフタンはズタズタになっていたが、見事な「帝都紅」の染色や、襟元や袖口の緻密な装飾は、見間違いようも無い。


死体の主は、相当に高位の役人を務めるシニア世代の男である。


ヒゲ面の中年バムシャード長官がマントをバサリとさばき、簡潔ながら心のこもった、戦場スタイルの弔いの仕草をした。握りこぶしをターバンに――額の中央部分に――おごそかに触れる方式だ。


バムシャード長官のターバン装飾は、「長官」という地位役職に応じたものだ。帝国軍『雷霆刀』紋章の装甲と、聖火に見立てて赤く染めた大振りな飾り羽。


「こんな姿で再会するとはな、ラーザム財務官どの。戦費調達の話し合いで、事業仕分けだのなんだの、嫌ほど煮え湯を飲まされたもんだが」


白文鳥《精霊鳥》パルが、小鳥らしく目をパチパチさせ、アルジーの方を振り返る。


『近づいて観察しておくべきかも、ピッ。何だか精霊魔法の気配が漂ってる、ピッ』


『え、でも精霊魔法は、殺人目的のものは、ほとんど無い筈だよ?』


パルが飛び出し、アルジーも飛び出す。


小鳥の足で石畳をピョンピョン跳ねてゆき、恐ろしいまでの巨人としか思えない人間たち――兵士たちの足の間をすり抜けて、ちょっとした山脈さながらの死体に接近したのだった。


――精霊魔法の気配。


あまりにも微細で、よほど注意しないと感じ取れないくらいだ。


白文鳥《精霊鳥》パルは少しキョロキョロして……すぐに見当を付けた様子で、近くの控え壁のひとつへ、ピョンピョン跳ねて行った。白文鳥の姿になったアルジーも、ピョンピョン跳ねて後を付いてゆく。


接近してみると、いきなり段差が開けていて、下の階層へ移動するための階段が設置されているのが分かる。その簡潔さは、階段というよりも梯子に近い。


下の階層へ向かう階段。


そこは吹き抜けになっていて……ずっと視線で辿ってゆくと、複数の踊り場で、複数の出入口と連結しているのが分かる。


『分かったよ、アリージュ、ピッ。この微細な精霊魔法の発生源は、この控え壁のあたり。それで、この控え壁が大きく壊れなかったんだ。向こうで石落としの仕掛けを動かした容疑者が居たけど、この控え壁にも「別の誰か」が居た、ピッ。その「別の誰か」を守るために、精霊の守護の力でもって、流れ弾……流れ石を弾く羽目になった感じ、ピッ。《地の精霊》系のもの、ピッ』


『金融商の業界でお馴染みの黒ダイヤモンド《魔法の鍵》とは違うみたいだね、パル』


『意外に上位の精霊、ピッ。控え壁に居た、「別の誰か」に、この《地の精霊》がくっついていた。そして恐らく、その「別の誰か」は、此処から別の階層へ移動して、行方をくらませた。その「別の誰か」は、向こうで石落としの仕掛けを動かしていた容疑者の一味か、それとも偶然の通りすがりの目撃者か……いずれ、判明させなくちゃ、ピッ』


『この階段、色々な出入り口とつながってるけど。その別の……目撃者っぽい誰かが、何処へ向かったのかは、分からない?』


『うん、もう魔法の気配が消えちゃったから分からない。謎解きはこれからだよ、アリージュ、ピッ』


見聞きするべきものは見聞きしたということで。


早々に引き上げることになったのだった。

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